託生があちこちで「恋人の寝込みを襲ったことがある?」と聞きまわっていると聞いて、オレは一瞬きょとんとしてしまった。
「何で?」 「僕に聞くな」 その情報を教えてくれた相棒は、軽く肩をすくめた。 そんなことを聞いていったいどうするつもりだ? 誰かに何か言われたのか? 恋人の寝込みを襲ったことがあるか、なんて、何とも下世話な質問にしか思えないが、あの託生がそんなことをするからには、何か理由があるのだろう。 「もしかして章三も聞かれたのか?」 「聞かれた、というか、聞こうとしないから無理やり聞き出した」 「へぇ、で、何て答えたんだ?」 「ギイの寝込みなら襲ったことがある、って答えたが?」 章三はしれっと言って、手にしていたイチゴ牛乳を口にする。 「おい、それ微妙に誤解を生む台詞じゃないか」 託生がおかしな誤解をしたらどうしてくれる。 嫌な顔をするオレを、章三は鼻で笑った。 「僕とギイとでいったい何の誤解が生じるっていうんだ?ああ?だいたい、そんなおかしな意味で襲ったことはないだろうが、ギイじゃあるまいし」 「オレだって章三の寝込みを襲ったことなんてないぞ」 「当たり前だっ!」 心底嫌そうに章三が眉をひそめる。ほんと、こいつはどこまでもノーマルだよな。 「で、託生は今どこだよ」 「さぁね。寮のどこかで、また誰かに同じような質問してるんじゃないのか?」 「ふうん。じゃ、捕獲してくるか」 「とにかく、迷惑だからやめさせろよな」 「そうだな」 というか、何の理由があってそんなことをしてるのか知りたいんだがな。 オレは章三と別れると、託生を探して寮内をあちこち歩き回った。広い、とはいえ人がいるところなんて限られている。おまけに託生がそんな下世話な質問をぶつけられる相手なんて知れている。 ほどなくオレは託生を掴まえることができた。 託生は吉沢と一緒にいた。 吉沢と一緒ということは、吉沢にあの質問をしてるのか? それはあまりに気の毒じゃないか? 吉沢の答えは聞くまでもないだろう、と何故分からない? 「託生」 声をかけると、託生がぎくりと振り返った。どうやら自分が下世話なことをしているっていう自覚はあるらしい。まったくしょうがないやつだな。 かわいそうな吉沢を解放してやって、オレは託生をゼロ番に連行した。 そういうこと聞きたいならオレに聞けよ、というと、何故か託生は頑なにをそれを固辞した。 そりゃまぁオレが託生の寝込みを襲ったことなんて何度もあるし、今さらかもしれないけど、託生の拒否っぷりは何か引っかかるな。 しかし何にしろ、こうして二人きりになれるのは久しぶりで、オレは託生の妙な行動ことなんてどうでもよくなってしまい、今夜はゼロ番に泊まるということを確約させた。 ついでにこのままいちゃいちゃしようとしたが、託生はまだリサーチしたりないようで、いちゃいちゃは消灯後ということになってしまった。 「せっかくだから、少しは好奇心が残ってる間に、訊くのもいいかなって」 託生はそう言って、再びゼロ番を出て行った。 好奇心ねぇ。 まったくそんなことを聞いてどうするんだ? ていうか、そんなこと人に聞く暇があるなら、恋人であるオレの寝込みを襲ってくれよな。 託生が戻ってくるまでヒマになってしまったので、読みかけの本でも読むかとベッドに横になる。 考えてみれば、託生と付き合い始めてもう1年以上たつけれど、託生から寝込みを襲われたことはないよなぁ。まぁ寝込みを襲う方が楽しいけれど、一度くらい託生から襲われてみたい気もする。 あいつ、ぜんぜん自分からオレのベッドに来ないしな。 寝込みを襲うって、男のロマンじゃないかと思うけど、そうでもないのか? つらつらとそんなことを考えていると、次第に眠気がやってきて、オレはいつしか眠りに落ちてしまった。 「ギイ、眠ってるの?」 託生の声にゆっくりと目を開ける。目の前に愛しい恋人の心配そうな顔。 手を伸ばしてその頬に触れると、託生はほっとしたように笑った。 「ごめんね、待ちくたびれちゃった?」 「うーん、今何時だ?」 「もう消灯したよ。あの・・・ほんとに来て良かったのかな。ギイ疲れてるんじゃないの?」 いつものことながら、託生は遠慮がちに確認する。 オレが毎日でもこうして一緒にいたいと思ってるのに、託生はいつもいつもそんな見当はずれの質問をしてはオレを落ち込ませるのだ。 まぁ、そういうところが好きなんだけどな。 「託生、もうリサーチは終了?満足したか?」 「うん、みんなにいろいろ聞けてよく分かったよ」 「何が分かったんだ?」 託生はベッドの端に腰かけると、うーんと少し考える。 「やっぱり恋人同士だったら、たまには好きな人のことを、その・・自分から襲ったりしないとだめなのかなって」 「へぇ、すごいな、託生がそんなこと言うなんて」 ちゃかして言うと、託生はぱっと頬を赤くした。 「だって・・・。ねぇ、ギイは・・・ぼくに寝込みを襲って欲しいって思ったりするの?」 「思うさ。当たり前だろ」 託生からオレを求めてくれるなんて、そりゃ嬉しいに決まってる。もっともそんなことしなくても、託生は目で誘うからなぁ。でももっと分かりやすく誘って欲しいって思うさ。 「うん。だから、ちょっと頑張ってみようかなと思って」 「頑張るって?」 託生は両手をオレの顔の横につくと、ゆっくりと顔を近づけてきた。 「た・・・っ」 そっと唇を塞がれて、驚きで何度か瞬きを繰り返す。 まさか託生がこんな大胆に口づけてこようとは! 次第に深くなる口づけに、もちろんオレも積極的に応えた。託生の指先がオレの耳元から肩へと流れる。くすぐったいような感触に思わず喉が鳴った。 「託生・・・?」 「もう起きちゃってるから寝込みじゃないけど・・・ほんとは、今夜襲ってみようかなって思ったんだ」 だめかな、と託生が小さく問いかける。 だから、そういうこと聞くんじゃない。だめなわけないだろうが。 オレが託生の首に両手を回すと、託生はほっとしたように小さく笑った。 「ギイ、えっと・・恥ずかしいから目を閉じててよ」 「もったいない」 「お願いだから!」 「しょうがないなぁ」 しぶしぶ目を閉じると、ぎしっとベッドが軋んだ音を立てるのが聞こえた。託生がぎゅっとオレの身体を抱きしめる。暖かな体温。頬に、首筋に、胸元に、何度となく託生が口づける。 身体の線をたどる指先が少しぎこちなくて、思わず笑いがもれる。 「ギイっ」 「ごめん、くすぐったいんだ」 むっとした託生が少し乱暴にオレのシャツのボタンを外す。 「お、託生くん、大胆〜」 「いいから黙っててよ」 託生が愛おしそうにオレに何度も口づける。素肌に触れ、吐息を漏らす。 恥ずかしさからか、薄く染まった首筋が何ともいえない色香を放つ。 色っぽい姿を見せつけられて、オレは我慢できずに、託生の身体を自分の身体の下へ引きずり込んだ。すると託生がだめだよ、とオレの肩を押し返した。 「だめだよ、ギイ。今日はぼくが襲うんだって言っただろ?」 「もう十分襲ってもらったから、ここからはオレが・・・」 だってもう限界。オレ、託生のこと愛したいし。 「だめ。今日はぼくがギイのことを愛してあげるんだよ」 「え?」 「寝込みを襲うってそういうことだろ?」 おいおいおい、ちょっと待て、託生。 オレは託生の言わんとしていることを感じ取って、ぎょっとした。 襲うって、そういう意味じゃないだろうが! いや、待てよ、そういう意味か? どっちにしても託生がオレを?? 「ちょっと待て!託生、お前、誰かにおかしな入れ知恵されただろ?」 「おかしな入れ知恵って何?」 「だ、だから、矢倉あたりに、たまにギイのこと襲って、されるばっかじゃなくてしてみろ、とか何とか」 あいつなら言いかねない。 けれど託生はおかしそうに笑っただけだった。 「矢倉くんにそんなこと言われてないよ。ギイ、嫌なの?」 「え、いや、っていうか・・・」 そりゃあ託生だって男だから、されるばっかじゃ不満だと言われれば、オレには反論できない。でもやっぱり託生にされるっていうのは、想定外というか何というか・・・ 「ギイ」 「ちょ、ちょっと待て、託生」 「ギイってば」 「オレが悪かった!託生」 思わず叫んだのと同時に、オレはがばっと身を起こした。 どきどきと心臓が高鳴る。 「ギイ?大丈夫?うなされてたよ」 ベッドに腰掛けて心配そうにオレを見る託生。 「え?」 「汗びっしょりだ、大丈夫?」 「夢・・・?」 夢だったのか?オレが託生に襲われたのは? 「大丈夫?戻ってきたらギイ、ぐっすり眠ってるみたいだったんだけど、何だかうなされたみたいだから起こしたんだけど・・・怖い夢でも見てたのかい?」 「・・・・ああ、めちゃくちゃ怖い夢だった」 嫌な汗をかいてしまった。 夢でよかった。心底そう思う。 「ギイ、ぼくに謝るようなことしてたの?さっきオレが悪かったって、叫んだよ?」 「ああ・・・そうだな・・・・」 とりあえずちょっとシャワー浴びてくるから、とオレはよろよろとベッドを出た。託生に眠らずに待ってろよ、と言い残すことは忘れずに。 オレの夢の話を聞いた託生は、楽しそうにくすくすと笑った。 「すごい夢だね。もしかしてギイ、実はぼくに襲ってもらいたいって思ってるとか?」 夢は願望が現れるっていうしなぁ、と託生が意地悪くオレを責める。 「勘弁してくれよ。やっぱりオレが託生の寝込みを襲う方がいい」 「うん、まぁ、ぼくも襲って欲しいって言われても無理だしね」 託生がころりと寝返りを打って、オレの肩先に顔を埋める。珍しく見せる甘えた仕草に、オレはこの上なく幸せな気分になって、こめかみにキスをした。 「で、託生は何であちこちでリサーチしてたんだ?」 「え?えーっと、恋人の寝込みを襲ったこともないなんて、恋人失格なのかなぁって思って」 「そんなことで恋人失格だなんて思わないけどな」 思わず吹き出したオレに、託生が唇を尖らせる。 「だけど、ギイ、ぼくに寝込みを襲ってもらいたいって思ってるんだろ?」 夢の中でそう言ったんだよね?と託生がオレを睨む。 「あー、そりゃたまには襲われてみたいって思ってたけど、やっぱりいいや。オレが託生を襲ったときに、嫌がらないでくれたらそれでいい」 いや、しかし夢の中での託生はめちゃくちゃ色っぽかった。 自分から積極的に口づけてくれるなんて、普段では滅多にしてくれないし。 あー、やっぱりもったいないかなー。 「ギイ?」 「あ、いや。やっぱりオレが襲うことにする」 託生に覆いかぶさって、まだ先ほどの熱の残る素肌に唇を落とすと、託生はそっとオレの髪を撫でてくれた。優しく、何度も。その心地よさにうっとりとため息が漏れる。 「託生、もう一回してもいい?」 一応お伺いを立ててみると、託生はくすっと笑った。 「今度はぼくがしようか?ギイ」 「こいつ!」 ぎゅっときつく抱きしめると、託生は声をあげて笑った。 久しぶりの恋人との逢瀬。 甘い時間を、託生と二人して思う存分堪能した。 |