不幸せの幸せ



クリスマスが近づいていた。
オレはいつになくテンションが上がっていた。
託生と恋人同士になって初めてのクリスマスだ。
気合が入っても不思議ではないだろう。
託生自身は記念日やイベントにはあまり興味がないようで、(オレの誕生日ですら忘れていたくらいだ)、普段と変わらずのほほんと過ごしている。
別に託生からのサプライズ的なプレゼントなんてこれっぽっちも期待しちゃないが、オレとしては何をしてやろうか、ここ数日ずっと考えていた。
託生はあまり物欲がないし、高価なものを贈ると受け取ってもらえない可能性もある。
祠堂にいる限り、ちょっとお洒落なレストランで食事なんてことも簡単にはできないし、まったく不便なことこの上ない。
オレからのプレゼントなら、たぶん何でも喜んでくれるだろうが、やっぱり恋人にはトクベツなプレゼントをしたいと思うのが男心だ。
あれやこれやと思案していたが、どれも決め手に欠ける中、ようやくこれだと思えるものが現れた。
それは食堂で章三も交えて食事をしている時だった。
NYのロックフェラーセンターのツリーの話になった。毎年見に行っているオレがその様子を話すと、託生は目を輝かせて
「すごいねぇ、ぼくも一度見てみたいなぁ」
と言ったのだ。
そんなことを言われては是が非でも叶えてやろうという気になる。
今すぐにでもNYへ連れていってやりたい気になったが、さすがにそういうわけにもいかない。
となれば、同じものを作るしかない。
ちょうどいい具合に、寮の窓の外には立派な木が植えられている。
そこにイルミネーションを施せば、そこそこ綺麗になるはずだ。いや、びっくりするくらい綺麗なものにしてみせる。
プレゼントが決まればあとは必要なものを手に入れるだけだ。
実際の装飾は一人じゃできないだろうが、そこは章三に頼めばいい。
「よし、決めた」
託生の喜ぶ顔が思い浮かび、オレはそれだけで幸せな気持ちになった。

街へ下山して、上手く託生を怒らせて一人になると、早速電気屋へと足を向けた。
バッテリーだの色とりどりのイルミネーションなどを手にいれると、手持ちの金は綺麗になくなった。
「しょうがないな」
荷物は配達を頼んだし、歩いて帰ればいいかと軽く考えて帰途についた。
まぁそれが原因でひどい目にあうことになろうとは、この時にはまったく考えてなかったのだが。
深夜になって寮に辿り着くと、オレはいつもの通り、寮の扉を小さく叩いた。
ほどなく音を立てずに扉が開く。
「よぉ、章三」
「お前な、もう部屋に戻ろうかと思ったぞ」
寒そうに身を縮め、小声で文句を言う章三の脇をすり抜け、ようやく辿り着いた暖かな空間にほっと息をつく。手にしていた袋を章三に突き出すと、ヤツはそれを当然だという顔で受け取った。
去年、同じ部屋だった時は、よくこうして互いのために扉を開けた。
そのたびに、ちょっとした賄賂を渡すのも恒例のことだ。
今回は最近章三がハマっているスナック菓子だ。学校の売店にはないものだから下山するたびにヤツが買っているのは知っていた。
「お、イチゴ味じゃないか。今日買えなかったんだ」
嬉しそうに章三が目を見開く。
「それは良かった」
コンビニを5軒も梯子した甲斐があったというものだ。
つ、と触れ合った指先の冷たさに章三が眉を顰める。
「・・・お前、すっかり冷えてるじゃないか。まさか歩いて帰ってきたのか?」
「まぁ、な。買い物したら金がなくなった」
「いったい何を買ったんだ?」
「そのうち分かる。というか、そのときは手を貸してくれ」
「・・・まぁかまわないがな。さっさと部屋に戻れよ。オクサマが心配する」
「もう寝てるだろ。サンキューな、章三。いつも助かる」
肩に手をやると、今更何を、というように章三が笑った。

そうして次の日、オレは見事に風邪を引いてしまっていた。

「ギイ、何か欲しいものある?」
託生がそっと聞いてくる。
何も無いよ、と首を横に振って答える。何しろまともに声が出ないのだ。
まったくついてない。
生まれてこのかた、風邪を引いたことなんて数えるほどしかないというのに。
何だってこの大事な時に風邪を引くんだ?
「暖かくしてぐっすり眠るといいよ。ぼく、食堂で氷もらってくるから」
「・・・・」
「なに?」
「・・・ありがとな」
掠れた声で言うと、託生は小さく笑って部屋を出て行った。
あー、ほんとにまいったな、とオレは深くため息をついた。
せっかく立てたクリスマスの計画が台無しになりそうな気がして気が滅入る。
こうなりゃ意地でも風邪を治して・・・と思うそばから、こういうのは自分勝手にどうにかなるものでもないしな、とまた落ち込む。
どうしてこうマイナス思考にしかならないのか。
身体の調子が悪いと考え方まで悪くなるのか?
こんなことは初めてだ。
いかんいかん。
託生のために何が何でも風邪は治す、とオレは心に誓った。
「ただいま、あれ、ギイまだ起きてるの?」
しょうがないなぁ、と言って、手にした氷を枕元に洗面器に流し込む。
額に置かれたタオルを取って、冷たい水に浸す。
固く絞ったタオルを再びオレの額に乗せ、託生はベッドサイドに引き寄せた椅子に座ってオレを見た。
「食堂のおばちゃんたちが心配してたよ。ギイが風邪引くなんて嵐がくるんじゃないかって」
(それはひどい)
「もうすぐ帰省だっていうのに、可哀想にって言ってたよ」
(それよりもクリスマスだ!計画がおじゃんになる方がずっと可哀想だ)
「でも、さ」
託生が身を屈めて膝にベッドに頬杖をつく。
「ごめん、ギイ、ぼくちょっと嬉しかったかも」
「?」
「だってさ、ぼくが風邪引いて看病されたことはあっても、ぼくがギイの看病することなんてありえないって思ってたからさ。あ、別にギイが風邪引いて喜んでるわけじゃないよ?ただ、何ていうか、ギイのために何かしてあげられるのが嬉しいなって」
(た、くみ?)
「いつもいつもギイがぼくのために何かしてくれるだろ?だけど、ぼくだってギイのために何かしてあげたいって思ってるんだよ?滅多にできないけどさ」
(そっか)
オレは手を伸ばして託生の頬に触れた。
どうして託生はこうも簡単にオレを喜ばすんだろうな。
沈みがちだった気持ちがふわりと浮上する。
単純だな、オレは、としみじみと思う。
そして改めてオレにとって託生がどれほど大切な存在なのかを思い知らされる。
オレのために何もしてあげられない、と託生は言うけれど、そんなことはないんだ。
例えばこうしてそばにいてくれる。
心配そうに見つめてくれる。
冷えた指先を包んでくれる。
たったそれだけで、オレはめちゃくちゃ幸せになれるんだ。
託生にしかできないことがたくさんありすぎるってことを、託生はぜんぜん分かってない。
だから、ちょっとでもそれを返したいと思ってるから、オレは託生が喜んでくれそうなことを、いつもいつも考えてしまうんだ。
幸せを先にもらってるのはオレの方なんだ。
「愛してるよ、託生」
「風邪でダウンしてる時まで、そういうこと言わなくていいから」
わざと憎まれ口をたたいて、託生はぺちんとオレの手を叩いた。
「でも早く元気になってね」
優しく笑う託生に、オレはうなづくしかなかった。

クラスメイトたちがしきりに見舞いに来ては、雑誌だの飲み物だのを置いていってくれる。
ようやく声が出るようになり、熱も下がった。
それを見計らったように章三も見舞いにやってきた。
「元気そうじゃないか、葉山は?」
「医務室に薬取りにな」
「そっか」
「章三、頼みがある」
例の荷物がそろそろ届く。こんな状態じゃ取りにも行けない。章三に代わりに受け取ってもらうしかない。
どうせ最初から手を貸してもらうつもりをしていたのだ。
オレはクリスマスの計画をかいつまんで章三に話した。
「イルミネーションねぇ。まったく、そんなことのために風邪引くとはな」
うんざりしたように章三が肩をすくめる。
「託生の喜ぶ顔が見たい」
「はいはい、そりゃ喜ぶだろうさ。ま、ギイのプレゼントなら、やつは何でも素直に喜びそうだがな」
「なぁ章三」
「ああ?」
「風邪で寝込むなんて金輪際ごめんだと思ってるんだけどな、でもたまにはいいなぁって思ったよ」
「・・・あんまり聞きたくないが、一応理由を聞こうか」
じろりと睨む章三に関せず、オレは夢見心地で言った。
「託生が優しいしなぁ、ま、いつも優しいけどさ、あいつ滅多に言わない甘い台詞とか言ってくれるしさ。やっぱりあれかな、病人には甘くなるのかね。オレの看病できて嬉しいなんて言われたらさ、たまには風邪でも引いて、不幸せなふりしてみるのもいいかな、なんてつまんないこと考えちまったぜ」
「どうやらまだ熱があるようだな。頼まれた荷物はちゃんと受け取ってやる。さっさと治してそのふざけた考えを改めろ」
章三は冷たく言い放って、さっさと部屋を出て行った。
まったくたまには人の話を最後まで聞けよ。
健康が一番だってのはよく分かってるけどな、だけどたまにこうして気弱になると見えてくるものもあるんだなって思ったんだ。
例えば託生が何を考えてるのか、とかさ。
不幸せな中にも幸せってヤツは必ずあるらしい。
それってちょっといいな、って思わないか?

もちろんオレは気合で風邪を治した。
オレに幸せをくれる託生に、ちょっとでも幸せを返せるようにと思えば何でもできる。
美しく光るイルミネーションに託生はいたく感激してくれた。
その時から、オレにとってクリスマスは互いに幸せを贈りあう特別な日となった。






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あとがき

どこまでもポジティブシンキングなギイってのがテーマで。託生くんに優しくされるなら風邪引いてもいいや、なんてのは後ろ向きなポジティブだけど。