このお話は、
1)ステーション後に再会を果たしたお話「5年目」の続きです 2)相変わらずギイの謎は棚上げで(もういいやー) 3)いちゃいちゃ万歳(好きなだけじゃれあうがいい) という感じです。 今の時期が一番過ごしやすくて気持ちがいい、とギイが笑う。 セントラルパークは地元の人たちが集う憩いの場所でもあり、観光客たちも大勢訪れる場所でもある。 ぼくとギイはあまり人目につかない公園の一角を陣取り、芝生の上に足を投げ出して柔らかな日差しの下で寛いでいた。 ギイとぼくとの間には、ギイお奨めのデリで買ったランチがどっさりと並んでいる。 目の前の美しい公園の緑。ランニングする人たち。楽しそうに遊ぶ子供の姿。 どれも見ているだけで幸せになれる光景で、ぼくはNYへ来て初めて、まるで外国映画のような休日を過ごしていた。 「気持ちいいね」 暑くもなく寒くもないという気候が一番好きだ。この時期を過ぎると、NYは信じられないほど寒くなり、ぼくは今から無事冬を越せるだろうかと心配している。 「気持ち良過ぎて眠くなる?」 ギイがどこか含みのある笑みを浮かべてぼくを見た。 祠堂卒業を目の前にして姿を消したギイに会うために、ぼくはNYへやってきた。 会えなかった2年の間、何度ももう忘れた方がいいのかもしれないと思った。 何の約束もなく、信じる気持ちを持ち続けるのは思っていたよりもずっときつくて、挫けそうになるたび、ぼくは楽しかった祠堂の日々を思い出して自分を勇気づけていた。 もうギイはぼくのことなど忘れているかもしれないと何度も想像しては胸を痛めた。 それでも有耶無耶のままに終わってしまうのは嫌で、どんな言葉でもいいからギイから聞きたくて海を越えてここまで来た。 本当に奇跡のようにギイと再会して、彼の涙を見たとたん、ぼくはどうしたってギイのことを嫌いになんてなれないことと思い知らされた。 2年もの間、連絡ひとつ寄こさなかった薄情な恋人だというのに、だ。 何があったとしても、やっぱりギイはギイで、ぼくが愛した唯一の人で、たとえどんなにずるくて、どんなに自分勝手で、どんなに我侭だとしても、嫌いになんてなれるはずがなかった。 今度会ったらいっぱい文句を言ってやろうと、ぼくにしては珍しく、あれこれと考えていたというのに、結局その文句一つも言わずじまいだ。 ギイと再会できたことを章三に報告し、ギイからすべての事情を聞いたわけではないけれど、また一緒にいることになったと言うと、電話口で盛大に呆れられ、お人よしもほどほどにしろ、と怒られた。 ギイから何の説明もないままに、どうして簡単に許したりしたんだとさんざん説教されたけど、あのギイが何も言わないままに姿を消さなくてはならなかったほどの事情を聞く方が、ぼくには怖い。 第一、どんな理由を聞かされたところで、どうせ許してしまう自分がいることに気づいている。 ギイはいつか話すと約束してくれたけど、もしこのまま一緒にいられるのだとしたら、もうそんなことはどうでもよかった。 ギイと再会してから、さすがに毎日会うことはできなかったけれど、メールはちゃんとくれたし、休日にはこうして一緒に過ごすことができるようになった。 昨夜は仕事が終わったギイが部屋へやってきて、久しぶりだったからやけに盛り上がってしまって、気づいたら朝方近くになっていた。 「いい歳して何やってんだか」と思ったりもするんだけど、ギイに言わせれば「若いんだから当然」らしい。 結局、昼まで2人してベッドで惰眠を貪っていたけれど、先に復活したギイに公園へ行こうと叩き起こされた。 まだ身体のだるい僕とは対照的に、やけにすっきりした表情のギイを見ると何だか悔しい気がして、わざと不機嫌なフリをしていたけれど、気持ちのいい風が吹く公園に来てみると、ぼくはすっかりそんなフリなんて忘れてしまった。 「現金なやつ」 と笑われたけれど、寝不足の原因にそういうことは言ってほしくない。 「託生、コーヒー飲むか?」 ちゃっかり保温ポットを持参してきたギイからカップを受け取る。一口飲むと香ばしい香りが広がった。 「美味しい」 「だろ?最近のお気に入り」 ギイは笑ってぼくを見つめる。 真っ直ぐに見つめられて、ぼくは急に恥ずかしくなって視線を逸らした。 2年会わない間に、ギイはずいぶんと雰囲気が変わっていて、今さらだとは思うんだけれど、こんな風に見つめられると、まるで付き合い始めた頃のように、ぼくは心臓が痛くなった。 デニムのジーンズに白いTシャツ、薄いイエローのシャツを羽織って、どこにでもいる普通の人と同じ格好なのに、どうしてギイだとこんなにかっこよく見えるんだろうか。 今は3年生の頃みたいな貴公子然とした髪型ではなく、元の長めのスタイルに戻っている。 飄々とした態度は変わらないのだけれど、時々、ぼくはここにいるギイが別人に見えることがある。 「託生?何そっぽ向いてんだよ」 ギイがぼくへと手を伸ばし、きゅっと頬を摘んだ。 冷たい指先が気持ちよくて、思わず微笑んだ。 「お前、誘ってる?」 「誘ってません」 「いや、誘われたね」 ギイは身を乗り出すと、ぼくの頬にキスをした。 人目があるのに!!・・なんて最近は思わなくなってきてしまった。アメリカじゃ頬にキスなんて普通のことで、男同士だとやっぱり普通じゃないかもしれないけど、それでもあからさまな視線を向ける人は少なくて。 ぼくは日本にいた時からは考えられないくらい図太くなってしまったようで、ギイから頬にキスされたくらいじゃ騒がなくなってしまったのだ。 (日本に帰ったときに気をつけないといけないよなぁ) 嫌がらないぼくにご満悦のギイを見ていると、何だか笑ってしまう。 相変わらずだなぁとちょっと嬉しくもなるんだけど・・・ 「ねぇギイ」 「うん?」 「こんな風にぼくと会ってても大丈夫なの?」 ギイはどういうことだ?と首を傾げる。 「だから、ぼくと会うこと、誰かに禁じられてるとか、そういうことはないのかなって」 「ああ、親とか?」 「・・・うん」 2年もの間、ギイから連絡がなかった理由について、ぼくだってあれこれと考えたりはしたのだ。 世界的大企業のFグループの御曹子のギイ。 同性の恋人だなんて普通で考えたら許されることじゃないような気がする。 もしかして親にぼくとのことがバレて、それで連れ戻されたのかなぁ、なんて考えたりもした。 だけど、もしかしたら、ギイのご両親はぼくとギイのことは知ってるんじゃないかという気もしていた。 分かっていて、ギイの日本への留学を許したのだとしたら、それはいったいどういうことだろうって。 ギイは紙袋の上に並べられたサンドイッチ摘むと、ぱくりと口へ放り込んだ。 「反対はされてない。いや、まぁ手放しで喜んでるかといえば、微妙だとは思うけどな、託生が心配するようなことはないよ」 「本当に?」 「ああ。本当に」 笑うギイに、ぼくは素直にうなづけない。 それは嘘じゃないけど、100%真実でもないんだろうなと分かるからだ。 不思議なもので、2年会わなかったというのに、こうして再び会うようになると、ぼくはそれまで見えなかったギイのことがよく見えるようになっていた。 ギイがつく、小さな小さな嘘。 いや嘘というよりは、ぼくに告げない真実というべきか。 祠堂にいた頃から、ギイはぼくに大人の世界を見せるのを嫌がる傾向があって、それはもちろんぼくのためを思ってのことだったのだろうとは思う。 ぼくもそれに関しては別に文句を言うわけでもなかったんだけど、2年離れている間に、少しづつ考えが変わってきた。 「ギイ、両親にぼくのこと話したんだ」 「話したよ。恋人がいるって。勘当されても、託生と別れるつもりはないって」 「そっか・・・」 ぼんやりと空を見上げたぼくに近づき、ギイはぐいっと両手でぼくの頬を包んだ。 「託生」 「な、なに?」 「そんな嫌そうな顔するなよ」 「・・・してないよ」 「笑ってないだろ」 「さすがに笑えないだろ。嫌なわけじゃないよ。ただちょっとどうすればいいか分からなくて戸惑ってるだけ」 ギイは俯きそうになるぼくの顔を固定して、こつんと額をくっつけた。 「いいよ、託生は何も考えなくても。面倒なことはオレがする」 「・・・・」 「託生はオレのそばにいてくれればいい・・・」 そう言ってギイがぼくに口づけようと顔を寄せる。 ぼくは唇が触れる直前で、どんっとギイを突き飛ばした。突然のことに、ギイはそのまま後ろにひっくり返った。 「あのさ、ギイっ」 「お前〜、何なんだよ、ムードのないやつだなー」 仰向けに倒れこんだギイは、そのまま手近にあったナプキンをぼくへと投げつける。 「せっかくいい雰囲気だったのに」 「ギイが悪いんだろっ」 「何が?」 まったくわけが分からないという顔のギイに、ぼくはだんだん腹が立ってきた。 「ギイがそんな風に誤魔化すからだろっ」 「誤魔化すって何だよ」 むっとしたギイが片肘をついて上体を起こす。 「ギイ、ぼくはギイが突然いなくなった理由も、会えなかった2年間のことも、全部知りたいなんて思ってないって言ったよね」 「ああ、言ったな」 よっこらしょと起き上がり、ギイはあぐらをかいてぼくへと向き直る。ぼくも同じようにギイの正面に座り直した。 お互いにむっとしたまま、しばらく睨みあう。 ぼくはふっと肩の力を抜いて、今までずっと考えていたことを、ちゃんとギイに伝えなくちゃと言葉を選んだ。 「ぼくは、ギイに会えなかった2年間、どうしてもっとギイのことを知ろうとしなかったんだろうって自分を責めたよ」 「・・・っ」 「祠堂にいる時、ギイはあんまり自分のことを話したくないみたいだったから、ぼくもギイが嫌がることはしたくなくて何も聞かなかった。聞いてみても、上手にはぐらかされることも多かったから、何となく知らなくてもいいかなって、知ろうとしない方がいいのかなって思ってたんだよ。実際、知らなくても何の不自由もなかったしね。ギイフィルターがかかった情報だけがあればそれで十分だった。だけど、今回ギイがいなくなって、ぼくは何も知らなかった自分がすごく嫌になった。知ろうとしなかったことを後悔した。もしもっとギイのことを知りたいって言ってれば、こんなことにはならなかったのかなって、ギイが抱えている問題が何なのか、たとえ手助けなんてできなくても、ちゃんと話を聞いていれば、突然消えてしまったことも不安に思わずに納得できたのかなって」 「託生・・・」 「知ろうとしないことは、本当は罪なことなんだなって気づいたんだよ」 ぼくの言葉に、ギイははっとしたように目を見開いた。 「ギイを責めてるわけじゃないよ。教えてくれなかったギイのせいじゃなくて、知ろうとしなかったぼくのせいなんだ。ギイはぼくが大人の事情をあれこれ知れば傷つくんじゃないかと思って、いろんなこと隠してたんだと思うけど、だけどもしこの先、ぼくたちがずっと一緒にいようって本気で思うなら、それじゃだめなんだよ」 いつまでもギイに守られているだけじゃだめなんだ。 真実を見るのを怖がって目を閉じていたら、ぼくはまたギイを見失うことになる。 だからちゃんと見るべきものを見て、知るべきことを知る覚悟をしなくちゃいけない。 ぼくは、目を逸らすことなく、ギイのことを見つめなくちゃいけない。 そうしようと決めたんだ。 ぼくの言葉の真意を計ろうと黙り込むギイへと手を差し伸べてみる。 ギイは迷うことなくその手を握り返してくれた。 「そんな風にさ、ギイのことちゃんと知ろうって思い始めたら、ギイのことが見えてきた」 「オレのどんなこと?」 「案外強がりだなぁとか、心弱いところあるよなぁとか、実は心配性で涙もろくて・・・」 「・・・・」 「皆が思うほど楽観的でもない」 ギイはじっとぼくを見つめ、そして静かに微笑んだ。 どこか憂いを帯びた微笑は、以前のギイにはなかったものだ。 いつの間にギイはこんな風に笑うようになったんだろう。 ぼくは離れていた時間を思い知らされて胸が痛んだ。 「ギイはぼくのことなら何でも分かるって言うけど、ぼくだってギイのことなら何でもわかるんだよ?」 会えなかった2年間、ぼくはずっとギイのことを思っていた。 祠堂で一緒に過ごした時間を思い返し、ギイが本当はどんな人だったのかを知ろうとした。 もう二度と、ギイのことを見失うのは耐えられなかったから。 「だからね、話せないことがあるのは仕方がないし、無理に聞こうとは思わないけど、中途半端に誤魔化したり嘘をついたらすぐに分かるんだからね」 まいったか、とばかりにギイを睨むと、ギイは降参というように両手を挙げた。 「託生、しばらく会わないうちに逞しくなったなぁ」 「誰のせいだよ」 「それに、オレのこと、ちゃんと好きでいてくれたんだな」 ギイの言葉に、ぼくは苦笑してしまう。 「・・・・好きだよ。じゃなきゃ、NYまで来たりしない」 ギイは嬉しそうに目を細めて膝立ちになると、ぼくの肩に手を置いて、そっと顔を近づけた。 今度は突き飛ばすなよ、と笑いを含んだ囁きが耳元を掠める。 触れ合った唇の温かさに、ぼくは静かに目を閉じた 真昼間のこんな人の多い場所でキスしているぼくたちは、いったいどんな風に見られているんだろう。 やっとギイに会えた嬉しさで、ぼくは少々羞恥心の箍が外れてしまっているのかもしれない。 唇が離れると、ギイはどこか照れたように笑って、ぼくの隣に腰を下ろした。 「託生は、知ろうとしなかった自分を責める必要なんて何もないんだよ。あの頃、託生にいろんなこと言わなかったのは、オレのバックグラウンドに巻き込みたくなかったっていうのもあるんだけど、それだけじゃなかったんだ」 「他に何があるの?」 「託生がオレのこと全部知ったら、怖がられて嫌われるんじゃないかって思ってたからさ」 「・・・っ」 自分には冷たいところがあると言ったことのあるギイ。 まだ学生の頃から父親の仕事を手伝っていて、ギイの言うところの汚い世界も嫌と言うほど見てきたのだろう。 そんな世界に身を置く自分もまた、汚くなっているとでも思っていたのだろうか。 そんなことでぼくがギイを嫌うとでも思っていたのだろうか。 「ねぇ、ギイ。ぼくの知らないギイがどんなギイなのかは分からないけど、ぼくがギイのことを嫌いになることなんてないんだよ?どんなギイだってギイなんだから。だってぼくは・・・」 ぼくは、ギイを愛してるんだよ。 ギイは何も聞かなくても、ぼくが言いたいことは分かったようで、やけにニヤけた顔でぼくを覗き込んだ。 そんな嬉しそうな顔するなっていうんだ。ギイの馬鹿。 ぼくは恥ずかしくなって、この話はもうお終いというように、ペットボトルへと手を伸ばした。 ギイもまたコーヒーが残ったカップを手に取った。 「オレ、これから先、託生には隠し事はできないってことか?」 「そうだよ。すぐに見抜くからね」 「じゃあ再会してから、何か見抜いたことはある?」 コーヒーを口にして、いたずらっぽくギイがぼくを試すように尋ねる。 ぼくは少し考えたあと、 「そうだなぁ、例えば会えなかった2年間のギイの悪行とか?」 「・・・・っ!」 ギイはげほっとむせ返ると、苦しそうに咳き込んだ。 「大丈夫?ギイ?」 「げほっ・・・・お、お前がおかしなこと言・・・うからだろうがっ」 片手を地面につき、ギイはぜいぜいと息を吐く。 「・・・慌てるところが怪しい」 「あ、怪しくないっ!」 「そうかなぁ、2年の間、海千山千のギイが何もなかったとはとても思えない」 まぁそんなことはないとは分かってるんだけど、少しはギイのことをいじめてもバチは当たらないはずだ。 しかし、ぼくの子供じみたいじわるなんて、百戦錬磨のギイに通じるはずもなく。 ギイは息を整えると、いつもの自信満々な表情でぼくへと反撃に出た。 「じゃあ、そういう託生はどうなんだよ」 「へ?」 「オレがいなかった2年間、悪行はしてなかったのか?」 「・・・・」 「うん?」 「・・・・」 満面の笑みのギイ。こういう時、どう切り返すのが正しいのだろうか? 慣れてないぼくが黙っていると、ギイはそんなぼくを見てふっと笑った。 すごく嫌な予感がして、ぼくはギイから逃げるために身を引こうとした。 が、一瞬早くギイがぼくの肩を掴んだ。 「そうだよなぁ、悪行はしてないよなぁ、昨夜の託生見てたら、絶対そんなことなかったって、オレ自信もって言えるし」 「なっ・・・」 さんざん求め合った濃密で甘い時間が脳裏に甦り、ぼくは顔が熱くなるのを感じた。 「だって託生、昨夜はさ・・・」 最後まで言わせるものかと、ぼくは手を伸ばしてギイの頬を両手で思いっきり左右に引った。 「い、痛い痛い、託生、ギブギブ」 「もー怒った。そうやっていっつも誤魔化そうとするからダメだって言ってんだろっ」 「だから誤魔化してないって。だいたいおかしな浮気疑惑かけられて、オレの方が怒ってるんだぞ」 ギイはぼくに飛び掛かると、そのまま地面に押し倒し、ぎゅうぎゅと片手で強く身体を抱きすくめた。 そして空いた片手で脇腹をくすぐってきた。 「わー、やめろよ、ギイっ!くすぐった・・・いっ、あはは、だめだってばっ」 「言っただろ、託生のことなら何でも知ってるって、託生の弱いとこなんて全部分かってるんだからな」 「分かったよ、も、やめろ、ってば!!」 まるで子供みたいに2人して芝生の上を転げまわった。 ひとしきりのバトルのあと、はぁはぁと息を切らして顔を見合わせて笑いあった。 またこんな日が来るなんて、2年前は考えられなかった。 よかった。 ギイのこと、ずっと好きでよかった。 「託生、膝枕して」 「え?」 言うなりごろんと横になって、ギイがぼくの膝の上に頭を乗せる。 「気持ちいいなぁ」 ギイの言葉に誘われて見上げると、そこには抜けるような青空。 片手を空へを伸ばしたギイは、そのままぼくの頭を引き寄せた。 優しいキスは、遠い昔を思い出させた。 こんな風に、何度でも何度でも、ぼくたちは恋する瞬間を繰り返す。 |