恋水


眠っているギイを見つめることができるのは、本当に数年ぶりのことで、ぼくはまだ夢を見ているのかもしれない、と眠ることができずにいた。
あの頃よりも少し伸びた前髪。白い肌。長い睫。通った鼻筋に薄い唇。
触れたら消えてなくなったりしないかな。
そう思うと怖くて手が伸ばせない。
さんざん分け合った熱もまだ覚めてないのに、ぼくはまた彼のことが欲しいと思い始めている。
ぼくは恐る恐る手を伸ばして、彼の冷たい肩先に触れてみた。
ずっと手を置いていると、やがてじんわりと温もりが戻ってくる。
するとギイがゆっくりと瞼を開けた。
「・・・・どうした?」
満ち足りたようなため息をついて、ギイがぼくの額に口づける。
「ねぇギイ」
「うん?」
「離れていた間、時々はぼくのことを考えてくれた?」
「毎日考えていたよ」
「会いたいって思ってくれた?」
「思わない時はなかった」
「こんな風に、抱き合いたいって思ってくれた?」
「もちろん、よく今日まで我慢できたよ、オレ」
冗談めかして、けれどそれが本音だということは、つい先ほどまでの行為で十分わかっていた。
「じゃあギイ・・・」
「うん?」
「ぼくのことを思って、泣いたりした?」
ギイは目を見開き、そしてどこか切なげにきゅっと唇を結んだ。
「・・・女々しいって笑いたいんじゃないだろうな?」
「違うよ」
くすくすと笑うと、間近にあるギイの前髪が鼻先をくすぐり、くすぐったさにぼくは肩をすくめた。
「オレ、誰かのことを思って泣くなんて、初めてだったよ」
「・・・・」
「寝る前に、託生のことを思ったよ。会いたくて、もう一度抱きしめたくて、キスしたくて。二度と会えないなんて思っちゃいなかったけど、でも、会いたい時に会えないっていうのは思いの他きつかった。自業自得なんだけどさ」
「・・・」
「数え切れないくらい泣いたよ」
ギイの小さな声に、ぼくは微笑んだ。
「よかった」
「何が?」
「だって、ぼくばっかり泣いてたんだとしたら悔しいじゃないか」
寝る前にギイを思った。
会いたくて、もう一度抱きしめたくてキスしたくて。
だけどどうすることもできない自分が悔しくて、何度も泣いた。
「知ってる、ギイ?」
「何を?」
「恋水って言うんだって」
恋のために流す涙のことだ。
初めて聞いた時は何も思わなかった。
けれど、ギイと離れてから初めて、その言葉を実感することができた。
綺麗な言葉だけれど、とても寂しい言葉だと知った。
「もう泣かなくていいから、ギイ」
「・・・」
「ぼくももう泣かない」
思いは変わることなく、奇跡のようにもう一度手を取ることができた。
だからもう泣かない。



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あとがき

再会話妄想広がるわー。