大人になったら



「ギイって、小さい頃、大人になったら何になりたかったんだい?」
託生が何気なく聞いてきた。
ごくごく普通の世間話の一つだから、たぶん、深い意味はなかったんだと思う。
「大人になったら・・って」
そんなこと考えたこともなかった。
物心ついた頃から、将来は親父の跡を継ぐものだと思っていたし、それが当たり前で、疑問を抱いたことなどなかった。
けれど、それって普通じゃないよな、って今なら分かる。
「・・・託生は?何になりたかったんだ?」
質問に質問で返すのは答えたくないか、答えがないかのどちらかだ。
託生はそんなオレの逃げ口上には気づくことなく、えーっとと考えを巡らせる。
「ぼくは実はあんまり考えたことないんだよね。そりゃ警官になりたい、とか消防士がいいとか、幼稚園くらいの頃は言ってたとは思うけど。本気でなりたかったわけじゃないし」
「今は?」
「今は・・・逆に難しいよね。なりたいものとなれるものって違うから」
そう言って、託生は困ったように笑う。
この年齢になると、なりたいものになるために準備を始めるか、もしくは現実を目の当たりにして諦めることを覚えるか。そういう選択が必要にもなってくる。
「オレは、言われてみれば将来の夢とか、あんまり考えたことなかったかもしれないな・・・」
「そうなの?」
「夢のない子供だよな」
自嘲気味に言うと、託生はちょっと考えたあと、いつもの屈託のない笑みを浮かべた。
「ギイは、きっと何にでもなれちゃうから、逆に何になりたいかなんて考えなかったんじゃないかな。ぼくはなれるものが限られてるから困るけど、ギイはなれるものが多くて困るんだよね。たぶん、ギイの方が大変だよね」
託生の言葉に、オレは虚をつかれて瞠目する。
惚れた欲目だらけの託生くん。
オレが何にでもなれるだなんて、本気で思ってるのはお前くらいなものだ。
けれど、そんな風に買いかぶってくれることさえ嬉しくなる。
「好きだよ、託生」
「え、何だよ突然」
突然の話題転換に託生は唇を尖らせる。
「オレ、大人になっても託生の恋人でいたい」
「・・・・・それは、けっこう簡単に叶う夢だと思うんだけどな・・・」
そういうことじゃなくってさ、と託生はまだ不満そうだったけれど、オレはその日一日幸せな気分でいられた。



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あとがき

じいさんになっても恋人でいられるはず!