close to you, close to me


※もし尚人が生きてたらというお話です。(今回あんまり関係ないですが。いや、あるか)
 →託生くんとはキヨラカな関係ということで。でも溺愛。
 →もちろん託生くんの恋人はギイです。
 →微妙に下世話ネタです


****

4月、託生と同室になったギイは決死の思いで告白をし、長かった片思いに終止符を打った。
告白すると同時にキスまでするという早業をやってのけたギイだったが、そこから先は遅々として進まなかった。
というのも、託生はそれまで誰とも付き合ったことがないようで、アメリカでいろいろと経験を積んできたギイをもってしても、簡単に手を出せる雰囲気ではなかったのだ。
できることならすぐにでも深い仲になりたいと願っているギイだったが、ほんの少しキスしただけでも真っ赤になる託生の可愛らしさを目にすると、もう少し時間をかけてもいいんじゃないかと思えてきてしまうのだ。
結局、初恋という名の純情をギイもそのまま引きずっているのである。


6月に入ると毎日毎日雨が降った。
今年の梅雨は小雨ばかりで、大雨でも降れば何となく気持ちもいいものだが、じめじめじとじとと、何とも鬱陶しい空模様がずっと続いていた。
「今日も一日中雨だったね」
もうすぐ消灯となった時刻、託生は窓に額をくっつけるようにして外を眺めていた。
音もしない雨が夜になっても降っていて、気持ちまで沈んでしまうような気がする。
「託生、風呂空いたから、入ってこいよ」
「うん」
先にシャワーを浴びたギイがタオルで濡れた髪を拭いながら声をかける。
託生は用意していた着替えを手にして、ギイの横を通り過ぎて浴室へと姿を消した。
ギイはベッドに腰かけると、はーっとため息をついた。
「もう2ヶ月だよなぁ」
恋人同士になってから。
そしてギイが修行僧のような忍耐をするようになってから、である。
「そろそろ先へ進みたいよな」
思わず本心が口をつく。
さて、どうしたものか、とギイは低く唸った。
今まで何もしないで手をこまねいていたわけではない。
ようやくキスしても逃げなくなった託生に、誘いをかけるように深く口づけてみることもあったのだが、その都度託生は
「苦しいよ、ギイ。窒息しちゃうだろ」
と言って、笑って逃げてしまう。
いや、窒息させたいわけではなく、ちょっと色っぽい気持ちになって欲しいだけなのだが、と喉まで出ていたが、託生の無邪気な笑顔を見るとそれも言えなくなってしまう。
もちろんチャンスは何度もあった。
何しろ寮の部屋では毎日2人きりなのだ。
甘い雰囲気になることだってある。というかそういう雰囲気に仕向けることもできた。
その都度、チャンスとばかりに託生に触れてみるギイだったが、
当の託生はギイがじゃれてきているくらいにしか思っていないらしく、最後には
「いつまでもふざけないでよ」
と、軽く諌められてしまう有様だ。
いったいどうすれば託生がその気になってくれるのか、優秀な頭脳を持つギイにもまったく分からなかった。
もしかして託生はギイのことを試しているのではないか、と疑ったこともあった。
もしくは、実はもっと強引にコトを進めて欲しいと思っているでは?とも。
しかし強引にせまった結果がどうなるのかギイには想像もつかない。
案外と上手くいく可能性もあれば、嫌われてしまうのではないかという不安もある。
まさか真正面から
「オレとしたくないのか?」
と聞くこともできない。いや、恋人なのだから聞いてもいいのだろうとは思うが、何となくそれもできない。
あれこれと考え疲れて、ギイもそろそろ限界にきていた。
身も心も。
そう、健全な高校生が好きな相手と同じ部屋で毎日寝ていて、何もできないなんて地獄以外の何ものでもない。
今日こそは絶対に先へ進むぞ、とギイは思わずぐっとその手を握った。
「あれ、ギイ、まだ起きてるの?」
浴室から出てきた託生は、風呂上りの上気した頬のまま、ギイの向かい側の自分のベッドに腰かけた。
大きめのシャツの襟ぐりから覗く鎖骨だとか。
ハーフパンツから伸びた足とか。
こいつ絶対に誘ってるだろ、と何度も恨めしく思ったのだが、本当に託生にはそんな気はないようで、それがさらにギイを苦しめることになっていた。
「託生、今日は一緒に寝る?」
「うーん、今日、ちょっと寒いから・・・そうしよっかな・・・」
こんな風に誘ってみると、託生はいつも素直にギイのベッドに潜り込んでくる。
狭いベッドの中で身を寄せていると、そりゃもう邪まな妄想でいっぱいになるギイとは裏腹に、託生は抱きしめられて暖かくなるせいかすぐに眠ってしまうのだ。
悶々とした夜を過ごして翌朝は寝不足になってしまうことも多く、ギイも迂闊に託生を誘うことができずにいたが、今夜は絶対に眠らせるものかと心を決めていた。
「お邪魔します」
するりとベッドに滑り込むと、託生は暖かさに気持ちよさそうに息をついた。
枕元にスタンドを消すと、部屋は暗くなり、けれどだんだんと薄闇に目が慣れてくる。
ギイは壁際へと託生を追いやって、自分もまたベッドに横になった。
「ギイの匂いがする」
「オレのベッドだからな」
「うん。暖かい」
幸せそうな笑みを浮かべているのが分かる。
ギイは片肘をついて身を起こすと、託生にそっと口づけた。
何度も何度も、触れるだけの口づけを繰り返していると、託生がくすっと笑った。
「何だよ?」
「おやすみのキスなのに終わりがないみたいだから」
「・・・・おやすみのキスじゃないよ」
「え?」
そっと託生の頬に手を添えて、もう一度口づける。薄く開いた唇から舌先を忍ばせると、託生はきゅっと身を竦めた。
数えるほどしかしていない深い口づけに逃げようとする肩を押さえる。
「ん・・・っ」
ちゅっと音をさせて角度を変えて舌を絡ませると、次第にそれに応えてくれるようになる。
キスだけでも身体の奥が熱くなっていく。
「ギイ・・・っ」
託生が苦しげにキスから逃げる。
「苦しいよ、ギイ」
「恋人のキスは嫌い?」
「・・・嫌いじゃない・・けど・・・」
「けど、なに?」
首筋を指でなぞると、託生はくすぐったそうに笑う。
「だって、どこで息したらいいか分からなくなる、から・・・」
いや、普通に息してていいからさ、とギイは苦笑する。
「唇開けて、託生」
「・・・」
促されるまま、託生は唇を開くとギイからの口づけを受け止める。
熱く濡れた舌の感触がたまらなく気持ちいい。
託生がギイのパジャマの胸元をきゅっと握り締め、やがて力が抜けたようにその手がぱたりとシーツの上に落ちた。
これはお許しが出た、とばかりに、ギイが託生のパジャマの釦に手をかける。
「ギイ?」
釦をすべて外されて、託生は不思議そうにギイを見上げる。
「どうして釦外すの?」
「どうして、って・・・そりゃなぁ・・・」
服を着たままっていうのも燃える要素ではあるが、そうい楽しみはもうちょっとあとでもいい。
とにかく託生の素肌に触れたかった。
ギイはそっと背中に手を回して託生を抱き寄せると、顕になった首筋に唇を寄せた。
「オレ、託生のことが欲しい」
暴走しそうな気持ちを何とか押さえて、ギイが柔らかく託生の肌を吸い上げる。
「好きだよ、託生」
甘く囁くと、託生はうんとうなづいた。
「ぼくも好きだけど・・ねぇ、ギイ、噛み付かないでよ、何がしたいのさ?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「託生?」
「なに?」
興奮の色などまったく見えない託生に、ギイは嫌な予感がして顔を上げた。
「託生、聞きたいことがある」
「うん?」
まさかなぁとは思っていた。
もしかしたら、と内心疑ってはいたものの、それが本当だったら、と思うと怖くて聞けずにいたのだが、今聞かずにいつ聞くのだ、とギイは意を決した。
「託生、お前、恋人同士がさ、同じベッドで寝るってどういう意味が分かってるか?」
「どういう意味ってどういうこと?」
「・・・オレと一緒にいておかしな気持ちになったりしないか?」
「おかしなって?」
「だから、さ・・・その・・・」
言いよどむギイに、託生が小さく笑う。
「ギイと一緒のベッドにいると、すごく安心するよ?だからいつもすぐに眠たくなるんだ。それなのにいっつもギイが邪魔するんだよね」
「邪魔・・・?」
最愛の恋人からの冷たい一言に、ギイは言葉を失う。
「託生・・・お前、もしかして・・・知らないのか?」
「何を?」
「だから・・恋人同士が・・・することだよ・・・」
かろうじてセックスというあからさまな表現は避けた。いや、本当は言うべきだったのかもしれない。
託生はギイが何を言っているのかさっぱり分からないといった様子だからだ。
「だからさ・・・キス以上のことだよ」
「キス以上のこと?それってぼくに噛み付いたりすること?」

(だめだ)

これは完全にギイの想定外の事態だった。
信じたくはないことだが、託生はギイが何を求めているのかまったくわかっておらず、下手すると世の恋人たちが行っている行為自体すら知らないのかもしれない。
「ギイ、おやすみ」
「・・・・・」
もはや何も言うことはできなかった。
ギイの隣ですやすやと眠りにつく託生にギイは茫然自失となり、結局その夜は一睡もすることができなかった。




高校2年生にもなって、そんなバカな話があるだろうか?
今どき、中学生でも経験しているヤツはいるというのに?

あり得ない、とギイは頭を抱える。
「ギイ、おまたせ」
売店で本日の昼食を買ってきた託生が、いつものようにギイの前に座った。
お腹空いたなーと早速弁当の蓋を開ける。
昨夜、自分の一言がギイを撃沈させたなどとは露にも思わず、託生は美味しそうにハンバーグを頬張る。
「託生」
「うん?」
「お前さー、赤ちゃんがどうしたらできるか知ってるよな?」
「何だよ、突然」
いきなりのギイの質問に、託生は訝しげな視線を向ける。
すごくすごく基本的なことではあるが、大事なことである。
「まさかコウノトリが運んでくるとは思ってないよな?」
「ええ?当たり前だろ」
思わずといった感じで、託生が笑う。
そうか、知ってるのか、とギイはほっとした。
しかし、すぐに「いや待てよ」と思い直す。
だとしたら、どうして昨夜はとんちんかんな返事をしたのだろうか?
もしかしてそれは男女間のことだけで、男同士がすることではないと思っているのか?
だとしたら、それはそれで問題なのではないだろうか?
「じゃあ、どうしたら出来るのか言ってみろよ」
念のため、とギイがさらに聞いてみる。託生は別段照れた風でもなく、さらりと言った。
「結婚した夫婦が同じベッドで寝るんだろ?そしたらできる」
「・・・・・っ!?」
「なに?」

なにじゃないだろ!!!

ギイは思わず怒鳴りそうになった。めちゃくちゃ肝心なところが抜けているではないか!

「同じベッドで寝る」→「子供ができる」

その間の一番肝心なことはどこへ行ってしまったんだ!
いったい何でこんな惚けた理解をしてしまったんだ?
学校で教わってないのか?
ぐるぐると考えていたギイは、ふとあることに気づいた。

(あいつかっ!)

託生のことを目に入れても痛くないほどに可愛がっているという兄の葉山尚人。
そりゃもう大切に大切にするあまり、その溺愛っぷりから逃げるために、託生はこの祠堂にやってきたのだと以前聞いたことがある。
その時は大げさなヤツだなぁ、とか仲が良くていいじゃないか、などと暢気な感想を口にしたのだが、どうやらそれは誇張でも何でもなく、恐らく尚人がその手の情報は完全にシャットアウトしていたのだろう。
そのギイの想像は概ね当たっていた。
尚人は可愛い弟の耳に下世話な情報が入らないように、それこそラブシーンが始まるとテレビのチャンネルを変えるような人間だったのである。
おかげで託生は純粋培養でここまで育った。
この歳になると、今さらその手の正しい情報を友達同士で教えあうこともなく、当然の知識として話をする。
託生は同級生たちの間で交わされる少しばかり下世話な話題に首を傾げることはあっても、かといって別段分からないことを知ろうともしなかった。

(許さん)

ギイは心底尚人のことを恨みたくなった。
それが八つ当たりだとは分かっていたが、せめて人並みに正しい知識を教えてるやるのも兄としては重要なことではないのか、と憤ってしまう。
何も知らない託生を相手に、いったいどうすれば色っぽい状況に持ち込めるのだろうか?
ギイは力なく笑うと、これは由々しき問題だとコトの重大さを改めて思い知らされた。
自分ひとりだけの力では解決できない、となると、相談する相手は一人しかいない。





「章三、大変なことが分かった」
と、ギイから言われた瞬間、章三は今すぐ逃げるべきだと本能で察したが、どうしたってギイから逃げられるはずもなく、結局イチゴ牛乳を握らされ、人気のない放課後の食堂へと拉致された。
「で?」
一応先を促すと、ギイは実はな・・と声を潜めて昼休みの託生との会話を章三に話した。
無言のまま話を聞いていた章三は、再び「で?」と首を傾げた。
いったいどこが大変なことなのか今ひとつ分からなかったのだ。
「確かにこの歳で知らないのはある意味常識がないかもしれないが、別に普通に教えてやればいいじゃないか」
恋人なんだろ、と冷静な章三の突っ込みに、
「教えてやればいいってな、お前、どうやって教えるんだよ、そんなこと」
と反論されて、なるほどと黙った。
確かにああいうことを今さら真面目に講義するのには抵抗がある。
ギイもらしくなく頭を抱えてため息をつく。
「まさか知らないなんて思わないだろ?昨夜その事実がわかってさ、せっかくいい感じだったのに、一気に萎えた」
「・・・」
章三はまじまじとギイを見つめた。
「何だよ?」
「いや、まさかと思うが、お前まだ葉山と、その・・・」
言いよどむ章三に、ギイはふんと鼻を鳴らした。
「何もしてないよ。キヨラカすぎて涙が出るだろ?」
ははは、と乾いた笑いをもらす相棒に、章三は押し黙った。ギイと託生が恋人同士だということは知っていたし、恋愛ごとには慣れてる風のギイだったから、てっきり2人はとっくの昔に深い仲になっていると思っていたのだ。
それが付き合い始めて2ヶ月になるというのに、まだプラトニックだったとは!
驚きと同時に、ギイがどれほど託生のことを大切にしているかが分かり、妙に感動してたりもした。
「いっそこのままプラトニックで突き進めよ」
「冗談だろ。お前、これからもずっとオレを生殺しのままにする気か!?」
ギイがまっぴらごめんだと舌打ちする。
章三は少し考えたあと、一つ提案をしてみる。
「ギイ、別にそういうこと知らなくても、やろうと思えばできるだろ?いっそ実地で教えるっていうのもありだろうが」
普通に考えればけっこう過激な発言ではあったが、相談されたからには意見は言うべきだろうと考えるあたり、どこまでも章三も真面目な男だった。
不純同性交友には反対だし、ギイと託生の仲がどこまでいってるかなんて知りたくもないし、想像もしたくない。どちらかと言えば巻き込まないで欲しいと思っているのに、相談されればつい答えてしまうのだ。
章三の言葉にギイは低く唸った。
「実地かぁ。でも何の知識もないままで、ってなぁ」
男女のことだって知らないっていうのに?
それをすっ飛ばして、いきなり男同士のあれこれは、ちょっときついんじゃないだろうか?
「ギイ、悪いが今回は僕は力にはなれないからな。あの葉山相手にそういうこと説明ができるのなんてお前しかいないだろうが。だいたい、僕は葉山が何も知らなくてもまったく困らない」
「章三・・・」
がっくりとうなだれるギイの肩をぽんぽんと叩く。
「ま、がんばれ。光源氏よろしく、自分好みに育ててみるのも楽しいんじゃないのか?」
「・・・あんな浮気者と一緒にするな」
嫌そうな顔をするギイを楽しそうに笑って、章三は食堂をあとにした。
何ともくだらない話で時間を取られてしまったな、と思っていた章三だったが、寮へ戻ったとたん、今度は託生に捕まってしまった。
「赤池くん、ちょっと相談があるんだけど」
と言われたとたん、

(僕はお前らのカウンセラーじゃないんだぞ!)

と思わず怒鳴りたくなった。が、どこか思いつめた表情をしている託生を冷たく見捨てることはできず、じゃあ部屋に来いよと言ってしまったのである。
章三の部屋はいつも綺麗に片付けられている。
同室者は不在のようで、章三が入れてくれたコーヒーを受け取ると、託生はありがとうと言って一口飲んだ。
「で?いったい何の相談だ?」
聞かなくてもだいたい分かるけどな、と心の中でため息をつきつつ、一応話を促す。
託生はどこか不機嫌そうな章三をちらっと見上げ、あのさ、と小さく言った。
「あの、ギイって最近何か悩んでるっぽい?」
「・・・・何だって?」
「だから、ギイって最近ちょっと様子が変だから。赤池くんなら何か知ってるんじゃないかと思って」
「・・・・」
たった今まで、ギイからその悩みを聞いてた、と言いそうなったが何とか飲み込んだ。
だいたい元はといえばお前が原因だろうが、と章三は肩を落とす。
「何でそう思うんだ?」
「だって、何かぼくのこと見てはため息つくし・・・何か言いたそうなんだけど、言ってくれないし」
「ふうん」

(さて、どうしたものか)

託生相手に性教育などするつもりはこれっぽっちもない。
そんなことはギイに任せておけばいい。
だが、このまま託生のことを突き放すのも忍びない。

(まったく、損な性格してるよな、僕も)

とは思うものの、この2人と関わってしまったのが運のつきだ。
半ば諦めの心境で、章三は託生の隣に座った。
「あのさ、葉山」
「うん」
「ギイはお前さんのことが好きで好きでたまんないわけだ、不思議なことに」
「・・・不思議なことに、は余計だよ」
拗ねたように託生がつぶやく。
「それなのに、葉山はギイのことなんてこれっぽっちも真剣に考えてない」
「どういう意味だよ、それ」
少しむっとしたように託生が章三を睨む。
「ギイは、葉山のこと全部欲しいんだよ」
「・・・全部?」
「つまり葉山にも覚悟して欲しいってコト」
「・・・・」
黙り込んだ託生に、章三はふっと微笑む。
「いつまでも知らないままじゃいられないと思うぜ。葉山もそろそろいろんなこと知ってギイと向き合ったほうがいい」
「・・・・」
「そのうちギイが全部葉山に教えてくれるだろうけど。まぁあれだな、誰もが経験することというか、いつまでも避けては通れないというか・・・。ま、ある程度の覚悟があれば、あのギイが相手だから何とかなる・・と思うから」
ま、頑張れよ、と章三が葉山の背中を軽く叩く。
あまりに抽象的な話で、正直託生は章三が何を言いたいのかよく分からなかったが、ただ、ギイが託生に、ある種の覚悟をして欲しいと思っていることだけは分かった。

(覚悟?)

託生にとっての覚悟といえば一つしかなかった。
ギイと付き合い始めてから2ヶ月。ずっとずっと気になっていたけれど、打ち明けるのが怖くて逃げていた。けれど、いつまでも逃げているわけにはいかないし、きっとギイは本気で託生のことを愛してくれている。
だから、自分もまた心を決めなくてはいけないのだろう。
「ありがとう、赤池くん」
「うん?」
「覚悟ができたよ。決心した」
「へ、へぇ・・・そりゃ良かった・・・のかな?」
託生はやけにすっきりした表情で、コーヒーありがとうと言って部屋を出て行った。
具体的な話などまったくしていないのに、本当に分かったのだろうか、と章三は首を傾げる。
しかし、一応託生も何かが分かったようだし、ギイの悩みも早晩片がつくだろう。
やれやれである。

(結果報告なんて絶対にしてくるなよ)

友人2人が恋人同士だということには百歩譲って目を瞑るが、それ以上のあれやこれやなどは知りたくもない。
章三はふーっとため息をつくと、本日の宿題を片付けるべく机へと向かった。




章三からありがたいアドバイスをもらった託生はその足で寮の1階にある電話BOXへと向かった。
空いている一台の前に立ち、ポケットからテレホンカードを取り出す。
覚えている番号をコールすると、すぐに繋がった。
『託生?』
「あ、どうして分かったの?」
聞きなれた優しい声に、思わず微笑む。
離れて暮らす兄の尚人は、託生の問いかけに、
『すぐに分かるよ。愛の力だなぁ』
などと言って、くすくすと笑う。
小さな頃から託生のことを溺愛している尚人は、託生が高校生になってもまだ変わらずに甘やかし続けている。
毎日でもいいから電話をするように、と休みが終わる時にはいつも大量のテレホンカードを持たされるのだ。
入学した頃は、しょっちゅう寮に電話をしてきた尚人だったが、寮にかかった電話は寮内アナウンスで呼び出しがかかるため、毎日毎日名前を呼ばれるのはさすがに勘弁してほしいと、託生が尚人にやめてくれるよう頼んだのだ。愛する弟からの頼みに、今では託生から週に一度電話をすることで何とか我慢している尚人である。
「兄さん、話があるんだ」
『ん、何だい?』
優しく促され、、託生は一呼吸置いたあと、一息に言った。
「ぼく、今、付き合ってる人がいるんだ」
こづかいのおねだりだろうかなどと考えていた尚人は、託生からのいきなりの交際宣言に言葉を失った。
あまりにも寝耳に水のことで思考が追いつかない。
『・・・』
沈黙がどれくらい続いたか。あまりに沈黙が長いので、電話が切れてしまうんじゃないかと思い、慌てて託生が呼びかける。
「兄さん、聞こえてる?」
『ああ。で、それは麓の女子高か何かの女の子かい?』
せめてそうであって欲しいという希望を込めて尚人が尋ねる。
「えっと、そうじゃなくて、あの・・寮で同室の・・・」
周りに聞こえないように告げたのは、男同士だから問題だ、というよりは、相手が学校中のアイドルのギイだからである。ファンがそこかしこにいて、知られるとけっこう大変だと分かっていたからである。
『同室者?なに、相手は男なの?』
「・・・うん、そう」
『どんなやつ?』
「え?えっと、アメリカからの留学生で、すごくカッコいいよ。勉強もできるし、スポーツも。みんなから慕われてるし・・ぼくにはもったいないなって思うくら・・」
『だめだ』
尚人は最後まで聞かずにぴしゃりと言った。
『託生、冷静になってよく考えてごらん。そんな相手と続くはずがないだろう?アメリカからの留学生だって?じゃあ卒業したら帰国するんだろ?その時託生はどうするつもり?』
諭すような尚人の口調に、託生は黙り込む。
章三に
「ギイのことを真剣に考えてない」
と言われ、真っ先に頭に浮かんだのは、大好きな兄にギイとのことを告白するということだった。
今までどんな些細なことでも尚人には話してきた。けれど、ギイとのことは4月からずっと尚人には言えないままでいたのだ。
託生のことを溺愛している尚人は、相手が誰であろうと反対することは目に見えていたし、もし反対された時に、口下手な自分が上手く気持ちを伝えられるかどうか不安でもあった。
けれど、2ヶ月の間ギイと一緒に過ごして、どんどんギイのことを好きになっていって、何があってもこのままずっと一緒にいたいと思っているのに、尚人に隠したままでいるのはずるいのではないかと思ったのだ。
ギイとのことを真剣に考えているのなら、尚人にちゃんと話すべきだと思った。
何を言われても、ギイと離れるつもりはないのだという覚悟を、ちゃんと知らせるべきだと思った。
それが、誰よりも自分のこと愛してくれているギイへ、唯一見せることのできる愛の証のような気がしたのだ。
もちろん、章三はそんなつもりで言ったのではないのだが、託生にとって大好きな兄の尚人にギイのことを告白するということは、かなりの覚悟がいることだったのだ。
「兄さん、ぼくは本当にギイのことが好きなんだ。先のことは分からないし、もしかしたら兄さんの言う通り、卒業する時にだめになってしまうかもしれない。それでも、だからって好きでいることをやめたりはできないんだよ」
『・・・託生、どうしてそれを僕に話すつもりになったんだい?』
「だって・・・悪いことは、してないから。それなのにギイのことを黙っているのは、ギイにも兄さんにも悪い気がしたんだよ」
『・・・』
受話器の向こうで、尚人が深くため息をついたのが聞こえた。
尚人に嫌われたくはないけれど、ギイと別れることなんてできない。
「兄さん、ごめんね」
『わかった。とにかく、そのギイとやらの話は、今度帰省した時にじっくり聞かせてもらうから。それよりも託生』
「なに?」
『間違っても寝たりするんじゃないぞ』
いつもならこんな台詞を口にする尚人ではなかったが、今はあまりのことに少々混乱していた。
尚人にとっては託生はいくつになっても可愛い弟で、プラトニックならまだしも、託生に指一本でも触れたらただではおかないと内心憤っていた。
託生は尚人の言葉に、
「え、寝たらだめなの?何度か寝たことあるんだけど」
と、ためらいがちに答えた。
もちろんそれは同じベッドで一緒に寝るという意味で、尚人が言う意味とは全く違う意味だということに、託生は気づいていない。
託生の返事に、尚人が電話口で叫んだ。
『託生!!!お前は何を考えてるんだ!そんなどこの馬の骨とも分からないやつと簡単に寝るなんて!兄さんはお前をそんな子に育てた覚えはないぞ』
「どこの馬の骨って・・・ギイの身元ははっきりしてるよ?みんなが言うには御曹司ってヤツで・・あ、兄さんごめん、もうカードがなくなるから・・・」
『こら、託生っ!!』
「またね、兄さん」
言い終えると同時に、ピーピーと音を立てて残り度数のなくなったカードが吐き出された。
「やっぱり兄さん、簡単には認めてくれないんだろうなぁ」
けれど、今までずっと気になっていたことを告げることができたので、託生の気持ちはすっきりしていた。
たとえ尚人に反対されようと、託生の気持ちは決まっていたのだ。
「それにしても一緒のベッドで寝ることをどうしてあんなに怒るのかな?」
実家にいる時は、尚人だって一緒に寝ようと誘うくせに。
託生は少しばかり不思議に思ったが、すぐにそんなことは忘れてしまった。
とにかく今は、尚人のことよりギイのことだったのである。





いつも忙しくしているギイが305号室に戻ってきたのは、消灯間際のことで、託生は先に風呂も済ませ、ベッドの中で本を読んでいた時だった。
「ただいま」
「おかえり、ギイ」
「あー、疲れた。オレ、シャワー浴びるわ。託生はもう済ませた?」
言いながらギイがシャツを脱ぎ捨てる。
「うん、先に入ったよ」
「そっか。音うるさかったらごめんな」
いつもの通り、優しい気遣いを見せてギイは浴室へ入っていった。
託生はベッドから起き上がると、今日のことをギイに話すべきかどうかを考えた。
結局章三からは、ギイが何を悩んでいるのか聞けずじまいだったが、もしギイが、自分は愛されていないのではないか、ということで悩んでいるのだとしたら、それは違うと言いたかった。
真剣に愛しているから、だから今まで言えなかった兄の尚人にも告白したのだと告げれば、少しはギイの不安もなくなるかもしれない。
託生自身も、何となく胸につかえていたものがなくなって、前よりもっとギイのことを好きになれるような気がして、ちょっと嬉しかったりしているのだ。
「あれ、託生まだ起きてたのか?」
「うん。ねぇギイ、ちょっと話してもいい?」
「うん?どうした、何かあったのか?」
ベッドに腰を下ろしたギイの隣に、託生も座る。
「えっと、ギイ、最近何か悩んでることある?」
ギイはぎくりとしたが、それを悟られないようにいつもの笑顔を見せた。
「どうした、急に?」
もちろん悩んでいる。けれど、それを託生に正直にいえるはずもない。
託生は小さく首を傾げてギイを見つめる。
「あのさ、赤池くんに、ぼくが覚悟しなきゃだめなんじゃないかって言われたんだ」
「え?」
放課後、ギイが半ば愚痴のように相談した例のことが思い出された。
あれだけ嫌がっていたくせに、やっぱり託生に聞いてくれたのか?とギイは世話好きの相棒に心の中で手を合わせる。もちろん勝手な勘違いではあったが、期待に胸が高鳴るのを止められない。
「覚悟、してくれた?託生」
「うん。ほんとはぼくだってずっとそうしなきゃだめだって思ってたんだけど、なかなかできなくて」
「うん」
「でも、もしそれが原因で、ギイが悩んでるんだとしたら、そんなの嫌だし」
託生は小さく言うと、あのさ、とギイを真っ直ぐ見つめた。
「だから、ギイとのこと、兄さんに話したんだ」
「・・・・・え?」
いきなりの託生の告白に、ギイは一瞬思考が止まった。
固まってしまったギイに、慌てて託生が説明を始める。
「ずっと気になってたんだよ。兄さん、ちょっと過保護すぎるっていうか、ぼくのこと子供扱いしてるし、たぶん、ギイのこと話したらいろいろ大変なことになるだろうなぁって思ってたからずっと話せなくて。だけど、ギイのこと本当に好きだから、隠してるのって、何ていうか本気じゃないって思われそうで・・・、ギイにそんな風に思われるのはぼくも、辛いし。兄さんに何言われたって、ぼくがギイを好きなことはやめられないし、だから、ちゃんと話をしようって。それで・・ぼくだってギイのこと本気で好きなんだって・・ギイに、知って欲しくて・・」
覚悟はあるんだよ、と託生が言う。
何があってもずっとギイのことを好きでいるという覚悟がある。
託生の告白を聞いたギイは、呆然として託生の顔を見ていたが、やがてぷっと吹き出してベッドに突っ伏すと声を上げ笑い出した。
「ちょっとギイ、何がおかしいんだよ!」
自分としてはずいぶんな勇気をもって尚人に告白したというのに、こんなに大笑いされるとは思っていなかった。
「ギイっ!」
「あ、ごめんごめん、あー、びっくりした」
はーっと息をついて、ギイは横になったまま、託生の手を取った。
「オレのために大好きな兄貴に告白してくれたんだ?」
「・・・そんなに笑うならしなかったよ」
ぷいっとそっぽを向く。
ギイは起き上がると、そんな託生を抱きしめた。
「ありがとう」
「・・・」
「オレ、めちゃくちゃ愛されてる?」
「・・うん」
嬉しいなぁと素直にギイが言うと、託生はもう一度うんとうなづいた。
「それにしても託生、ずいぶん思い切ったことしたなぁ、兄貴、何か言ってたか?」
「うーん、何かいろいろ言ってたけどいいんだ」
「いいって?」
「何言われても。だってぼくはギイのことが好きなんだから、ちゃんと真剣にギイのことが好きなんだって、わかって欲しかったんだ」
兄さんにも、ギイにも。
ギイはそっか、と面映そうに微笑んだ。
「託生がそこまで覚悟してくれてたなんて感動だな」
「なのに笑った」
「ごめん」
だって、あまりにも嬉しくて笑って誤魔化すしかなかったのだ。
まさか託生がそんな風に思ってくれているとは思ってもみなかった。
ちゅっと頬にキスするとギイは、んーと少し考えた。
「託生がそこまで覚悟してくれたんなら、オレもしなくちゃだめだよな」
章三に頼っている場合ではなかった、と反省する。
「なぁ託生」
「うん?」
「ほんとに子供って同じベッドで寝たらできると思ってる?」
「・・・・思ってないよ」
心なしか頬を染めて、託生が視線を外す。
もちろん託生だって本気であんなことを言ったわけではなかった。
ただ、具体的なことは正直なところ分かってないのも事実で、ギイが自分に何かを求めていることは感じてはいたけれど、それが何なのか想像できずにいた。
ギイは託生の頬を両手で包み込むと、こつんと額をくっつけた。
「オレ、託生とそういうことしたいんだ」
「そういうこと?」
「つまり、男女だったら子供ができるようなこと」
耳元で甘く囁かれ、託生はみるみる頬を赤く染めた。
託生の体温が一気に上がったのを感じて、ギイは自分もまた妙に気恥ずかしいような、今まで感じたことのないような気分になった。
「だめ?」
「・・・・分からないよ」
いいも悪いも、どんなことをすればいいのか分からない。
ギイが何をしたいと思っているのか、はっきりと聞いてしまうときっと後戻りはできない。
だから簡単にうなづくのは怖いのだ。
「託生、好きなんだ」
「・・・・」
「託生のことが全部欲しい」
うろうろと視線を巡らせ、やがて託生は小さく小さくうなづいた。
それが、ギイが自分に求める覚悟なのだとしたら、そうしてもいいと思った。
ギイはくしゃりと託生の髪をなでると、そのまま立ち上がって部屋の電気を消した。
何てことはない、いつもと同じ行為だというのに、やけに息苦しく感じて、託生はどうしたらいいか分からずに火照った頬に手をやった。
ギイは戻ってくると、託生の肩を押してベッドに横たえた。
「ギイ」
「うん?」
「えっと・・・よく分からないんだけど・・い、痛いのはやだ」
「・・・・」
ギイは瞠目して、うーっと低く唸った。
何も知らないくせに、託生はそんなことを言ってまたギイを悩ませるのだ。
あれやこれやを考えると、そりゃあ少しくらい痛い思いもするだろうと思うし、なるべくならそうならないように頑張るつもりではいたけれど、まだ何もしないうちから牽制されてしまうとは思ってもいなかった。
「ギイ?」
「・・・・分かったよ」
ギイは託生の唇にちゅっと口付けると、寄り添うようにして横になった。
「じゃあ今夜はキモチイイことだけ。ならいい?」
「・・・・うん」
まったく惚れた弱みというやつは厄介だな、とギイは思う。
それがどんな理不尽なお願いごとであっても、しょうがないなと受け入れてしまうのだから。
向かい合って横になったまま、ギイは託生の頬を指でなぞって、唇に触れる。
「口開けて」
「・・・・・っ」
おずおずと唇を開くと、ギイが人指し指を差し入れてくる。
どうしたらいいか分からないでいる託生に
「舐めて、託生」
とギイが囁く。
おずおずと舌を絡ませて、ギイの指を吸い上げてみる。
濡れた咥内を探るように指を動かしながら、ギイは空いた手でパジャマのシャツの裾から託生の素肌に触れた。
「んっ・・・」
くすぐったいような、でも何か別の感触が託生の背中を駆け上がる。
今までギイに触れられて、そんな風に思ったことなどないのに、いったい何が違うのだろうかと思った。
さらりとした手のひらの感触が心地良く、ずっと触れられていたような気持ちになる。
ふいに胸元の尖りを指が掠めると、託生はびくりと身を震わせた。
思わず含んでいたギイの指を噛みそうになって、慌てて吐き出す。
「ギイ・・・っ」
「こらこら、何逃げてるんだよ」
「だって・・・」
「託生、目、閉じて」
ギイに言われると託生は素直に目を閉じた。
「身体の力抜いて?」
「・・・・」
息を吐いて、どこか強張っていた身体の力を抜いてみる。
何の疑いも持たずに、ギイの言葉の通りにしてくれる託生が可愛らしく、ギイは暴走しそうな気持ちを抑えるのに相当な忍耐を強いられることになった。
今夜はキモチイイことだけ、と言ったのだから、逸る気持ちに何とかブレーキをかける。
ギイは一つ深呼吸をすると、濡れた指を託生の下衣の中へと差し入れてみた。
「まっ・・・て・・ギイっ」
「黙って」
「・・・・っ!」
きゅっと握られて、託生は息を呑んだ。
さっきまで自分が口にしていたギイの指が、思いもしなかった場所で蠢く。
「やだ・・・っ、ギイ」
暴れる託生を宥めつつ、華奢な身体を反転させて、そのまま背中から抱きしめた。
託生の足が閉じないようにと、ギイは片足を差し込むと、片腕で託生の身体を引き寄せ、もう片方でその先端部分を柔らかく撫でた。やがて手の中でゆるりと形を変えてく。
「やめ・・・っ」
「キモチイイことだけって言っただろ?それ以上はしない。託生、ほら、濡れてきた」
「・・・・っ!」
託生の頭の中は半ばパニック状態で、いったいどうすればいいのかまったく分からなかった。
ギイの指が上下に動くたび、濡れた水音が聞こえてくる。
死んでしまいそうなくらい恥ずかしいのに、気持ちとは裏腹に身体は次第に熱くなっていく。
「託生・・・」
「・・・ふっ・・・う・・」
ギイが託生の首筋にキスを繰り返す。
痛いくらいに形を変えて蜜を溢れさせる屹立を何度も責め立てられて、託生は甘い疼きに怯えた。
「ど・・うしたら・・いいの・・っ・・変になる・・」
「いいよ、変になっても」
「やだ・・っ」
「変になって、託生」
ギイの指が先端から根元へと滑った。
ああ、と託生が胸を喘がせ、堪えきれない快楽が堰を切ってあふれ出したことに息をつめた。
迸る滴りがギイが指を濡らしたあと、託生はくったりと身体を弛緩させた。
視界がぼやけているのは涙のせいだと気づいて、託生は目を閉じた。
「託生・・・」
汗ばむ肌から立ち上る託生の匂いにギイはうっとりとため息をつく。
正面に向くように促すと、託生は嫌だというように首を振った。
「気持ちよくなかった?託生?」
「・・・違う・・」
「じゃ何?」
無理矢理向かい合わせにさせると、ギイは託生の唇にキスをして、託生の返事を待った。
「・・・恥ずかしいだけ」
聞こえないほどの小さな声に、ギイは苦笑する。
この程度で恥ずかしいなどと言われては、まだまだ先は長いなと思う。けれど、こんな風に身を任せてくれたことに胸が熱くなる。
「ギイ・・・」
「うん?」
「あの・・・ギイは・・・・?」
ギイだって自分だって同じように昂ぶっているは気づいていた。
同じ男だから、それが何を意味するのかだってちゃんと分かる。
「してくれるの?託生」
どこか笑いを含んだ声色で問われた託生は、少しの逡巡のあと、そっとギイへと手を伸ばした。



今夜はキモチイイことだけ、とギイは言った。
ではその先にはいったい何があるのだろうか?


「ねぇギイ」
「うん?」
100%満足とまではいかなくても、まさか託生があんなことをしてくれるとは思っていなかったギイは幸せな気分で、吸い込まれそうになる眠気に身を任せようとしていた。
互いの指で同じように気持ちよくなれた。たったそれだけでも、こんなに満たされるとは思わなかった。
というものの、もちろんこのままでいるつもりはないので、ゆっくりと託生には教えていかなくてはならない。
本当に自分が欲しいと思っているものが何なのか。
「ギイ・・寝ちゃった?」
「起きてるよ・・どうした?」
もぞもぞと身を寄せて、ギイの長い腕が託生を抱きしめる。
「ギイがしたいことが何なのか、ちょっとまだはっきり分からないんだけど・・あの・・痛いのもやだけど、恥ずかしいのもやっぱりやだな・・って」
半分眠っているギイは、痛いのも恥ずかしいのもそのうち慣れるよ、と言ったつもりだったが、託生の耳にはもごもごとしか聞こえない。
「でも、ね・・・」
「ん?」
なに?と促されて、託生はわざとギイの胸元に顔を埋めてから言った。

「・・・キモチイイことは、またしてもいい」

ギイが聞いたら狂喜乱舞しそうなそのつぶやきは、すでに夢の中へ入ってしまったギイには届かなかった。


先は長いと思っていたギイだったが、実は案外とその日は近かったりもする。






Text Top

あとがき

光源氏作戦は、けっこう楽しいと思うのですが。