今まで誕生日になると、ギイにはいろいろとプレゼントを貰ったりお祝いをしてもらったりしてきた。
今年も当然のように、 「何が欲しい?」 と聞かれたけれど、特別欲しいものもないしなぁと悩んだ。 「何でもいいよ」 と言うものだから、 「じゃあすっごく高いものでもいい?」 と聞いてみた。 するとギイは少し意外そうな顔をして、もちろんと笑った。 それが誕生日の1ヶ月前のことだった。 照明の落とされたダイニングルーム。 テーブルは綺麗に片付けられていて、あとはデザートを待つばかりとなっていた。 2月18日のぼくの誕生日に、ギイにリクエストしたプレゼントは 「ギイが1日仕事を休んで、ぼくと一緒に過ごして、ディナーを作ってくれること」 というものだった。 これ以上贅沢なプレゼントがあるだろうか。 ギイの給料から換算した時給を考えたら、24時間独り占めだなんていったいいくらになることやら。 もちろんお金の問題ではなくて、誰もを魅了してやまない男を独り占めだなんて滅多にできることじゃない。 おまけに手作りディナーだ。 ギイは滅多にないぼくからのリクエストということで、万障繰り合わせて休みを取ってくれた。 そして朝から二人で一緒にディナーのための買い物に行った。 ランチを外で済ませてペントハウスに戻ると、ギイはいそいそとディナーのための準備を始めた。 「何だか楽しそうだね、ギイ」 「楽しいさ」 「見てていい?」 「駄目」 「どうして?」 「びっくりさせたいから」 いたずらっ子のようなギイの口調に笑ってしまった。キッチンを追い出されてしまったので、ぼくは防音室でバイオリンの練習に励んだ。ギイが呼びにきてくれてようやく時間が夕刻になっていることに気づいた。 ギイが用意してくれたディナーは手の込んだもので、とても日ごろ料理をしていない人が作ったものとは思えないほどの美味しいものだった。 「すごく美味しい」 器用な人は何でもできるんだなぁと感心していると、 「実は章三にレクチャーしてもらった」 と暴露してくれた。 道理で美味しいはずだ。章三はぼくが好きそうなものを考えて(もちろん苦手な野菜を使うことなく)ギイにも作れるレシピを送ってくれたらしい。 けっこうな量があったにも関わらず、胃がブラックホールになっているギイのおかげで綺麗に平らげることができて、ぼくたちはほろ酔い加減で楽しいひと時を過ごした。 「あとはデザートな」 とギイが言ってキッチンへと向かう。 照明が落とされて、部屋にある灯りと言えばフロアライトとテーブルの上の小さなキャンドルだけだ。 こういう演出ができるのもギイならではだなぁと思う。 「もしかしてデザートも手作りなの?」 「当然」 「それは奈美子ちゃんからのレクチャー?」 「当たり」 やれやれ。今度会ったら、あの二人に何か御礼をしなくちゃいけないような気がするぞ。 ぼくがフルーティな白ワインをちびちびと飲んでると、ギイがケーキとコーヒーを乗せたトレイを手にして戻ってきた。 「アイスケーキ?」 見ると七色の層になった見目に綺麗なアイスケーキだった。 「さすがにアイスは一から作ってないけど、デコレーションというか、形作りはオレのセンスな」 ぱちんとウィンクしてギイがテーブルにセッティングしてくれる。 ぼくはまじまじとアイスケーキを眺めた。 「どうした?アイスケーキは嫌いだったか?」 「ううん、そうじゃなくて」 不思議そうな顔をするギイに、ぼくは苦笑した。 「実はね、アイスケーキにはちょっとした思い出があるんだ」 「へぇ、どんな?」 向いの席についたギイが聞いてくる。 「まだ小さい時の話なんだけどさ・・・」 たぶんあれは幼稚園くらいのときの話だ。 誕生日で、ぼくはアイスケーキが食べたいと母にねだった。 たぶん友達の誰かが美味しかったと話しているのを聞いて、それで食べたくなったんだと思う。 最初こそいいわよ、と言ってくれた母だったが、すぐに冬に冷たいものを食べると兄の身体に障るから駄目だと言い出した。 普通のケーキを買ってあげるとと言われたけれど、ぼくはアイスケーキが食べたいといって譲らなかった。 本当は普通のケーキでもぜんぜん良かったのだ。 だけど、ぼくの誕生日なのに、兄のために譲らなくてはならないというのが我慢できなかったんだと思う。 その頃はまだ、何もかも諦めて我慢するなんて考えてもなかったから。泣き喚くぼくに母は怒り、せっかくの誕生日だというのにずいぶん険悪なムードになったのだ。 「それで?」 ギイが何とも複雑そうにぼくを見る。 ぼくは頬杖をついたまま、目の前のアイスケースをフォークで小さく割った。 「ぼくがあんまり泣くもんだから、兄さんがみかねたのかな。『僕もアイスケーキが食べたい』って言ってくれたんだよ」 「ああ・・・」 「『せっかくの託生の誕生日なんだから、託生の好きなものを食べよう』って」 あの時食べたアイスケーキの味は今でも忘れられない。 体の弱い兄のことを気遣ってやれない自分がひどい人間のようにも思えて、だけどどうしてもアイスケーキが食べたくて。 両親の愛情が兄にばかり向いていたなんて、その時は思っていなかった。 我侭を言うぼくに優しく笑ってくれた兄のことが大好きだった。 あの時はまだ、普通の家族で、普通の兄弟で、普通の幸せの中で生きていた。 忘れていた思い出が一気に甦り、何だか泣きそうな気持ちになった。 ぼくはそれを誤魔化すように、ギイが作ってくれたアイスケーキを一口食べた。 甘すぎず、ふわっと口の中で広がった不思議な香りに笑みが零れた。 「美味しい」 「託生」 ギイが手を伸ばし、テーブルの上に置かれていたぼくの手を握った。 「辛いこと思い出させたか?」 「そんなことないよ」 ぼくは少し考えたあとギイを見つめた。 「確かに昔、ぼくにはちょっと幸せじゃない時期もあった。いろんな出来事やモノがそういうのに結びつくこともある。例えばこのアイスケーキも、もし一人で食べることがあったら、そこから昔の辛い記憶が甦ったかもしれないけど、だけど、今はギイがいる」 「・・・」 「ギイが、そういう思い出をすべて上書きしてくれている。これから先、アイスケーキを食べるときには、ぼくはきっと幼かった頃の出来事ではなくて、今日の誕生日のことを思い出すと思う。そしてギイがどれだけぼくのことを愛してくれているかを、きっと思い出す。生きてる限り、ずっと」 「託生・・・」 「そうやって、ぼくの記憶はギイが全部幸せなものに変えていってくれる。ありがとう、ギイ」 「・・・」 「ぼくのこと、好きになってくれてありがとう、ギイ」 こんな風に誕生日を祝ってくれてありがとう、ギイ。 |