So This is Xmas
コーヒーを飲もうとしていた手が一瞬止まった。 そして流れてくるクリスマスソングに耳をすませる。 周りの誰もが互いの話に夢中で、BGMを熱心に聞き入っているのはぼくだけだ。 (さぁクリスマスだよ) 歌いだしの部分だけ、ぼくにも歌えるクリスマスソング。 いい歌だな、と思わず頬が緩んだ。 駅前のショッピングモールのカフェは若い女性たちでいっぱいだった。喉が渇いたので入ってみたのはいいけれど、一歩入ったところでぎょっとしてしまった。男性一人の客なんてぼくくらいなものだったのだ。 ここは休みの日ともなれば、買い物客でいっぱいになる。おまけにクリスマスが近いともなれば、そりゃあみんな出かけるよな、と今さらのように思い知らされてしまった。 その日の午前中は大学の友人たちとちょっとした集まりがあって、みんなでランチをしてから別れた。 ちょうどいいからと思って立ち寄ったショッピングモールだったけれど、こんなに混んでるなら別の日にすればよかったかな、と後悔するほどの混み具合だった。 暖房がききすぎていたのと人混みの熱気のせいでちょっと酔ったような気分になって、このカフェに逃げ込んできたのだ。一人だとカウンター席が空いていたので、並ぶことなく入ることができた。 やっと一息ついて、運ばれてきたコーヒーを飲もうとしたときに流れてきたのがお気に入りの曲でちょっと嬉しくなる。 「クリスマスか」 思わずつぶやいて、ぼくは頬杖をついて店内に流れる曲を聴きながら、2年前のクリスマスを思い出していた。 窓の外、キラキラと光る大きなツリー。 その下で得意気に立っていたギイ。 あれがギイから貰った初めてのクリスマスプレゼントだった。 そのあと去年渡せなかった分と言って、コートを貰った。 ギイはプレゼントするのが大好きで、イベントの時はもちろん、何でもない時にちょっとしたプレゼントをたくさんくれた。 その時は気づかなかった。 けれど今思えば、どんな時でもギイはぼくが喜ぶであろうものを、さりげなく差し出してくれていた。 それは決してモノだけではなかった。 いや、むしろモノではないものの方が多かった。 その時は気づかなかった。今になって、やっと気づいた。 そんなものがどれほど貴重なものだったか。 「さて、と」 入口付近で席が空くのを待っているお客さんがいるのは見えていたので、コーヒーを飲んでしまうと早々に席を立った。 肩にかばんをかけ直して、エスカレーターで目的の階へと向かう。 ギイと会えなくなってもう1年が過ぎた。 分からないことが多すぎて、最初はもちろん混乱した。 嫌なこともいっぱい考えたりもした。 けれど、不思議とギイの気持ちを疑うことにはならなかった。 何かがあった。 あのギイにさえどうにもならない何かがあった。 ぷつりと途絶えた連絡。 だけど、それはぼくへの愛情がなくなったこととはどうしても繋がらなかった。 ずいぶんと自惚れた考えだと笑われるかもしれないけれど、他人にはきっと理解してはもらえない。 ギイとぼくだけで大切に育んできた思いがあって、一緒に過ごした時間があって、どうしたって手離せない絆がある。 それは決して思いあがりでも自惚れでもなく、ギイもきっとそう思っていると信じることができるから、ぼくはギイのことをまだ愛し続けることができる。 だからこそぼくは今、ギイに会うために必死でバイオリンを練習していて、何とかしてアメリカへ行こうとしている。 だって、そうするしかないよね。ただ待ってるだけじゃ何も始まらないんだから。 「でもこれで、実は振られてたりしたら笑い話にもならないよな」 アメリカまで追いかけていって再会して、そこで「別れたつもりだったのに」なんて。 そんなことを考えて、ちょっと笑いが漏れてしまった。 もしそうなったとしても、ぼくはギイの口から聞いた言葉ならきっと受け入れることができる。 それが別れの言葉であっても、きっと大丈夫。 「・・・だといいんだけど」 いろいろ考えたところで、実際に会ってみないと分からない。 会えない今、あれこれ考えるのはやめようと、ぼくは一つ息を吐いた。 ぼくはお目当てのフロアをゆっくりと歩きながら、綺麗にディスプレイされた商品を眺めた。 クリスマスプレゼント商戦真っ只中で、どの店も一押し商品を前面に押し出していて、見ているだけで楽しくなる。 けれど、いったい何を選べばいいのかがさっぱり分からない。 ぼくのギイへの最初のクリスマスプレゼントはマフラーだった。 ギイにはすごくよく似合ってたと思うけど、まさかまた今回も同じというわけにはいかないだろう。 あの時と違って、今はアルバイトをしたお金もあるので、もうちょっと高いものでも買うことができる。 けど、ギイは何でも持ってるしなぁ。 「ネクタイ、セーター・・・まぁ無難だよな、このあたりは」 たぶんギイは何をプレゼントしても喜んでくれるだろう。 だけど、そうなるとますます何を選べばいいのか分からなくなる。 それでなくてもしばらく会えていないので、今のギイのブームが分からない。 まさか今でもミンティアなんてことはないだろうし。 「困ったな」 立ち止まり、ぼくはふと目についたショップへと足を向けた。 割とカジュアルな洋服、靴、帽子など、いろんなアイテムの揃ったセレクトショップだった。 何となくギイが好きそうだな、という感じがしたのだ。デザインとか色合いとか。 雑貨もいろいろと揃っていて、自分用にも欲しいなと思えるものがあるくらいだ。 御曹司なギイは、身につけているものもさりげなく値の張るものが多かったけれど、でも安くてカジュアルなものも好んで身につけていた。気に入ったものなら値段は関係ないのだろう。 「あ、これいいな」 手にしたのは布張りの手帳だった。 色とか手触りとか、やけにしっくりくる。こういうの、ギイも好きそうだなと思った。 ぼくは少し考えたあと、色違いで2冊を手に取った。 レジに立つと、店員がにこやかに迎えてくれた。 「プレゼントですか?ご自宅用ですか?」 「あ、1冊はプレゼントで、1冊は自宅用で。あの、送ってもらうことできますか?」 「はい。大丈夫ですよ」 「海外なんですけど」 思いもしなかったであろう言葉に、一瞬店員が目を見開く。けれど、すぐに大丈夫ですと笑ってくれた。 ぼくは支払いを済ませると、ギイへとプレゼントする手帳の包装を解いた。 そして、店員に断ってその場で手帳に書き込みをした。 最初はクリスマス。次はお正月。次はぼくの誕生日。それから・・・ 思いつく限りの二人の記念日になるであろう日に印をつけていく。 忘れてたらひどいからな、とちょっとばかりぐりぐりと力が入ってしまう。 さぁどうだ、と言わんばかりの印に、自分でも笑ってしまう。 こういうの見たら、ギイはどう思うんだろうか。 笑うだろうか、呆れるだろうか。 会いたいんだぞ、というぼくの思いが少しは伝わるだろうか。 「ちょっとは反省しろって言うんだ」 ギイの気持ちを疑うようなことはしない、と自分で決めた。 ちゃんと会えるまで、ギイのことを信じようと決めた。 だけど、音信不通のなしのつぶてというのは、さすがのぼくも腹が立つ。 来年のクリスマスの欄にも印をつけた。 「来年は・・・一緒に過ごせるのかな」 手帳を閉じると、店員さんはもう一度プレゼント用に綺麗にラッピングしてくれた。 ぼくはギイのペントハウスの住所を店員に渡した。 「ではクリスマスイブには届くように手配しておきますね」 「お願いします」 ぼくは店を出ると、ふうっと一つため息をついた。 ギイへのクリスマスプレゼント。 けれどちゃんと彼の手元に届くかどうかは分からない。 バレンタインの時もチョコレートを贈ったけれど、何の返事もこなかった。 気落ちしても仕方ないので、ぼくはぼくのしたいようにするのだ。 自己満足かもしれないけれど、これまでギイがぼくにたくさんの贈り物をしてくれたように、ぼくも彼に出来る限りの贈り物をしようと決めたのだ。 贈るのはモノではなくて気持ちだ。 大好きだよと少しでも届くように。 ショッピングモールを出ると、冷たい空気が気持ちよかった。 雪でも降り出しそうな空の色に、目を細める。 「So This is Xmas ・・・」 さっき流れていた曲が知らずとリフレインして、口をついて出た。 「And what have you done?」 あとは歌えないので、ハミングだけで口ずさむ。 さぁクリスマスだよ。 ギイ、きみは今年、どこでどんなことをしたの? |