特に何か目的があったわけでもなく、本当にただの散歩だった。 ギイはジーンズに白いシャツ、最近買ったばかりのお気に入りのスニーカー。 ぼくも似たような恰好をして、二人してぶらぶらと歩いていた。 昼間の暑さは夕暮れ前に降った夕立のおかげで和らいでいたけれど、それでも少し歩いただけでじんわりと額に汗がにじんでくる。 近所の公園を抜け、ほとんど流れていないような川べりをゆっくりと辿る。 「そういえばこの前・・・」 ギイが思い出したように日常の中のちょっとしたことを口にする。 優しい笑顔で、落ち着いた声をして。 特別なことなんて何もない。 それなのに、ふいに祠堂にいた頃の光景が蘇った。 あの頃も校舎から寮までの道を、寮から温室までの道を、こんな風に一緒に歩いた。 祠堂や山奥にあったから、今より少し涼しかったようにも思う。 だけど・・ 「何だよ、託生。思い出し笑いなんてして」 「ううん。祠堂の温室からの帰り道、よく手を繋いで歩いたなぁって」 「ああ・・お前、絶対嫌がったよな」 「だって誰かに見られたら恥ずかしいだろ」 「温室からの帰り道なんて誰にも見られたりしないのに」 ギイは笑うと、ふと足を止めた。 そこは花屋の前で、ギイはポケットから小銭を取りだすと、店先に飾ってあった小さな花束を一つ買った。 そして、ぼくへと差し出した。 「なに?」 「花屋があったら花を買って、好きな人に渡すもんだろ」 「そうなの?」 「そうだよ」 そんなものなのかな。ぼくはオレンジ色の可愛らしい花束を片手に首を傾げる。 こういうところはギイは外国人だなぁと思うのだ。 ごくごくさりげなく、相手への気持ちを態度に表す。 そしてギイはするりとぼくの手を繋いだ。 暑いのにさらりとした手。 ここは山奥じゃないからもちろん人目もあるのだけれど、ギイはちっとも気にした風でもなく歩いていく。 片手に花束。 片手は誰もが振り返るような美男子に繋がれて、注目を浴びないわけがない。 だけどもう祠堂にいた頃みたいにギイの手を振り払って先に帰ったりはしない。 こんな風に一緒に歩けることが、どれほど奇跡的なことかを知っているから。 「ありがと、ギイ」 「どうしたしまして」 そうしてぼくたちは手を繋いだまま家路を辿る。 |