春になったら 2



章三くんが予約してくれた京都の宿は大通りから少し奥まったところにあった。
お部屋で豪華な食事をいただいたあと、章三くんは
「風呂行くか?」
と私を誘った。
部屋にもお風呂はあったけれど、ここの宿は露天風呂がとてもいいらしくて、私もずっと楽しみにしていたのだ。
「お。浴衣発見。やっぱり旅館といえば浴衣だよな」
章三くんは浴衣とタオルを手に取ると、さぁ行こうと私を誘った。
「章三くん、お風呂上がったら先に部屋に戻っててね。私の方が遅いと思うし」
「分かった。ゆっくりしてきていいからな」
ありがとう、と言って、男湯と女湯にそれぞれ分かれる。
露天風呂は噂通りすごくいい感じで、先に入っていた人もすぐに出ていってしまったので、ほとんど貸切の状態で楽しめた。
ゆっくりとお湯に入っているうちに、章三くんと2人きりで旅行に来ているんだという事実がじわじわと押し寄せてきて、私は急に恥ずかしくなってきてしまった。
今さらなのに、逃げだしてしまたいような気持ちになってぶくぶくとお湯の中に沈みこんでしまう。
章三くんに旅行に誘われたことで、それがどういう意味かだってちゃんと分かっていたはずなのに、いざとなるとやっぱりちょっと怖い気もした。
いつまでもお風呂にいるわけにもいかないので、長湯のせいで火照った身体を冷ましてから部屋に戻った。
そっと扉を開けると、中は灯りが落とされていた。
章三くんは浴衣姿で座椅子に座っていて、小さな音でテレビを見ていた。
「どうだった?露天風呂」
「うん、すごく気持ちよかった。男湯にも五右衛門風呂ってあった?」
「それはなかった、女湯だけずるいな」
「ふふ、やっぱりお風呂は女の人向けになってるのかもね」
私は荷物を片付けると、章三くんから少し離れた場所に座った。
章三くんは立ち上がると冷蔵庫から冷たいお茶をもってきてくれた。
「ありがとう」
こういう気がつくところ、昔から章三くんは変わらないなぁ。
労を惜しまないというか、優しいんだよね。
そういうところがやっぱり好きだなぁと思って、私は温かい気持ちになる。
「奈美」
テレビを消した章三くんが、居住まいを正して私を見た。
ずいぶんと真面目な表情をした章三くんに、私もまた表情を引き締める。
「僕と一緒に旅行に行くのに、おばさんたちに嘘ついてきたんだろ?」
「・・・・」
両親はまだ私と章三くんが付き合っていることは知らなくて、だから今回の旅行は友達と一緒に行くと嘘をついてきた。
そのことは章三くんには話していなかったけれど、少し考えれば分かることだ。
もしかして、怒られちゃうのかなと私はちょっと俯いてしまう。
だってどうしても章三くんと旅行に行きたかったのだ。
大好きな人と、ずっと一緒にいたいって思ってしまった。
「ごめんな、奈美」
「え?」
「嘘つかせるようなことさせて、ごめん」
「・・・・章三くん」
章三くんは少し困ったように視線を巡らせて、やがて私の近くへと近づいた。
「僕からちゃんと話すから」
「・・・・」
「奈美と付き合ってること、ちゃんとおばさんたちに話すから」
「・・・うん」
本当は隠すようなことじゃなかったけれど、家が隣同士で小さい頃から幼馴染として育ってきた章三くんと付き合うようになっただなんて、照れくさくて言えなかったのは私の方なのだ。
章三くんが悪いわけじゃないのに。
それなのに、ごめん、と章三くんは言うのだ。
「好きだから」
「・・・」
「奈美のこと、ちゃんと好きだから」
「・・うん」
うなづいた私の肩を、章三くんが抱き寄せる。
私は章三くんの胸に頬をくっつけて、少し笑ってしまった。
好きだなんて言葉、滅多に口にすることはないくせに、だけどちゃんと告げてくれるのだ。
私がそうして欲しいって思う時に、章三くんはちゃんと言ってくれる。
それがすごく嬉しくて、何度も何度も思い知らされるのだ。
章三くんを好きになって良かった、と。



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あとがき

やっぱりダンナにするなら章三か。