日本じゃまったくなじみのないハロウィンも、アメリカではけっこうなイベントだったりする。
でも生粋の日本人のぼくにしてみれば、すごいなーと思うだけで、それほど積極的に参加しようとは思わないイベントだ。 もっと子供だったら仮装も楽しかっただろうし、お菓子をもらえるのも嬉しかっただろうとは思うのだけれど、さすがにいい大人だから客観的に見てしまうというか・・・。 「大人でも十分楽しいぞ。せっかくのイベントなんだから楽しめよ」 お祭り大好きなギイはそう言ってぼくをせっつく。 「十分楽しんでるよ。ウィンドウの飾りとか綺麗だし、ハロウィン用のお菓子も美味しいよね」 ぼくは自分用に買ってきたハロウィンのお菓子をもぐもぐと食べる。 アメリカでギイと暮らし始めてまだ1年。ようやくちょっとは生活リズムもできてきたし、日本にはないイベントも知るようになってきた。 ギイはぼくが少しでも早くアメリカでの生活に慣れることができるようにと、いろいろと気を使ってくれているのだとは思うんだけど、ぼくとしてはそんなに慌てなくてもいいんじゃないかと思うのだ。 だって、これからずっとここで暮らすんだし、ハロウィンは何度だってやってくるのだ。 「せっかく託生がアメリカで暮らすようになって初めてのハロウィンだからなぁ、一緒に参加したかったなぁ」 そう。 ハロウィンの週、ギイは仕事でアメリカを離れているのだ。出張が決まってからというもの、ずーっとぶつぶつと文句を言っている。 「仕方ないだろ、仕事だし」 「お前、ぜんぜん残念そうじゃないな。実はほっとしてるんじゃないのか?」 あれ、ばれたか。 だって恥ずかしいんだよね。あんな仮装してパレードに出るなんて。 「まぁ今年はしょうがないにしても、来年は絶対に一緒に参加するからな」 「はいはい」 「オレがいなくても、ちょっとは雰囲気楽しめよ」 「うん、そうする」 心配性だなぁ。 ていうか、子供じゃないんだから、そこまであれこれ世話焼いてくれなくても平気なんだけどな。 パレードには参加しなくても、ハロウィン当日はこのペントハウスに住む子供たちが親と一緒にお菓子をもらいにくる。その準備だってちゃんとするつもりだし、小さな子の仮装って可愛いから見てるだけで十分楽しめる。 「ギイ、出張頑張ってね」 にっこりと笑ってそう言うと、何故だかギイはがっくりと肩を落としていた。 ギイが出張に行って3日目、絵利子ちゃんがペントハウスに遊びに来た。 ギイいわく、オレがいないときにばかりやってくるという絵利子ちゃんだけど、 「私が遊びに来るときにギイがいないだけじゃない」 と彼女はきっぱりと言うので、あやうく兄妹喧嘩になりそうになったことがある。 仲がいいわりには、つまらないことで喧嘩するのだからどう対応すればいいか分からない。 もちろん二人が本気で喧嘩してないことは分かってる。 そんな風に兄妹喧嘩ができるのはいいなぁとちょっと羨ましくなることもある。 喧嘩するほど仲がいいって言うし。 ハロウィンの話をすると、絵利子ちゃんは、 「ギイの気持ちも分かるなぁ」 と言った。 「やっぱりアメリカだと楽しいイベントの一つなのよね。ギイも私も小さいときから心待ちにしてたし。だから、託生さんにもその楽しさを味わって欲しいって思ってるよ」 「そうみたいだね。絵利子ちゃんは?今年はどうするの?」 「どうしようかなぁ。友達といろいろ考えてはいるんだけど」 「どんな仮装するのか見に行こうかな」 「じゃ一緒に仮装してパレードに参加しましょうよ」 グッドアイデア!というように絵利子ちゃんが目を輝かせる。 うーん、それは楽しそうだけど、でもギイともまだ経験してないイベントを先に絵利子ちゃんとしちゃうと、まずいような気がする。 ぼくも最初はギイと一緒がいいかなぁと思ったりするし。 「ありがとう、でも初参加は来年、ギイと一緒にするよ」 ぼくが言うと、絵利子ちゃんはその意味が分かったようで、しょうがないなぁと苦笑した。 「確かにギイより先に託生さんとハロウィンを味わったりしたら、私殺されちゃうわ」 「まさか」 笑いかけて、絵利子ちゃんの目が真剣だったので黙った。 「託生さんて、ギイの独占欲の強さに嫌になったりしないの?」 「え?」 「年々ひどくなってるような気がするんだけど」 「そうかな?」 いろんな人に同じようなことを指摘されるのだけど、確かにギイは時々びっくりするようなことでヤキモチ焼いたりするけれど、そこまでひどいとは思えない。 うーんと考え込んでいると、絵利子ちゃんがやれやれというように細くため息をついた。 「ねぇもしかして託生さんて、ギイが初めて付き合った人?他に誰かと付き合ったことってないの?」 「え」 いきなり思いもしなかった質問をされて、返事につまる。そんなぼくの様子にすぐに絵利子ちゃんが反応した。 「やっぱり!最初っからギイが自分のいいように染めちゃったのね。だから託生さんの感覚が麻痺しちゃって、あのヤキモチが普通だと思ってるのね」 そうなのか? 染められた? 麻痺してる?? うーん、っていうか、普通ってどういうんだろう?それが分からないから何とも言いようがないなぁ。 「まぁね、託生さんがいいって言うんならいいんだけど、あんまりギイを付け上がらせちゃだめよ。すぐ調子に乗るんだから」 「はは、だけど絵利子ちゃん、ぼくだってギイには甘えてるし、わがまま言うことだってあるし。だからお互いさまなんじゃないかな。たぶんギイの方が言葉や表情に出すからみんな気づくだけで、ぼくだってヤキモチ焼くことはあるし」 「・・・そっか。まぁそうよね。でもギイに限っては大丈夫よ。妹の私が言うのも何だけど、ギイ、託生さんのこと大好きだし、ヤキモチ焼く必要なんてないと思うな」 「それだと、ギイだってヤキモチ焼く必要ないはずなんだけどな」 ぼくだってギイのことはちゃんと好きだし。ん?ということは信用されてないのか? 「あー、私も託生さんとハロウィンしたかったなー」 「ごめんね」 「ううん、あ、ねぇじゃあ、来年の予行演習しましょうよ」 「予行演習?」 にっこりと笑った絵利子ちゃんの目は、悪巧みしてるときのギイの目と同じで、ああ兄妹だなぁとぼんやり思った。 絵利子ちゃんの提案は、ギイが出張から帰ってきた時に、仮装をして驚かせようというものだった。来年に向けて仮装に慣れるためにも、まずはギイを驚かせよう、と。 まぁいきなりパレードに参加するとなるとハードルは高いけど、家の中でギイを驚かせるくらいならいいかなと思った。あれだけハロウィンにこだわっていたギイだし、ちょうどその時期にかえってくることだし。 たまにはギイをびっくりさせるのもいいかな、と思ったのだ。 まさかあとで後悔をすることになるなんて思いもしなかったので、軽い気持ちでOKしてしまった。 仮装の準備は任せて、と絵利子ちゃんはウキウキと帰っていた。 いったいどんな仮装をさせられるのだろうか。 ぼくは今さらだけど、ちょっと不安になってきた。 別にこれといって希望はないけど、女装っぽいのは嫌だなぁ。 まぁそんな悪趣味なことは絵利子ちゃんも考えないだろうけど。 とりあえず人前に出ることはないんだから、何でもいいか、とハロウィンの仮装のことはそれきり記憶の彼方へ飛んでしまったのだ。 それから数日。 ギイが帰ってくるという日の夕方、絵利子ちゃんは大きな荷物とともにやってきた。 一人では持ちきれないからと、何やらお供の人も二人いた。 「すごい荷物だね、いったい何の仮装をするつもり?」 「ふふ、いろいろ考えたんだけど、やっぱり他にないものがいいかなーって」 「うん、まぁね」 荷物を置いて、お供の人は帰っていった。 絵利子ちゃんは楽しそうに包みをほどく。 中からでてきたものに、ぼくは開いた口が塞がらなかった。 しばらく信じられなくて呆然とそれを見つめる。 「すごいでしょ?特注よ!」 だろうなぁ。こんなの普通は売ってないし。ていうか、特注?いったいいくらしたんだろう。 「あの、絵利子ちゃん」 「なぁに?」 鼻歌まで歌いだしそうな勢いの絵利子ちゃんに、ぼくはどうしたものかと思案した。 確かに他にはない仮装だ。 女装でもない。 何故嫌なんだと言われたらどう返せばいいのだろうか。 「託生さん、これはもう着るだけだからいいとして。ちゃんとギイの前ではなり切ってね?」 「え、なりきるって?」 「だから、話し方とかそういうの。だって普段と同じじゃつまんないし」 「えーっと・・・」 「口調とか分かるでしょ?」 分かるけど。確かにちゃんと知ってるけど。だけど、あれをぼくにやれというのか。 「練習しましょうか。とことんなり切って、ギイをあっと言わせましょ?」 そりゃ確かにギイは驚くだろう。 普段少々のことではうろたえたりしないギイだって、さすがにこれを見たら驚くに違いない。 よし。 そう思ったらちょっと楽しくなってきた。 どうせここには絵利子ちゃんとぼくしかいないんだし。 半ばやけくそのような気持ちになって、ぼくはそのあとみっちり1時間は絵利子ちゃんの特訓を受けた。 そろそろ時刻も夜の10時を回ろうかという頃になって、ギイから「今から帰る」とメールが入った。 ということは30分ほどで着くはずだ。 ぼくは絵利子ちゃんに手伝ってもらい、特注のそれを身につけた。 思っていたよりも大変で、動きにくい。 「大丈夫?」 「うん、何とか。でもまっすぐ歩けないかも」 「扉の前に立って、ギイが入ってきたら勢いつけてね!」 「わ、わかった」 本当にできるのだろうか。 やっぱりちょっと不安になってきた。ていうか、これ前もよく見えないんだけど。 「あ、帰ってきた」 玄関先でただいまーと暢気な声がして、やがて足音と共にギイがリビングの扉を開けた。 その瞬間、ぼくは思いっきり勢いをつけて、ギイに体当たりした。 「おかえりなっしー!!!!!!」 「うわっ」 ぼわんとした着ぐるみにタックルされて、ギイはよろけるように一歩後ずさり、どんと扉に背をぶつけた。 「会いたかったなっしー!!!!」 テンションマックスで、ぼくは絵利子ちゃんから特訓された通りの口調でギイをぎゅうぎゅうと押しやる。 「な、何だっ?ちょっと待て、た、託生かっ!」 さすがのギイも何が何だか分からないようで、目を丸くしている。 そりゃそうだ。 絵利子ちゃんが用意したのは今日本で人気のふなっしーの着ぐるみだ。 こんなの特注でもなけりゃ着ることはできない。本物とそっくり同じなのはいいんだけれど、これ、本当に動きにくい。 「託生じゃなくて、ふなっしーだな。ハロウィンの仮装の予行演習だなっし。絵利子ちゃんと一緒に練習したなっしー!!」 もうどうにでもなれ、というやけっぱちな気持ちで、ぼくはなっしなっしと叫び続けた。 ギイは呆然と巨大な梨のぬいぐるみを見ていたが、やがてぶはっと笑い出した。 「お前・・・すごいことするな・・・」 ひーひーと笑い転げるギイは、どうなってんだこれ、とぼくの・・・いや着ぐるみのあちこちを触り始めた。 「ちょっ、やめるなっし!!危ないなっしー!!!」 ぐるぐると回されて、ぼくはころんとその場に転がってしまった。 もふもふの着ぐるみのおかげで痛くはないものの、起き上がることもできない。 「ちょっとギイ!もっと大切に扱ってよ!!!中に入ってるのは託生さんなのよ?」 それまで笑いながら様子を見ていた絵利子ちゃんが慌ててぼくを起こしてくれる。 「絵利子〜、お前のプロデュースか」 「ギイ、驚いたでしょ?託生さんもすごく練習してくれたのよ」 ね、と言われてぼくはうんうんとうなづいた・・・つもりだ。ほとんど首なんて動いてないけど。 ギイはまだ頬を引き攣らせながらも、息を整えてぼくの・・・いやふなっしーの顔を撫でまくる。 「はー、久々に笑った。しっかし、よくこんなの見つけてきたな」 「あるわけないじゃない。特注よ!」 「はぁ?お前、またこんなものにつぎ込んだのか」 「だって、可愛いもの。私もパレードでこれ着ようかなー」 むぎゅむぎゅと絵利子ちゃんがぼくに・・・いや着ぐるみに抱きついた。 何だか二人してほのぼのと会話してるけど、ぼくはそれどころじゃない。 「もう・・無理・・・お願い、これ、もう脱がせて・・・苦しいよ・・・」 ぼくは息絶え絶えに二人に懇願した。何しろ一人で着ることもできなければ脱ぐこともできない代物だ。 「託生、そこはほら、脱がせてなっしー、じゃないのか?」 くすくすと笑いながら、ギイが背中のファスナーを下ろしてくれた。 ぼくは着ぐるみから解放されてはーっと大きく息をした。 暑かった。 とにかくぬいぐるみの中は暑かった! こんなの真夏に着たりしたら死んじゃうよ!! 「はー、苦しかった・・・絵利子ちゃん、これ着てパレードはやめた方がいい・・・なっし」 ぼくの言葉にギイと絵利子ちゃんは顔を見合わせてくすくすと笑った。 「お前、時々とんでもないこと考えるな」 「ぼくが考えたんじゃないよ」 ギイを驚かすことができた絵利子ちゃんはご機嫌な様子で帰っていった。 抜け殻となったふなっしー着ぐるみを持って帰れ、とギイが怒鳴ったが、一人じゃ無理だからまた取りに来ると言って、手を振ってペントハウスをあとにした。 「それにしたって、ふなっしーか」 ぼくはあまりの暑さにやられてしまって、ビール片手にソファでぐったりとしていた。 まじまじと抜け殻となったふなっしーを眺めていたギイは、何を思い出したのが、またぷっと吹き出した。 「何だよ」 「だって、お前・・おかえりなっしーって、そりゃ笑うだろ」 「・・・絵利子ちゃんがどうせやるならとことんやらないと途中で恥ずかしくなるっていうからさ」 「そりゃそうだ。なりきるっていうのは大事なことだ。託生もやるときゃやるんだなーって感心した」 「それはどうもありがとう」 褒められてると思っていいのだろうか?いいよね、うん。 ギイはぼくの隣に座ると、ぼくの手から缶ビールを取り上げて一口飲んだ。 「あれだけのパフォーマンスができるんなら、来年のハロウィンが楽しみだなー」 「ぼくも、着ぐるみで顔が見えないなら何でもできるんだなーって自分でも驚いてるよ」 まるで別人になれたみたいで、思いっきり弾けるのも楽しいものだと分かった。まぁ絵利子ちゃんとギイしかいないからこそできたことなのかもしれないけど。 「でも、着ぐるみは暑いし苦しいし、別のものがいいよ」 「ま、来年はオレがいろいろ考えてプロデュースしてやるから楽しみにしてろ」 絵利子に負けるわけにはいかないからな、と何故か対抗意識を燃やしているギイには笑ってしまう。 それにしてもふなっしー。 絵利子ちゃんは可愛いって大絶賛だったけど、可愛い・・・のだろうか?? 目の前でぐにゃりと横たわるふなっしーの着ぐるみに首を傾げてしまう。 うーんと唸るぼくの肩を抱き寄せて、ギイはちゅっとこめかみにキスをした。 「着ぐるみなんて着てない託生が一番可愛いけどな」 「ふなっしーと比べられてもなー」 「だよなぁ。それにしても・・・くくっ・・・」 「ギイっ」 いつまでもしつこく笑い続けるギイの脇腹を、ぼくは拳で一発殴った。 |