「八津」 「なに?」 「キスしたい」 「は?」 何だかとんでもないことを言われたような気がして、八津は顔を上げた。 すぐ隣に座る矢倉が真面目な顔で自分を見ていて、とたんにそれが冗談でも何でもないのだと知ってうろたえた。 「なぁ・・」 「ちょ、っと何だよ急に・・・」 ずいっと顔を寄せられて、思わず八津が身を引く。 矢倉のゼロ番。今ここには二人しかいなくて、たった今までごくごく普通にその日の出来事などを話していたというのに、いったいどうして急に? 「嫌なのか?」 「え、嫌ってことじゃなくて・・・」 「じゃ、しよ?」 「・・・・ムードがない」 「・・・・・」 迫ってくる矢倉の唇を手のひらで塞ぐと、矢倉の目がすっと細められた。 八津の細い手首を掴んで引き剥がすと、矢倉はちゅっとその指先に口づけた。 そしてこれ以上ないくらいの笑みを浮かべて八津を見つめた。 「好きだよ、八津」 「・・・・っ」 「愛して・・・」 「わーーーー、分かった、もういいから、そういうこと目の前で言うのやめてくれよ」 真っ赤になって拒否る八津に、矢倉が呆れたよう笑う。 「ムードが欲しいって言ったくせに」 「・・・悪かったよ。真顔で言われたら、さすがに恥ずかしい」 「だけど好きなのは本当だからな」 「うん」 「愛してるからな」 「・・・うん」 ようやく始まったばかりの恋の行く先に待つ問題は大きいけれど、やっと繋いだ手を離すつもりはない。 うつむく八津にそっと口づけると、やっぱり恥ずかしそうに小さく笑う。 そして八津からも口づけてくれる。 「さて、この先してもいいのかな」 「だから、そういうことは・・・」 「はいはい、聞かずにした方がいいってことだよな」 笑う矢倉の肩を、八津が拳で一つ叩いた。 |