5月23日 その3



夜の食堂で受け取った定食のトレイ。
メニューは鳥丼。
時々登場する丼ではあるのだが、その日は少しばかり様子が違った。
「なに、これ」
託生がまじまじと丼を凝視した。 その隣に立つギイもまた、首を傾げて丼を眺めている。
「何か、今日の丼、小ネギが大量すぎない?」
「丼から溢れそうだな」
「えーっと、何かの間違いかな」
言って、託生が周りの生徒たちのトレイを見渡してみる。
けれど、そこに乗っている丼も小ネギ満載である。
「何ぼんやり立ち尽くしてるんだ」
後ろからやってきた章三が2人を促して、3人でテーブルについた。
「2人して変な顔して、何かあったのか?」
「いや、なぁ章三、この丼、ネギが多すぎないか?バランス悪いだろ」
別にネギは嫌いじゃないが、この量は普通じゃない。
「ああ、まぁしょうがないだろ」
章三は別段驚いた風でもなく、いただきますと手を合わせて丼に手をつける。
「しょうがないってどういうこと?」
託生が聞くと、章三は何だ知らないのかと肩をすくめた。
「今日は5月23日だろ。何の日か知らないのか?」
「今日はキスの日だろ。またはラブレターの日。恋人に優しい日だよな」
なぁ?と甘い視線を送るギイに託生は知らずと赤くなる。
「何言ってんだ、今日は『国産小ねぎ消費拡大の日』だろ。だから食堂の おばちゃんたちが張り切って小ねぎを使ったんだろ」
「小ねぎ消費拡大の日・・・?」
託生がぱちぱちと瞬きをする。すると章三が無言のまま食堂の壁を 指差した。
そこには農家のおばちゃんがネギを持ったポスターが貼られて いて、『5月23日は国産小ねぎ消費拡大の日』とでかでかと書かれていた。
「眼中になかったな。だいたい、何だ、その色気のかけらもない日は」
「別に僕が決めたわけじゃない」
「オレと託生はキスの日に一票」
「えっ、勝手に決めるなよ、ギイ」
託生が一応の反論を試みる。
5月23日。
キスの日であり、ラブレターの日であり、国産小ねぎ消費拡大の日。



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あとがき

小ねぎだらけの丼を食べた夜はキスもできないよね。