※このお話はパラレル話「Beautiful Days」のおまけ話「Everyday kiss you」のおまけ話です。 待ちに待った卒業式の日がやってきた。まだの方は、そちらからお読みいただければと! ※軽くエロあり。たいしたことありませんがご注意を。 恋人同士になって3ヶ月。待ちに待っていたのは卒業式ではなくて、そのあとのあれこれなのだが、まずは卒業式である。 卒業式当日は綺麗に晴れた。まだ春というには早く、朝の空気は冷たかった。 託生はいつもより少し早く起きて、新しいシャツとクリーニングされたばかりの制服を身につけた。 もたもたと袖口のボタンを留めているのを見かねて、ギイが手を伸ばした。 「いくつになっても不器用だな」 「悪かったね」 「そういうところが可愛いけど」 「・・・」 「何で黙るんだよ」 「恥ずかしいから」 「変なヤツ」 「ギイの方が変だよ」 好きとか愛してるとか可愛いとか、普通なら躊躇しそうな台詞を、ギイはさらりと口にする。 託生にしてみればそれが不思議で仕方がない。 いくら恋人同士でもそんな簡単に言うものなのだろうか。 「ねぇ、ほんとに卒業式に来るの?」 「行くよ。最後の日だもんな。父さんもいいって言ってるし」 「うーん」 「何だよ、やっぱり来て欲しくないのか?」 「できればね」 「何で?」 「何ででも」 文化祭や体育祭など、ギイも1度は見にいったのだけれど、そのあと託生はもう学校には来ないで欲しいと言い出した。思春期特有の、身内を友達などに見られるのが恥ずかしいという状態か、と思ったので、ギイはそれ以来学校へ行くことはしなかった。 だが、今日は卒業式という晴れ舞台で、一つの区切りでもあるわけだから、出席したいと言ったのだ。もちろん父親は快く承諾してくれた。 母親は入院中だし、家族の一員として一緒に出席しようと。けれど託生は難色を示した。絶対に嫌だとは言わないが、できれば来て欲しくないようなことを言う託生に、ギイはずっと機嫌が悪かったのだ。 「絶対に行くからな」 「わかったよ」 頑として譲らないギイに、しょうがないな、と渋々ながらも託生はうなづいた。 恋人同士という関係になってから、週末は同じベッドで眠り、けれどキス以上のことは卒業してからという約束だったので、何ともじりじりとした気持ちを抱えながら、お互いこの日が来るのを待っていたのだ。 卒業式が近づくにつれ、ギイはどこかうきうきとしていたが、託生は少しばかり不安を募らせていた。 キス以上のことがどういうことはおぼろげながら分かっているだけに、やっぱりちょっと怖いと思ってしまうのだ。ようやく託生のお許しが出たので機嫌を直し、ギイは慣れた仕草でスーツの上着を羽織った。 普段はシャツにジーンズというラフな格好ばかりだけれど、こういう時はもちろんきちんとした服装をする。すっかり大人の姿になったギイがスーツ姿になると、あまりにカッコ良すぎて、いつも託生はちょっと戸惑ってしまう。 「ギイ」 「うん?」 託生は近づくと、とんとギイの胸に頬をくっつけて背中に両手を回した。 ギイは自分だけのギイだと叫びだしたいような、時々無性に胸が締め付けられるようになる瞬間がある。 ギイがもしずっと小さいままの姿なら、どこへも行かないと思えたのだろうか。 育ったギイは、いつか自分のそばを離れて行ってしまうような気がして怖い。 「どした?」 「ちょっとだけぎゅってして?」 めずらしく甘えたことを言う託生にギイは目を細める。 「いくらでも」 ギイはねだられるままに託生を抱きしめた。砂糖菓子の甘い匂い。育ってからもギイはいつもいい匂いがして、託生はいつもうっとりとしてしまう。 「高校生にもなるっていうのに子供で困る」 ギイがくすっと笑う。小さいときからずっと一緒に育ってきて、ギイはいつでも兄のような、友達のような、そんな存在だった。それでも一時背丈を追い越したときは自分の方が大人になったようなつもりでいたけれど、ギイが思いもかけず育ってしまい、元から性格は大人びていたことも手伝って、今ではすっかり託生は子供扱いされてしまっている。 「お前、ちゃんと約束覚えてるんだろうな」 「約束?」 「卒業したら、オレのものになるって」 「オレのもの・・・て」 モノじゃないんだけど、と小さくつぶやく託生の唇にキスをする。 「今夜していい?」 「えっ!卒業したその夜にって、そんなに我慢できないの?」 「もう3ヶ月待ちました。明日から春休みだし」 「・・・」 「な?」 にっこりと見惚れるほどの綺麗な顔で小首を傾げられると、嫌だなんて言えなくなる。 託生は頬を赤らめながら、小さくうなづいた。よし、っとギイが嬉しそうにさらに託生を抱きしめた。 確かに卒業したら、とは言ったけれど、まさかその日のうちにだなんて思ってもみなかった託生としては、心の準備もあったものではない。 「今夜かー」 先に学校へと向かった託生は、すっかりそのことで頭がいっぱいになって、一人で顔を赤らめていた。 卒業式は滞りなく進んだ。 託生の父親とギイは父兄席に着き、託生が卒業証書を受け取る姿を見守った。 「とうとう託生も高校生か、早いものだな」 父親が感慨深くつぶやく。つい先日まで泣いていた子供だと思っていたのに。 「ギイ」 「はい?」 「ありがとう」 「え?」 「お前が託生のそばにいてくれたから、あの子は尚人がいなくなった寂しさから立ち直れたんだと思う。まだ小さくて、兄の死をちゃんと受け止めることもできなくて、おまけに母親があんなことになってしまって、たぶん私だけではあの子を真っ直ぐに育てることはできなかった」 「・・・・」 「あの時、思い切ってドールの店に行ってよかった。ギイが託生のために目覚めてくれて、あの子を大切に思ってくれて、本当に良かったと思っているよ」 「オレは・・・」 「これからも託生のことを頼むよ」 父親の言葉はどこまでも託生のことを案じているもので、父親としての愛情が感じられた。この人はちゃんと託生のことを大切にしているのだと嬉しく思う反面、ドールである自分が託生のことを自分だけのものにしようとしていることを知ったらどう思うのだろうと不安にもなる。 兄のように、友達のように、託生のことを大切にしたいわけではなく、恋人として愛しているのだ。そのために心だけじゃなくて身体まで欲しいと思っていて、奪おうとしている。 「ギイ?」 黙り込むギイに父親は心配そうな目を向けた。 託生のことを全部欲しいと思うし、それはとめようもないけれど、いつも自分のことを家族の一員として大事にしてくれている父親の気持ちを思うと、罪悪感にも似た感情がわきあがる。 この人を傷つけるようなことはしたくないと思う。今までそんなこと思ったことはなかった。 いつだって優先すべき託生のことだったから。なのに今はそれが正しいことなのかが分からなくなってきた。 式が終わり、卒業生たちが一斉に立ち上がる。大勢の人の中でも、託生の姿はすぐに見つけることができる。ギイは周囲の人たちがそうするように、卒業生たちに拍手を送った。 式のあとは、久しぶりにみんなでお祝いの食事に行こうということになっていたので、父親は迎えの車の中で託生を待つと言った。ギイは託生を迎えに校門のそばで出てくる生徒たちを眺めていた。すると、ひょろりと背の高い生徒がギイを見て、ぱっと笑みを浮かべた。 「ギイ」 走り寄ってきたのは託生の親友の片倉利久だった。 「卒業おめでとう、片倉」 「ありがとな。なに、託生を待ってるのか?」 「ああ」 利久は他の卒業生と同じく胸に白い花をつけている。少し合わない間に面立ちが大人びてきたような気がする。 利久も希望校に合格していて、春からは託生とは離れ離れになってしまう。託生はずいぶんとそのことを残念がっていた。 「託生はまだ中?」 「あー。もうちょっと時間かかるんじゃないかなー」 「どうして?」 「女子連中につかまってるから」 ほら、と利久が校門の奥に広がる校庭を指差す。目を凝らすと、託生が数人の女生徒に囲まれている姿が見えた。 「何だ、ありゃ」 「あれ、ギイ知らないのか?託生ってああ見えてけっこうモテるんだぜ?誰にも優しいし、物言いも柔らかいし、おまけに金持ちでさ。何度か告られてるのも知ってるし」 利久の話はギイにしてみれば寝耳に水だった。 今まで一度だって誰かに告白されたなんて話は聞いたことないし、そんなにモテるなんてことも知らなかった。卒業ということで、名残を惜しんでる女の子たちが離さないというところか。 「託生って、誰かと付き合ってたのか?」 知らずに声が固くなるのはしょうがないことで、ギイはちりちりと胸が痛むのを感じながら利久に尋ねた。 利久はないないと笑って手を振った。 「あいつ、自分が人気あるのぜんぜん分かってないもん。告白されてもその意味すら分かってないんじゃないかって、みんなで笑ってたくらいだし。誰かと付き合うなんて考えたことないんじゃないのかなぁ。別に好きな人がいるようにも見えないし」 「へぇ」 「それにしてもギイ、大きくなってからさらに男前になったよなー。初めて見たときも思ったけど、最近めきめきと綺麗になってるし。同じクラスの女子どもが、ギイを見てきゃあきゃあ言ってたぜ」 「ふうん」 正直そんなことはどうでもよかった。今は託生が実はモテモテだったということが判明したことの方が問題だった。だいたいそういうことを黙っていたことからして怪しい。確かに利久の言う通り、託生がモテる要素は十分ある。託生のことを好きだと思っているのは自分だけだと勝手に思い込んでいたけれど、そうではなかったということが、ギイにはショックだった。 ギイに学校行事には来ないで欲しいと言っていたのは、これが理由だったのかと思った。 ギイがヤキモチを焼くと思ってのことかもしれない。 託生には自分の知らない託生の世界があって、それはもちろん当然のことなのに、何も言ってもらえなかったことがどうにも我慢できないことのように思えてしまう。 何でも知っていたいだなんて、いったいどんな独占欲だと呆れてしまうというのにだ。 今までそんな風に思ったことなどなかった。こんな風に思うようになったのは、託生のことを愛していると自覚してからだ。何かに追い立てられるように気持ちばかりが先走って、託生のことを困らせている。父親の気持ちを傷つけたくないと思いながらも、やっぱり託生のことを抱きたいと思ったり。自分の気持ちを理論立てて整理することができないことが、すごく不安で怖かった。 自分は今までのドールとは違う。愛情を知り、ミルク以外のものを口にすることなく育ってしまった。 初めてのことがいい方向ばかりに進むとは限らない。誰かを好きになりすぎて、理性を上手くコントロールできなくなるかもしれない。 託生は笑顔で女の子の相手をしていたが、ギイに気づくと、女の子たちにごめんねというようにお辞儀をして、小走りで駆け寄ってきた。 「ギイ」 「よぉ、遅いから迎えにきた」 「ごめんね」 「お前、制服のボタンがなくなってる」 「ああ、何か欲しいっていうからあげたんだよ」 上着のボタンはもちろん袖口のボタンまでなくなっている。ボタンなんてもらってどうするんだ?と首をかしげるギイに、利久が苦笑しながらそれはさ、と続ける。 「好きな人の第二ボタンが欲しいんだってさ。女って分かんねぇよな。ボタンなんてどれでも同じだと思うんだけどなー」 「託生、第二ボタンはどうしたんだ?」 ギイが託生の肩を抱いて歩き出す。校庭でまだこっちを見ている女の子たちからその姿を隠すように。 「分からないよ。何だか半ば強奪のように取られちゃったから。ほんと、ボタンなんて貰ってどうするんだろ。まぁ制服はもう着ないからボタンがなくてもいいんだけどさ」 のほほんと託生が答える。 その様子に利久が、ほらなというように肩をすくめてギイを見た。 結局誰かは分からないけれど、託生の第二ボタンはどこかの女の子のものとなったのだ。 だからと言ってどうということもないけれど、まったく何も分かっていない託生のことが少しばかり恨めしくもなる。 「あ、そうだ。利久も一緒にご飯食べに行く?今日は卒業のお祝いで、父さんとギイと行くんだけど」 今までも何度か一緒に食事をしたことがあるので、突然利久が参加しても歓迎されるものだけれど、利久は遠慮すると言った。 「せっかく家族水入らずで食事なんだろ?3人で行ってこいよ」 「そう?」 「また連絡するよ。春休みの間に遊びに行こうな」 「わかった」 じゃあまたね、と託生が利久に手を振った。 3人で食事をしている間中、いつもよりずっと無口だったギイは屋敷に戻るとそのまま自分の部屋に入ってしまった。 「ギイ?」 様子がおかしいな、と思った託生がそっとギイの部屋の扉を開ける。 ギイはスーツを脱いで、いつものラフなシャツとジーンズに着替えているところだった。 すんなりとした綺麗な身体は見慣れているはずなのに、託生は無意識のうちに目を逸らしていた。 「ギイってば、どうかしたの?何か怒ってる?」 「別に」 「・・・・」 そっけない口ぶりの時は、たいていギイは怒ってる。 それくらいのことは、長い付き合いなので託生にだって分かるのだ。理由は分からなくても。 託生はソファに座ると、じっとギイのことを眺めた。 一度も目を合わせようとしないのだから、どう考えても怒ってる。 何かやったかなぁと託生はあれこれ考えてみるけれど、別にギイを怒らせるようなことはしていないと思う。 「ギイ」 「なに?」 「ちょっとここに座ってよ」 ギイはちらっと託生を見て、少し躊躇したあとに託生の横に座った。 託生はギイの腕に自分の腕を絡めると、とん、とその肩にもたれた。 「ギイって身体は大きくなっても、中身はまだ子供みたいだね」 「何でだよ」 「だって、昔と同じ拗ね方してるから」 「・・・・」 答えないということは、どうやらギイにも自覚があるらしいと託生はおかしくなる。 うんと大人みたいに見える時があるかと思えば、自分よりも子供っぽく見えることもある。 どんなギイでも託生は嫌いになんてなれないのだけれど、拗ねたギイはなかなかに扱いが難しいのだ。 「なに怒ってるんだよ?さっきの食事の時に、またミルクしか飲めなかったからじゃないよね?」 「もう育ったから別にミルクだけでもいい」 「だよね。んー、じゃあ何だろ」 ギイは託生の腕を解くと、片足をソファに上げて正面から託生を見据えた。 「託生」 「なに?」 「女の子たちによくモテてたって聞いた」 「・・・何それ、誰に聞いたんだよ」 「片倉」 利久め、と託生はがっくりと肩を落とす。 それでギイの機嫌が悪かった理由が分かった。 かといって、託生は自分がモテてるなんて思ったことはないし、おかしなヤキモチ焼かれてもなぁと小さく唸る。 「どうして黙ってたんだよ」 「別にモテてるわけじゃないし」 「告白されたんだろ?」 ギイに責められて、利久のやつ、いったい何をぺらぺらとギイにしゃべってるんだよ!と託生は顔を赤める。 「お前、オレに何も言わなかった」 「だって、言うことじゃないだろ、そういうの」 「・・・・なぁ、それっていつのことだよ」 「いつって・・・」 口ごもる託生に、ギイはそれが一回だけじゃないのだとぴんときた。 たぶん今までにも何度か告白をされているのだ。何だかますます面白くなくなり、ギイはふいっとそっぽを向いた。今度は託生が身を乗り出してギイの顔を覗きこむ。 「あのさ、確かに何度か好きって言われたことあるけど、でもそれだけだよ?」 確かにそれだけ、と言われればそれだけだ。 託生が誰かと付き合っていたわけでもないし、そもそも誰かに好きだと思われるのは託生のせいじゃない。 「分かってるけどな」 「けど?」 「・・・・オレに学校行事に来るなって言ってたのは、それのせいか?」 「え?」 「お前、今日の卒業式だって、本当はオレに来て欲しくなかったんだろ?それって、女の子にモテてる姿を見られたくなかったからか?それって、何か後ろめたいことがあるからか?」 「あ、あるわけないだろっ」 思いもしなかったことを言われて、思わず託生は立ち上がった。 お互い譲らない態度で睨みあう。 「じゃあどうしてだよ」 「・・・・」 「託生?」 ギイも立ち上がり、怒ったような泣き出しそうな、そんな表情をしている託生に一歩近づく。 同じように一歩後ずさる託生の腕を、ギイは咄嗟に掴んだ。嫌がるように託生が逃げようとする。 「託生」 「別に・・・ぼくはモテたりしてないし・・・」 「嘘つけ」 「だいたい、そんなことでギイに来てほしくないって思ってたわけじゃないよ」 「じゃあ何でだよ」 「だって、見たくなかったんだよ。女の子にきゃあきゃあ言われてるギイのことっ」 「は?」 まったく話が見えなくて、さすがのギイもそれ以上言葉を繋げることができない。 分からない様子のギイに、今度は託生の方が怒り出す。 「ぼくなんかよりギイの方がずっとずっとモテるくせに!前に一度学校に来たときに、みんなギイに釘づけで、女の子なんかみんなギイに一目惚れで」 「おい、託生」 「大きくなったギイは前よりもっとカッコ良くなって、そんな姿見せたら、またみんなギイのこと好きになって・・・いいけどっ、ギイのことみんなが好きだって思うのはいいけど・・でも、ギイはぼくのものなのに・・」 興奮しすぎてぽろぽろと涙を溢れさせる託生に、ギイは慌てた。 「あのな、オレがモテてるわけないだろ。何言ってんだ」 呆れたようにギイが溜息をつく。 けれど託生はムキになったように首を振った。 「モテてた!ぼくは何度も女の子たちにギイのこと聞かれて、すごく大変だったんだからな」 とんでもなく美しい容姿をしているギイに、女の子たちは皆ぽーっと見惚れていた。 本気で託生にギイのことが好きだと言ってきた子もいたくらいだ。 「託生、オレはドールなんだぜ?」 「だから?」 「普通はドールを恋愛対象にはしない」 当然と言えば当然のことだ。 どれほど見た目も何もかもが人間そのものであっても、ギイはドールなのだ。 ドールだからこそ非の打ちようのない容姿をしているだけのことだ。 それくらいギイだってよく自覚している。 ギイを好きだという女の子は、ただ綺麗な人形を手元に置いてみたいと思っているだけだと何故分からない? 「だから嫌なんだよ」 託生がはっきりと言う。 「ギイが可愛い女の子のことを好きになったらどうしようって不安もあるけど、そんな風にギイのことをただの人形みたいに扱われるのはもっと嫌だ。ギイはそんな風に思われて平気なの?」 「託生・・・」 平気なのかと言われれば、もちろん歓迎されることではないけれど。だけど、目覚めた時からギイはずっとドールで、好奇の目で見られることも、人間じゃないくせにと蔑まされることも、どれも当たり前のこととして受け入れてきた。だけど託生はそうじゃないのだ。 やれやれ、とギイは苦笑する。 そんな風にまるで同じ人間のように自分のことを思ってくれるから、だからどうしても手離せない。 託生の言葉の一つ一つが、どれほどギイを幸せな気持ちにしているか分かっているのだろうか。 「オレは託生のことが好きなんだ」 「・・・」 「他の人にどう見られても、どう思われてもどうでもいい。託生がちゃんとオレのことを好きでいてくれたらそれでいい。オレは託生のドールなんだ」 託生が愛してくれなければ生きてはいけない。 託生の愛情がなくなれば、ただ枯れるしかない身なのだ。 なのに、いったい他の誰の愛情が必要だというのだ。 ギイはまだ興奮気味の託生のことを抱き寄せた。 「託生のことが好きだ。オレが好きなのは託生だけ。だからオレだけのものになって?」 胸の中で、託生はうんとうなづく。 「この先ずっとだぞ」 「うん」 それがどういうことか、本当の意味では分かっていないのだろうとギイは思う。 だけど少なくとも今この瞬間は、託生は自分のことを必要としてくれている。それだけでよかった。 「今夜するけど、逃げるなよ?」 「逃げないよ」 目元を赤く染めて託生が笑う。 そんなこと言っても、いざその時になれば逃げようとするに違いないと思ったが、とりあえず「約束」と言って、ギイは託生の額にキスをした。 逃げるなよ、なんてギイは言っていたけれど、何しろ3ヶ月も前からの約束なのだから、託生だって逃げるつもりはなかった。 けれど、夕食が終わり、あとで行くからとギイが自室へ引き上げてしまうと、何とも言えないドキドキ感が込み上げてきた。 「えっと・・・お風呂入ろっかな」 誰へともなくつぶやいて、託生は一人浴室に入った。 このあといったいどうなってしまうのだろうか、とあれこれ湯船に浸かりながら考えていると、あっという間に時間がたった。これ以上入っていると絶対にのぼせてしまうと思い、託生は湯船を出ると、タオルで身体を拭いていつものようにパジャマを着た。 浴室を出ると、ギイがベッドに寝転がって雑誌をめくっていた。 「びっくりした。いつ来たの?」 「さっき。託生、風呂長すぎ」 「うん、もうちょっとでのぼせるとこだった」 濡れた髪をタオルで拭いながら、ギイが寝転がるベッドの端に腰かける。 ギイは素早く起き上がると、サイドテーブルの上の水差しからコップに入れた水を託生へと差し出した。 「ありがと」 「待ちくたびれて寝るとこだったぞ」 「今日は卒業式とかいろいろあったから、疲れたんじゃない?」 「託生こそ疲れただろ?」 託生の手からタオルを取って、ギイが髪を拭ってやる。 「疲れたけど、明日から休みだしね」 「今日はやめとく?」 静かに尋ねられて、託生はびっくりして振り返る。 そのあまりの驚きっぷりに、ぷっとギイが吹き出す。 「疲れてるなら無理しなくても、って思っただけだよ」 「・・・無理なんてしてない。ギイこそどうしてそんなこと言うんだよ。あんなにやる気満々だったくせに」 「やる気満々って、ひどい言い方だな」 「だって」 ギイは託生を背中から抱きすくめると、首筋に唇を寄せた。風呂上りでまだ火照った身体の温もりが伝わってくる。ギイは目を閉じて、託生の匂いを吸い込んだ。 「いいのかな、ほんとに」 「何が?」 くすぐったさに身をすくめる託生がギイの手に触れる。 「託生のこと、オレのものにしてさ」 「・・・いいよ」 「簡単に言ってくれる」 確かに昨日まではやる気満々だった。だけど卒業式の時の父親の言葉で、少しばかり躊躇するようになってしまった。本当にいいのかなと。託生は後悔しないだろうか、と。 託生は自分を抱きしめるギイの腕を解くと、向かい合わせになるように身体を反転させた。 「ねぇ、ギイ。ギイがぼくのことを好きになるのはいけないことなのかな?」 「・・・」 「ぼくが、ギイのことを好きになるのも、だめなことなのかな?」 駄目じゃないよと答えることは簡単だけれど、それには大きな覚悟が必要になる。 ギイには無くすものは何もないけれど、託生はそうじゃない。ふいに父親に言われた「ありがとう」という言葉が浮かんで、胸が痛んだ。 託生はいつになく真剣な表情でギイを見つめて言った。 「ギイがぼくのことを好きだと言ってくれた時、ぼくはすごく嬉しかったんだよ。だってぼくもギイのことが好きだったから。兄弟みたいに育ったから、ギイはそれは愛情じゃないなんて思ってるかもしれないけど、そうじゃないよ」 「・・・・」 「誰かを傷つけることがあっても一緒にいたいって思うのは愛情じゃないの?」 ギイはようやく、託生が何も考えていないわけじゃないのだと気づいた。たぶん父親に知られたらどんなことになるのかも考えたに違いない。恐らくあまりよくない状況になるであろうことも。 それでもいいと、託生は思ったのだろうか。 「今さら迷うなんてギイらしくない」 「そうかもな」 「ぼくは・・ギイが欲しいよ。そんな風に思うのは、やっぱりだめなのかな」 だめなわけがない。 これ以上ない託生からの告白にギイは目を細めて、両手で柔らかな頬を包み込んだ。 口づけるとそれまでの迷いは嘘のように消えた。華奢な肩を掴んでそのままベッドに押し倒す。 今身につけたばかりのパジャマのボタンを外して、顕わになった白い肌に唇を寄せると、託生はくすくすと笑いだした。 「くすぐったいよ、ギイ」 「そのうち気持ちよくなるよ」 「ほんとに?ちょ、駄目駄目、くすぐったい」 脇腹から背中へと手を這わせると、託生は我慢できないというように身を捩った。 何と色気のないことか、とギイはがっくりしたけれど、くすぐったいというのはそれだけ敏感だということなので、そのうちそこが気持ちよくなるはずだ。 「いいからちょっと我慢しろよ」 「わかった」 さらりとした肌に口づけを繰り返した。耳元から首筋へ、胸元へ、何度も何度も繰り返すうちに、託生は気持ち良さそうにため息をついた。 下衣の上から触れると、託生ははっとしたように目を見開いた。 「力抜いて、目を閉じて」 「・・・」 言われるままに託生は目を閉じた。 啄ばむようにキスされて、薄く開いた唇の隙間から濡れた舌先が差し込まれた。今までしたことのないような口づけに、託生はついていくのが精一杯だった。気持ちいいのか悪いのかも分からない。 息をつごうと少し唇を離すとまたすぐに塞がれて、深く口づけられる。 「んんっ・・・」 ちゅっと音をさせてギイが唇を離す。 下衣の中へと忍び込ませた指で、徐々に形を変え始めたものに刺激を与えられて、託生はぎゅっとギイのシャツを握り締めた。 「気持ちいい?」 「わ、かんない・・・」 「じゃあこれは?託生、もうちょっと足開いて?」 託生は素直に閉じていた膝の力を抜いた。 緩く、強く、緩急をつけて上下に扱かれて、託生はひゅっと息を吸い込んだ。 「やだ、ギイ・・・っ、んん・・・」 他人の手で触れられるなんて初めのことで、けれどそれがギイの手だというだけで、信じられないくらい気持ちが良かった。 腰から背中へと駆け抜ける快感に急に怖くなって、託生はギイの手首を思わず掴んだ。 「やっ・・・待って・・ギイ」 「なに?イっちゃいそう?」 ふっと笑って、ギイが指を動かすスピードを上げる。くちゅくちゅっと濡れた音が、溢れ出した蜜が立てている音だと分かると、託生は真っ赤になって首を振った。 「ど・・しよ・・・」 思わず逃げようとする身体をギイが片手で引き寄せて、涙目の託生の唇をもう一度塞ぐ。 舌が絡み合うたび、頭の中がぼーっと熱くなっていくような気がして、託生はただされるがままになるしかなかった。 「託生・・・」 「んっ・・・あ・・・やだ・・・駄目っ・・ギイっ」 切羽詰った声と共に、ギイの手の中にぱっと飛沫が飛び散った。 あっという間に絶頂に導かれて、託生は荒々しい呼吸を繰り返した。恥ずかしくて、ぎゅっと閉じた眦から涙が零れる。 「何で泣くんだよ?」 「だって・・・ごめ・・・ん・・」 ギイの手を汚しちゃったから、と小さく言う託生に、ギイはくすっと笑う。 「気持ち良かった証拠だろ?謝る必要なんてない」 濡れた手をタオルで拭って、ギイはどこか満足したような吐息をついて、首筋まで赤くしている託生を抱き寄せた。 「嫌じゃなかった?」 「・・・・」 「気持ちよかっただろ?」 小さく小さく託生がうなづく。それは良かった、とギイは愛しげに託生の頬にキスをした。 ギイは?と託生が視線で尋ねて、そっと手を伸ばす。 自分ばかりが気持ちよくなるなんて不公平だと思ったのだけれど、ギイはやんわりとその手を留めた。 「ギイ?」 「オレはいいから」 「でも・・・」 正直なところ、ギイもこういうことは初めてだったし、何から何まで人間と同じようだとしても自分はドールで、今まで性的な衝動なんて感じたことはなかったのだ。だけど不思議なことに託生に愛情を感じるようになってからはちょっとした瞬間に反応するようになってしまった。今も腕の中で切なそうに眉をひそめる託生を見ていた、しっかり反応してしまった。 「託生、ちょっとだけ痛いのも我慢できる?」 「・・・何するの?」 不安げに託生がギイを見る。やっぱりちゃんと分かってないじゃないかと思いながら、ギイは用意してきたジェルを取り出した。 「なに?」 説明したら本気で泣きそうだなと思って、ギイは曖昧に笑ってジェルを掬った指を託生の足の付け根へと伸ばした。 誰も触れたことのない場所に触れると、託生はひゃっと飛び上がりそうなほどに身を震わせた。 「ギイ・・何するのっ?」 「いいから黙って、力抜いて、感じてればいいから」 いいから、などと言われても、ぬるぬるとあらぬ場所を探られて、とにかくもう今すぐにでも逃げ出したくて仕方なかった。 腰を引こうとしてもギイにがっちりと押さえられて動けない。 「や・・っん・・・ギイ・・・っ」 何度かジェルを足してはそこを慣らしていくうちに、やがてギイの指先がくぷりと中へと入っていく。 「いっ・・・た・・・無理、ギイ・・やめ・・・」 「ああ、やっぱり狭いな・・・」 つぶやいて、ギイはゆっくりと抽挿を始めた。中まで濡らすつもりで、さらにジェルを増やして指を動かす。そのたびにぐちゅぐちゅとした水音が響いた。 「やぁ・・・やだっ・・気持ち悪い・・」 「うん、ごめんな。けど、ちょっとだけ我慢して。託生」 ひくっと託生が喉を鳴らしてまた涙を溢れさせた。痛みと気持ち悪さと、いったいこの先何をされるのか分からない不安で託生は混乱していた。 想像していたのとは全く違う。朧ろ気ながらに夢見ていた行為とは違い、もっと生々しくてリアルな感触。 「託生・・・」 好きだよ、と耳元でギイが囁く。 知ってる。そんなことはちゃんと分かってる。けれど、ギイが奥を探るたびに怖くて怖くて逃げ出したくなる。 やっぱりやめると言いそうになるけれど、ギイとしていることだと思って、何とか折れそうになる気持ちを勇気づけた。 「んっ・・・んん・・・」 時間がたつにつれ痛みは薄れ、かといって気持ちいいとは程遠く、託生はどうしていいか分からずただ胸を喘がせた。 もうやめて、と口を開いたその時、ギイの指が触れた一点に全身が痺れるほどの快楽が一瞬にして走り抜け、思わず甲高い声が出てしまった。 「あっ・・・やだ、そこ・・・やぁ・・」 「ここ?気持ちいい?」 見つけた場所を何度も抉るように刺激すると、託生は声が出ないようにと口元を手で押さえた。 くぐもった声だけでも、託生が感じてることは分かり、ギイはしつこくそこを嬲った。 「はっ・・・ぁ・・・やだ・・っ、おかしくなる・・っ」 言葉にできない熱が身体を侵食していく。それまで気持ち悪いとしか感じなかった指の動きは間違いなく心地よいものに変わっていて、託生は自分がおかしくなってしまったんじゃないかと怯えた。 「ギイ・・・っ」 「大丈夫、ちゃんと気持ちよくしてあげるから。もっとしたいって思うくらい」 「やだ・・・っ、どうして・・・こんなの・・・」 先ほど放ったばかりの先端は痛いほどの張り詰めて、またとろりと蜜が溢れ出していた。 ついさっきギイの手で与えられた快楽とはまた違う種類のものが波になって襲ってくるような気がして、知らずと涙が溢れ出した。 いつの間にか指が二本に増やされて、中を広げるようにしつこいくらいに擦り上げられた。 すっかり柔らかく綻んだ頃、ギイはふぅっと感じ入ったように息をついて含ませていた指を引き抜くと、力の抜けた託生の膝をもう一度割り開いた。 「ギイ・・どうするの・・・?」 「うん?」 下衣の前を寛げたギイに、託生はぱちぱちと瞬きを繰り返す。 「入れていい?」 「え、え・・・っと・・入れるって・・・」 「だから・・・ここに・・」 濡れた指がたった今まで探っていた場所をなぞる。 ギイの言っている意味が分かり、とたんに託生は顔色を変えた。 「・・・無理無理無理っ・・指だって痛かったのに、そんなの入らないよっ」 そんなのって何だ?逃げようと肘でずり上がる託生を、ギイが引き止める。 「でも痛いだけじゃなかっただろ?」 「そ、そう・・かもしれないけど・・絶対無理・・・」 「でもしたい・・託生、駄目?」 「・・・・だって・・・怖いし・・・」 「大丈夫・・痛くないようにするから・・」 大丈夫だなんて言うけれど、どう考えても痛いに決まってる。託生は恨めしそうにギイを睨んだ。 「託生」 名前を呼ばれて、託生はうろうろと視線を彷徨わせたあと、覚悟を決めてギイに向かって両手を差し伸べた。 誘われるままにギイは身体を重ねると優しくキスをした。ようやく少し慣れたのか、キスをするとほんの少し託生の身体の強張りがなくなった。 膝を持ち上げて、昂ぶった熱をひたりを押し当てると、託生は一瞬怯えたようにギイの腕を掴んだ。 「好きだよ」 それしか言ってやることもできなくて、言うべきこともなくて。 「あ・・・っ」 ほんの少し腰を進めただけでも託生はぎゅっと眉を顰めて顔を背ける。 胸につくほど脚を押し上げて、ギイはゆっくりと託生の中へと入っていく。 「やだ・・・っ・・あぁ・・・」 焼かれるように熱さと痛みで、託生は両腕で顔を隠して必死で叫びそうになるのを堪えた。 ギイは抱え上げた託生の膝頭にキスをして、自分の方へ腰を引き寄せるようにして奥へと埋め込んでいく。 「んんっ・・・無理・・やだ・・」 「あとちょっとだけ・・・ああ、託生、すごいな・・・」 きゅうきゅうと絞られるような感触に、ギイ自身も信じられない思いがしていた。気持ちいいなんて言葉ではとても表せないほどの快楽に目が眩みそうになる。 時間をかけて奥まで繋がってしまうと、しばらくそのまま動かずに託生の様子を窺った。大きく胸を上下させて、何とか挿入の衝撃をやり過ごそうとしている。 ギイは刺激しないように身体を倒すと、託生の腕を外して濡れた頬にキスをした。 「ごめん・・痛い?」 「・・・わか、んない・・・熱くて・・・いっぱい・・・」 しゃくり上げるように託生が瞼を開けてギイを見る。 「オレはすごく気持ちいい。どうしよう、オレばっかりは嫌だな」 「・・・・んっ・・」 耳朶を食み、首筋に唇を這わせ、胸の尖りを口に含む。舌先でくすぐると、託生はひくっと喉を鳴らした。 手のひらで冷えた身体を暖めるようにして腰から背中を何度も撫で上げると、やがて託生は気持ち良さそうにため息をついた。まだ柔らかなままの託生の屹立を手にしてそっと上下すると、それに呼応するように託生の中がぎゅっと締まった。 「託生・・・っ」 我慢できなくなって、ギイはゆるゆると突き上げを開始した。 少しでも託生が気持ちいいと思ってくれたらいいのに、と祈るような気持ちで感じる部分を擦り上げる。 「あ・・やぁ・・・」 揺り動かされて、託生はふるふると首を振った。 ずるずると引き抜かれてはまた奥まで押し込まれる。痛みは和らいだけれど、その圧迫感に息が苦しくなる。 けれど、先ほどギイの指で探られて気持ちいいと感じた場所を突かれると、それまでの苦しさが嘘のようにすべてが快楽に変わった。一気に高みへ引き上げられるような気がして、託生はギイの首筋に両手を回して、与えられる快楽だけを必死に追いかけた。 きしきしとベッドが軋み、託生は声がそれまでとは違う甘い声で泣いた。 「ギイ・・・っ」 何が何だか分からなくて、このまま死んじゃうんじゃないかと思うほどに揺さぶられ、圧倒的な質量で最奥を突き上げられて、自分の出している声がずいぶんと遠くに聞こえた。 強い刺激に堪えられず二度目の迸りが飛び散ってギイの肌を濡らした。 ああ、と託生は解放されたあまりの心地よさに身を震わせる。 「託生・・・」 荒い息のギイに好きだよと耳元で囁かれ、たぶん何度もうなづいたと思う。 好きだよ、と同じ言葉を託生が口にした時、ギイの動きはさらに激しいものになって、やがて唐突に動きが止まった。 「んっ・・・」 じわっと身体の奥が熱くなったのを感じて、託生は大きく息を吐き出してくったりと脱力した。 ギイも同じように託生の身体に覆いかぶさると、はぁはぁと何度か荒い呼吸を繰り返した。 「ギイ・・・」 重い腕を持ち上げて、託生はギイの汗ばんだ背中を抱きしめた。 優しく髪を梳く指の感触で目が覚めた。 薄闇の中、しばし託生はここがどこで、どういう状況なのか分からずぼんやりとしていた。 そして身体のあちこちが痛いことに気づいて、思わず起き上がって、すぐに前かがみに蹲った。 「いったーい」 どことは言えないような場所がじんじんと痛いし、脚の付け根とか、腰も痛い。 託生は涙目になりながら、隣に横たわるギイを睨んだ。 「ひどいよ、ギイ。痛くしないようにするなんて言ったくせに、嘘ばっかり!」 「ごめん。いろいろ無茶させたよな、オレ」 よしよしと言うように、ギイが託生の背を撫でる。 「ギイの馬鹿」 「だからごめんって。でもめちゃくちゃ感動した」 感動??? 思い出すだけでも恥ずかしくて、託生は熱く火照った頬を両手で押さえた。 あんなことやこんなことまでしてしまった。どれもすべて初めてのことで、ちゃんとできたのかも正直分からない。 「ギイ・・・」 「うん?」 「えっと・・・せ・・っくす・・したんだよね。ぼくたち」 「うん」 ギイはよっこらしょと起き上がると、むき出しの託生の肩に唇を寄せてちゅっとキスをした。 それまで何てことのなかったそんな仕草さえ、何だか特別な意味を持つもののように思えて、託生はとたんに気恥ずかしくなってしまった。 「あの・・・さ・・・ギイは・・・その・・・」 「なに?」 「き・・もち良かったの?」 託生自身は正直なところ痛くて苦しかったという印象の方が強くて、確かに気持ちいい瞬間もあったけれど、ギイはどうだったのかさっぱり分からない。 「ぼく・・・ちゃんとできてた?」 ギイは真っ赤になっている託生をまじまじと見つめた。 「オレばっかり気持ち良かったような気がしてどうしようかと思ってさ」 「え?」 「ちゃんとできてたよ。すごく気持ちよかったし・・・幸せになれた」 「幸せ?」 「うん」 ギイはまだ不安そうにしている託生を抱きしめた。 「何だろ。こういうのって身体だけのことじゃないんだなって分かった。前よりももっと託生のことが好きになったし、もっと大切にしたいと思った。セックスすることに身体的快楽以外に何か意味があるのかなって不思議だったけど、やっと分かったよ。その人とセックスしたいって、愛情がないとできないことだよな。そう思ったら、何度でもしたくなった。繋がってる時、託生の近くにいられるって感じがして、気持ちいいだけじゃなくて、すごく嬉しくなった」 「・・・・」 「託生は?もう二度としたくない?痛いばかりで気持ちよくなかった?」 今度はギイが不安そうに尋ねる。 託生は困ったようにギイを見上げた。 「何だか無我夢中でよく分からなかったんだけど・・・」 「まぁそうだよな」 「でも、嫌じゃなかったよ」 「・・・」 「痛くて苦しかったけど、でもギイとすることだから我慢できたし、えっと・・ちょっと気持ちいい瞬間もあったし・・・。だから、もうちょっと練習したら、もっと上手くできるかなって思うんだけど・・」 「上手く・・・?」 何をどう上手く?などと下世話な突っ込みをしそうになったが、ギイはうんとうなづいた。 託生はぺたりとギイの胸に頬をくっつけて目を閉じた。 「ギイの言う通り、ぼくもすごく幸せだなって思うよ」 「託生・・・」 「前よりもっとギイのことが好きになった。これからもっと好きになる。だからギイ・・・」 「うん?」 「ずっと一緒にいて」 あまりにもささやかな願いに、いっそ唖然としてしまう。 そんなお願いしなくとも。 託生が好きだと言ってくれる限り、そばにいて欲しいと思う限り、どこへも行くはずはないのだ。 「次はもっと気持ちよくなれるように、オレも練習するかな」 「誰と?」 むっと拗ねたようにギイを睨む託生の唇をむにゅっと摘む。 「練習させてくれる?託生」 「・・・・痛くしないなら」 「あー、善処します」 照れたように小さく笑う託生にキスをする。 おいで、というようにギイは託生を胸に抱え込むようにして横になった。 今までだって同じように眠っていた。 だけど、今は何かが違う。そんな風にギイと抱き合うたびに、何か新しい発見があればいい。 とりあえず今は、 「勉強と練習と復習が必要だよね」 小さくつぶやいた託生の言葉は、ギイの耳には届かなかったようで。 慣れるまでにはまだもうちょっと時間がかかるとは思うけど、たぶん長い春休みの間にもうちょっと2人の関係もステップアップできるかもしれない。 恥ずかしくて、でもちょっと楽しみで、託生は潜り込むようにしてギイにくっついて目を閉じた。 恋人として過ごす初めて春休みが明日から始まる。 |