※今回、託ギイのリバ話です。駄目な人は無理せず回れ右。 ※そこまであからさまではありませんが、怖いもの見たさで読んだあとでもクレーム不可ですよ! その夜、ギイに会うのはほとんど2週間ぶりだった。 ギイが仕事の関係でずっとヨーロッパへ行っていたからだ。 そんなことはしょっちゅうあることなので、特別寂しいと思っていたわけではなかったけれど、それはギイがまめに電話やメールをくれていたからだと思う。 2週間くらい一人でも平気だなんて口では言っていても、実際離れていると何となく落ちつかなったし、ギイからの連絡がなければきっともっと寂しくも思っただろう。 もう10年以上付き合っていて、一緒に暮らし始めて5年以上たつというのに、どうかしているな、と自分でも思う。 ギイが帰国する日、ぼくは生憎と仕事が入っていて、夜遅くにしか家に戻れないと告げると、ギイは案外あっさりと 「じゃあ適当に夕食も済ませておくよ。託生、早くオレに会いたいからって慌てて転ぶなよ」 と言って笑った。 慌てるわけないだろ、と一応言い返したけれど、その日は朝から気持ちがそわそわしていたようで、何度もつまらないミスをして周りの人に笑われた。 「今日、恋人が仕事から戻ってくるんでしょ?」 フォローしてくれた女性に指摘され、そんなに分かりやすかったかなと恥ずかしくなってしまった。 いくら誤魔化したってしょうがない。 ぼくはその時すごくギイに会いたくて仕方なかったのだ。 結局家に戻れたのは夜も11時を回ろうかという頃だった。 リビングの灯りは落とされていて、ぼくは帰ったその足で寝室へと向かった。 そっと扉を開けると、薄暗い部屋の中、ギイはベッドに横になってぐっすりと眠っていた。 シャワーを浴びてテレビでも見ていたのだろう。そしてそのまま眠り込んでしまったようだった。 すやすやと眠るギイに思わず笑みが零れる。 ぼくはベッドの上に放り出されていたリモコンでテレビを消した。 部屋の隅にいくつか紙袋が置いてあって、きっとそれはぼくへのお土産だろうなと思った。 いくつになっても、ギイはこういうちょっとしたプレゼントを当たり前のようにしてくれて、サプライズ的にぼくを喜ばせてくれるのだ。 「ギイ?」 呼んでも起きる気配がない。 ちゃんと布団に入らないと風邪引くだろうなと思うものの、起こすのも忍びない気もした。足元に畳まれていたブランケットをそっとギイにかけて、ぼくは音をさせないように寝室をあとにした。 寝室にあるシャワーを使うと音で起こしてしまうだろうと思ったので、別の部屋に備え付けの浴室を使うことにした。 「ギイ、明日休みなのかな」 どうだったかな、と思い出そうとするけれど思い出せない。 あれだけぐっすりと眠ってるということは朝早いのかな。それとも明日が休みだからこそ気を抜いてるのかな。 「・・・・・」 うーんとしばらく考えて、やっぱりこれは聞かなくちゃだめかと思った。 休みならゆっくりさせてあげたいし、仕事なら久しぶりに朝ご飯くらいは作ってあげたいし。 浴室を出て冷蔵庫からペットボトルを一本手にして、再び寝室へと戻った。 ギイはさっきと同じ姿勢のまま眠っている。 ぼくはベッドサイドの灯りを小さく落として、ベッドの端に腰掛けた。 「よく寝てるなぁ」 珍しいこともあるものだ。ギイは人の気配に敏感ですぐに目を覚ます人なのに。 ぐっすりと眠りこんだ安心しきった寝顔に、何だかほっとした。 ギイにとって、ここが安らげる場所だと言っているみたいで嬉しくなる。 ぼくはギイの真横に手をついてみた。 じっと顔を覗き込んでも起きる気配がない。 ちょっと痩せたかな? 肌の色が白いから余計にそう思うのかもしれない。 「・・・・・」 2週間ぶりに見るギイの姿に、ぼくは何だかどきどきしていた。 伏せられたまつげの長さとか、薄く開いた唇の赤さとか、バスローブから覗く胸元とか。 ギイは嫌がるけれど、やっぱり綺麗だなと思えて仕方なかった。 昔みたいに少年然とした身体つきでもないし、以前よりもずっとシャープな顔つきにもなっている。 どこからどう見ても大人の男の人なのに、こうして眠っているギイはやけに幼く見えることがあって、そんなギイを目にすると、ぼくは時々おかしな気持ちになるのだ。 それは上手く言葉にはできない感情で、強いて言うのなら、好きすぎてめちゃくちゃにしてしまいたいような、そんなどこか凶暴な気持ちとでも言うかべきか。 (抱きたいな) 何の前触れもなくそんな思いが込み上げた。 何を馬鹿なことを考えてるんだろうと戸惑いながらも、どうにもたまらない気持ちになって、ぼくは手を伸ばしてギイに触れた。 指先で、まだ濡れた髪に。形のいい耳に、頬から顎に。 ふいに身体の奥から湧き上がってきた感情は間違いなく情欲で、でもそれはいつものようにギイに抱きしめられたいとかそういう受動的なものではなく、ギイのことを抱きたいという今までにない感情だった。 これまでも冗談で、 「ギイのこと抱きたいって言ったらどうするの?」 なんて話をしたことがある。 そのたび、ギイは 「託生がそうしたいならいいよ」 と笑って答えていた。 それはたぶん、ぼくの言葉が本気じゃないと思っているからの答えなのだろう。 だって、ギイと付き合うようになってから、そういう時の立場はずっと同じで、それが嫌だなんて言ったこともないし、思ったこともない。 だけど、今目の前で無謀な姿で眠っているギイを見ていたら、どういうわけかめちゃくちゃに抱いてしまいたい、愛しさとも欲望とも名状しがたい感情でいっぱいになってしまって、それを押しとどめられなくなってしまった。 「ギイ」 身を屈めて頬にキスする。 バスローブの襟元を広げて、すっかり冷えてしまった肩に手を滑らせた。 さすがのギイも、触れられて気づかないはずもなく、低く唸って身を捩った。 あらわになった首筋に口づけると、ゆっくりと目を開けて、そこにぼくがいることに気づいて、うっすらと笑った。 「何だ・・帰ってたのか。おかえり、託生」 「ただいま・・・って、ギイこそおかえり」 「ああ、ただいま」 頬に手を添えられて引き寄せられた。いつものように甘い口づけを交わしているうちに、ぼくはもうあとには引けない気がして、ギイの肩をシーツに押し付けた。 「託生?」 いつもとは違う空気を感じたのか、ギイは訝しげにぼくを見上げた。 「ギイ、会いたかった」 「ああ。オレも会いたかったよ。2週間ってやっぱり長いな」 んー、と眠そうなため息をついて、ギイは腕を伸ばすとぼくのことを抱き寄せようとする。 慣れた動作はきっと無意識のものだ。 その腕をそっと解いて、ぼくは真上からギイにちゅっと口づけた。 唇を離すと、ギイは嬉しそうに目を細めた。 「・・・めずらしいな、託生からなんて」 「そんなことないよ」 そんなことない。そういう時、いつもギイから誘いをかけるからぼくはそれを拒まないことで気持ちを伝えているけれど、ぼくだってそういう欲望は持っているし、もしかしたらぼくの方がいつも余裕がないんじゃないかと思っている。 それはきっと、付き合い始めた10代の頃からそうなのだ。 口ではあれこれ言っても、ギイはそれほどの衝動は感じてなくて、ぼくはギイが思っている以上に、彼に対しての言葉にはできないもどかしい気持ちに振り回されている。きっとそうだ。 「ギイ」 「うん?」 「ギイのこと、抱いちゃ駄目かな」 するりと口をついて出た言葉に、ぼく自身が驚いてしまった。 ギイはその真意を図るようにぼくを見つめた。 恥ずかしくて、顔が熱くなるのを感じた。こんなこと、薄暗い部屋じゃなきゃとてもじゃないけど口にはできない。だけど後悔はしていない。たぶん、今言わなきゃこの先口にすることはないだろうと思ったから。 もうあとには引けなくて、ぼくはギイの顔を覗きこんだ。 「嫌?」 嫌だと言われれば無理強いするつもりはなかった。 別にギイに抱かれることが嫌になったわけじゃないのだ。ギイが嫌がることはしたくないし、無理にしても気持ちよくないことはよく分かってる。 だからぼくはギイの答えを待った。短い沈黙がこれほど長く感じたことはなかった。 ぼくはきっとすごく思いつめた顔をしていたのだろう。 ギイは困ったようにぼくの髪をくしゃりと撫でた。 「どうした、急に?」 優しい声に、心臓が高鳴るのを感じた。 「わかんない。だけど、ギイのこと・・・好きだなって思ったら・・」 しばらくの間会えなかったから? そんなこと今までだって何度もあったのに? ああ、そんなことが理由ではなくて、たぶん今までも時折感じていた想いが少しづつ少しづつ蓄積されて、溢れ出したんだ。 ギイのこと抱きたいな、って。 すごくすごく大好きで、自分のものにしたいな、って。 きっと自分の気づかない心の奥深いところで、ぼくはずっと思っていたのだ。 だけど・・。 「ごめん、おかしなこと言って・・・」 ギイにしてみればあまりに突然のことで、どうすればいいか分からないだけだろう。 長い出張から帰ってきて疲れてる時に、こんな困らせることを言うべきじゃなかった。 「いいんだ、ごめん・・・」 答えないギイに、ぼくは努めて明るく笑おうとした。冗談だよ、と思ってもらえるように。 けれど、離れようとしたぼくを引き止めるように、ギイがぼくの首筋に手をかけた。 何かを探るようにぼくを見つめて、そしてふっと笑う。 「・・・いいよ。託生がそうしたいって言うんなら、かまわないよ」 「無理しないでいいんだ、ギイ」 「無理なんかじゃないよ」 「・・・・」 「おいで」 引き寄せられて抱きしめられた。久しぶりにギイの温もりを感じて、ぼくはひどくほっとした。 ゆっくりと背中を撫でられて、緊張していた気持ちが解れていく。 「ほんとにいいの?ギイ」 「いいけどさ、お前やり方分かってる?」 「失礼だな。分かるよ」 くすくすと笑うギイの頬をきゅっと摘む。 そのままベッドに横たわって、何度も口づけを交わした。素肌に触れて、いつもギイがしてくれるみたいに首筋や胸元にもキスをする。互いに身につけていた衣服を取り去ると、ふいにギイが動きを止めた。 「なぁ託生」 「なに?」 「お前、・・・初めてだよな?」 ギイの問いかけに、ぼくは一瞬固まって、でもすぐに我に返った。 「そうだよっ、悪かったな、・・・初めてで」 思わず声が小さくなる。 ある意味それはギイのせいじゃないか。なのに、そんなこと言うなんて。 ぼくが拗ねたと思ったのか、ギイは違う違うと笑った。 「からかったわけじゃないよ、ちょっとした確認」 「・・・・そういうギイは?」 まさか経験あるなんて言わないよね。そんなこと言われたら、ちょっと混乱しそうなんだけど。 ギイはぼくの肩先にちゅっとキスをした。 「もちろん初めてだよ。当たり前だろ」 当たり前なのかな。 ギイの場合、何があってもおかしくないというか、ぼくとは違ってそういう誘いも山のようにある人だから、そんな経験が過去にあったと言われても頷けてしまうというか。 もちろん本当にそうだとしたら、やっぱりちょっと複雑だけど。 「お互い初めてか」 ぽつりと言ったギイの言葉は、単純に「大丈夫かな」という不安から漏れたものだったのかもしれないけれど、ぼくは不思議と胸が熱くなった。 もうずいぶんと長い間一緒にいて、いろんなことを一緒に経験してきた。十代の頃から今まで、きっとぼくはギイの一番近くにいた。 今も一緒にいて、たぶんこれからもずっとそばにいる。 だから、ギイと一緒にする初めてのことなんて、もうないような気がしていたのに。 「どうした?」 「・・・何かちょっと感動した」 何が?とギイが不思議そうにぼくを見る。 「だって、ギイと一緒にすることで、まだ初めてのことがあったんだなって」 「え、まだしてないプレイはたくさんあると思うけど・・いてっ」 「そういうこと言ってるんじゃないだろっ」 ぼくがギイの素肌の胸をぺちんと叩くと、ギイは分かってるよと笑った。 「だってさ、託生、冗談でも言ってないと、緊張しちまうからさ」 「ギイが緊張だなんて嘘くさい」 「オレだって緊張くらいするさ、今から託生に抱かれるんだなーって思うとさ」 ほら、ちゃんとキスして、とギイがぼくを促す。 それからはお互いに無言のまま、互いを高める行為に集中した。 初めてだからといって、別段何か変わるわけではなかった。 いつもと同じようにお互いの気持ちのいいところに触れてみる。唇で指先で。 ギイにもちゃんと気持ちよくなって欲しいけど、でもさすがに最初からは無理だろうなと思う。 身体のあちこちにキスをして、兆しを見せた屹立を口にした。 先に気持ちよくなった方がいいかどうか微妙だなぁとは思ったけど、このままちっとも気持ちよくないまま終わってしまうのはギイに申し訳ない気がしたので、ギイが感じるところを何度も舌でなぞった。 「ん・・っ・」 気持ち良さそうに吐息をついて、ギイが身を捩る。 溢れる蜜を何度か飲み込んで、極める直前に口を離した。 「ギイ・・・」 手の中で欲望を放ったギイは大きく胸を喘がせて、ぼくの濡れた口元を指先で拭った。 力の抜けたギイの膝を押し開いて、いつも使ってるジェルを指に取って、そっと膝裏を押し上げてみる。 ギイは目を閉じて、ぼくがするままに身を任せていた。初めてだというくせに、ぜんぜん身体に余計な力は入ってなくて、ぼくにはそれが不思議でならなかった。 緊張するだろ、なんて言ってたくせに、このリラックス度合いは何なんだろう。 だけど、拒絶されるよりはずっといい。 無意識にでも拒まれたら怖くてそれ以上はできないような気がするから。 ぬるりとしたジェルの力を借りて、何度か奥を探ってみる。 ギイは少し眉を顰めて時折低く吐息をついた。 「ギイ・・・痛くない?」 「痛くはないけど・・・何だろ、変な感じだな」 「えっと・・・ごめん、もうちょっとだけ足開いてくれる?」 経験者の意見としては、たぶん、その方が楽じゃないかと思うから。ギイは素直にぼくの言葉通りに足を開いてくれた。ゆっくりゆっくりと指を含ませて、柔らかくなるのを待つ。 聞きなれた水音も、今はまるで違うもののように聞こえる。たったこれだけでも、ぼくは心臓が痛いほどに高鳴って、何だかもう息さえできなくなりそうだった。 「ふ・・・っ」 指先が一点を掠めると、ギイは僅かに背を反らした。そのまま続けていると、やがてもどかしそうに 身を震わせた。 まだ気持ちいいなんて思えないに違いない。だけど、少しづつ薄く開いた唇から漏れる吐息が甘くなり、きゅっと閉じられ瞼や、何かを堪えるように時折無造作に髪をかきあげる仕草を見ていると、ぼくの方が煽られた。 いつもギイがしてくれるみたいに、十分時間をかけて準備をしていると、ギイがぼくへと手を伸ばした。 「いいよ、託生、大丈夫」 「でも・・・」 「ほら」 不安なのはギイのはずなのに、ぼくの方がいっぱいいっぱいだった。 ためらうぼくの指を絡め取るようにして手が繋がれた。 誘われるままに、開かれた脚の間に身体を置いて、ゆっくりと身を進める。 「んっ・・・」 ギイの中は焼け付くほど熱くて、それ以上動けなくなるほどにきつくて、どうしていいか分からなくなってぎゅっとギイの手を握り返した。空いた手で、ギイがぼくの首筋に手をかけて引き寄せた。 甘く舌を吸われて、ぞくりと背筋を何かが駆け抜けた。 そのまま腰を進めると、ぼくは大きく息を吐き出した。 「ど・・しよ・・・すごく・・・」 気持ちいい、とつぶやくと、ギイは小さく笑った。 少しでも動いたらそのまま達してしまいそうな気がして、しばらくじっとしていたけれど、じわじわと込み上げてくる快楽に逆らうことができなくて、ゆるりと腰を動かしてみた。 ギイは声を上げることなく、けれどどこか潤んだ瞳で僕を見つめていた。 そこからはぼくも夢中だったし、何しろ初めてだったから、ただギイのことを傷つけないようにするのが精一杯だった。 ギイに抱かれる時とはまったく違う種類の悦楽はあまりにも鮮烈で、もっともっとと欲しくなった。 それは初めて経験するから、というだけではなくて、きっと相手がギイだからだ。 大好きな人と繋がっていると思うと、それだけで泣きたくなるほどの愉悦を感じた。 自分ばかりが気持ちよくて、ギイはきっと苦しいばかりだろうと思うとすごく申し訳ない気がしたけれど、途中からそんなことを考えられなくなってしまった。 深く繋がったまま何度もキスを交わした。 息が苦しくて、もう駄目と思った時、ギイが耳元で好きだよと甘く囁いた。 その声を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になって、ギイの中ですべてを吐き出してしまった。 「ふ・・・っ」 荒い息のまま、汗ばんだギイの胸に額を押し当てると、ギイはさらりとぼくの髪を撫でた。 しばらくそうしてギイの上でぐったりとしていると、 「大丈夫か?」 と心配そうにギイが聞いてきた。 「うん・・・ごめん、ギイ」 「うん?」 「だって、ぼくばっかり・・・だったから・・」 たぶんギイはまだ、だよね。けれどギイは気にした様子もなく大きく息を吐き出すと、少し身体をずらして、長い腕ですっぽりとぼくを抱きしめた。 向かいあうように横たわって見詰め合うと、何だか急に恥ずかしくなってしまった。 ギイはそんなぼくの喉元を指先でくすぐった。 「オレのカラダ、気持ちよかった?」 あからさまな質問に、ぼくは戸惑って、だけど小さくうなづいた。 「・・・うん・・すごく・・」 「オレが何度でもしたくなる気持ち分かった?」 「え?え・・っと」 「託生のこと気持ちいいって、いくら言ってもお前信じないだろ?でもこれでオレの言ってることが嘘じゃないって分かっただろ?」 ギイはぼくを抱くとき、いつも気持ちいいって言うけれど、実のところ半信半疑だったところがある。 だって、女の子みたいに柔らかい身体でもなくて、ギイほど筋肉質ではないけれど、ぼくだってどこからどう見ても男の身体なのだ。 だから、気持ちがいいなんて、本当にそうなのかなって思ってた。 もちろんギイが嘘をついてるなんて思わないけど、でもどうなのかなって。 だけど、自分がその立場になってみて、ギイの言っていたことが嘘じゃないって分かった。 でもそれは・・・ 「だって、ギイだから・・・」 「うん?」 「すごく気持ちよかったのは、きっとギイだからだよ。ぼくがギイのことをすごく好きだから、だから何しても気持ちいいんだと思う」 「そっか」 「えっと・・ありがと、ギイ・・」 ぼくはいつものようにギイの懐にもぐりこむようにして身を寄せると目を閉じた。 恥ずかしくてまともに顔を見られないということもあったし、正直すごく疲れてしまって、もう瞼がくっつきそうだったのだ。 ああ、とてもじゃないけどギイのことを気遣ってあげる力が残ってない。 そう思うと、いつも事後にあれこれと世話を焼いてくれるギイってすごい。 「おやすみ」 ギイがいつものように頬にキスをしてくれる。 それが合図となって、そのまますとんと意識が途切れた。 次の日はギイは休みだったようで、ぼくが起きるともう朝食もすませて、リビングのソファで寛いでいた。 「おはよう、託生」 「おはよ」 何事もなかったかのように、いつもとまったく変わらない様子のギイとは違って、ぼくはといえば、やっぱりちょっと気まずいというか気恥ずかしいというか、いったいどんな顔をすればいいか分からなくて、視線を合わせないようにキッチンへと逃げてしまった。 昨夜の記憶はある。もちろんある。しっかりとある。 何というか、勢いみたいな感じでギイに迫って、あんなことをしてしまったけれど、今になって思えばずいぶんと大胆なことをしてしまったものだ。 「うわー。どうしよう」 思わずその場にしゃがみこんでひたすら羞恥と戦っていると、ひょっこりとギイが顔を覗かせた。 「なにやってんだ、お前」 朝の光の溢れるキッチンに立つギイは、そりゃもういつも通りキラキラと眩しくて、そんな彼を抱いたのかと思うと、ぼくは一気に顔が熱くなってしまった。 「おい、照れるなよ。オレまで恥ずかしくなるだろ、バカ」 困ったように薄く頬を染めて、ギイはぼくの腕を取って引き上げた。 何とも言えない空気を漂わせつつ、ぼくたちはリビングのソファに並んで座った。 「え、っと・・・ギイ、身体、大丈夫?」 「託生が時間かけて慣らしてくれたから、おかげさまでな」 「でも・・・気持ちよくはなかったよね?」 初めてで、それはある意味当然のことだから、気持ちよくなかったと言われても傷ついたりはしないけど、ただ、不満も言わずに受け入れてくれたギイに悪くて仕方ない。 ギイはぼくの言葉に少し考えたあと言った。 「いや、全然気持ちよくなかったかと言われれば微妙だな。何しろ相手が託生だし」 「?」 「託生が相手だからさ、それだけで精神的には満たされるんだよ。けどまぁ肉体的にどうかと言われると、あれはやっぱり慣れるまでにちょっと時間が必要だな」 「ああ・・うん・・」 冷静に分析されると返答に困るけど、だけど、ぼくが相手なら気持ちがいいのだと言われると、やはりそれは素直に嬉しい。 「託生は?」 「え?」 「気持ちよかったんだろ?またしたいって思った?」 いたずらっぽく顔を覗きこまれて、綺麗な薄茶の瞳がぼくを捉える。 嘘はつけなくて、ぼくは小さくうなづいた。 初めて知った快楽は確かにそれまで味わったことのないもので、もう一度したいかと言われれば、それはもちろんしたくないわけではないけれど・・。 「すごく気持ちよかったけど、でも何かいろいろ考えなきゃいけないし、やっぱり今まで通りギイに任せてる方が・・・楽、かな・・って」 「何だ、そのマグロ宣言は」 「マグロって・・そこまで手は抜いてないだろ。ぼくだってそれなりに頑張ってるし」 何もしてないなんて言われては黙ってられないぞ。 そんなぼくをギイは胡乱な目で見つめた。 「いや、お前たまに手抜くからなぁ。オレが気づいてないとでも思ってたか?」 「でもそれはギイの精進が足りないんじゃないの?」 笑って言い返すと、 「何だと、こいつ」 と、ぎゅうぎゅうと抱きしめられた。 「痛いよ、ギイっ」 「痛くしてんだよっ」 じゃれあうようにして、ソファの上でしばらく攻防したあと、ギイはぼくを背中から抱きしめた。 「じゃあ託生、次回からはまた元通りでいい?」 「うん」 「別に託生に抱かれるの嫌だっていうんじゃないからな」 「うん」 「まぁ今まで通りの方が慣れてるしさ」 「うん」 ギイからの提案に、ぼくとしては異論はなかった。 その日の夜、週に何度か家事の手伝いにきてくれるお手伝いさんが作ってくれた夕食は赤飯で、 「何かおめでたいことでもあったんですか?」 とにこやかに尋ねられて、ぼくは卒倒しそうになった。 こんな馬鹿げたリクエストをしたのはもちろんギイで、 「お互い初めての経験をしたわけだし、めでたいだろ?」 とウインクされてしまった。 ぼくがしたいならいいよ、なんて言いながら、やっぱり抱かれる側は嫌だったのか? その仕返しがこれなのか!! とぼくは、ほかほかと美味しそうな湯気を立てる出来立ての赤飯を前に、しばらく悩んでしまった。 とは言うものの、ぼくにしてみれば、一世一代の勇気を振り絞ってのお願いだったし、ギイだってそれなりに覚悟がいったことだと思うのに、こんな風にあっさりと冗談めかしてしまうあたり、いくつになってもぼくはギイには勝てないなと思うのだ。 そして、少しくらいの我侭なら簡単に受け止めてくれるギイを知るたび、ぼくは今よりもずっとギイのことを好きになってしまうのだ。 10年たっても、20年たっても、きっとそれは変わらない。 |