小さな物音に気づいて目が覚めた。 視線を巡らせると、いつもはギリギリまで寝ている託生が、もう制服に着替えていて、俯き加減にネクタイを締めているところだった。 いつもと同じ朝の光景。 毎日毎日、目が覚めるとそこに託生がいる。 それが当たり前で、普通のことで。 だけど、本当は奇跡的なことだということを、オレは知っている。 ベッドから抜け出して託生を抱きしめると、触れ合った場所からじんわりと心地よい温もりが体中に広がっていく。 「託生、いい匂いするなぁ」 思わずつぶやくと、託生は不思議そうな顔で、いい匂いなんてしない、と言った。 分かってないなぁ、託生は。 「知ってるか、託生」 オレは託生の額にキスをして、いつも思っていることを口にする。 「自分にとって大切な人っていうのは、めちゃくちゃいい匂いがするんだぜ。だから、いい匂いがする人がいたら絶対に手放しちゃだめなんだ」 一生に一度、めぐり合えるかどうかも分からない。 だけど、会えばすぐに分かる。 オレは託生に出会ってすぐにわかった。 「託生はめちゃくちゃいい匂いがする」 コロンなんてつけてなくても、託生の匂いはいつもオレをうっとりとさせる。 託生は少し頬を赤らめながら、 「ギイ、そのいい匂いって、どんな匂いなんだよ」 と、聞いてきた。 そんなの決まっている。 「幸せの匂い」 そう言うと、託生はきょとんと首を傾げて少し考えたあと言った。 「幸せの匂いってどんな匂い?そんな匂いあるの?」 どこまでも信じていない顔つきの託生を、もう一度抱き寄せる。 「だから、託生の匂いだろ?」 言葉じゃ説明できない。 けれど、それは間違いなくあって、いつでもオレを幸せにしてくれる甘い匂いだ。 今、腕の中にある。 託生は小さく笑うと、珍しく自分からオレの頬にキスをしてくれた。 ふわりと幸せの匂いがした。 |