7月29日はギイの誕生日だ。 毎年、うっかり忘れてしまうのだけれど(いつも章三に呆れられる)、今年はちゃんと覚えていたし、ぼくなりにお祝いもしたいと思っているのだけれど、ギイにプレゼントというのはなかなかハードルが高いのだ。 何しろ、Fグループの御曹司で、自分自身でもちゃんと仕事をして稼いでるし、欲しいものはきっと全部持っている。そんなギイが貰って嬉しいものっていったい何だろう? なんてことを考える時間もないので、ぼくは単刀直入に聞くことにした。 「誕生日?珍しい、託生がちゃんと覚えてるなんて」 夕食後、ソファに座ってのんびりテレビを見ていたギイはまじまじとぼくを見る。 「失礼な。ねぇギイ、何か欲しいものある?」 「欲しいものねぇ」 「食べたいものとか」 「託生が作ってくれるのか?」 「作れそうなら、頑張るけど」 覚悟を決めてそう言ったのに、ギイの反応はイマイチだった。 自分で言っておきながらだけど、手料理なんて、毎日食べてるわけだし、特別感はないよなぁ。 かといって、ケーキを作るとかそういうのは絶対無理だし。 「まぁ誕生日っていっても別にめでたいわけでもないしなぁ」 「とか言って、ギイはいつもぼくも誕生日をお祝いしてくれるだろ」 「そりゃな」 「ぼくだってギイの誕生日をお祝いしたいし」 「そっか」 ちょっと嬉しそうに目を細めるギイは、しばらくうーんと考え込んだあと、 「じゃあさ」 と言って、一つ提案をしてきた。 誰もが知る待ち合わせのメッカに立っていると、本当に多くの人が行き交うので、むしろこういうところで待ち合わせしない方が簡単に会えるんじゃないかと思えてくる。 こんなに人がいたら、お目当ての人を探し出すだけでも大変だ。 もっとも、ぼくの場合は、待ち合わせている相手がどこにいてもすぐに見つかる人なので何の問題はないのだけれど。 誕生日プレゼントに何が欲しい?と聞いたぼくに、ギイは 「託生が考えてくれる、すごくベタなデートがしたい」 と言った。 祠堂にいた頃も、休みの日には一緒に街へ出かけて映画を見たりご飯を食べたりした。 でも章三が一緒の時もあったし、そもそも人目が気になっていたからデートっぽい雰囲気は出さないようにしていたように思う。 今は一緒に暮らしているし、改めてデートをするなんてこともないので、そういえばいかにもなデートってしたことないなぁという話になったのだ。 それこそ今さらと思わないでもないけど、ギイがそうしたいというなら、もちろん頑張るしかない。 デートコースは任せるというので、ぼくはそれ以来かなり真剣にデートプランを考えた。 何だか初めてデートする高校生みたいだけれど、これが案外と楽しかったのだ。 何をしようかなとか、何を食べようかなとか。 ベタな、というリクエストに応えるべく、ぼくはいろいろと考えた。 もちろん大人なデートだって今ならできるとは思うけど、ここはひとつ、初心に戻って、あえてよくあるデートをしてみようと決めた。 なので、一緒に暮らしているというのに、今日は外で待ち合わせだ。 それも待ち合わせの名所、これからデートに行くぞという人で溢れている場所でギイを待っていた。 こういうのもちょっと新鮮かもしれない。 しばらくすると人混みからひょこっとギイが現れた。 ちらちらと女の子たちの視線が動きだし、ギイに集まる。 本人は全然ありがたがっていないけれど、いくつになっても人を惹きつけるオーラがあって、やたらとモテる。 「お待たせ、託生」 「時間通りだよ、ギイ」 朝も顔を合わせたのに、こうして外で待ち合わせをして顔を合わせると何だか不思議で、ちょっと気恥ずかしい感じがする。 絶世の(?)美男子と待ち合わせしていたのが可愛い女の子じゃないと分かると、周囲の女性たちは何とも微妙な顔をした。 ほっとしたような、何で男と待ち合わせ?みたいな空気。 まぁそういう周りの反応もいつものことなので、もう気にすることもないんだけど。 「さ、これからどうするんだ?」 「もちろん映画だよ。デートと言えば映画だろ?」 「確かに。祠堂にいた時もよく一緒に見にいったよな」 「だって、休日の娯楽ってそれくらいしかなかったじゃないか。赤池くんも映画好きだったし、よく三人で行ったよね」 シネコンの入っているビルは歩いてすぐで、ギイが見たいと言っていた映画もちゃんと予約してある。 何しろ今日はおもてなしをする立場なので、そのあたりは抜かりなく手配をしている。 映画を見る時定番のポップコーンも買った。 「デートっぽいな」 「だからデートなんだってば、ギイ」 暗闇の中でこそこそと話をしていると、本当に祠堂にいた頃の気持ちになる。 あの時もちょっかいをかけてくるギイに章三が怒ったりして、小声でくだらない言い争いをしていた。 そういうのも楽しかったなと思い出す。 映画が始まるとギイは当然のようにぼくの手を繋いだ。 デートっぽいと思わず笑うと、ギイはどんとぼくに肩をぶつけてきた。 ハラハラドキドキのアクション映画は見ごたえがあって、最後まで楽しく見ることができた。 映画が終わるとちょうどランチの時間で(このあたりも、ちゃんと計画済だ)、ぼくは事前に予約していた店へとギイを誘った。 「何かあれだよな、託生が段取り良いいと、物足りないというかむしろ不安になるというか」 ギイはうーんと首を捻って、そんな失礼なことを口にする。 そりゃあいつもはギイが大抵のことは段取りしてくれし、おまけにギイの計画が完璧だから口をはさむ隙間がないだけで、ぼくだって一応社会人としてちゃんと働いているのだから、これくらいの段取りは何てことはないのだ。 人間やればできる。 ぼくも大人になったなぁなんてしみじみしたりして。 「お、美味そう〜」 予約していた店は、章三(というかたぶん奈美子ちゃんのお薦め)から教えてもらった店で、最近エスニック料理にはまっているギイの好みに合うんじゃないかと思ってチョイスした。 店内のインテリアもちょっと凝っていて、ギイもまんざらでもないようだった。 早くに予約していたので個室だし、うん、完璧じゃないかな、ここまでは。 「これからはデートプランは託生に任せようかな」 「えっ!」 「何でそんなに驚くんだよ」 苦笑しつつ、ギイがドリンクを口にする。 「オレがリクエストしたベタなデート、ここまで完璧だろ?めちゃ楽しいし」 「それは嬉しいけど、でも毎回は無理だよ。今日は特別。ギイの誕生日だから、すごく頑張っただけだからね」 「ふうん、すごく頑張ってくれたんだ」 「そりゃあ、一年に一回だし・・・あ、でもいつもギイがいろいろ準備してくれるのが当たり前だなんて思ってないし、ありがたいって思ってるから。ごめん、いつもギイに任せきりだよね」 何となくギイがいろいろ準備してくれるから、それに甘えてるけど、本当はギイだって面倒だと思ってるかもしれないのに。 毎回は無理だなんて言い切ってしまうのはやっぱり良くないことだよな。 こっそりと反省していると、ギイはしょうがないなというように小さく笑う。 「オレがあれこれ準備したりするのはオレが好きでやってることだし、それは託生を信用してないとか、そういうことじゃなくて、単に託生のために何かするのが好きなんだよ。でもこうして託生がオレのためにいろいろ考えて準備してくれるデートっていうのも悪くないなぁって、今日おもてなしされてしみじみしてるんだよ」 「うん。じゃあたまにはぼくがプランを立てるよ」 「楽しみだなぁ。今度はアダルトなデートっていうのもプランしてもらおうかなぁ」 思わず口にしていたスープを吹きそうになった。 何だよ、アダルトなデートって。 昼間っからおかしなことを言わないでほしい。 ゆっくりとランチを楽しんだあとは、ギイが行きたいといっていた「リアル脱出ゲーム」なるものに参加することになった。 ぼくも推理小説はよく読むし、こういう謎解きは楽しそうだなと思っていたし、ギイはこの手のゲームに目がないので、このプランを告げるとギイは大喜びした。 集合時間には大勢の参加者が集まり、ゲームのルールを聞き、4人一組となるようグループ分けされた。 ぼくたちと一緒になったのは、男子高校生の二人だった。 「よろしくお願いします」 体育会系ぽく明るく挨拶をする二人はすごく感じが良くて、すぐにギイとも打ち解けた。 同じ部活仲間らしくて、脱出ゲームは二回目だということだった。 脱出ゲームは、閉じ込められた密室からヒントを頼りに次のステージへと向かい、時間内に脱出できればクリアというものだが、これがけっこう凝っていて、なかなか次へとは進めない。 ギイならすぐに解いちゃうんじゃないかと思っていたけれど、案外考えすぎて答えが出せず、むしろ単純に考える男子高校生があっさりと謎を解いたりで、これはこれで楽しかった。 ぼくはヒントとなるものはすぐに気づくものの、それをどう使えばいいのかはさっぱり分からないので、ヒントを見つけては残りの3人にお願いする、という分担作業で和気あいあいとゲームを楽しんだ。 結局一番最後の部屋までは辿りついたものの、時間切れとなってしまい、クリアはならなかった。 本当にあと一歩だっただけにみんなで悔しい思いをした。 それでも参加賞をもらったり、記念写真を撮ったり、終わった時は頭をフル回転させた疲れもあったけれど「またやりたい」とギイはすっかりやる気になっていた。 クリアできないとやっぱり悔しいし、謎が解けた時に爽快感というのも病みつきになりそうだ。 「あー楽しかったなー」 「うん、楽しかった。何だか文化祭を思い出したよ」 「ああ、わかる。ちょっとチープで、でも工夫されてて、大人から子供まで楽しめそうで。でもオレならもっと難しくて、一つ目の部屋からも出られないようなの作るかもなぁ」 「ギイが作った密室なんて、誰も出られないんじゃないの?」 すっごく凝った仕掛けとか、難しい暗号文とか。ギイはそういうのを考えそうだ。 「いいな、出られない密室」 「だめだよ、出られるようにしないとゲームにならない」 「案外最後は力技で扉を壊すとか」 「えー、それって推理ゲームじゃないんじゃない?」 思わず笑うと、ギイも笑った。 「ああいう文化祭ぽいノリで、楽しいこと考えて、それに他の人も楽しんでくれて、ってなかなか経験できないよな。この歳になるとさ」 「そうかも。ねぇギイは昔に戻りたいって思うことある?」 「どれくらい昔?」 「例えば高校生とか、もっと前とか」 ギイはそうだなぁと考え始めた。 ぶらぶらと散歩がてら街中の公園を歩いていた。 木陰のベンチを見つけて、自販機で買ったペットボトルを片手に少し休憩。 ギイは穏やかな表情でしばらく周囲を眺めていたけれど、ふと思いだしたように、ぼくへと視線を向けた。 「昔には戻らなくてもいいかな」 「そうなの?」 ギイは後悔のない人生を歩んでいる気もするし、昔に戻ってやり直したいと思うことはないのだろうか。 「いろいろ失敗したなぁって思うこともあるけど、そういうのも全部、今のオレには必要だったのかなって思うし、まぁ、もう一度祠堂にいた頃に戻れるなら、入学したらすぐに託生に告白するかな。いや、いきなりだと変なヤツって思われて振られてたかな」 「そうかもね」 さすがにいきなり告白されたら、いくら相手がギイでも敬遠してたと思う。 一年の頃は、本当に誰とも仲良くなんてしたくなかったのだから。 「託生は?戻りたいって思う?」 「うーん、どうかな。ぼくはギイとは違って、もっとちゃんとできたかもって思うこともいっぱいあるし、今思えば何であんなこと、って恥ずかしいこととかもあるし。だけど、そうだな、確かにギイの言う通り、続いてるんだよね、昔の自分と今の自分って。いろんなことが積み重なって今の自分があるのかって思うと、昔に戻っても仕方ないのかもしれないね」 「そうだな」 「今の自分が幸せだからかな、そんな風に思うのって」 「ああ、なるほど、そうかもしれないな。オレ、確かに今めちゃくちゃ幸せだし」 「そっか。それって今日のデートプランは成功だって思っていいの?」 「大成功だろ。オレ、ほんとに一日楽しいし」 ギイはうーんと伸びをすると、ありがとな、とぼくに言った。 「まだデートは終わってないよ?このあとはちょっと時間潰して、夜はギイの好きな和食のお店を予約してるから」 「何から何まで至れり尽くせりだな。毎日が誕生日でもいいなー」 「そしたら、あっという間におじいちゃんだよ、ギイ」 さすがにそれは困る。 そのあとは少しぶらぶらと買い物をして、程よくお腹が空いてきた頃に、予約をしていた店に行った。 その店はぼくが職場の人に教えてもらった店で、お値段も安くてとても美味しいからと太鼓判を押されていた。 ギイは何でも食べるし、今でも食欲魔人だ。出てきた食事はどれも美味しくて、ギイは見ていて気持ちいいくらいよく食べた。 夜だしちょっとは飲んでもいいよな、ということで美味しい日本酒もいただいた。 ほろ酔い気分で家路につく間、ギイはずっとご機嫌だった。 ぼくはギイのリクエストを何とかクリアできたのかなとほっとしつつも、まだ最後のプレゼントを渡さなくてはならないので、そのことで頭はいっぱいだった。 家に帰りつくと、ギイは満喫したーとソファに倒れ込んだ。 久しぶりに一日外にいたし、ちょっとあれこれと詰め込みすぎたかなと思わないでもないけど、どれもこれもベタなデートには欠かせないものだった・・・と思う。 「ギイ、コーヒー飲む?」 「飲む。託生も疲れただろ?何かすっげー頑張ってくれたし」 「大丈夫、ぼくも楽しかったし。ベタなデートって何かいいね」 「だろ?」 得意気に笑い、ギイは珍しくソファに横になって目を閉じた。 アルコールも入ってるし、心地よく疲れてるし、眠たくなってもおかしくはない。 だけどまだ眠ってもらっては困る。 ぼくはテーブルの上にカップを置くと、ソファの前に座って、ギイの腕をそっと揺すった。 「ギイ」 「んー」 「ギイに渡したいものがあるんだ」 ギイがよいしょと身体を起こし、ぼくはギイの隣に座り直した。 今日のデートプランはギイが望んだものだし、ぼくも一生懸命考えたわけだけど、だけどこれだけじゃ足りないかなと思ったのだ。 微妙に日常の延長っぽいし。もちろん楽しい思い出として残るけど、もっとちゃんとしたプレゼントもしたかったのだ。 ぼくは白い封筒をギイへと差し出した。 「なに?肩たたき券か?」 「違います。それはぼくからの誕生日プレゼントだよ」 「ラブレター?」 ギイは封を開けた。そして、中から出てきたものに、はっと目を見開いた。 それは数日前にぼくが入手した婚姻届で、もちろんちゃんと名前を書いてある。 「・・・えっと、ギイ」 「・・・」 「今日は誕生日おめでとう。これからも、ぼくはずっとギイの誕生日を祝いたいって思ってるし、できれば、ギイにもぼくの誕生日を祝って欲しいなって思ってる。毎年毎年、今日みたいに特別な日には一緒にいて、楽しいことをして、美味しいものを食べて、一日が終わる時に幸せだったなって思えるような、そんな時間を、これからもギイと過ごしたいなって思ってるんだ」 「うん」 「ギイ、ぼくとこれからもずっと一緒にいてください・・っていう・・えっと、それはその申込書というか、お願いというか・・・」 ギイはずいぶん以前から結婚しようってぼくに言っていて、それはもちろん冗談とかではなく真剣に言ってくれていると分かってはいたけれど、だけどずっと保留にしていた。 じゃあ婚約中ってことで、とギイは言ってくれたけど、本当はもどかしく思っていたに違いない。 いつまでたっても覚悟を決められないぼくに。 だけどぼくの中ではとっくの昔に覚悟なんて決まっていたのだ。 たぶん、ギイが姿を消してしまった三年のあの時に。 ギイのことはこれから先もずっと好きだと、自分の中では当たり前のことになっていたから、結婚だなんて言われてもぴんとこなかったのかもしれない。 でも好きな人とずっと一緒にいたいって思う気持ちは嘘じゃないから、だからギイがそうしたいっていうならそれでもいいかなと思った。 こんな婚姻届に何の意味もないことも分かってるし、男同志で結婚とか言っても、実際には簡単に認められるものでもないから、これはぼくの気持ちを目に見える形にしたギイへのプレゼントのつもりなのだ。 じっと婚姻届を見つめたまま動かないギイに、ぼくはちょっと不安になった。 もしかして外してしまっただろうか。 「ギイ?」 「・・・」 「えっと、肩たたき券の方が良かった?」 まさか、とは思うが。ギイはぎゅーっと目を閉じたあと、不思議そうに首を傾げた。 「オレ、何か夢見てる?」 「ええ?」 夢だと思われちゃ困るんだけど。ぼくはギイの白い頬をぎゅっとつまんだ。 「夢じゃないよ。ほら、痛いだろ?」 ぼくが笑うと、ギイは天を仰いで、はーっと息を吐いた。 「・・・っしゃ」 「え?」 「よっしゃー!」 いきなりギイは高々と両手を振り上げると、そのままぼくをぎゅーっと抱きしめた。 「ちょ、っとギイってば、苦しいよ!」 「何だこれ、やっぱりオレ、夢見てんのかな。託生からプロポーズされるなんて」 めちゃくちゃ嬉しいと言って、ギイはぼくに口づけた。 ありがとう、とギイはぼくを抱きしめる。 こんなに喜んでくれるなんて思わなかった。 ぼくまで嬉しくなってしまうじゃないか。 ベタなデートプランの締めくくりとしては成功だったのかな。 願わくば、これから先、ずっとずっと幸せに暮らしました、というベタなハッピーエンドであってくれればいいなと、ぼくはそっとギイのことを抱きしめた。 お誕生日おめでとう、ギイ。 |