合鍵



その夜、アラタさんと待ち合わせしたのは何てことのない居酒屋だった。
もっとちゃんとしたレストランを予約しようと思っていたのに、男2人でそんな店に行く方が恥ずかしいときっぱり言われ、いつもと変わり映えのしない居酒屋となってしまった。
「待たせたな」
遅れてやってきたアラタさんはもちろんスーツ姿で、いつもながらカッコよくて見惚れてしまう。
「何だ、何も頼んでないのか?」
座ると同時に生中を注文して、アラタさんはいつもと何ら変わらない様子でメニューを広げた。
「何食べる?」
「何でもいいっす」
答えると、ふとアラタさんが顔を上げた。
「何だ、機嫌が悪そうだな」
「そんなことないっすよ。あ、これチョコレートです」
小さな紙袋に入ったチョコレートをテーブルの上に置く。
今日はバレンタインで、一応恋人という位置にいるわけだから、今さらながらのイベントではあるけれど、チョコを用意したのだ。
アラタさんはそれを見ると、別段感動した風もなく、ありがとうと言って受け取ってくれた。
まぁ受け取ってくれるだけでもありがたいと思うべきか。
「毎年毎年律儀だな、お前」
「別にいいでしょ。気持ちの問題です」
「まぁな」
アラタさんはおかしそうに笑うと、ふぅと一つ息を吐いて、胸のポケットを探った。
そして取り出したものをテーブルの上に置いた。
「アラタさん・・・それ」
「バレンタインのチョコなんて、どうせたくさん貰ったんだろ?」
恐る恐る手にした鍵は、アラタさんの住む部屋の鍵だ。
ずっと欲しいと思っていたけれど、そんなことを言えば絶対に嫌がられると分かっていたし、そこまで甘えることもできないと諦めていたというのに。
本当に?本当に俺にくれるというのだろうか。
「あ、ありがとうございます、アラタさん。うわー、俺、どうしよう、めちゃくちゃ嬉しいっす」
「そりゃよかった。機嫌は直ったか?」
あっさりと言って、アラタさんは運ばれてきた生中を飲む。
その頬が少し赤くなっていたのは、飲んだばかりのビールのせいじゃない。
こんなに幸せな気持ちになったバレンタインデーはこれが初めてで、俺はしばらく自然と顔がニヤけるのを止めることができず、アラタさんに嫌な顔をされた。



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あとがき

三洲も案外としれっと気障なことしそうだよね。