「寄ってくだろ?」
当然のように矢倉が言い、少しの逡巡のあと、八津は小さくうなづいた。 ギイのゼロ番をあとにして、そこに集まっていたものたちは各々自室へと戻っていった。 「点呼は大丈夫か?」 「あ、うん、頼んできたから」 今夜の点呼は同室者に頼んできていた。 祠堂の生徒たちは寮則を守る者が大半だが、それでも所用により点呼を頼むことはある。 月に1,2度であれば、それはみんなお互い様ということで、特に文句を言うものはいない。 頼んできたから
言ってから、これじゃあまるで最初から矢倉のところへ泊まるつもりだったみたいじゃないか、と思い八津は気恥ずかしさにうつむいた。
すでに消灯を過ぎていたので、誰にも見られることなく、二人は矢倉の部屋に入った。 1階のゼロ番を訪れるのは久しぶりだった。 他人の部屋にいるというのはどこか居心地の悪さを感じるもののはずなのに、そこが矢倉の部屋だというだけで、不思議とキモチは落ち着いた。 「あー、飲みすぎたな。コーヒーでも飲むか?」 「うん、ありがとう」 ソファに座り、八津はテーブルの上に散らかった雑誌に苦笑した。 ギイのゼロ番の来客スペースは几帳面なほどに片付いている。いっそよそよそしいといっていいほどだ。 それに比べて矢倉のここは、気安い友達が来ることが多いのだろうか、適度に散らかっている。 きっとその方が相談に来やすい。 「ほら、コーヒー」 矢倉がカップをテーブルに置き、八津の隣に座る。肩が触れ合うくらいの距離に、どきりとした。 慌てて八津が口を開く。 「それにしても、さっきの葉山くんは見てて可哀想だったな。矢倉、ひどいことするよな」 「罰ゲームなんだからひどいことしないでどうするよ」 「そうだけどさ。でもギイがそれに乗るとは思わなかったな。てっきり上手く誤魔化して葉山くんを助けると思ったのに」 矢倉はうーんと唸った。 「まぁ、あれはギイ救済のための罰ゲームでもあったしな。むしろ喜んで乗ったんじゃないかと思うぜ」 「それ、どういうこと?」 「最近のギイ、ちょっと情緒不安定っぽかったからさ。何ていうか、まぁ葉山のことに関してだけ、だけど、余裕がないっていうか、自信がないっていうか・・」 「自信のないギイ?想像できないな」 思わず笑って、八津が首を傾げる。そんな八津に、矢倉は軽く肩をすくめた。 「あいつは葉山のことに関してはいつも余裕がないぜ。1年の頃は嫌われてるんじゃないかっていつも思ってたし。2年になってちょっと落ち着いたみたいだけど、3年になってからまた元通りっつーか。離れてるからさ、不安なんだろ。ほんとに葉山に愛されてるのかなーって」 「うーん、そんなの誰が見ても一目瞭然だと思うんだけどな。葉山くん、めちゃくちゃギイのこと好きだろ。ギイが分からないはずないと思うんだけど」 「分かってても不安にはなるもんだぜ。だろ?」 矢倉がそっと八津の肩に腕を回して自分の方へと引き寄せ、だからさ、と続ける。 「せめて俺たちの前だけででも、大っぴらにノロケさせてやろうかと思ってな。今日のメンバーなら去年と同じような感じで二人のこと見てくれるだろうって思ったし」 矢倉は、お調子者でお祭り好きな男だと思われているけれど、実は人のことをよく見ている。 その人にとって一番いいことは何なのかを見抜いて、そして誰にも知られずに行動するのだ。 (今日の宴会は気弱になってるギイのためのものだったんだな) そんなことを思って、八津は馬鹿げたヤキモチを振り払う。
「実は俺も不安なんだけどな、八津」 「矢倉が?どうして?」 「そりゃお前、例の取り巻きたちに阻まれて、なかなかこんな風に二人きりになれないしな」 おまけに大っぴらにノロケることもできないし。 そう言って、矢倉はそっと八津に口づけた。 ちゃんと付き合っていても、やっぱり不安にはなるものだ。 自分のことをちゃんと愛してくれているのか。 何度口づけても、何度肌を重ねても、それはきっとなくなることはない。 「そうだ、人生ゲーム面白かったか?」 「え?ああ、うん。久しぶりだったから楽しかった」 「だろ?この前そんな話をしてたの小耳にしたからさ。八津が楽しめるなら、と思って下山した時に買ったんだ」 そして階段長会議のあとの宴会に誘ってくれ、と葉山に頼んだ。 本当は矢倉自身が誘いたかったが、お取り巻き連中に邪魔されたくなかったのだ。 「矢倉、もしかして俺のために?」 「当然だろ?」 何を分かりきったことを、と矢倉ため息をつく。 ふいに言葉にできないほどの愛しさがこみ上げて、八津はぎゅっと矢倉を抱きしめた。 「八津?」 「ありがとう。すごく嬉しいよ」 「・・・んじゃ、ちゃんとお礼してくれよな。点呼も頼んできたことだし」 耳元で囁かれ、八津は小さくうなづいた。 |