独占欲  


人間接触嫌悪症だった頃の託生にとって、誰かの食べかけを口にするなんて、あり得ないことだったが、
二年になり嫌悪症が完治したとたん、それが当たり前のことのように
「一口ちょうだい」
と口にするようになった。
しかもオレ相手ではなく、親友である片倉に対してである。
というか、オレ以外の親しい友人になら誰にでも、というのが正しい。
オレがそれを初めて見たのは、放課後の食堂でだった。
託生と片倉が何やら楽しそうに話をしていた。
声をかけようとした時
「利久、それ一口ちょうだい」
という台詞が聞こえてきたのだ。
思わず足が止まった。
そんなおねだり、オレには一度だってしたことがなかったからだ。
「えー、じゃあ託生の新作ゼリーも一口くれるのか?」
片倉が交換条件を持ち出す。
「いいよ。これすごく美味しいよ」
託生は何でもないことのように快諾し、手元のゼリーを差し出す。
しょうがないなぁ、と片倉は文句を言いながらも、プリンを一匙託生の口へと運んだ。
美味しそうに食べる託生。

腹の底がじわりと熱くなったような気がした。


ふと、背後からの視線に気づいて振り返ると、そこには矢倉が立っていた。
どうやらオレと同じようにその光景を見ていたらしい矢倉は、何か言いたそうにオレを見ている。
「つまらない嫉妬だって言いたいんだろ?」
言いたいことはそういうことだろうと先手を打つと、矢倉はいやいやとおかしそうに笑った。
「つまらなくはないだろ。アレ見て嫉妬しない方がどうかしてる」
「だよな」
「しかも葉山は無意識だ」
「無意識じゃなかったら凹むぞ、オレは」
いや、もう凹んでる。
あんなこと、仲のいい友達同士ならば日常茶飯事だ。
だけど、それが託生のこととなれば話は別で、どうにも納得できないもやもやが胸の中で燻ってしまう。
何しろ、託生は一度だってオレにあんなこと言わないのだ。
矢倉は自販機で缶コーヒーを二つ買うと、一つをオレへ差し出した。
そして空いてる席へとオレを促す。
「葉山もなぁ、こうやってギイのことぐさっと傷つけてるって知ってんのかなぁ」
「託生は別に悪くない」
「はいはい。んじゃ、素直にやめてくれって言うんだな」
どうしてオレには言わないんだって?片倉にそんなこと言うなって?
そんなこと、簡単に言えるなら苦労はしない。
ひょんなことから矢倉の片思いを知ってしまったオレと、どういうわけかオレが託生に片思いをしていることを見抜いた矢倉は、互いに立たされている立場が似ていることもあって、密かに親しくしていた。
いつもふざけてばかりいる矢倉だが、人の恋路には余計な口出しをしないので、オレにとっては少し肩の力を抜ける相手でもあったのだ。
口に出して片思いの辛さを白状しあったわけではないが、言わなくても考えていることは分かった。
好きな相手がそこにいて、何もできないでいる切なさは、恐らく経験したものでなければ分からないだろう。
二年になって、オレは託生に告白して、託生もオレの想いに応えてくれた。
別に報告したわけではないけれど、矢倉はやけに嬉しそうに
「良かったな」
と、オレの肩を叩いてくれた。
しかし当の矢倉は自分の想いを打ち明けるつもりはないらしく、相変わらず飄々と無責任な恋の噂を受け流して毎日を過ごしている。
矢倉とは違って、好きな相手と両思いになれたオレは幸せなはずなのに、時々まだ片思いのような気がしてならない時がある。
例えばさっきみたいな場面に出くわしたとき。
オレには言わない言葉を、簡単に片倉に言う託生を見ると、胸が痛むよりも熱くなる。
「で、オレに何か用なのか、矢倉」
椅子に座って渡された缶コーヒーを目の前で振る。奢ってもらえるのは嬉しいが、何か面倒な頼みごとでもされるのでは、と思うと素直に飲むのが怖いのだ。
オレの問いかけに、矢倉はふふんと笑った。
「あのまま葉山の所へ行かせたら、嫉妬に狂ったギイが何するか分からなかったからな。片倉の身の安全のためにも、クールダウンさせようかと思ってさ」
「そりゃどうも」
そういうことなら遠慮なく、と缶コーヒーのリングプルを引いた。
矢倉は離れた席で楽しげに話す託生と片倉を、どこか見守るような表情で眺めている。
「なぁギイ」
「何だよ」
「葉山のあれって天然?」
「そうだよ。それ以外に何があるっていうんだ」
「だからそうカッカするなよ。お前、ほんとに葉山のことになると自制心なくなるよな。クールな級長はどこへ行ったんだよ」
「そんなもん初めから持っちゃいない」
自分でも自覚はしているのだ。たいていのことには冷静な判断が下せる自信はあるのだけれど、相手が託生となるとは話は別だ。
人間接触嫌悪症が治って、託生はそれまで見せなかった笑顔を見せるようになった。
それは1年間共に過ごしてきた同級生たちにとっては青天の霹靂だっただろう。あの葉山が笑うなんて、と誰もが驚いたに違いない。
最初は遠巻きに見ていた連中も、それまでの張り詰めた雰囲気がなくなり、穏やかで柔らかな態度の託生に近づくようになった。
実際、身に纏っていた堅い殻を捨てた託生は、一緒にいると不思議と癒される存在になりつつある。
あの章三でさえ、今ではすっかり託生を気に入って、しょっちゅうからかっては遊んでいる。
それはオレにとっては喜ばしいことのはずなのに、時々胸が締め付けられることがある。
「ギイって意外と嫉妬深かったんだな」
しみじみと矢倉が言う。
「悪かったな。まだ託生がオレのものだって実感が持てないんだよ」
「1年間の片思いだもんなぁ」
いや、実際のところはもっと長い、とは口にはしない。
初めて託生を知ってからいったい何年たったのか。よくこれだけの長い時間、一人の人間を思い続けていられるものだと自分でも感心してしまう。
「心配しなくても、葉山はギイのことが好きだよ」
矢倉が片肘ついて、からかうような瞳でオレを見る。
「・・・・だよな」
それはわかってる。嫌われてるなんて、今はもう思わない。
「葉山って、去年からは考えられないくらいいい笑顔見せるようになったけどさ、ギイに対しての表情は他の連中に見せるのとは全然違うもんな」
矢倉の言葉に、オレは顔を上げる。
「葉山にとって、ギイは特別な存在なんだろうなって分かる。同じ笑顔でも、ギイに見せる笑顔はぜんぜん違う。何ていうか、安心しきった・・・子供みたいな笑顔?」
「オレは母親になんてなる気はないぞ」
そんなのまっぴらごめんだ。
「だよなぁ、けどさ、やっぱり葉山にとって、ギイは特別なんだって。だからそんなに心配することないんじゃね?」
「わかってるよ」
ほんとかぁ?と胡散臭そうな矢倉が、何かに気づいたようにオレの肩越しに視線を向ける。
顔だけ振り返ると、視線の先に託生がいた。
オレと矢倉がいることに気づくと、ぱっと零れるような笑みを浮かべる。
そして片倉に何か告げると、そのままオレたちの元へと近づいてきた。すごく嬉しそうな表情に、こっちの方が恥ずかしくなる。
「あんな表情見せられて、何を悩むことがあるのかねー」
「うるさいぞ、矢倉」
「ギイ」
託生がオレたちのテーブルの脇に立つ。
「どうしたんだ、託生、そんなに慌てて」
「あのさ・・・っと、あ、ごめん、話してる途中だったんじゃない?」
話し始めた託生が矢倉の存在に気づき、慌てて謝る。
「ぜーんぜん。俺のことは気にせず、どうぞ」
「あ、うん、ありがとう」
矢倉の言葉に、ほっとしたように託生が笑う。
「どうした、託生」
「あのさ、さっき利久に例のプリン一口貰ったんだけど、やっぱりすごく美味しかったよ」
嬉しそうな託生の報告に、ぶっと矢倉が吹き出す。このタイミングでこういうことを言ってくるから天然だって言われるんだ。
オレが密かにため息をつくと、託生はわけが分からないようできょとんとオレたちを交互に見る。
「託生・・・」
「何?」
「何だって、そんな嬉しそうにプリンの話を・・・」
「だって、あのプリン、ギイも食べてみたいって言ってただろ?だけどどんな味か分からないからどうしようかなぁって。だからぼくが先に味見してみようと思ってさ。すごく美味しかったから、今度買ってみなよ」
「・・・・そうだな、そうする。情報提供ありがとな」
「うん、じゃまたあとでね。お邪魔しました」
託生はひらひらと手を振って、片倉の元へと戻っていった。
オレは全身の力が抜けたような気がして、そのままテーブルに突っ伏した。
矢倉は託生が去ったあと、ひーひーと声を殺しながら大笑いしていた。
「あー、腹いてぇ」
「笑いすぎだ、矢倉」
「葉山、サイコー。あれだからギイと付き合っていられるわけだ」
褒められてるのか貶されてるのかイマイチ分からなかったが、オレは空になった缶コーヒーを手にすると席を立った。
「ごちそうさん」
「ギイ」
「何だよ」
「あんまり悩むとハゲるぞ」
「・・・矢倉・・その言葉、そのままお前に返す」
じろりと睨むと、矢倉は楽しそうに笑った。
オレ以上にあれこれと悩んでるくせに、どの口でそういうことを言うのやら。
けれど、矢倉は決して口にはしないのだ。
自分の心の内は決して表に出さない。誰にも見せない。見せないままに、卒業したいと思っている。
オレなんかよりずっとその決意は深いのかもしれない。

(片思いってのは辛いよな)

ついこの前まで、オレだってその辛さを味わっていた。
食堂を出るとき、ちらりと託生の姿を目で追った。
片倉と楽しそうに話し込んでいる託生に、思わず頬が緩む。
そうだよな。
あんな笑顔、少し前までは見せてくれなかったんだから、例え相手がオレじゃなくても・・・
「・・・・」
オレは立ち止まって天を仰いだ。
「いや、やっぱりダメだな」
いくら矢倉に笑われようとこればかりは譲れない。
まさか自分がここまで嫉妬深い男だとは思わなかった。
半ば八つ当たり気味にゴミ箱に缶を投げ捨てると、オレは一人自室へと向かった。


夕食時、一足遅れて食堂へとやってきたオレは、窓際の席で託生が章三が一緒にいるのに気づいた。
最近は3人で食事をすることが多くなっていた。
オレにとって章三は良き相棒で、祠堂で得ることができた掛け替えのない親友だったから、その章三が託生と仲良くしてくれるのはありがたかった。
相棒と恋人、どちらか選べと言われれば、迷うことなく恋人を取るけれど、それでもやっぱり2人が仲良くしてくれるならそれに越したことはない。
章三を介して、託生が周囲の人間と打ち解けていくところを何度も目にしていたから。
だから、章三に感謝はしているのだ。そう、それは嘘ではない。
トレイを手に二人の座る席へと着くと、章三が顔を上げた。
「よぉ、ギイ。遅かったじゃないか」
託生もまたオレを見てふわりと笑った。
託生の隣に座って、とりあえず空腹を満たすために黙々と食事をする。
2人はもうほとんど食事を終えていて、和やかな雰囲気で世間話をしていた。
「へぇ、田中先生がそんなに怒るなんて珍しいな」
「だよね。その場にいたみんなびっくりしてたよ」
くすくすと託生が笑う。
それだけで、何だかこの空間だけほんわかと春になったような感じがする。
「葉山、デザート半分交換しようぜ」
ごくごく普通のことのように章三が言った。
そういや今夜の夕食の定食はデザートが選べたな、と思い出す。
見ると、章三のトレイに乗っているデザートは杏仁豆腐。
託生のトレイのはコーヒーゼリー。
お前、昼間もゼリー食べてなかったか?
片倉と交換してたよな、と忘れようとしていた記憶が蘇る。
「交換?うん、いいよ」
章三の誘いに、これまた普通に託生がうなづく。
「ちょっと待て」
いきなりのオレの静止に、託生も章三も振り返った。オレはあえて2人を見ないままに
「託生、オレの杏仁豆腐をやるから、ちょっと待て」
と早口に言った。あの時のもやもやした気持ちが蘇る。
「え?だってギイまだ食事が・・・」
「オレのをやるから」
有無を言わせない強い口調に託生が押し黙った。
自分でも何を言ってるのか分からなかったが、とにかくその時は無意識のうちにそう言ってしまっていたのだ。どこか不機嫌オーラを漂わせているオレに気づいたのか、託生が不安そうに章三を見る。
章三はやれやれというように肩をすくめると、自分の杏仁豆腐をあっという間に食べてしまい、トレイを片手に立ち上がった。
「ヤキモチ焼きの恋人を持つと苦労するな、葉山」
「え?」
「ギイも、あんまり子供っぽいことしてると愛想尽かされるぞ」
「・・・・・」
どうやら聡い相棒はオレが何を考えているかお見通しのようで、じゃあまたあとで、とニヤニヤ笑いながら食堂を出て行ってしまった。
あとに残ったオレたちの間に微妙な空気が流れた。
託生は少し居心地悪そうにオレが無言で食事を終えるのを待っている。
子供っぽいことをしているという自覚はある。十分ある。
問題なのは、託生が誰とでも平気で食べ物を分け合うくせに、オレには何も言わないということだ。
恋人であるオレに言わないっていうのはどういうことなんだ?
「ギイ、そんなにコーヒーゼリー食べたかったの?」
「・・・・まぁな」
「それならデザート、コーヒーゼリーにすればよかったのに」
ごもっともなことを言って、託生は呆れたような表情で笑う。
オレが食事を終えると、託生は「はいどうぞ」と言って、デザートのコーヒーゼリーをオレへと差し出した。オレもまた杏仁豆腐の器を託生へと差し出す。
この様子だと、章三が言った「子供っぽいこと」というのは、「オレもコーヒーゼリーが食べたい」という意味だと思われているに違いない。
そういうことにしておいてもいいんだが・・・・
「託生、聞きたいことがある」
「なに?」
「・・・部屋に戻ってから」
「うん、いいけど、どうしたの?何か変だよ、ギイ」
美味そうに杏仁豆腐を食べながら、託生が上目遣いにオレを見る。
確かに、オレはちょっとおかしい。
どうしてこんなに気になるのか。
答えは簡単だ。
自分が託生にとっての特別でいたいのだ。
これは子供っぽいヤキモチなんかじゃなくて、もっと始末に負えない独占欲だ。
誰よりも託生のことを独り占めしていたいのだ。
これこそ子供っぽいと、章三に笑われるだろうか?
オレはじっくりと味わうことなくデザートを食べてしまうと、ひとつため息をついて託生を促した。
2人して305号室へ戻ると、上着を脱いで椅子の背にかける。
託生も私服に着替えるためにクローゼットの扉を開けた。
その様子を見るともなく眺めながら、意を決して託生に声をかける。
「なぁ、託生」
「なに?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「ああ、うん、そうだったね。どうかした?」
託生はいつもと変わらず穏やかな笑みを浮かべてオレを見る。
オレに対して何の疑いも持っていない。
矢倉の言う通り、託生はちゃんとオレのことを好きでいてくれている。
そんなこと百も承知のはずなのに・・・だけど確かめずにはいられない。
「今日、片倉と食堂にいただろ?」
「うん。利久、今日は部活がなかったから暇だったんだよ」
「・・・プリンとゼリー、交換してたよな」
「え、何だ、見てたの?」
託生はベッドに腰掛けると、それがどうかした?というようにオレを見上げる。
「一口ちょうだいって」
オレはあらぬ方向を向いたままぼそりとつぶやく。
託生はきょとんとしたまま、オレの言葉の意味を考えているようだったが、やっぱり分からないようで、じーっとオレを見つめている。
やっぱりちゃんと説明しないと分からないか。そうだよな、託生はそうだよなぁ。
オレはため息をついて託生の隣に腰を下ろすと、もう一度言い聞かせるようにして言った。
「片倉に言ったよな。一口ちょうだい、って」
「うん、プリンの味見したかったんだよ」
「それはいいんだけどな。そうじゃなくて、どうして片倉にはそういうこと言うくせにオレには言わないんだ?」
「・・・・?」
「章三ともデザート交換しようって言うくせに、お前、オレには言わないよな」
「あれはぼくが言ったんじゃなくて、赤池くんが言い出したんだよ?」
「どっちでもいい。何でオレには言わないんだよ」
託生はようやくオレの不機嫌な理由が分かったようで、しばし唖然としていたけれど、その次の瞬間には、くすくすと笑い出した。
「笑うな」
「だって」
オレは託生の身体をぎゅっと抱きしめて、そのままベッドに倒れこんだ。
「苦しいよ、ギイ」
「笑った罰だ」
「笑うよ、そりゃ」
逃げようとする託生をさらにきつく抱きしめる。
ひとしきり笑ったあと、託生はオレの腕の中で大人しくなった。オレを見つめる真っ直ぐな眼差しに、どうにも居心地が悪くなる。子供っぽい独占欲をむき出しにしてしまったことが急に気恥ずかしくなったのだ。
「あのさ、ギイ」
「うん?」
「ギイに一口ちょうだいって言わなかったのは、別に深い意味があったわけじゃなくて・・あ、じゃないな、えっと・・・」
「何だよ」
理由があるっていうのなら聞かないわけにはいかない。
オレがジロリと睨むと、託生は小さな声で言った。
「だってギイ、食いしん坊だから、一口ちょうだいって言ったら怒るかなぁって思ってさ」
「・・・・・・はぁ?」
想像もしていなかった理由に、オレは返す言葉もなくうな垂れる。
怒るわけないだろ、そんなことで。
っていうか、オレに対しての託生の認識、ずいぶんと間違ってないか?
「なぁ、本当にそんな理由なのか?そんな理由で、オレにはおねだりしなかったのか?」
「そうだよ?それ以外に何があるんだよ?」
託生が首を傾げる。
オレは脱力して、託生の肩先に顔を埋めて目を閉じた。
「オレに言わない方が怒るだろ」
「ギイ?」
「一口ちょうだいなんて、そりゃ友達だったら普通のことかもしれないけどな、けどお前が片倉のスプーン平気で口にするの見て、穏やかでいられるわけないだろ?」
「利久相手にヤキモチ焼くなんて、おかしいよ、ギイ」
「焼くさ。お前、オレの恋人なんだぞ」
「そうだけど・・・・」
託生の指先がそっとオレの髪を撫でた。その心地よさにうっとりとため息を漏らす。
「別にギイのスプーンでだって平気だよ?」
何でもないことのように託生が笑う。
だから、そうじゃなくて!
「託生がオレ以外の誰かとそういうことするのがどうにも許せないんだよ」
駄々っ子のように言い募るオレに、託生は笑いを堪えた表情を見せる。
「分かったよ。じゃあ今度から、一口ちょうだいって言うのはギイだけにするよ」
それでいい?と託生が笑う。
「あ、でもそれがギイの大好物な時でも、嫌な顔しないでよ?」
「するかよ」
「ほんとかなぁ、ギイ、食欲魔人だからなぁ」
腕の中で託生が笑う。
オレの我侭に嫌な顔ひとつしないんだな。というか、きっと託生は気づいていない。
単なる子供っぽいヤキモチだと思ってる。だからそんな風に笑っていられるんだ。
本当は違うのに。
これはもっとどろどろとした独占欲だ。知れば、託生が逃げ出してしまうほどの。
自分でもどうにもできない感情だ。
それなのに・・・

「・・・・ギイ?」
「好きなんだぞ、託生」

誰よりも、何よりも。
めちゃくちゃな独占欲は、きっとこれからもっと強くなるのだろう。
託生のことを好きになればなるほど、独り占めしたくて仕方なくなる。
そんな他の人なら眉をひそめるような感情でも、託生はきっとしょうがないなぁと軽く笑って流してくれるのだろう。何でもないことのように。
オレはいつもそんな託生に助けられてる。
託生にかかれば、オレの我侭なんて別にたいしたことじゃないように思えてしまう。

「・・・ぼくも好きだよ、ギイ」

そう言って、託生はオレの頬にキスをした。
滅多にない託生からの口づけに目を見開く。

「ほら、こんなことするのはギイだけだろ?」
「・・・そうだな・・っていうか、当たり前だろっ!」
こんなこと、他の誰にでもできるなんて言ったら、今度こそオレはぶち切れるぞ。
「うーん、ギイって時々子供みたいになるよね」
暢気な口調の託生に開いた口がふさがらない。
誰のせいだよ!
まったく分かっていない託生には恐れ入る。
けれど矢倉の言う通り、こんな託生だからオレと付き合ってられるのかもしれない。
「とにかく、おねだりはオレ限定にしてくれ、心臓に悪いから」
「じゃあギイもだよ」
オレは別にいいんだよ、と言いかけて、なるほど託生だって少しはヤキモチを焼いてくれるのかと思ったら頬が緩んだ。
こんなこと矢倉に知られたら、また馬鹿にされるんだろうけど、人を好きになるっていうのは、元々馬鹿になることなんだよな。
そして独占欲は恋してる証拠だ。
と、勝手に結論づけて、またオレは託生に甘えてわがままを言っては呆れられることになる。
これもまた恋することの楽しみの一つだと自分に言い聞かせて。




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あとがき

恋人からの独占欲が嬉しく感じられるのは幸せな証拠。