ギイの誕生日が近づいてくると、子供たちの様子がおかしくなってきた。
ハルとヒロで何やらこそこそと話していても、ぼくがやってくるとぴたりと口を閉ざす。 最初は何の内緒話をしているんだろうと思ったけれど、ギイの誕生日を思い出して、もしかして!と思った。 五か月前、ぼくの誕生日の時には二人だけで花を買いにいくという冒険をしでかして、ひやひやさせられたのだ。 もうあんなことはしないと約束したので大丈夫だとは思っているけど、どうも二人の様子がおかしい。 「ハル」 「なぁに?」 ヒロと二人で遊んでいるハルの隣に座ってみる。 「もうすぐギイの誕生日だね」 「うん」 「プレゼント何にするか考えてる?」 聞くと、ハルはちょっと困ったような表情を見せて、ちらりとヒロを見た。 怪しい! 怪しすぎる!! ハルとヒロがギイの誕生日に何もしないわけがないので、絶対に何かを考えているはずだ。 別にそのこと自体は何の問題もない。ギイも喜ぶだろうし、大歓迎だけど。 「ハル、まさかまた内緒で買い物に行こうって考えてないよね?」 「そんなことしない。だって託生に怒られたもん」 「そっか。じゃあギイにお花をプレゼントするなら一緒に買いに行こうか?」 「うーん・・・」 歯切れの悪い返事をするハルに首を傾げる。 「お花買いに行くー」 横で話を聞いていたヒロが体当たりするようにぼくに抱き着いてきた。 抱っこしてーと甘えてくるヒロを膝に乗せて、もう一度ハルに聞いてみる。 「ハルはギイに何をプレゼントするつもりだったんだい?花じゃだめ?」 「・・・だって」 「うん?」 ハルは少し考えたあとにだって、と続けた。 「だって普通に買ったお花じゃギイは驚かないと思うから」 その発言にぼくは意味がわからずきょとんとした。 驚かない・・・ってどういうことだ。 「ハル、ギイのこと驚かせたいの?」 「だってお花は託生にプレゼントしたから、きっとギイも貰えるって思ってるよ。 だったら驚かないでしょ?せっかくのお誕生日だから驚かせたいもん」 「いや、別に驚かせなくてもいいんだよ?えーっと、ギイだって誕生日にハルたちからプレゼント貰えるって楽しみにしてると思うし」 「それじゃだめ!!」 「えー、何で?」 「だって、託生は驚いてくれたでしょ?サプライズって大切なんだっていつもギイが言ってるもん」 必死に言い募るハルに、ぼくはやれやれと肩を落とした。 まったくギイのやつ。 ギイは記念日じゃなくてもぼくやハルたちにサプライズプレゼントをすることが多々あって、ハルとヒロはそのたびに大喜びをしているのだ。 子供たちにしてみれば、それはすごく楽しいことに違いない。 そうか、だからハルはぼくの誕生日にも内緒で買い物に行こうとしたのか。 驚かせばぼくが喜ぶと思って。 うん、まぁ間違ってはいないけど、だけど危ないことはして欲しくない。 「託生、ギイが驚くこと教えて」 「驚くことって言われてもなぁ。普通にプレゼントすればいいと思うけど」 「やだっ、それじゃギイは喜ばないもん!」 「そんなことないよ」 ほんとに、ギイはハルとヒロからなら、どんなプレゼントでも嬉しいはずだ。 と、いくら言ったところで納得しないんだろうなぁ。 「わかったよ、じゃあギイが驚くこと一緒に考えようか」 「うんっ!」 満面の笑顔を見せられては考えないわけにはいかない。 でもなぁ、あのギイが驚くことって何だろう。 あれこれ考えてはみても、これだ!と思いつくものがない。困った。 「ねぇ託生、あのお話聞かせて?」 「なに?」 うとうとし始めたヒロをそっと膝から下ろして大きめの座布団の上に寝かせた。 「あの話ってどの話?」 今度はハルがぼくの膝の上ににじりよる。 最近大きくなってきたので正直抱っこすると重いんだけど、ハルはヒロがいるといつも遠慮して甘えてこないので、二人の時はできるだけ目いっぱい甘えさせてあげることにしているのだ。 「ギイが託生にサプライズプレゼントしたお話」 「ああ、クリスマスの?」 「そう」 もう何度も話しているのに、ハルはこの話が大好きらしい。 「ぼくとギイは同じ高校で同じ寮の部屋だったんだよ。クリスマスが近くなって、ぼくはギイのためにマフラーを用意したんだ。ギイによく似合う辛子色の。あとちょっとでクリスマスって時に、ギイはめずらしく風邪を引いちゃって、熱が出て声も出なくなったんだ」 「いつも元気なのにね」 「そうそう。だけど、ギイが風邪を引いたのにはちゃんと理由があったんだ」 ハルはもう何度もこの話を聞いていて、その理由も結末も知っているくせに、目をキラキラさせてぼくの話の続きを待っている。 「ギイはぼくのために大きなクリスマスツリーを用意してくれたんだ。寮の窓の外に大きな木があって、そこに綺麗な飾りつけをしてくれたんだ。だけど、その飾りつけを買ったためにお金がなくなって、寒い中、学校まで歩いて帰ってきたから、そのせいで風邪引いたんだ」 「綺麗だった?」 「すごく綺麗だったよ。きらきらしてて、今まで見たツリーの中で一番綺麗だった。ギイはサプライズが大好きで、他にもいろいろサプライズでプレゼントをしてくれたけど、ぼくはそのツリーが一番心に残ってるよ」 「うん」 「ギイはいつもそうやってぼくが喜ぶことを考えてくれていたんだ」 「ギイは託生のこと大好きだから」 「そうだね。ぼくもギイのことが大好きだよ」 「ハルも大好き!」 そうか、相手が喜ぶ顔が見たいから、普通のプレゼントをするよりもサプライズの方がもっと喜ぶ顔が見れるから、ギイはあれこれ考えてはサプライズをしてくれるのだ。 ハルがサプライズにこだわるのも当然のことなのかもしれない。 「よし、ハル。ギイがびっくりすること考えよう」 「うんっ」 ぼくとハルはギイのことを思いながら、びっくりすることを話しあうことにした。 そしてギイの誕生日当日。 残業せずに早く帰ってくるように、と朝出かけにそう言うと、ギイは心得たように了解と言った。 たぶん、ハルやヒロがギイのためにプレゼントを用意することは分かっているし、それがどんなものであっても、ちゃんと喜ぶだろう。 ギイが出かけたあと、ぼくとハルは夜のお誕生日会のために買い出しに行った。 お目当てのものを買い込んで、ハルとヒロがせっせとその準備をする。 ギイのためという最初に目的は少し薄まって、子供たちの方が楽しんでいるような気がするけど、まぁそれはそれでいいんだろう。 だけど本当にギイを驚かせて喜ばせるというのは至難の業だ。 発想力というかセンスが問われるというか。そういう分野でギイに勝とうなんて無理な話なんだよなぁ、とぼくは準備を手伝いながら考えていた。 「託生!できた!」 「できたー!」 ハルとヒロがそれぞれ出来上がったものを手にして駆け寄ってくる。 「うん、綺麗にできてるね。じゃあもうちょっと頑張って仕上げちゃおう」 「うんっ」 結局小さな子供たちがもたもたと準備を進め、出来上がったのは夕方になった頃だった。 丸一日仕事になってしまったけれど、ハルたちが楽しそうだったので良しとする。 それからばたばたと夕食の支度をして、頼んでいたケーキを取りにいって、何だかもうひたすら慌ただしい一日だった。 ギイは約束通りいつもよりも早く帰ってきてくれた。 「ただいま」 とギイが言うと同時に、玄関にダッシュで出迎えたハルとヒロがそれぞれにギイの手を引いて、口々に 「ギイ、お誕生日おめでとー」 「ヒロね、一生懸命作ったー」 「早く早く」 「すごいたくさんあるんだよー」 とにかく大興奮で言うものだから、ギイは何が何だか分からないままに、ぼくを見た。 「おかえり、ギイ」 「ただいま。ていうか、大丈夫か、こいつら明日知恵熱出すんじゃないだろうな」 「あー。ほんとだね。気をつけよう」 ギイの足元でやたらと元気のいいハルとヒロに苦笑する。 二人に引っ張られるようにして、リビングの扉を開けると、さすがのギイも中の様子に驚いたように足を止めて目を見張った。 これでもかというくらいにバルーンを浮かべて、壁にはでかでかと誕生日おめでとうのメッセージを張り付けたリビング。 それ以外にもハルとヒロがせっせと作った紙の花や折り紙とか、何だかもうおもちゃ箱をひっくり返したような有様ではあるけれど、見るからに楽しそうな雰囲気は出ているはずだ。 まさかこういう飾りつけをするとは思っていなかったであろうギイは、まじまじとバルーンを眺めては微笑んだ。 「これは、すごいなぁ」 こういう飾りつけってちょっとアメリカっぽいから、もしかしたらギイも子供の頃にこんな誕生日を迎えてたことがあるのかもしれない。 「ギイ、ギイ、驚いた?」 期待に満ちた眼差しでハルがギイを見上げる。 「ああ、すっごく驚いた」 そう言って、ギイがハルを抱き上げる。 「すごいなー、この風船、ハルとヒロで膨らませたのか?」 「うん、えっと、全部じゃないけど」 「そっか、ありがとな。ほら、ヒロもありがとう」 片手でヒロも抱き上げて、ギイは二人のほっぺたにキスをする。 二人とも歓声を上げてギイに抱きつく。 正直なところ、飾りつけの半分以上はぼくがやったんだけど、何をどう配置するかはハルとヒロが決めた。子供らしい可愛らしい色合いで、見ているだけでも自然と笑みが零れる。 ハルとヒロはギイに一生懸命飾りつけの説明をしている。 「さ、ご飯にしよう。今日はギイの好きなものばかり作ったから」 賑やかな食事のあとは、ケーキにろうそくを立て、いかにも!な誕生日会はお開きとなった。 そして最後に、ハルがギイに手紙を渡した。 「手紙?」 部屋の飾りつけだけじゃあ何か物足りない気がしたので、ぼくの提案でハルとヒロはギイへの手紙を書いた。 ヒロはまだ字が書けないから似顔絵で。 ハルは覚えたばかりのひらがなでたどたどしくもギイへの感謝の気持ちを綴った。 恥ずかしさもあるのか、あとで読んでね、と念を押してハルとヒロは頑張り疲れもあってかいつもより早くベッドに入った。 「しまった」 ギイがはーっとため息をつく。 「まさかこんなものが最後に出てくるとは思わなかったからやられた」 「よかった。いつもぼくがサプライズされてばかりだから、たまにはギイにも驚いて欲しかったんだよ。驚いた?」 「驚いたよ。ていうか、感動した」 おお、ギイを感動させることができるなんて最高の誕生日ではないか。 頑張った甲斐があったというものだ。 食後のコーヒーを二人で飲みつつ、明日は部屋の片づけが大変だなぁなんてぷかぷかと浮かぶバルーンを眺めていると、ギイがふいにぼくの手を取った。 「託生、ありがとな」 「?」 「大変だったろ。準備するの」 何でもお見通しのギイの悪戯っぽい目に、ぼくは笑った。 「大丈夫だよ。ぼくだってギイにサプライズプレゼントしたかったし。いつもギイからもらってばかりだからさ」 それは嘘でも何でもない。 祠堂にいた頃から、ぼくはギイからたくさんのものを貰っている。 目に見えるものも見えないものも。 どれもぼくを幸せにしてくれるものばかりだ。 いつか同じものを、少しでもギイに返せるといいのになと思う。 「手紙、読まないの?」 「ちょっとドキドキするよな。いったい何が書いてあるんだろう」 柄にもなく緊張した面持ちで、ギイは可愛いキャラクターの封筒から折りたたまれた手紙を取り出した。 ギイの誕生日にギイのことをびっくりさせられたらいいなぁなんて思っていたぼくだけど、最後の最後で、手紙を読んでほろりと涙を流したギイに一番驚かされたというオチがついた。 サプライズって難しい。 |