通りすがりのヤキモチ


前から歩いてきた男の人は20代半ばくらいだろうか。
最初は、服装がお洒落だなぁなんて思ったのだ。
ああいうジャケットもかっこいいな、とか、ほんと深い意味は何もなくて。
その人が横を通り過ぎる間際、何気なく、視線が彼を追いかけた。

(へぇ、男の人なのにめずらしいなぁ、でも・・・)

ぼくがぼんやりと考えていると、いきなりぐいっと強い力で腕を引かれて、我に返った。
「託生」
「え?」
「なに見惚れてたんだよ?」
ギイが不機嫌丸出しの口調でぼくを睨む。
先ほどの男の人よりも100倍はお洒落であろうぼくの恋人。

(綺麗な人が不機嫌になると、どうしてこう迫力があるのかなぁ)

今日は久々に二人で街へ下山していた。三連休の真っ只中のせいか、大通りは人で溢れていた。
こんなところで立ち止まったら邪魔だよ、と言うと、朝からデートだデートだと一人浮かれていたギイはぼくの腕を掴んだまま、人気のない路地へとぼくを連れ込んだ。
「痛いよ、ギイ」
「なーに見惚れてたんだよ、た、く、み」
だから、天下の往来で凄まないでほしい。ほんと怖いんだから。
「別に見惚れてなんか・・・」
「嘘だね。さっきすれ違った男のことじーっと見てただろ」
ずいっとギイがぼくへと顔を寄せる。思わず顎を引くと、ギイの眉間の皺が深くなる。
「託生、ああいうのがタイプなのか?」
さらにギイの声が低くなり、ぼくはギイが見当違いのヤキモチを焼いていることに気づく。
誰に言っても信じてもらえないだろうけど、ギイはけっこうなヤキモチ焼きなのだ。ほんと、びっくりするような些細なことでもヤキモチを焼くんだから、時々びっくりすることがある。
むっとした表情のままのギイに、ぼくは慌てて説明をする。
「だ、だから見惚れてたわけじゃなくて、さっきの人、ピアスしてただろ?」
「ピアス?」
そうだったかな、とギイが記憶を巡らせるのが分かる。記憶力抜群のギイだけれど、さすがに見てもいないものは思い出せるはずもなく、首をかしげている。ぼくはそうなんだよ、とうなづいた。
「男の人なのにって思ったけど、でもすごく似合ってたし、かっこいいなーって」
「へぇ」
あ、まだ信じてない顔してる。
ていうか、そんな理由で他人を見るな、とでも言いたそうな顔。
仕方ないので、ぼくは諦めて白状することにする。
「ギイが・・」
「オレが?」
「もしギイがピアスとかしたら、どうなのかなぁって、ちょっと思っただけだよ」
何をやってもかっこいいギイのことだから、きっとすごく似合うんだろうなぁ、とか。
ほんと自分でもどうかしてると思うんだけど、どんな出来事でもギイに繋がってしまう。
ギイだったらどうしたかな、とか、ギイだったら何て言ったかなぁ、とか。
「だから、さっきも確かに見ていたのは通りすがりの男の人だったかもしれないけれど、考えていたのはギイのことなんだよ」
それなのにヤキモチ焼かれるなんて、あんまりだ。
「託生」
ぼくの告白を聞いての、さっきまでとは打って変わってのギイの嬉しそうな声。
まったくもー。
言わせるなよな、こんなこと。
恥ずかしさでそっぽ向いたぼくの目を、ギイが身を屈めて覗き込む。
「そうだよな。託生はいつもオレのこと考えてくれてるもんな」
「うるさいよ、ギイ」
「そうかそうか。愛されてるよなぁ、オレ」
ほんと、うるさい。
もう知らないよ、ギイなんて。
「託生がして欲しいっていうならしてもいいぜ」
「何を?」
きょとんとするぼくの耳をギイが長い指先でくすぐる。
「ピアス」
「い、いらないよ。これは単なる妄想なんだから」
「託生、お揃いのピアスする?オレ、かっこいいのプレゼントするぜ?」
「だから、いらないよっ!痛いのやだし」
「え、それ?」
ギイがぷっと吹き出した。何で笑うんだよ。ピアスなんて見るからに痛そうじゃないか。
しつこく笑い続けるギイを拳で軽く殴ろうとするぼくを、ギイは笑ってかわしてキスをした。
だから、ここ往来だってば!!
「ギイっ!」
「うん?続きは帰ってからな。オレもちゃんと託生のこと愛してるって証明してやるよ」
「えー」
「よし、すぐ帰ろう」
「何で!今来たとこなのに!!」
ぼくの抗議なんてまったく聞く耳持たず、ギイは鼻歌でも歌いだしそうな勢いでぼくの肩を抱いてバス停へと歩き出す。

ヤキモチ焼きの恋人は時々・・いや、頻繁に困る!!







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あとがき

おお、肉付けしたら、甘甘話に!・・・なったはず。