※さぁ、真三洲でバレンタインいってみよう! 大学の先輩の臨時で、と頼まれた塾の講師のアルバイトは、なぜかその後も続いていた。 ちょうど他の講師が辞めることになったとかで、そのまま続けてくれないか、と頼まれたのだ。 別段断る理由もなかったので、週3回、駅前の学習塾の講師をすることになった。 そのことを祠堂にいる真行寺に話すと、心底驚いたような声を上げた。 どうやら三洲と子供というのが結びつかなかったらしく、 『アラタさんに子供の相手できるんですか!?』 などと失礼極まりないことを口にした。 確かに三洲自身も、最初は子供なんて苦手だと思っていたし、単なるアルバイトとして割り切るつもりでいたが、実際に相手をしてみるとそれほど嫌なものでもなく、思いもしないような質問をしてくるのが新鮮な驚きだったりして、なかなか楽しいものだった。 子供たちも何故か三洲を慕ってくれた。 真行寺みたいなタイプなら分かるのだが、どうして自分が?と少し不思議に思わないでもなかったが、おかげで授業はいつもスムーズに進んだので、助かっていた。 その日は、どういうわけか授業中にそわそわする生徒が多く、注意力散漫を何度も注意しなくてはいけなかった。 特に女子。 三洲に見つからないように(といっても、もちろん三洲は気づいていたが)、友達同士で目配せをして、くすくすと笑いあったりする。 三洲は容赦なくそんな生徒に質問を浴びせかけ、ブーイングを受けたが、そんなことは三洲にとっては痛くも痒くもなかった。 授業が終わると、いつもはさっさと帰る生徒たちが、三洲のところへと押しかけてきた。 「何だ、質問か?」 「違いまーす。先生、これ、チョコレート」 クラスの女子が恥ずかしげもなくカバンの中から綺麗にラッピングされたチョコレートを取り出して、三洲へと差し出す。 「チョコレート?」 首を傾げる三洲に、女の子たちはえーっと驚きの声を上げる。 「先生、明日はバレンタインディでしょ!明日は授業ないから今日あげるんだよ」 「知らないの?バレンタインディ」 信じられなーい、と再び驚きの声が上がる。 きゃっきゃと騒ぐ黄色い声に、三洲はやれやれと肩を落とした。 バレンタインくらい三洲だって知っている。ただ興味がないだけだ。 「先生、ちゃんと食べてね」 そう言って、次々に教壇の上にチョコレートを置いていく。 「おい、俺はチョコレートなんて・・・」 慌てて呼び止めるが、みんなぜんぜん聞いちゃいないようで、チョコレートを残して教室を出て行く。 あとには山のようなチョコレートの山。 「何なんだ、最近の小学生は・・・」 こんなことをする時間があれば、真面目に勉強しろ、と心の中で毒づく。 目の前に残されたチョコレート。 三洲は深々とため息をついた。 今年のバレンタインは土曜日で、やっぱりというべきか当然というべきか、真行寺は外泊許可を取って三洲に会いにやってきた。 三洲が祠堂を卒業してからも、2人の付き合いは続いていた。 まとまった休みでもなければ会うことはできなかったし、電話だって毎日できるわけでもなかったが、真行寺の三洲に対する想いは薄れることなく、むしろ会えないだけに想いは募るばかりだった。 三洲は三洲で、相変わらずそっけない態度を取ってはいたが、真行寺のためになるべく休みの日は時間を空けておくようにはしていた。 もちろんそんなことは真行寺に一言だって言うことはなかったが、真行寺はちゃんとそれに気づいていて、それとなく約束を取り付けたりしていた。 まぁ要するに、いい感じで付き合いは続いていたのである。 土曜の午後に三洲の家のチャイムを鳴らした真行寺は、相変わらず体育会系の明るいノリで、三洲を見るなり抱きついてきた。 「アラタさんっ!久しぶり!!会いたかったっ!!」 「この馬鹿っ!!」 三洲は容赦なく真行寺の足を蹴り飛ばした。 「いってーっ」 蹴られた足を擦りながら、真行寺が恨めしげに三洲を見上げる。 「ちょっとアラタさん、痛いじゃないっすか。久しぶりに会えたんだから、抱擁くらいさせてくださいよ」 「うるさい。さっさと上がれ」 「はーい」 お邪魔します、と一声かけて真行寺は靴を脱いであがりこんだ。 部屋の暖かさにほっと息をついて、真行寺はコートを脱ぐ。 「あれ、誰もいないんすか?」 「今日は母は出かけて留守だよ。琴子おばさんと温泉旅行だ」 「温泉かー、いいなぁ、この時期の露天風呂とか最高っすよねー」 どこまでものほほんと真行寺が笑う。 こたつこたつ〜と足を入れようとした真行寺は、テーブルの上に置かれた山ほどの大小さまざまな箱やら紙袋やらに目を丸くした。 まじまじと見て、それがチョコレートだということに気づいた。 「うわ、すげー数のチョコ!!」 20個は軽くあるだろうか。どれも綺麗なラッピングの可愛いものばかりだ。 そういえば以前、塾の生徒から告白されたと聞いたことがある。 祠堂にいた頃から誰も大っぴらに口にはしなかったが、密かに人気のあった三洲である。最近の小学生たちはませているので、大学生の真行寺だって十分恋人射程範囲内なのだろう。 もちろん三洲は犯罪者になるのはごめんだ、と言ってまったく相手にはしていないし、真行寺も小学生を相手にヤキモチなんて焼いたりはしない。 ただ少し、10年後のライバルか、と思って警戒している程度である。 「三洲センセーはもてるんだなぁ」 キッチンでコーヒーを入れていた三洲が真行寺の感想にくすりと笑いを漏らす。 「真行寺、今年も麓の女子高生からチョコは届いたのか?」 「え、えーっと、そうっすね、ちょっと来てたかなぁ・・・・」 真行寺はあらぬ方向を向いてもごもごと答える。 1年、2年と文化祭で劇に出演したせいで、どういうわけか麓の女子高生から「王子様」などとわけの分からないあだ名をつけられてしまい、それからバレンタインになるとチョコレートが届くようになった。 もちろん今年もごっそりと届いた。 舎監の先生には、一足先に卒業した崎義一と同じくらいの数じゃないかと言ってからかわれた。 それを知らない三洲ではない。 「王子さまは相変わらずもててるようだな」 「・・・アラタさん、あのですね、別に俺が欲しいって言ったわけじゃないんすよ?」 「ふうん」 三洲は真行寺の前にマグカップを置くと、自分もこたつに足を入れた。 「アラタさん、これ、全部食べるンすか?」 「お前がな」 「ええっ!!何で俺が!!」 「そんなにたくさんのチョコ、一人じゃ食べられないからな」 「俺だって無理っすよ」 チョコは決して嫌いではないが、この量は半端じゃない。 「育ち盛りの高校生だろ、遠慮するな」 冷たく言い放つ三洲に、高校三年生の自分と一つしか違わないくせに、と真行寺は唇を尖らせる。 三洲はそんな真行寺に小さく笑うと、はい、と手を出した。 「へ?何っすか?」 「俺に渡すものがあるだろう?」 「・・・・・」 バレンタインに会いたいなどと言う時点で、目的は分かりきっている。 「もったいぶらずに出せよ」 にっこりと笑う三洲に、真行寺はしぶしぶカバンの中からチョコを出した。 もっとロマンティックな雰囲気で渡したかったのに、どうしてこんなムードのない渡し方になるんだろうか、と真行寺は低く唸る。 「はい、愛の塊です」 三洲からチョコレートがもらえるなどと思っちゃいない真行寺なので、もちろん今年もちゃんと三洲のためにチョコレートを用意した。 小さいながらも少しばかり高級なチョコレート。三洲が好きな銘柄だ。 「はい、ありがとう」 「どういたしまして、です」 祠堂にいた頃も毎年三洲にチョコレートを渡した。けれど、いつもそっけなく、大勢の中の一人からのプレゼントとしてしか受け取ってもらえなかった。 けれど恋人に昇格してからは、ちゃんと恋人からのプレゼントとして受け取ってもらえるようになった。 些細なことかもしれないけれど、それは真行寺にとってはこの上ない幸せなことだった。 「真行寺、代わりにそこのチョコレート全部持って帰っていいからな」 「えー、でもせっかく生徒の子たちがくれたんでしょ?食べてあげないと可哀想なんじゃ・・・」 真行寺がうーんと唸りながら、テーブルの上のチョコをつん、とつつく。 三洲にしてみれば、生徒たちからのチョコレートに何の思い入れもなかったし、真行寺が麓の女子高生から山ほどチョコレートを貰おうが、何の感慨もなかった。 だいたい自分だって山ほどもらったチョコレートを、惜しげなく剣道部の連中に配ってしまうくせに、とやや呆れ気味に真行寺を見る。 「真行寺、チョコ食べ過ぎて太るなよ」 太ったら別れるからな、と釘を刺す。 「ひどっ!いらないチョコ押し付けといて!!」 ありえないと真行寺はテーブルに突っ伏す。 そんな真行寺を三洲は楽しそうに笑った。 「あ、そうだ、アラタさん、ホワイトディには一緒に温泉に行きましょうよ」 ぱっと思い出したように真行寺が顔を上げる。 「何だ、それ」 「えーっと、卒業旅行もかねて。大学も春休みでしょ?」 「ホワイトディのお返しを自分からねだるなんて、いい度胸だな、真行寺」 「むー、アラタさんだってチョコねだったくせに」 真行寺の言い分ももっともか、と三洲は少し考える。 「わかったよ。じゃあお前が第一志望に合格したらな」 「ええっ、そんな交換条件ありっすか!」 「受験生のくせにバレンタインごときで外泊許可取るくらいだから、自信があるんだろう?別に難しい条件でもないと思ったんだが?」 どこまでも辛らつな三洲に、真行寺は再びテーブルに突っ伏した。 「・・・頑張ります」 「よろしい」 小さく笑って、三洲が真行寺のこめかみに口づける。 「・・・っ」 「とりあえずチョコのお礼だ」 そろりと顔を上げた真行寺は三洲の肩を抱き寄せて、今度はちゃんとキスをした。 小さな女の子たちからの大量の愛は年下の恋人へ。 そして年下の恋人からは唯一無二の真実の愛を。 手の中にある小さなカタマリが愛の証。 三洲にしてみれば、それさえあれば十分満たされる。 甘すぎて胸がいっぱいだ。 「今日、泊まってってもいいですか?」 長いキスのあと、真行寺がお伺いを立てると、三洲はさてどうしようか、と意地悪く笑う。 「どうせダメっだって言っても泊まるつもりだろ、お前」 「さすがアラタさん、よくご存知で」 軽く笑って、真行寺が三洲を抱きしめる。 出会ってから4回目のバレンタイン。 初めて過ごす恋人らしい夜が始まる。 |