「たーくーみ」 妙に猫なで声のギイに、ぼくの危険察知センサーが作動した。 咄嗟に逃げようとしたぼくの手首を、ギイが素早く掴んだ。 「こらこら、何で逃げるんだよ」 「だって、嫌な予感がしたんだよ」 「失礼なヤツだな〜」 いや、そんなことはないはずだ。 だって、ギイの目、すんごく何かを企んでる目なんだもん。 「今日、何の日か知ってるか?」 「え、知らない・・けど。またキスの日とか言い出すんじゃないだろうね」 「あれはもう終わっただろ。今日は、潤滑油の日なんだってさ」 「・・・・・え?」 ぼくは何かの聞き間違えかと思って、思わず聞き返してしまった。 「だから、潤滑油の日。710を逆さにした英語のオイルになるだろ?」 「あー、なるほど。いろいろ考える人がいるんだねぇ」 よくそんなところに気づくなぁ。 「だからさ、やっぱり消費しなくちゃなって思うだろ」 言うなりギイはぼくをあっさりとベッドに押し倒した。 「え、消費って?じ、潤滑油の?」 「そりゃそうだろ。今日は潤滑油の日だし」 「マ、マッサージしてくれる、とか?」 淡い期待を抱いて尋ねると、ギイは満面の笑みを浮かべた。 「気持ちいマッサージもして欲しけりゃいくらでも」 「えーーーっ!」 もう絶対にやだ!!と逃げようとするぼくを押さえ込んで、ギイが取り出した小さなボトル。 何しっかり用意してんだよ、ギイのばかっ。 「ほら、今日のために特別に用意したんだ。これ、めちゃくちゃいい匂いでさ、託生も好きそうかなって」 確かに仄かに香る匂いは、すごくいい匂いだけど・・・。 「な、試してみようぜ」 「・・・・」 「絶対キモチいいからさ」 「その自信はどこからくるんだろうね」 半ば諦めたぼくのシャツを脱がせて、ギイはにっこりと笑った。 「そりゃ、オレめちゃくちゃ記憶力いいもん。託生のどこが感じるかぜーんぶ覚えて・・・いてっ、おまっ・・本気で殴るなよ」 「ギイが恥ずかしいこと言うからだろっ!!」 「あーうるさい」 ふいに訪れるとろりとした液体の冷たさに身をすくめたけれど、ギイの言う通り、それはすごく甘くていい匂いで、思わずうっとりと深呼吸をした。 「その気になった?」 優しく口づけられて、それ以上に優しい眼差しで見つめられたら、嫌だなんて言えるはずもなくて、ぼくはギイの手からボトルを奪い取ると、手のひらに取ってぺたりとギイの胸元を濡らした。 「イイ匂いだろ?」 「・・・うん」 「ちなみにこれ、口にしても安全だから」 やっぱり企んでる!!!!! 結局その夜は初めて使う潤滑油に煽られて、いろいろと初めての経験をすることになった。 キスの日に引き続きの潤滑油の日。もうこれ以上ギイが喜ぶ日がないことを祈るばかりのぼくだった。 |