※下世話ネタ注意
せっかく託生がお泊り準備をしてゼロ番へやってきたというのに、そんな時に限ってやっかいな揉め事が舞い込むのだ。 無視したいのは山々なれど、報告されてしまっては、階段長として放っておくわけにもいかない。 オレはうんざりしながらも半ば諦めて、託生を振り返った。 「ごめんな、託生、ちょっと行ってくる」 「大丈夫だよ。待ってるから」 今夜はタイムリミットのない逢瀬だから、託生も別段気分を害することなくのんびりと答えた。 ありがたいやら切ないやら。 もうちょっと残念がってくれたっていいとは思うものの、そういうところも託生らしいかと諦めてみたり。 「・・・託生、寝るなよ」 「まだこんな時間だよ?」 託生は机の上の時計を見て笑う。 そんなこと言ってるが、暇潰しに雑誌でも読み始めたらとたんに睡魔に襲われて、眠ってしまうのは目に見えている。戻ってきたら恋人は熟睡してました、なんて悲しすぎる。 久しぶりの2人きりの時間だからいちゃいちゃしたいのに、ぐっすり眠られちゃ起こすのも憚られる。 「いいな、絶対に寝るなよっ!」 「はいはい、分かったから早く行きなよ」 呆れたように託生がオレの背を押す。こいつ、何だってそんなに余裕なんだ? オレは壁にかけていた鍵を手にすると、 「鍵かけてくから、誰か来ても無視しろよ」 と念を押した。 「分かったよ」 「託生・・・」 「寝ませんから。ちゃんとギイが戻ってくるの待ってるよ」 くすくすと笑って託生がオレの頬にキスをしてくれた。 それでようやくちょっと安心できた。 ああ、本当に託生不足だよな、オレ。 一時間ほどで揉め事は収束した。 託生を待たせたお詫びにと、缶コーヒーを買って、オレはゼロ番へと戻った。 まさか寝てないだろうな、と思いながら鍵を開けて中に入ると、託生はちゃんと起きて待っていてくれた。 ソファに座って、誰かが置いていった雑誌をめくっていたが、オレの顔を見ると嬉しそうに笑った。 それだけでほっと胸が熱くなる。 やっぱり部屋に帰ってきたときに、恋人がいるっていうのはいいよな。できることなら、去年に戻りたい。 「ただいま」 「おかえり。お疲れさま、ギイ」 「寝てなかったな」 「だから、寝ないってば」 拗ねたように尖らせた唇にちゅっと口づけると、託生はぱっと赤くなった。 もう何回キスしてるか分からないっていうのに、いつもまでたっても慣れることのない託生に思わず笑いが漏れる。 「はー、やっと託生とゆっくりできる」 「ギイ、疲れてるんじゃない?」 「おーい、タクミくん、お前そんなこと言って、オレを拒むつもりじゃないだろうな」 「え、違うよ。そうじゃなくて・・・」 わかってる。託生は心底オレのことを心配してくれてるのだ。 毎日下級生たちに纏わりつかれ、鬱陶しいことこの上ない毎日を過ごしているから、疲れていない、といえば嘘になる。 確かにそれはそうだけれど、こうして託生と一晩過ごせれば疲れなんて綺麗になくなってしまう。 制服を着替えようとクローゼットの前に立つ。さっさとリラックスモードに突入して、託生に癒してもらいたい。 「オレがいない間、何してたんだ?」 「一人えっちしてた」 シャツのボタンを外そうとしていた手が思わず止まる。止まろうともいうものだ。 何の気なしに聞いた問いかけだったのだが、帰ってきた託生の答えに、オレは耳を疑った。 (一人えっち?って、あれか?あれだよな) いや別にするなっていうつもりもないし、オレのことが待ち遠しくて・・・なんて言われたらそりゃ嬉しいし。 だけど・・ 「・・・それは・・めずらしいこともあるもんだ・・」 まじまじと託生を見つめると、託生は素直にうんとうなづいた。 「実は今日、食堂で矢倉くんにすごく気持ちよくなれるやり方を教えてもらったんだよ。だからちょっと試してみたくって」 (矢倉、殺す) あいつはいったい何を吹き込んだんだ?オレの託生に余計なことを教えるな! そういうことを教えるのは恋人であるオレでいいんだよ。 「託生、それってオレのベッドで?」 「あ、うん。さすがに床じゃやりにくいんで、ギイのベッド借りたんだけど・・・ごめんね勝手に使って」 「別にいいけどな」 「あ、汚したりしてないから安心して」 「・・・・」 無邪気に笑う託生に脱力する。 何だかだんだんと話が生々しくなってないか?託生も成長したよなぁ。以前なら絶対にこんなこと口にしたりしなかったのに。 これは喜んでいいのか?いいんだよな、うん。 恥ずかしがる託生もいいけど、ちょっと大胆になって、いろんなことに興味もってくれてるなら、それはそれで楽しめるというものだし。 「なぁ、ちょっとはオレのこと考えたりした?」 託生の隣に座り、顔を覗きこむ。 そういうことする時って、託生は何を考えるんだろう。 ちょっと興味が湧いて聞いてみると、託生はきょとんと首をかしげた。 「やりながら?」 「そう、やりながら」 「うーん、早く帰ってこないかなぁとは思ったよ」 そうだよな。オレのこと待ちわびてたんだよな。 だけど、だからって、一人で先にそういうことするのはどうなんだよ、託生。 ずるくないか? いくら試してみたかったとは言え、オレが帰ってくるの待ってろよなぁ。 「気持ちよかった?」 「うん。矢倉くんてこういうの詳しいよね」 (矢倉、絶対殺す) 本当にあいつは何を教えたんだ、オレの託生に。 そりゃ毎日一緒にいられるわけじゃないから、そういう気分になったときに一人でしてしまうことを咎めることなんてできやしないけど、だけどなぁ、そういう時はさっさとオレに会いにきてくれればいくらでも・・・ 「・・・・なぁ、それってどんな風にやったのか、教えてくれよ」 別にやり方なんてどうでもいい。 託生がどんなことしたのか知りたいのだ。 オレの言葉に、託生は少しばかり躊躇する。 「え、またするの?まぁいいけど・・・」 「託生がして見せてくれる?」 これは絶対に嫌がるだろうと思ったのに、託生はあっさりと承諾した。 「うん、いいよ。その方が分かりやすいと思うし」 託生は立ち上がると、おもむろにオレの手を取った。 そしてそのままぐいっと両手を上へと引っ張り上げる。 「最初はこうやって・・・」 「・・・ちょっと待て、託生」 いったいどんなやり方なんだ、これは!! というか、いったい何をやってたんだ、託生は!!! オレは何だかとても嫌な予感がして、恐る恐る託生に聞いた。 「託生、もう一回聞きたいんだけど・・・オレがいない間に、何してたって?」 「だからストレッチだよ」 「・・・・」 「・・・・」 「はい?」 「ストレッチ。矢倉くんが肩こりによく効くヤツ教えてくれたんだよ、めちゃくちゃ気持ちよくなるよ」 ストレッチ? 一人えっちって言ったよな?いや、ちょっと待て。もしかして、というかもしかしなくても聞き間違いか? そうだよな。っていうか・・・ すとれっち→ひとりえっち??? ああ・・うん。 確かに聞こえる・・な。 「ぷっ」 オレはあまりのことに思わず吹き出して、そのままソファに突っ伏して大笑いしてしまった。 「ギイ?」 「いや、悪い・・・そうだよなぁ、はははっ、託生がそんなことするわけないもんなぁ。くくっ・・・何だってそんな風に聞こえたんだろ。あー、おかしい。託生のカツゼツが悪かったせいだな。はは・・・」 ひとしきり笑ったあと、じーっとオレを眺めている託生に気づいて身体を起こした。 「・・・ギイ、何がそんなにおかしいんだよ」 低い声に、託生が不機嫌になっていることが分かる。 「いや、何でもない」 「何でもないわけないだろっ、そんなにバカ笑いするなんて!白状しろ」 託生がめずらしく強い口調でオレに詰め寄る。 「え、いや、でも・・・」 こんなバカな聞き間違えをしたなんて託生が知ったら、どうなるか恐ろしい。 「ギイ〜」 「あー。えーっと・・・」 しばらく誤魔化せないかと頑張ってはみたものの、結局オレは白状させられた。 「ばかばかばかばか、ギイのばかっ」 「はい、おっしゃる通り」 ほんと何であんなバカな聞き間違えをしたのやら。 半分は託生のカツゼツのせいだろーなんて口にしたもんだから、さっきから託生に何度もばかと言われてしまっている。 「信じらんないよ、そんなこと、するわけないし、言うわけないだろっ」 託生は耳まで真っ赤にして、オレのベッドで枕に顔を埋めている。 「まぁなー。でももし託生がオレのこと待ちわびて、一人でしちゃったりするのも、想像するとけっこう興奮するっていうか・・・」 「ばかっ、想像するなよっ!」 顔を上げて託生が枕をオレに投げつける。寸でのところでそれを受け止め、 「お前、ばかばか言いすぎ」 真っ赤な顔をして怒る託生をはいはいと抱きしめる。 「もう知らないよっ、ギイなんて」 「分かりました」 「やらしいことばっかり考えるんだからっ」 「ごめんな」 しょうがないだろ、だってオレ、健全な男子高校生だし。 「機嫌直してくれって。せっかく久しぶりに2人きりの夜なんだぞ、言い争いなんてしたくない」 「だ、だ、誰のせいだよっ!」 腕の中で暴れる託生を何とかなだめてベッドに横になる。 背中から抱きしめていると、ようやく託生は大人しくなった。それでもまだ耳の辺りは赤いのだけれど。 「なぁ、託生」 「何だよっ」 「たまにはオレのこと恋しくて一人でしちゃったりする?」 「・・・っ!!」 まだ言うかっ、と託生はオレのみぞおちに肘鉄を食らわした。 結局その夜は託生の怒りが収まらず、どんなに甘い言葉でお願いしてもいちゃいちゃはさせてもらえなかった。 口は災いの元とはこういうことを言うのだと、身を持って知らされた。 もちろんこの場合の口は、オレの口じゃなくて、託生の口だと思っている。 もちろん託生には口が裂けても言えないけれど。 |