サクマドロップス


「あ、矢倉、いいもん持ってる。ちょうだい」
すれ違いざま、高林が目ざとくそれを見つけ、俺へと手を差し出した。
その時俺が持っていたのは昔懐かしの「サクマドロップス」だった。
そう、サクマドロップス。
いろんな味のドロップが入っていて、何が出てくるか一種の賭けとなるため、子供の頃、誰もが一度は運試しのように缶を振ったあれである。
昼休み、売店で見つけた瞬間、あまりの懐かしさに思わず手に取ってしまった。
とはいえ、それほど甘いものが好きなわけではないので、目についた友人におすそ分けしまくっていたのだ。
だから、高林にちょうだい、と手を出されても、どうぞどうぞという感じで缶を差し出した。
「ふっふっふ、絶対に赤を出すぞ。赤がいい。絶対赤」
気合満点でがらがらと缶を振った高林だったが、出てきたドロップを見たとたんに不機嫌になった。
白だったのだ。
あのすーすーする薄荷である。
「白いのなんてやだ!赤がいい!!吉沢、絶対赤出して交換してよっ!」
高林は、ほら、と鼻息荒く隣の吉沢に缶を渡す。
その駄々っ子のような物言いは、とても高校生男子のものとは思えなかったが、高林だとまったく違和感がないのだから不思議である。
吉沢は、困ったなぁという表情を浮かべながらも缶を振った。
これで白でも出た日には、高林が暴れだすんじゃないかと、みんなひやひやしながら「吉沢、赤出せ」と祈っていたに違いない。
その祈りが届いたのか、吉沢が引き当てたのは黄色いドロップだったが、白よりはマシと言って、高林は当然の権利とばかりに勝手にひょいと吉沢の手からドロップを取り上げる。
そのままぽいっとドロップを口にすると、満面の笑みで美味しいと笑う。
そんな子供みたいな高林を愛おしそうに眺める吉沢に、好きにしてくれ、という気になる。

(一応そういう恋愛、禁止なんだけどな)

と思ったが口にはしない。
なぜなら人のことは言えない身だからだ。
それにしても。

(素晴らしき我侭)

傍で見ていた全員がそう思ったに違いない。
吉沢に有無を言わせずにドロップを勝手に交換するとは。
しかしある意味、高林らしいといえば高林らしい。

そこへやってきたのはギイと葉山だった。
3年になってからは珍しいツーショットを、俺は片手をあげて呼び止める。
胡散臭そうに俺を見るギイは、また俺が何か面倒なことを言い出すとでも思っているのだろうか。
まったく失礼なやつである。
「何の用だ、矢倉」
せっかく2人でいるのに邪魔するな、と言わんばかりのギイに、これまた苦笑せざるを得ない。
まったく葉山が絡むととたんに、こいつは狭量になる。
まぁ分かりやすいと言えば分かりやすいので、ある意味助かるんだが。
そんなギイはさておいて、俺はさっきと同じように「お裾分け」と缶を差し出した。
「サクマドロップス、うわぁ懐かしいねぇ」
と、葉山が笑う。
一方のギイはそうなのか?と少し首を傾げた。
ああ、アメリカにはないよな、この缶は。
日本語が堪能で、一緒にいてもアメリカ人だなんてこれっぽっちも感じさせないギイだけど、こういう時に、そういえば、と思ったりするんだよな。
ギイにしてみりゃ不本意かもしれないが、こればかりはどうしようもない。
「ありがとう、矢倉くん」
先に缶を受け取った葉山が、がらがらと缶を振る。
「赤、出ろ」
などと小さくつぶやくのが聞こえて、思わず笑ってしまう。
缶を渡すと、誰もがそうつぶやくのだ。
しかし、葉山がころりと出したのは高林と同じく白いドロップだった。
白は誰からも人気がない。
葉山もやはり同じようで、白を見たとたん、ちょっと眉を顰めた。

(お、どうする?高林みたいに、ギイに我侭言うか?)

皆、興味津々で2人を見ていた。
葉山は特に何も言わず、けれど、どうしたものかという視線をギイへと向けた。
するとギイは無言で葉山から缶を受け取ると、がらがらと振った。
強運の持ち主であるギイは一発で赤を引き当て、ほらよ、と葉山が持つ白いドロップと取り替える。
葉山は小さく「ありがと」と言って赤いドロップを口にした。
ギイもまた葉山から受け取った白いドロップを口にする。
そのどうにも甘ったるい雰囲気に、誰もが無言になってしまった。

(やってることは高林と同じなのに、どうして葉山だと我侭じゃなく、甘いおねだりに見えるんだろうな)

恐らくその場にいた全員がそう思ったに違いない。

「じゃあな、矢倉、ご馳走さん」
「ありがとう、矢倉くん」
二人とも口をもごもごさせながらも礼を言って、さっさとその場を立ち去った。
ったく、どれだけ二人きりでいたいんだろうな、ヤツらは。

まぁ気持ちが分からないでもないので、ここは見逃すことにする。

それにしても、さすが葉山。
あのギイを骨抜きにするだけはある。
無言で人を動かすテクニック、無意識なんだろうが、これは見習うべきなんだろうな、と俺は手元に返ってきた缶をがらりと振った。


その後、いろんな連中におすそ分けを繰り返して、俺は自室へと戻った。
階段長の特権で個室となってはいるものの、相談ごとや厄介ごとが持ち込まれるため、俺の部屋には常に誰かがいる。
けれど、今日は誰の予約も受け付けてはいなかった。
あれこれと手を回して、ようやく恋人である八津と二人きりで会う約束ができたのだ。
それもこの部屋で。
消灯までそれほど時間はなくても、一緒にいられるだけで十分嬉しい。
なんて真剣に思ってしまう俺は、まったくどうかしているとも思う。
だがまぁ恋なんてそんなものなのだろう。
時間通りにやってきた八津は、俺を見ると少し照れたように笑った。
しばらく二人であれこれと他愛ない世間話をしていたが、ふと思いついて俺は例のサクマドロップスの缶を八津へと差し出した。
「ほら、八津にもおすそ分け」
「なに?」
サクマドロップスの缶を見ると、八津もまた懐かしそうな顔をした。
缶の中のドロップの数は減ってはいるが、まだ少し残っているはずだ。
そして、かなりの確率で白が残っていると思われる。
一缶にどれくらいの割合で白が入っているかは知らないが、結局高林と葉山が白を引き当てたあとは、誰も白を出していないのだ。
決して意地悪をするつもりではなく、八津が白を引き当てた時に、いったいどんなリアクションをするのかがちょっと見てみたかったのだ。
高林みたいに素直に交換してというか、または葉山みたいに視線で訴えるか。
俺としてはどっちでも嬉しいのだが、やっぱり「交換して」と口にして甘えてほしいかなぁ、などと腐ったことを考えてしまう。
「ありがと」
八津は缶を受け取るとがらりと振った。
ころりと出てきたのは、思った通りの白で、俺は内心ガッツポーズを取った。
ところが、だ。

「あ、白だ」

八津はドロップを見て笑うと、そのままぽいっと口の中へ放り込んだ。

(何だって!!!!)

「八津!!!」
「え、な、何だよ」
いきなり大声を上げた俺に、八津がびくりと身を竦ませる。
まさか八津が何の躊躇もなく白いドロップを口にするとは思っていなかった俺は、そのままがっくりとベッドに倒れこんだ。
「矢倉・・・どうしたんだよ?」
「・・・白いドロップ、平気だったか?」
「え、あ、うん。別に嫌いじゃないけど?それがどうかした?」
「いや、いい・・・」
そりゃそうだ。
誰もがみんな白いドロップが苦手なわけではない。俺だって別に平気だし。
だが、あの二人のああいうおねだりを目の前で見ている者としては、やっぱり期待してしまうだろうが。
くだらないおねだりをする八津ってのが見たかったのにな。
「矢倉?」
八津が心配そうに俺を覗き込む。
俺はそのまま八津の手を引いてベッドへと引きずり込んだ。
「ちょっと、矢倉っ!」
文句を言って抵抗する八津をすっぽりと腕の中に抱きかかえてため息をつく。
「何だかなぁ、やっぱりまだ付き合って間もない俺たちは修行が足りないのかなぁ」
「何のことだよ?」
「ああいう風に自然に甘い雰囲気になれないなら、強引に持ってくしかないのかなー、とかさ」
「?」
確かにヤツらと比べて付き合っている長さが違うのは否めない。
熟年夫婦への道は長そうだ。
「八津、これからも末永くよろしく」
「・・・?・・うん」
自然に甘い雰囲気になれるまで、末永く。
うなづきながらもわけが分からないでいる様子の八津に口づけると、微かに薄荷の味がした。




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あとがき

今はハッカだけのサクマドロップスの缶があるらしい。