「んー、いい天気だなぁ」
305号室の窓から注ぎ込む朝の光は眩しく、初夏の空気は肌に心地よい。 祠堂は山の中腹に建つだけあって、嫌と言うほど自然に恵まれている。 目に優しい緑の木々が風に揺れ、月曜でなければこのまま遊びに出かけてしまいたいところだった。 (こんな日に託生とデートできれば言うことないのになぁ)
つらつらと取りとめもないことを考えていると、洗面所から託生が声をかけてきた。
「ギイ、急がないと朝食に遅れるよ」 「ああ」 昨夜はついつい盛り上がってしまい、今朝は二人して少しばかり寝坊をしてしまった。 託生は時計を見るなりオレのベットから飛び起きて、見てておかしほどに慌てて身支度を始めた。 (そんなに慌てなくても大丈夫なのにな)
多少食堂に行く時間が遅れたところで、食べるものがなくなるわけではなし、最悪、売店でおにぎりでも買って、休み時間に食べればいい。
ところが生真面目な託生はちゃんと時間通りに食堂へ行って、遅刻しないように教室に入りたいらしい。 「ギイってば、早く顔洗いなよ」 先に洗面所を使っていた託生が前髪をぬらしたまま顔を覗かせる。 上半身裸のままのオレを呆れたように見て、まだ着替えてないの?と肩を落とす。 「もう、遅刻しても知らないよ?」 「オレは仕度するのが早いんだ。託生こそ早く用意しろよ」 「そうする」 そう言って洗面所への狭い戸口を互いに身体を斜めにして通りすぎようとしたとき、 「ねぇ、ギイ・・・」 託生が何かを思い出したようにオレへと振り返った。 「・・・・・っ!」 そのとたん、うっと息を呑んで、急に真っ赤になった。 それこそ見事に首元まで。 「どうした、託生」 今ちょっかい出したら本気で怒られると思い、すれ違いざまのキスもしなかったのにそんなに赤面するなんて。 今更オレの裸を見て照れる仲でもないだろうに。 いったい何がそこまで託生を赤面させるのか分からず首を傾げると、託生が手にしていたタオルをオレへと突きつけた。 「ごめん、ギイ、ほんとごめん。えっと・・き、気をつけるからっ!!!」 「は?何言って・・」 るんだ?と最後まで言わせず、託生はそれこそ今まで見たことのないような早業でネクタイを締めて、ばたばたと部屋を飛び出していった。 「おい託生・・・」 と、呼び止める間もなかった。 半ば呆然とオレは立ち尽くしてしまう。 「何なんだよ、おい・・・」 わけが分からんと大きくため息をついて、とりあえず仕度をするかと洗面所へ入った。 ふと思いついて、目の前の鏡に己の背を映す。 そこにくっきりと残る爪の痕。 「ああ、何だ・・・」 思わず笑みが漏れた。 昨夜、託生にしがみつかれた指の感触を思い出す。 夢中で抱き合っていて、痛みなんて感じなかった。 ふいに託生の甘い声が甦り、身体の奥が疼いた気がした。 「しまった、引き止めれば良かった・・」 これはキスの一つでもしないとおさまりそうにない。 口付けの痕を肌に残すより、こっちの方がけっこうクルってことに初めて気づいた。 ニヤける頬を軽く叩いて、まだ赤い顔で一人食事をしているであろう恋人の元へ急ぐために、素早く身支度を整えて部屋を出た。 |