「ギイって、もしかしたら宇宙人かもしれないな」
何とはなしに聞こえてきた会話の中に、ギイという言葉が出てきたせいで、ぼくはふと耳をそば立てた。
他人の会話なんてほとんど気にはならないし、ましてや盗み聞きなどしたりはしないけれど、自分の好きな相手のことがすぐ近くで話題となっていれば、嫌でも気になってしまうものだ。 「ギイのどこが宇宙人だって?」
「だってさ、あの容姿だろ、頭が良くて、スポーツ万能、人当たりがよくて人望があって。欠点なんて一つもないじゃん。普通そんな人間いるか?人間ならいいところもありゃ悪いところもあるはずだろ?でもギイって、完璧だろ?だから人間じゃねぇよ、きっと宇宙人だ」 「はは、なるほどなー。まぁ確かにギイが宇宙人でも不思議じゃないよな」 「だろ?実は地球征服をねらって、どっかの星からやってきたエイリアンなのかもしれないぜ。なので、あの容姿。俺たち人間とは違う生き物だって思わないとやってられないよなぁ」 分かる分かると、周りの連中がうなづいて、話題は別のものへと移っていった。
「ギイが宇宙人ねぇ」
向かいの席の章三がくすりと笑った。
どうやらぼく同様に彼らの話を聞いていたようである。 「なるほど、それならヤツの羞恥心の無さも理解できる。あれは普通の人間の持つ感覚じゃないからな」 「赤池くん、宇宙人て美形なの?」 「知るかよ。まぁ普通はエイリアンみたいなグロテスクな容姿の方がそれっぽいけどな」 「そうだよね、映画とかだと怖い存在で出てくるし」 「まぁな。アクションものだとどうしても戦う相手が必要だし、それがエイリアンとなりゃ、どうしても見た目はグロテスクになる。分かりやすいからな」 「でもさっきの話だと、ギイの見た目がいいから宇宙人じゃないか?ってことだったけど?」 「あいつらはギイの本性を知らないから単純に見た目の良さを羨ましく思ってるだけさ」 章三は夕食のハンバーグをぱくりと食べると、そうだろ?とぼくを見る。 「ギイの本性?」 「あいつは見た目はいいが、中身はねぇ」 「中身はねぇ、って。それじゃギイが性格が悪いみたいじゃないか」 そんなことはないと一番よく知っているはずの章三の台詞に、ぼくはどうにも納得できない。 章三はそうじゃなくてさ、と肩をすくめる。 「見た目や、華やかなバックグラウンドしか見てないヤツらには分からないだろ。本当のギイってのはさ。葉山、お前が一番ギイのことを知ってるだろうが。お前もあいつらみたいに、ギイは宇宙人かも、なんて思ってるんじゃないだろうな」 「思ってないよ」 ギイが宇宙人なら、ぼくの恋人は宇宙人ということになる。 それはちょっとご免こうむりたい。 夕食を済ませて部屋に戻ると、めずらしくギイが帰っていた。 「おかえり、託生」 「あれ、ずいぶん早いんだね、珍しい」 いつも忙しいギイは、こんな時間に部屋にいることはまずない。 だってまだ8時にもなってないのだ。 「どうしたの?具合でも悪いの?」 ギイに限って体調不良は考えにくいけど、そういうこともあるかもしれない。 ギイはそんなぼくの言葉に苦笑した。 「何だよ、オレが早く部屋に戻ってきたらそんなにおかしいか?」 「そうじゃないけど・・」 「たまには託生といちゃいちゃしないと、具合が悪くなる」 「何、それ」 「ほら、来いよ」 ここのところ野暮用ばかりで忙しいギイとは、少しばかりすれ違いの毎日だった。 同じ部屋で寝起きしてるし、同じクラスで毎日一緒に授業を受けてはいるものの、恋人らしい触れ合いというのは、久しぶりのような気がする。 両手を広げてぼくを待つギイに、躊躇いながらも近づいた。 「託生」 ギイはぎゅっとぼくを抱きしめると、ほっと息をついた。 ああ。ギイの匂いだ・・・
不思議な花の香り。大好きなギイの香り。
ぼくもほっと息をついた。
抱きしめられて、たったそれだけで幸せな気持ちになるのだから困ったものだ。 ひとしきりぼくを抱きしめたあと、ギイはちゅっと音をさせて耳元に口付ける。 どうにも気恥ずかしくて顔が上げられないぼくに、ギイは小さく囁いた。 「今日は一日めちゃくちゃ忙しくてへとへとだ。託生、充電させて」 「充電って・・・」 機械じゃないんだから、と言いかけて、ふと先ほどの食堂での会話が甦った。 ギイは宇宙人かもしれない。
だから充電?
電気でチャージされて動いてる? 「ぷっ」
思わず吹き出したぼくを、ギイは訝しそうに眺める。 「託生、何がそんなにおかしいんだよ」 「え、いやちょっと思い出しちゃってさ」 「だから、何をだよ」 いきなり恋人に笑われたギイは、むっとした表情でぼくを睨む。 ごめんごめん、と言って、ぼくは先ほどの食堂での出来事を話した。 「ギイ宇宙人説っていうのが、そのうち蔓延しちゃうかもよ」 「宇宙人ねぇ」 つまらなさそうに鼻を鳴らして、ギイはぼくの手を引いてベットに腰かけた。 ぼくがギイの両足の間に立つと、ギイはそっとぼくの手を取って、黙り込む。 何かを考え込むようなその表情に、ぼくはふと心配になった。 「ギイ、怒った?」 「別に。そういうこと言われたの、初めてじゃないしなぁ」 「え、まさか本当に宇宙人だって言うんじゃないだろうね」 一瞬身構えたぼくに、今度はギイが吹き出す。 「託生、オレが本当に宇宙人だったらどうする?」 「え、ギイが宇宙人だったら?うーん、どうするって言われても・・」 もしもぺろりと皮をめくって、中からグロテスクなエイリアンが出てきたら、それはさすがに怖いけど。 だけどギイなんだよね。 「ギイ、もし宇宙人だったら、地球征服とか狙っちゃうの?」 「そんな面倒なことしないよ。そうだなぁ、とりあえず託生を連れて帰るかな。自分の星に。拉致られたらどうする?託生」 「いいよ、連れてっても」 あっさりと言ったぼくに、ギイはきょとんと目を見開く。 「地球とお別れだぞ?友達にも両親にも会えなくて、もしかしたら言葉も分からないかもしれないのに、そんな簡単にいいよ、なんて言っていいのか?」 「いいよ。ギイなら」 「・・・・」 ギイはじっとぼくを見つめて、そしてふわりと笑った。 長い腕を腰に回して、そのまま引き寄せると、ぺたりとぼくの腹部に頬をつけた。 「ギイ?」 「ほんとに宇宙人なら良かったな。そしたら誰にも邪魔されずに託生を連れてけるのに。違う星に連れてく方が簡単な気がしてきた」 そう言って、より一層、ぼくの身体を抱きしめる。 ぼくはそっとギイの髪を撫でた。 そういうこと言われたの初めてじゃないしなぁ・・・
そう言った時の、どこか傷ついたようなギイの表情。
同じ人間じゃないみたいだ、とそんな台詞を今までにも誰かに言われたのだろうか? もちろんそれは悪い意味ではなく、むしろ賞賛だったり、羨望だったりいい意味での言葉だったのだろうけれど、でもギイにとってそれは、自分との間に一線を引く言葉にしか聞こえなかったのだろう。 「やっぱりギイは宇宙人なんかじゃないね」 「うん?」 「だって、宇宙人はこんなに甘えん坊じゃないだろ、きっと」 ほんとは甘えん坊なギイ。
ほんとは寂しがりやなギイ。 ほんとは、誰よりも傷つきやすいギイ。 そんな風には見せないから、きっと誰も気づいていない。
誰にも気づかせないように、笑っているから。 誰も気づかない。 だけど、ぼくは・・ ギイのすべてが分かるだなんて、そんな偉そうなことは言えないけれど だけど、こうして触れ合うことができる分、ギイのことが分かるんだ。 「充電できた?」
「もうちょっと」 ぎゅっと力いっぱい抱きしめられて、そのままベッドに倒れこむ。
「オレ、充電に2時間はかかるから」
「え、かかりすぎだよ!燃費悪いなぁ」 その言葉にギイが声を上げて笑った。 |