惚れた弱み


「葉山さんはギイ先輩のどういうところが好きなんっすか?」
いきなりの真行寺の台詞に、託生はあやうく口にしていたものを吹きそうになった。
満員の食堂で偶然託生を見つけ、ラッキーハッピーとばかりに真行寺は託生と同じテーブルについた。
愛しい三洲と同室の葉山託生。
いつも柔らかな笑みを浮かべ、真行寺の話を聞いてくれる大好きな先輩だ。
一緒に食事をするのは久しぶりで、初めのうちこそ普通の世間話をしていたが、せっかくのチャンスなので、普段から疑問に思っていることを思い切ってぶつけてみることにした。
それが先ほどの台詞である。
「ギイ先輩って、めちゃくちゃカッコいいし、頭もいいし、運動神経抜群だし、そりゃまぁダメだって思うとこ探す方が難しいと思うんですけど、でもあんまり完璧すぎで一緒にいて疲れたりしませんか?」
「え、えーっと・・・」
「おまけに3年になってからはクールだし。あ、まぁそういうところもカッコいいって思いますけど。髪形も今の方が男っぽいですしねー」
「あの、真行寺くん・・」
どうしたものか、という表情を浮かべる託生。
本日のランチをがつがつと頬張りつつも、真行寺は話すことをやめない。
「もし俺がギイ先輩と一緒にいたら、きっと10分もたたずに緊張で肩こっちゃいますよ」
真行寺の言葉に託生は少し考えたあと言った。
「でも真行寺くん、三洲くんもカッコいいし頭もいいし、運動神経だっていいよね?」
「はい〜?」
真行寺はぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「クールだし、けっこうギイと通じるところあるよね?」
ギイのことを嫌っている三洲が聞いたら激怒するかもしれないが、言われてみれば、意外とあの二人は似てるところがあると真行寺も思う。
「真行寺くんは三洲くんといても肩こったりしないだろ?」
「そりゃまぁ、あ、でもいつも粗相しないかってドキドキしてますけど」
大げさに胸に手を当てると、託生はくすりと笑った。
「ギイといても肩なんてこらないよ」
むしろ一緒にいてとても楽だ。
そう言って、託生はふわりと笑った。
それは見ていてとても幸せになるようなそんな笑顔で、真行寺は邪ま意味ではなく、ドキリとしてしまった。
自分のことを、知らないところで、こんな蕩けそうな笑顔で話してくれる恋人がいるギイ先輩というのはやっぱりすごい。そして羨ましい。
「そっかー。いいなーギイ先輩」
「え??」
意味が分からないようで、託生は首を傾げる。
「やっぱりギイ先輩、完璧。葉山さん選ぶくらいだもんなー」



消灯間際。
真っ暗なグラウンドを横切り、真行寺は学生食堂にある自販機を目指していた。
「ったくもー、アラタさんてば我侭なんだからなー」
借りていた漫画雑誌を口実に270号室を訪ねると、部屋には三洲しかいなかった。
あれやこれやと世間話をしているうちに、何となくいい感じになってきたというのに、愛しい想い人は
「真行寺、のどが渇いた」
などと言い出したのだ。
部屋に置いてあるミネラルウォーターではなく、どうしても冷たい缶コーヒーが飲みたいなどと言う。
それも銘柄指定。学生食堂の自販機にしかないやつ。
飲みたいと言われれば断れるはずもなく、真行寺は文句を言いつつも夜道を歩いていた。
ぼんやりと灯る自販機の明りにほっとした瞬間、そこに人影を見つけて足が止まった。
背の高いシルエットが振り返り、さらに体が固まった。
「ギイ先輩?」
「真行寺、何だお前もか?」
まさかこんなところにギイがいるとは思ってもみなかったので、真行寺はぎこちなく挨拶を返した。
決してギイのことが苦手なわけではなく、むしろあまりのかっこ良さにくらくらくることはあるのだが、どうにも緊張してしまうのだ。
昼間、一緒に食事をしたギイの恋人であるところの葉山託生が言うには、
「一緒にいて楽」
とのことだが、真行寺にしてみればその方が不思議でならない。
居心地はいい。
ギイはさりげない気配りをしてくれる人には違いないのだが、強いて言えば憬れのアイドルのそばにいて緊張する、という感じであろうか。
とにかくあまりに自分とは次元が違いすぎて、あたふたしてしまうのだ。
「もうすぐ消灯だぞ?」
階段長の口ぶりでギイがからかう。
「あー、はい、分かってます。これ買ったらすぐ戻りますんで」
小銭を入れて三洲ご指名の缶コーヒーを購入すると、そんな真行寺を待っていてくれたのか、ペットボトルを手にしたギイも一緒に寮へと歩き出す。
「真行寺は三洲のお使いか?」
「え?ええ、何で分かるんっすか?」
「それ、三洲のお気に入りの銘柄だよな?」
言われて手の中の缶コーヒーを見る。
確かにそうだが、どうしてそれをギイが知っているのか。
そこまで三洲のことをよく見てるってことなのか?
それっていったい・・・。
「睨むなよ、真行寺。託生から聞いただけだよ」
くすくすと笑うギイに、思わずすみません、と頭を下げる。
「けなげだな、真行寺」
「いやー、いいように使われてるだけというか、何というか。ほんとあの人我侭なんっすよね」
「それだけ気を許してる相手ってことなんだろ?」
「・・・・・」
何げない、でも真行寺にとっては何よりも嬉しい言葉を言われて胸が熱くなる。
二人は似ているな、と思った。
見た目も性格もまったくと言っていいほどに違う二人なのに、ギイも託生も、口にする言葉はいつも優しいのだ。
「やっぱり葉山さんの言ってた通りかな」
「うん?」
恋人の名前にギイが反応する。
「昼間、葉山さんと一緒にご飯食べたんですけど、あ、いやいや、あの偶然です。別に約束してたわけじゃなくて・・」
一瞬険しくなったギイの表情にあわてて弁解をする。
「その時にですね、ギイ先輩みたいな完璧な人と一緒にいて肩こりませんかって聞いたら、葉山さんは、肩なんかこらない、ギイ先輩は一緒にいて楽だって」
「・・・・」
「すんごい優しい顔で言うもんだから、何か感動しちゃって。俺、そういう葉山さんを選んだギイ先輩はやっぱりすごいなーって思ったりしたんっすよ」
3年になってから、どこか人を寄せ付けない雰囲気を醸し出しているギイだけれど、本質は何も変わっていないのだ。そのことを、誰よりも理解しているのは恐らく託生なのだろう。
「いいですよね、葉山さん。俺、あの人といると、めちゃくちゃ癒されるんですよ」
「やらないよ、託生は」
「え?」
笑ってはいるが、真剣なまなざしでギイが言う。
惚気なのかそれとも牽制なのか。
どっちにしても、あっさりとそんなことを言えるのはすごい。
そして、そんなギイのそばにいる託生のこともすごいと思った。

寮の玄関で、ふとギイが立ち止まる。
「真行寺」
「はい?」
「今夜は託生は帰さないからって、三洲に伝言」
「へ?」
ギイは手にしていたペットボトルを持ち上げた。
「お互い惚れた方が立場弱いよな」
それは最近託生が好きだといっている飲料水。
そうか、そういうことか、と真行寺はにやける口元を引き締める。
「でもま、ジュース一本で機嫌が良くなるならお安い御用だよな」
いたずらっぽくウィンクをして、ギイが階段を上がっていく。
どこか浮かれた足取りで。
そんなギイの背中を見ていると、何だかとても幸せな気分になれる。
しかし。
「あのギイ先輩をパシリに使うとは・・・」
学校中の人間が一目置いている崎義一。
託生がお願いしたのか、それとも自発的にギイが買いに来たのか。
どっちにしても、三洲が自分をパシリに使うのとはまたちょっと意味が違う気がする。
「葉山さんって最強」
真行寺ははーっと大きくため息をついた。

ギイからの伝言を伝えると、三洲はふうんとうなづいただけだった。

もちろん真行寺は、その夜270号室に泊まった。
ギイの言う通り、缶コーヒー一本で機嫌よくお泊りを許してくれるなら、パシリでも何でもやってしまうであろう自分が情けない。
けれど、自分に気を許しているからだと思うと、ぜんぜん苦にはならない。
惚れた方が立場が弱いとは言いえて妙だ、と真行寺はつくづく思った。








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あとがき

真行寺視点で手直し。そしてまったく違う話に(笑) ギイのゼロ番にはもちろん託生くんがいるわけで、真行寺の話を聞いたギイはそりゃもう有頂天で、いちゃいちゃ突入v お約束