二人で始める日曜日 初デートとなる日曜日は晴天だった。 託生と2人きりで街へ出るのはもちろん初めてのことだ。 去年まではまず2人きりで何かをするなんてことはなかった。 もちろん街へ出るなんてありえない話だった。章三からもらった映画のチケットを理由をデートに誘うと、託生は少し考えたあと、日用品も買いたいしな、とつぶやいてOKしてくれた。 オレとのデートは日用品のついでなのか、とがっくりきたが、まぁそのあたりも託生らしいといえば託生らしい。 映画の時間が昼からだったので、少し早めに街へ出て一緒にランチをとった。 他愛ないことをあれこれと話すだけでも楽しくて、オレは相当浮かれ気味だったことだろう。 「ねぇギイ、何だかすごく楽しそうだね」 「託生は楽しくない?」 「そんなことないけど・・・何だか不思議な感じ・・かな」 小首を傾げてたが笑う。 「不思議って?」 「ギイとこうして街にいることが」 そうか?どのあたりが不思議な感じなのかオレにはイマイチ分からないが・・・ 「まぁ初めてのデートだからな」 「デ、デート????」 託生が素っ頓狂な声をあげた。 「崎く・・・じゃなくてギイ、これ、デートなの?」 「2人で出かけてるからなぁ」 ニヤニヤと笑って託生の顔を覗きこむと、託生はふうんと、どこか腑に落ちないような顔をした。 「何だよ」 「だって、デートってもっとロマンティックな感じかなーって思ってたから」 「・・・・」 「街へ買出しもデートに入るの?」 (やられた) 確かに託生の言う通り、これじゃ日常の延長線ぽい。いや、このあと映画に行くにしても、やっぱりどこか日常だ。託生は深い意味などなく言ったのだろうが、これはオレの完全な負けだ。 「よし」 「え?」 「今日はノーカウントだ。今度は完璧なデートプランを立てるから」 「ええ?」 「こんな日常がオレのデートだと思われちゃたまんないよ」 その気になれば託生がびっくりすうようなデートプランを立てることができるってことを証明しなくては。 オレが意気揚々と歩き出すと、慌てたように託生がオレの袖口を引っ張った。 「いいよ、ギイ、そんなの考えなくて」 「だって、ロマンティックなデートがしたいんだろ?」 「そんなの別にいいよ。ギイとロマンティックなデートだなんて・・・困るよ」 「困るって?」 「だって、緊張しそうだし」 「しないよ」 「恥ずかしいこと言いそうだし」 「それは言うかもな」 やっぱり、というように託生がオレを軽く睨む。 オレは笑って託生を促して映画館の入っているビルの扉をくぐった。 受付をすませて、指定された席につく。 映画の種類が種類だけに、女性の2人組が多くて、男2人連れはやけに目を引いているような気もしたが、まぁいいか。試写会だからそこまで不思議でもないだろう。 席について、隣に座った託生の横顔を盗み見る。 今日のこれはただの映画鑑賞ってことにしよう。 そして今度は託生が喜ぶデートをしよう。 そういうことを考えるだけで楽しくて、嬉しくて、たまらない気持ちになる。 託生は、自分の何気ない一言がオレをこんな風に舞い上がらせるだなんて夢にも思っていないんだろう。 今だって、受付でもらったリーフレットを真剣な顔をして読んでいる。 どこまでも自然体で、オレのことなんて全然意識してないようで、少しばかり複雑な気持ちにもなるけれど、だけどそういうところがいいなとも思う。 まるで一緒にいることが当たり前のような緩やかな関係の方が長く続くと思うから。 「あ、始まる」 すっと場内が暗くなる。 さして興味があるジャンルの映画でもないくせに、章三からもらったチケットだからというだけで、託生は真剣にスクリーンを見つめている。 あとでちゃんと感想を言わなくちゃ、とでも思ってるんだろうが、たぶん章三は聞きたくないだろう。 何しろメロメロのロマンス映画だからな。 オレはさりげなく肩を寄せると、無防備に肘掛に置かれていた託生の手を繋いだ。 ぎょっとしたように振り向いて、思わず引こうとした手を、オレはさらに強く握り締める。 託生は何か言いたげにオレを見て、けれど静まり返った映画館の中で声を上げるわけにもいかないので、すぐに諦めたのかオレの手を振り払うことはしなかった。 温かなぬくもりが指先から伝わってくる。 スクリーンの中では恋人たちが痴話喧嘩をして、すぐに仲直りして、何ともエロティックな展開へと雪崩れ込んでいた。 今時これくらいの濡れ場はどうということもないはずなのに、託生はやけに気恥ずかしそうな表情をして、それでも目を逸らすことなくじっとストーリーを追いかけている。 映画は全体を通して6割方はそんなシーンばかりで、ようやく終わって場内が明るくなった頃には、何だかもういろんな意味でいっぱいいっぱいになっていた。 「はー。すごかったね」 託生は薄く頬を赤らめて、ぽつりと言った。 「フランス映画ってあんな感じなんだ。初めて見たな・・・あっ」 「うん?」 「そういえば、ギイってフランス人の血が混じってるって」 「ああ」 「じゃあギイもああいうこと、平気なんだ」 らぶらぶで甘甘のスキンシップとか?そりゃまぁ嫌いじゃないけどな。もちろん託生限定で、だけど。 「でもアメリカ人なんだよね、不思議だなぁ」 「しょうがないだろ、アメリカで生まれたんだから」 くすくすと託生が笑う。 表に出ると、そろそろ夕方になろうかという時刻だったが、まだまだ明るくて、このまま寮へ戻るのはもったいないような気がした。 最終のバスでは遅いにしても、もう少しくらいなぶらぶらしても大丈夫だろう。 「託生、公園覗いてみようか。テイクアウトのコーヒー買って、お茶して帰ろうぜ」 「うん、いいよ」 有名チェーンのコーヒーと目についたおやつも買って、少し歩いたところにある大きな公園に入った。 ベンチに座って、心地よい風に目を閉じた。 託生は特に何を話すでもなくコーヒーを飲みながら、ランニングや犬の散歩をする人たちを眺めていた。 肩が触れ合う距離に託生がいる。 込み上げてくる幸福感にぎゅっと胸が締め付けられた。 ああ、幸せってこういうことなんだなぁとしみじと思った。 「なぁ託生」 「なに?」 「好きだよ」 「・・・でもギイ・・・」 でも? 好きだよと言って、でもってどういう反応なんだ、それは? オレが理解に苦しんでいると、託生は託生で、やっぱりちょっと困ったように言葉を続けた。 「ギイ、ぼくのこと知らないだろ」 「託生の、何を?」 「・・・いろいろ。去年はほとんど話なんてしてないし、新学期が始まってまだ1週間で。ギイはぼくの何を知ってて、ぼくのことを好きだなんて言うんだろうって、すごく不思議なんだ。もしかしてすごい誤解をしてるんじゃないか、とか・・・」 誤解? いや、オレはこの1年間ずっと託生のことを見つめてきた。いい意味でも悪い意味でも自分を飾らない託生の姿を見てきたんだ。何を誤解することがあるっていうんだ。 それに、オレは本当の託生の姿だって知っている。 「誤解なんてしてないよ」 言うと、託生はだけど・・・と口ごもった。 「ぼくはギイの周りにいる皆みたいに気の利いたことができるわけじゃないし、モノを知っているわけでもないし、一緒にいて、楽しいなんて思えないんだけど・・・」 「オレはそういうことを託生に求めてるわけじゃないんだよ」 友達に求めるとものと、恋人に求めるものはまったく違う。 オレは託生と友達になりたいわけじゃないのだ。 「でも、ぼくは・・ギイが思ってるほど・・・」 「思ってるほど?」 言いかけた託生は、そのまま言葉を飲み込んだ。 先日の昼休みに見せたのと同じような、どこか辛そうな表情。 大きな罪でも告白しそうなほどの思いつめたような様子が気になった。 オレに何か言いたいことがあるのか? だけど言えない? 「託生」 「・・・」 「確かに託生の言う通り、オレたちはお互いのことまだ何も知らないよな。だけど、オレは託生のことをもっと知りたいって思うし、どんな託生でも好きでいられるよ」 オレの言葉に、託生はふるふると首を横に振った。 「・・・そんなこと言わないでくれよ。どんなぼくでもなんて・・・何も知らないくせに」 託生は少し苛立ったように言って、オレから視線を逸らした。 オレは託生へと体を向けると、俯く託生の手を取った。 「託生」 「・・・」 「オレを見て、託生」 のろのろと顔を向けて、託生はオレを見た。 両手を握り合う形で、オレたちは向かい合った。 「託生はオレが言った好きって言葉を疑ってる?」 「・・・そんなことは・・・ないけど・・・」 「音楽堂で、何だかどさくさに紛れた形で告白しちまったから、ああいうの嘘臭いって思ってる?」 ううん、と託生は首を振る。 オレは少しほっとしてぎゅっと託生の手を握り締めた。 「でもまぁ、ちゃんと言ってなかったもんな。不安になる気持ちも分からないでもないから、今言うよ」 「え?」 オレは真っ直ぐに託生の目を見つめてゆっくりと言った。 「オレは託生のことが好きだ。託生は、オレが託生のことを知らないっていうけれど、託生だってオレのことはまだ何も知らない。だけど、恋愛って、相手のことをすべて知ってるからって始まるものでもないよな。逆に知らないからこそ始まるものじゃないかって思う。オレはこれから長い時間をかけて、託生のことを知っていく。託生もゆっくりとオレのことを知っていけばいい。嫌だなって思う部分も見えてくるだろうし、理解できない部分も出てくるだろうけど、だけど、そういうすべてをひっくるめて、オレは託生のことを好きでいたいって思ってるし、託生にも、オレのことを好きでいてほしい」 「・・・・」 「オレは託生が好きだ。だからオレの恋人として、オレと付き合ってください」 託生は固まったように微動だにせずオレの言葉を聞いていた。 精一杯の告白を、託生は託生なりに真摯に受け止めてくれたようで、やがてこくりとうなづいた。 「よかった」 思わずはーっと大きく吐き出した。 好きな人に告白するのはけっこう緊張するものだな、と初めて思った。 そんなオレに、 「・・・・恥ずかしい」 と、託生が赤い顔をして唇を尖らせた。 「何で?どっちかと言えば言ったオレの方が恥ずかしいはずだけどな」 いや、そもそもそんな恥ずかしいことを言ったか、オレ? 好きな人に好きって言うのはぜんぜん恥ずかしいことじゃないぞ。 「そういや、オレ、自分から告白したのって初めてだ」 今さらながらに気づいて、少しばかり感動して言うと、託生は小さく笑った。 「いつも告白されてばっかりってこと?ギイ、もてるから」 「いや、託生くん、そういうところに感心しないで、オレが自分から好きになったのは託生だけだってところに感動して欲しいんですけど」 「え、あ・・うん、そっか・・・」 赤い顔をして託生ははにかんだように笑った。 誰かを好きになるということがその人のことをもっと知りたいと思うことだとしたら、オレはどんな託生であってもやっぱり知りたいと思うし、きっと知れば知るほど好きになっていくと思う。 託生の過去に何があったのか、気にならないといえば嘘になるけれど、無理に聞きたいとは思わない。 もしも、託生が自分から何かを打ち明けてくれる時がくるとすれば、それは託生がオレのことを本当に信頼して心を許してくれた時であり、そしてオレのことをちゃんと好きになってくれた時だと思う。 今はまだオレの託生を思う温度と、託生がオレを思う温度は同じではないけれど、付き合い始めてまだたった1週間。 いや、きちんと思いを告げたたった今から始まるのかもしれない。 すべては始まったばかりで、何もかもはこれからだ。 それは胸がわくわくとする楽しいことにしか思えない。 何かを・・・恋することを二人で始めることができて嬉しい。 また明日から、オレたちは二人でゆっくりと恋をしていく。 |