「かゆい」 唐突に、思い出したように託生が言った。 「何だって?」 「だから、かゆい〜。絶対蚊に噛まれた」 託生は上半身を起こすと、足元へと手を伸ばした。 「やっぱり〜。部屋にいるんだ。やっつけないと!」 「血くらい分けてやれば?あれって雌しか噛まないって知ってるか?」 ギイが長い腕を伸ばして託生の腕を引く。 「だから何だって言うんだよー。あー。かゆいよー」 「満腹になればもう噛まないだろうし」 「ギイは自分が噛まれてないからそんなこと言えるんだよっ!」 かゆいかゆい、と託生がかしかしと赤く膨れた部分を掻く。 「あれってさ、汗かいたりすると寄ってくるって言うけど、託生、汗かきだっけ?」 「・・・」 暢気なギイの一言に、託生がふたたびがばっと上体を起こした。 「ギイのせいだっ」 「は?」 「ギイがぼくにあれこれして汗かいたから蚊が寄ってきたんだっ!ギイのばかっ」 「お前なー、オレだって汗かいたぞ。一緒に気持ちよく運動したんだし」 「運動とか言うなー」 ばしばしとむき出しのギイの肩を叩く。 どういうわけか滅多に蚊に噛まれないギイにしてみれば、何とも理不尽な八つ当たりじゃないかと思わないでもなかった。 結局甘いピロートークには程遠く、二人して夜中に一匹の蚊をやっつけるために奮闘したのだった。 |