ギイが連れて帰ってきた小さな黒い犬。 これから家族として一緒に暮らすわけなのだけれど、ギイから名前をつけるようにと言われて、ぼくは大層困っていた。 そりゃあ確かにぼくが欲しいと言ったのだから、責任はあるんだけど、『黒いからクロとか、小さいからチビとか、定番だからタローとか、そういうのは却下』と最初に釘を刺されてしまった。 なので、今ぼくは何かギイを感心させられるような名前を考えなくてはならないのだ。 「でもなぁ、クロってかわいいと思うんだけどなぁ」 腕の中でしきりに甘えてくる小さな犬の頭をくるくると撫でる。 「そろそろ1週間だもんなぁ、さすがに名前を呼んであげられないのもかわいそうだし」 困った。子供の命名辞典はあっても、犬の命名辞典はないだろうし。 あのギイが「いいな」と言うようなセンスあふれる名前って何だろう。 「うう、難問だ」 今日こそ決定するぞと心を決め、ぼくはあれこれと悩み続けた。 そして、とうとう「これだ!」という名前にたどり着き、やれやれと胸を撫でおろした。 夜になってギイが帰ってきた。 ぼくは満面の笑みを浮かべてギイを迎え出た。 「お、何だ嬉しそうだな。とうとうわんこの名前が決まったのか?」 ここのところ毎日難しい顔をしていたので、ギイもそれなりに気にしてくれていたのだろう。 「で、何て名前にしたんだ?」 「あんこ」 「・・・・はい?」 「だから、あんこだよ」 ほらおいで、とぼくはあんこを抱き上げて、右足を持ち上げた。 「よろしくーって、あんこだよーって」 ちょいちょいとあんこの右足でギイの胸元を叩いてみる。 「あんこ、って何だ?」 ギイは腑に落ちないという顔をしていたけれど、はっと何かに気づいたようで、とたんに呆れたように肩を落とした。 「託生、おやつに大福食べた?」 「え、何で知ってるの?イチゴ大福食べたんだ」 「それであんこか」 どうやらゴミ箱にイチゴ大福の包み紙が入っているのを目ざとく見つけたらしい。 ギイって、ほんと抜け目ない。 あれこれ悩みながら、イチゴ大福を食べていたらそのあんこがめちゃくちゃ美味しくて、ちょうどあんこの色が似てるなぁなんて思ったら、これはもうあんこしかない!と思ったのだ。 「しかし、犬の名前にしてはちょっと、どうなんだ?」 「おかしいかなぁ、可愛いと思うんだけど。ね、あんこ?」 呼びかけてみると、あんこは、わんと小さく鳴いた。 「すっかり自分があんこだと思ってるじゃないか!」 「何か問題でも?」 いえ、別に、とギイはもごもごと言葉を濁す。 どうやらギイはあんこという名前にはイマイチみたいだけど、ぼくとあんこは気に入っている。 |