Christmas Time is Here


祠堂で同級生だった野沢政貴とは同じ音大へ進んだこともあって、社会人になってからも時折連絡を取っていた。
その日は政貴から連絡があり、久しぶりに会えないかと誘われた。
12月に入り、時折雪の降る日もあったが、その日は風もなく午後からはずいぶんと気温も上がって、寒がりな託生としてはでかけるにはありがたい日だった。
約束をしていたカフェに入ると、もう政貴は来ていて、託生に気づくとぱっと笑顔を見せて小さく手を振った。
「ごめんね、野沢くん、遅くなって」
「ぜんぜん。時間通りだし。こっちこそ急に会おうだなんて連絡してごめん」
政貴から連絡をもらわなければ、なかなか会うこともないので、突然の連絡だって迷惑なわけはなく、むしろ託生にしてみればありがたいくらいなのだ。
席につくとウェイトレスが注文を取りにきたので、政貴と同じホットコーヒーを注文した。
「今日は暖かくてよかったよ。雪でも降ったら、葉山くんに別の日にしようって言われるところだった」
「まさか!せっかく久しぶりに会えるのに、雪くらいでキャンセルにしたりしないよ」
託生が寒がりだと知っている政貴はどうかなぁと笑う。
コーヒーがやってくると、しばらくお互いの近況を報告しあった。久しぶりに会っても、少し話せばすぐに時間が巻き戻る。
一通り前回会ってから今日までのことを伝えあうと、政貴はところで、と少し身を乗り出した。
「葉山くん、クリスマスってどうしてる?」
「クリスマス?どうって別にどうもしないよ。普通に家にいると思うけど」
イベントを大切にするギイと暮らし始めてから、ことあるごとにイベントの醍醐味とやらを味わわされている託生だが、今のところクリスマスに予定はない。
というのも、ギイがどうしても外せない仕事があるというのだ。
あのギイがクリスマス休暇を確保できないとは!と託生も驚いたのだけれど、かといって駄々を捏ねるほどクリスマスに思い入れもないので、がっくりと肩を落とすギイには
「ちゃんとケーキ買っておくから、せめて早く帰ってきてよね」
とフォローをしておいた。
政貴は実はね、とカバンの中から封筒を取り出した。
「これ、葉山くんどうかなと思って」
中から取り出されたのは、とあるバイオリニストのソロコンサートのチケットだった。
井上佐智と並んで評価をされているそのアーティストのコンサートチケットは入手困難で、託生もまだ一度も行ったことはなかった。
「すごい、どうしたの、これ?」
「運よくチケットが取れたんだよ。ほんと奇跡的だよね」
クリスマスイブに地方の小さなホテルでの小さなコンサート。もちろん宿泊つき。
普段は海外での活動が多いので、日本でのこのコンサートはかなり貴重だ。
「駒澤も休みなので、一緒に行こうかと思ってたんだよ。まぁ彼はコンサートには興味ないとは思うけど、小旅行がてらね。でもどうしても外せない用事が入っちゃって。まさか駒澤一人で行かせるわけにもいかないし、かといって無駄にするのもね。葉山くんならきっと喉から手が出るほど行きたいんじゃないかと思って」
「そりゃあほんとに喉から手が出そうだよ」
言って、二人で顔を見合わせて笑った。
「プレゼントできればいいんだけど、それなり値段も張るんで、半額でいいから買い取ってもらえたらって図々しいお願いなんだけど」
「そんなの当然だよ、ちゃんと全額払うよ。でもそっか・・・イブか・・」
「やっぱり予定ある?ギイがイブに葉山くんを放っておくわけないもんね」
「うーん、野沢くん、それちょっとだけ保留でもいいかな。ギイに一緒に行けるか確認してみる」
「うん、わかった。せっかくのプレミアチケットだから、ギイにおねだりするといいよ。葉山くんのお願いなら、ギイは何を置いても叶えてくれると思うし」
政貴の言葉に、託生も異論はない。
たぶん、託生がお願いすれば、ギイはあらゆる手を使ってでも休みをもぎ取るだろう。
だけど、すでに予定が入っているし、それは仕事だし、それが分かっているのにギイにお願いするのはやっぱりちょっと気が引ける。
とはいうものの、このチケットは諦めるには貴重すぎる。
政貴と別れたあと、託生はどうしようかなぁと肩を落とした。
もやもやとした気持ちを抱えつつ帰宅すると、もうギイは帰宅していてキッチンに立っていた。
ギイと一緒に暮らし始めた頃からずっと、よほどのことがない限りは夕食は一緒に取るようにしている。
当番を決めているわけではなく、できる方ができる時に、という感じである。
「おかえり、託生」
「ただいま。あ、いい匂い」
「だろ。特製カレーな。野菜が苦手な託生くんでもちゃんと食べられるように工夫してみた」
「別に苦手じゃないよ。それほど好きじゃないだけで」
「そういうのを苦手だって言うんだろ。着替えてこいよ。もうすぐできる」
「うん、ありがと」
料理なんてからっきしだったギイは一緒に暮らすようになると、マメにキッチンに立つようになった。
託生自身も料理が得意なわけではないが、ギイだけに任せるわけにはいかないので、時間があればキッチンに立つ。お互い必要に迫られると何となるものだなと頷きあっている。
章三あたりからすれば、まだまだだと言われそうだが、これでもずいぶんと成長したものだと自画自賛しているくらいだ。
ギイが作った特製カレーはスパイスがよく効いていて、すごく美味しかった。
何だか日々腕を上げているような気がする。
これは負けてられないな、とちょっと対抗心さえ生まれてしまう。
託生が今日、政貴と会うことはギイも知っていたので、元気にしてたか?と聞かれた。
「うん、相変わらず頑張ってた」
「そっか。オレも久しぶりに会いたいなぁ。今度家に呼ぼうか。駒澤とも続いてるんだろ」
「仲良くしてるみたいだよ。・・・ねぇギイ」
「うん?託生、コーヒー飲むか?」
空になったカレー皿を片付けて、ギイが食後のコーヒーを入れようとする。
何をするにしても気が利くというか腰が軽いというか。素直にありがとう、と言って、託生はあのチケット話をどう告げようか、それ以前に言うべきかどうかと考えた。
言えばギイはあちこちに無理を言って託生の願いを優先してくれるかもしれない。
だけどそれは託生の本意ではない。
かといってやっぱり無理だと断られても、それはそれで託生は仕方ないと思えるけれど、ギイは託生に対して申し訳ないと心を痛めるだろう。
どっちにしてもギイに負担をかけることに違いはない。
だとすればやっぱり言わない方がいいのかもしれない。
「はいどうぞ。で、何だって?」
いい香りのコーヒーを揃いのカップで持ってきたギイがもう一度席につく。
「何の話だっけ」
「あのさ、ギイ。クリスマス・・なんだけど」
「ああ、ごめんな。ほんと。オレも一緒にゆっくりしたいんだけどさ。埋め合わせはするよ。プレゼント、何欲しいか決めたか?」
「あ、えーっと、まだ決めてない。ギイは?欲しいものある?」
「候補はある」
「そうなの?なに?」
「もうちょっと考える。託生も欲しいものあったらちゃんと言えよ」
「うん」
ギイと一緒にコンサートを聴いて、一泊したいな。チケットはあるから行かない?って気軽に言えればいいのだけれど、ギイに余計な気を使わせたくない。
そんな遠慮をしてると知られたら、それはそれで怒られそうだけど、自分のために無理はして欲しくない。
やっぱり明日、政貴に断りの連絡をしよう。
本当に残念だけど、また機会はあるだろう。今回は縁がなかったということで諦めることにした。
翌日は朝からばたばたと忙しく、政貴に連絡ができたのは夕方になってからだった。
せっかく声をかけてもらったのにごめん、と言うと、政貴は気にしなくていいよと言った。
『何しろプレミアチケットだから、欲しいって人はすぐに見つかるし。無駄にはならないよ』
「そうだよね」
あのチケットが無駄になるのは本当に切なすぎる。
『葉山くん、今度何かいいチケットが取れたら、また声をかけるよ。その時は一緒に行こう』
「うん、ぜひ」
『じゃあね、葉山くん、良いクリスマスを』
ありがとう、と言って電話を切った。
政貴の言う通り、あのチケットはすぐに誰かに売れるだろう。何しろ滅多に手に入らないものなのだから、欲しい人はいくらでもいる。
「んー、やっぱり残念だったなぁ。今度はちゃんと自力で入手できるように頑張ろう」
棚ぼた式に手に入りそうだったから何とも未練が残るけれど、もともと無理だろうと思っていたチケットなのだ。行けるはずがなかったと思えばいいことだ。
託生はそれきりそのチケットのことは忘れることにした。
クリスマスが近づいてくると街のあちこちでクリスマスソングが流れ、嫌でも気分がそれっぽくなる。
「ギイ、当日は遅くなるって言ってたけど、やっぱりチキンとケーキくらいは用意しておいた方がいいのかなぁ。あ、その前にプレゼント用意しなくちゃ。結局何が欲しいんだろ」
仕事の帰り道、とりあえず下調べでもしようと百貨店の売り場を覗く。
昔、同じようにギイへのプレゼントをあれこれ考えてマフラーを買ったことを思い出す。
今はあの頃よりもお金はあるので、ギイが欲しいと思うものは買えると思う。
欲しいものの目星はつけていると言っていたギイだが、未だにそれが何かは言ってこない。
「うーん、そろそろ用意したいとこだけどなぁ。っていうか、イブって明後日じゃないか!」
今夜こそはギイを捕まえて欲しいものを聞き出さなくては。となると、託生も同じように欲しいものを言わなくてはいけないのだけれど、それはそれで難しい。
ある意味お互い様なのか、とも思うものの、自分のことはさておき、相手が喜ぶことはしたいと思うのもまた事実なのだ。
託生が寒さに身をすくめながら帰宅すると、リビングにいたギイがおかえりと出迎えてくれた。
「あれ、ギイ、早いね。ここのところずっと遅かったから、今日も遅いかと思ってた。ごめん、夕食の材料何もなかっただろ?」
冷蔵庫の中は空っぽだ。何しろギイがこの1週間ほど帰ってくるのは深夜続きだったので、今日もそうだろうと思っていたのだ。一人だと食事を作るのも面倒で、今日も立ち寄った百貨店の地下で適当のお弁当を買ってきてしまったのだ。
「いいよ。ピザでも取ろうか」
「お弁当半分ことピザ?って、何だか組み合わせ悪いね」
笑って、上着を脱ぎ、椅子の背にかける。
ギイは立ち上がると託生のそばに近づき、おもむろにぎゅっと冷えた身体を抱きしめてきた。
「どうしたの?お腹空いた?」
よしよしと託生がギイの背を撫でると、ギイはぷっと吹き出した。
「託生にかかると、オレって小さな子供みたいだな」
「え、そんなつもりはないけど、どうしたんだよ、ギイ、ちょっと、苦しいってば」
ぎゅうぎゅうと強く抱きしめられて、託生はギブアップとギイの肩を押し返す。
ギイはそんな託生の額にちゅっとキスをした。
「託生、明日から出かけるから用意して」
「え、出張?」
「じゃなくて、託生が行きたいって思ってるコンサートをする小さなホテル」
「え?」
一瞬ギイが何を言っているのか分からず、きょとんとしてしまう。
それがもう何週間も前に政貴に断りの連絡を入れたコンサートのことを言ってるのだと気づいて、どきりとした。
ギイには言わなかったのに、どうして知っているのだろうか。
そんな託生の思いが顔に出たのか、ギイは悪戯っぽく笑った。
「オレに隠し事するなんてひどいじゃないか」
「隠し事だなんて・・・」
「政貴に聞いた」
「えっ」
今度こそ託生はびっくりして大きく目を見開いた。
ちゃんと断ったのに、政貴がギイに連絡をしたのだろうか。
ギイはおいで、と託生の腕を引いてソファに座らせた。
「あの日、託生が政貴と会った日、お前オレに何か言いたそうにしてたのに何も言わなかったから、気になってさ。最初は政貴との間に何かトラブルでもあったのかと思ったんだよ。で、次の日に電話してみたんだ」
ギイから電話をもらった政貴は、託生がチケットのことをギイに話していないと知ると、少し渋ったあと経緯を教えてくれたという。
「託生がなにも言わなかったのに自分から話していいのかなぁって最後までぶつぶつ言ってたけどな」
「うん、そっか」
ギイは政貴から事のいきさつを聞くと、すぐにそのチケットを買い取ったという。
仕事の調整は正直微妙ではあったけれど、チケットは押さえておかないと意味がない。
そのあとはあちこち調整をして、この1週間ぎゅうぎゅうに仕事を詰め込んで、クリスマス前後の休みを確保した。
「どうして行きたいって言わなかったんだよ」
「だって、ギイ・・・」
「オレに遠慮した?」
「・・・・仕事だし、無理してほしくなかったんだよ」
ギイはくしゃっと託生の髪を撫でた。
「そりゃあさ、クリスマスはこれから何度でもあるし、今年は別段特別な予定も入れてなかった。託生はそんなにイベントに固執するタイプじゃないし、オレが仕事なんだって言っても、それほど怒ってるわけでもなかったから、オレも今回はいいかなって思ってんだ」
「いいよ、本当に。だって仕事だし、そういうことはあるんだし。怒ってなかったよ?」
それは本当にそうなのだ。嘘じゃない。
「うん。だけどそれは特別な予定がない時だろ?」
「・・・」
「託生が行きたいって思うことはオレにとっては特別なことなんだ。滅多にわがまま言わないんだから、こんな時くらい自分の気持ちをちゃんと言って欲しかった」
「ギイは、言えばきっと無理してでも叶えてくれようってするだろうなって分かってた。でも、そんなの本当にぼくの我儘だし、いい大人がそんなこと言って困らせたくなかったし」
言い募る託生の頬を、ギイがむにゅっと引っ張った。
「恋人の我儘は嬉しいだけで困ることじゃない。それに、もし本当に無理なら、さすがにごめんってオレも言うよ。だけど我儘言ってくれなきゃできるかできないかも分からないだろ?」
「うん」
ギイが託生をそっと抱き寄せる。
さっき託生がそうしたように、今度はギイが託生の背を優しく撫でる。
「いったい何年付き合ってると思ってんだよ。今さら我儘言われたくらいで怒ったりしないし、むしろ言ってくれた方が俄然やる気が湧くくらい」
「ふふ、ギイらしい」
昔からそうだった。ギイは少しくらいの困難なら何とかしてしまうサンタだった。
「コンサート楽しみだな」
「うん」
「政貴からの情報だと、ご飯もめちゃくちゃ美味いらしい。オレはそっちが楽しみ」
「はは、情緒ないなぁ」
託生は不覚にも涙が出そうになって慌てて瞬きをした。
誤魔化すようにギイの首に腕を回して抱きしめた。
政貴が電話の切り際に、
『良いクリスマスを』
と言ったのは、きっとすでにギイからの電話をもらっていて、こうなることを知っていたからだ。
黙っているなんて政貴もたいがい人が悪い。
だけど本当に良いクリスマスになりそうだよ、と託生は思った。
祠堂で初めてツリーのプレゼントを貰ってからずっと、ギイは託生が喜ぶものを必ずくれる。
いつもいつも貰ってばかりでいいのだろうかと思うけれど、いつか必ずギイにも同じように何かを返せるようになりたいと思う。
何でも持ってるギイだけれど、たぶん託生にしかできないこともあるはずだ。
「ありがとう、ギイ」
「どういたしまして」
「すごくすごく嬉しい」
「それは良かった。オレも1週間頑張った甲斐があるというものです」
ちょっとお道化るように言うギイの声はどこまでも甘く、託生の心をふわりと溶かした。





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あとがき

お泊りに行くとこも書きたかったけど時間切れ(笑)。また機会があれば。