もうそろそろ時期も最後だし、と誘われて、矢倉と2人でカニを食べにきた。 ちょっといいお店で、出てきたカニはそりゃもう絶品だった。 「カニって、どうしたって無言になるよな」 思いついたように矢倉が言った。 さっきから一心不乱にカニ身を取っているのはお互い様で、そうだね、とうなづきつつも視線はカニへと向いている。 「やっぱりカニは鍋だよな」 「うん、美味しいよね」 「今度は一泊で温泉でも行ってさ、思う存分カニ食いたいな」 「いいね」 それにしても、と八津は首を傾げる。 いろいろとご飯を食べに行くことも多いけど、カニを食べようだなんて初めてのことだ。 おまけに今日はご馳走するよ、と矢倉は言う。 アルバイト代でも入ったのだろうか。 「矢倉、カニ好きだったんだな」 「まぁ好きだけど。ていうか、八津が好きだって言ったんだよな」 「うん、好きだけど」 「だからカニにしたんだけどな」 「あ、そうなんだ」 「チョコレートよりカニの方がいいだろ?」 「は?」 もしかしてこのカニは、バレンタインのチョコレートの代わりなのだろうか? まじまじと矢倉を見つめると、してやったりといった風に笑った。 八津がそれほど甘いものを好きではないこと、そしてカニが好きだと言ったから、このチョイスになったのだろうが・・・ 「バレンタインにカニ鍋かぁ」 「チョコの方が良かったか?」 「カニでいいよ。で、これは俺から矢倉へのチョコレート」 持ってきていたチョコを差し出すと、サンキューと嬉しそうに受け取った。 ちょっといいチョコにはしたものの、この負けた感は何だろう。 来年はチョコはやめて、カニよりももっと斜め上を行くものを考えようと八津は密かに決意した。 |