自分のやるべきことが終わるまでは戻ってこないようにと、一体どれだけ信用されてないんだと思わずため息をついてしまいそうな約束をさせられて、NYを離れてもう1年近く。 さすがにクリスマスまで一人でやれというほど鬼畜な親ではないようで、イブには帰ってくるようにと連絡が入った。 クリスマスは家族で過ごすのがポピュラーではあるけれど、正直なところ恋人がいれば一緒に過ごしたいと思うのが人情だろう。 もっとも、今はその恋人とも連絡禁止令が下されているので、どうしようもない。 「だいたい忙しいお前が迎えになんて来なくていいんだ。オレが日本に行くとでも思われてるのかね」 飛行機の中、思わず愚痴ると、手元の書類から顔を上げた島岡が小さく笑った。 「別にわざわざギイを迎えに行ったわけじゃないですよ。たまたま仕事の帰りとタイミングがあったので、ご一緒にと思っただけです」 島岡がオレのことをギイと呼ぶのはプライベートな時だけだ。 だから、今はお互い余計な気遣いは無用で、本音で話をしていいということだ。 「それに私も早くギイに会いたかったですし」 何の衒いもなく言う島岡に、何となく面映い気分になる。 ちょうど出張でこっちへきていて、これからNYへ戻るという島岡と空港で待ち合わせをして、そのまま飛行機に乗った。ほぼ1年ぶりに会う島岡は何も変わってなくて、オレの今の状況に対しても特別何を言うわけでもなかった。だからオレも話すことはしなかった。 「ギイが帰ってくること、絵利子さんが楽しみにしていましたよ。ずいぶんと心配されていましたし」 「ああ」 「プレゼントは用意されたんですか?」 「もう送った。家に着く頃には届いてるだろ」 「そうですか」 「島岡の分も一緒に送った。まさか先に会えると思ってなかったからさ」 「それはありがとうございます」 愛する人たちへ、心を込めたプレゼントを用意するのはクリスマスの楽しみの一つでもある。 その人のことを思いながら、あれこれと考えながら店を回るのは素直に楽しい。 (あのコート・・・まだ着てくれてるのかな) あの時も、託生のことを思いながら、彼に似合うものを時間をかけて探した。 そして一年遅れでプレゼントした。 次のクリスマスにはもっと託生が喜ぶものを渡すつもりでいた。 結局叶わなかったけれど。 「・・・少し寝る」 「どうぞ」 ブランケットを頭から被って、横を向く。 今年も託生には会えない。 プレゼントさえ渡せない。 せめて夢の中でくらいは、笑ってる彼に会いたい。 目を閉じると昨日までのハードな仕事の疲れが一気に襲ってきて、すぐに意識がなくなった。 久しぶりのNYは何も変わっていないようで、やはり変わっているのだろうか。 足早に行きかう人々も、どことなく気分を高揚させる空気感も、慣れ親しんだ風景なのにまるで初めて見るもののように思えた。 「ただいま」 約1年ぶりのペントハウスの扉を開けると、そりゃもうすごい勢いで絵利子が飛んできて、いつものように抱きついてきた。 「ギイっ!」 「お、っと・・・相変わらずの熱烈歓迎だな。ただいま、絵利子」 身体を離して、その頬にキスをする。 少し会わない間に前よりもずっと大人びた顔つきになって、綺麗になった妹に驚いてしまう。 女の子の成長っていうのは早いものだとしみじみと思い、ちょっと寂しくもなる。 「ギイ、何か疲れてる?」 「昨日までこき使われてたんだ。飛行機の中で少し寝たけど」 暖かいリビングに入ると、目の前には大きなツリー。 子供の頃と何も変わらない定位置にあって、けれどオーナメントは毎年変わる。 小さい頃は可愛いもの。大人になるにつれ絵利子が集めてきたちょっと高価でシックなもの。 今年のは・・・ずいぶんと賑やかな感じだな。けれど絵利子らしい可愛らしい色合いでまとめられていた。 「おふくろは?」 「父さんと出かけてる。どこかのパーティよ。ギイに早く会いたいからって、最後まで行くのを迷ってたんだけど」 パーティは夫婦同伴が基本だから、行かないわけにはいかなかったんだろう。 どうせ夜には会えるんだから、それほど悩むことじゃないのにな。 「ギイ、プレゼント届いてる。ありがとう」 「まだ開けるなよ」 「開けませんー。ツリーの下にちゃんとあるでしょ?」 見るとツリーの下にはたくさんのプレゼントが置かれている。両親からのものや友達からのものも。添えられたカードを開いて一つ一つ確認する。 「ねぇギイ」 「うん?」 「あのね、ちょっと渡したいものがあるんだけど」 絵利子がくいくいとオレのシャツの裾を引っ張る。促されてリビングあとにし、絵利子の部屋へと連れていかれた。 「ちょっと待ってね」 絵利子は机の引き出したから小さな包みを取り出すと、オレへと差し出した。 「何だ?」 「プレゼント」 「プレゼントならツリーの下だろ?他にもあるのか?」 受け取って見覚えのある文字に息を飲む。 「葉山さんから、昨日届いたの。ギイあてのクリスマスプレゼント」 「・・・・・」 「お父さんたちには内緒」 「・・・ああ」 「ギイが一番欲しい人からのプレゼントでしょ?」 悪戯っぽく笑う絵利子に、そうだなと返す。 手の中のプレゼントはずっしりと重く感じられた。 久しぶりの自室は綺麗に掃除がされていた。 少し離れているだけでよそよそしく感じてしまうのは、もうここが自分のいる場所じゃないと心のどこかで思っているからだろうか。 ベッドに腰掛けて、絵利子から受け取った託生からのプレゼントをじっと見つめた。 バレンタインも誕生日も、あの忘れっぽくてイベントには疎い託生が、わざわざプレゼントを送ってくれた。 ありがとうと返すこともできなくて。 受け取ったことさえ知らせられなくて。 「それでもちゃんと送ってくれるんだな」 忘れてないよ、と。 ちゃんと愛しているよと、託生は変わらずにオレに気持ちを伝えようとしてくれる。 嬉しくて、そして何もできない自分が悔しくて、何度もすべてを放り出してしまいたくなった。 けれど、そんなことをしても何にもならないことは分かっていて、結局自分の無力さを思い知らされるだけで終わってしまう。 オレはそっと袋を開けて、丁寧にラッピングされたプレゼントを取り出した。 「手帳?」 手触りのいい布張りの手帳。 渋い色目で、オレが好きそうなものがちゃんと分かってるなと思って笑みが零れる。 表紙をとめるボタンを外して中を開いてみた。 ぱらぱらと捲ってギクリとした。 ところどころにぐりぐりと印がつけてある。 お互いの誕生日、バレンタイン、クリスマス。オレたち二人だけにしか分からないであろう記念日。 何か書かれているわけではなく、ただぐりぐりとつけられた印。 思わず笑ってしまった。 「託生・・・」 いったい何を思いながらこんなことをしたのだろう。 この日には会いたいってことだろうか。 それとも、この1年の間、不義理をした日はここだぞ、という印なのだろうか? ようやく1年。 自由になれるまで、あとどれくらいかかるだろう。 それほど長い時間だとは思っていない。けれど、離れているのはやっぱり辛い。 せめて声が聞けたら。 せめてメールができたら。 せめて待っていてくれの一言を伝えられたら。 「・・・でも、きっと伝わってるよな」 自分自身に言い聞かせるようにつぶやいた。 なぜなら、託生の気持ちが今、手の中にある。 遠い場所にいる恋人の、温かい気持ちがちゃんと伝わってくる。 託生へのプレゼントは去年も渡せず、今年も買ったはいいけど渡せる見込みはない。 けれど、一年生の時に渡せなかったときとは全く違う。 今はちょっと保留にしているだけだ。 今度会えたら、会えなかった間のイベントごとのプレゼントを渡されて、きっと託生は困った顔をするだろう。 けれどすぐに笑顔に変わる。 そんな顔が早く見たい。 「せめてカードくらいつけろよな」 自分は送ることができないというのに、ついついそんな我侭なことを言ってしまう。 それはきっと幸せすぎるせいだ。 託生がオレにプレゼントを贈ってくれた。 こういうのをクリスマスの奇跡というのだろうか。 奇跡を起こしてくれたのは間違いなく託生で、オレはただ受け取るばかりだ。 いつか全部彼に返そう。彼がオレにくれたのと同じだけの幸せを、必ず返そう。 神様。 こんな時だけ願いごとだなんてきっと呆れているとは思うけれど、クリスマスのプレゼントをくれるなら一つだけ。 聖なる夜にオレが受け取れるであろう愛と安らぎを、すべて託生に。 今は離れている愛しい人に幸せを。 「 Happy Xmas 」 祈りを込めるようにして小さくつぶやいた。 |