香り




消灯少し前に、葉山が270号室に戻ってきた。
てっきり朝帰りだと思っていたから、点呼は済ませてやるつもりだったのに。
「どうした、喧嘩でもしたのか?」
聞くと、葉山はそんなことないよ、ときょとんと俺を見返した。
お風呂入っちゃうね、と横を通り過ぎるとき、ふわりと葉山の身体から甘い花の匂いがした。
いつも崎がつけているコロンの匂い。
「何だ、やることはやって帰ってきたんだ」
「え?」
「なのによくあの崎が引き止めなかったもんだ」
「あの、三洲くん?」
「葉山、崎の匂いがするぞ」
「えっ!」
とたんに真っ赤な顔をして、葉山はわたわたと浴室へと駆け込んだ。
「分かりやすいヤツ」
これでただの友達だなんて、これからも言い張るつもりなのだろうか。
崎も頭はいいはずなのに、もうちょっと何とか・・・と思ったところで気づいた。
「ああ、わざとか・・・」
以前、脅し文句のつもりで「葉山の嫌悪症、今度は俺が治す」と言ったことをきっと根に持ってるのだ。
どこまで本気にしているかは分からないが、いつもそれとなく牽制をしてくる。
葉山は自分のものだなんて、別に主張してくれなくともけっこうだとうんざりしながら、三洲は微かに残った花の香りを消すために、部屋の窓を開けたのだった。




BACK

あとがき

鼻がきくな、三洲。