「邪魔するぜー」 ノックもなしに3階のゼロ番の扉を開けた矢倉は、そのままの格好で固まった。 椅子に座ったギイが見上げているのは傍らに立つ葉山託生。 葉山はどこか怒ったような怖い顔をしていて、一方のギイはぽろぽろと涙を流していた。 (葉山がギイを泣かしてる!!??) 矢倉は信じられないものを見てしまい呆然としたが、しかしすぐに我に返った。 「まったくもってお邪魔しました!」 開けた時と同じ勢いで扉を閉めて、矢倉は一目散に自分の部屋へと舞い戻った。 「あのギイの涙なんて初めて見たぜ」 まさかギイが泣くとは。 葉山は怒ってたみたいだけど、あの温厚な葉山を怒らせるようなことをギイがやったのか? で、喧嘩してギイが泣いた?? あのギイが??? などなど、ぐるぐると考えていた矢倉は、どんどんどんと激しく叩かれた扉にぎくりと振り返った。 「矢倉〜」 現れたのはオドロオドロしいオーラを背負ったギイと、その後ろに葉山の姿。 「お前が絶対におかしな誤解をしてるに違いないって託生が言うもんだから来てみたが、その顔、やっぱりな」 ギイがまだ赤い目のまま矢倉を睨んだ。すると後ろの葉山がおずおずと口を開いた。 「矢倉くん、あの、ギイが涙を流してたのは、目にゴミが入ったからで、ぼくがそれを取ってあげようとしたんだけど・・・」 「不器用な託生のせいでますます痛い目にあってたんだ。そのせいで涙がこぼれたんだ」 「不器用だなんて失礼だな。ギイが痛い痛いって動くから」 「何だよ、オレのせいかよ」 「だって・・・」 「お前ら、人の部屋で痴話喧嘩を始めるな」 矢倉が冷静にストップをかける。 こいつら、表向きはただの友達だという設定をすっかり忘れてるんじゃねぇか、と心の中で矢倉が毒づく。 「ま、そんなオチだよな。ギイが泣くわけないもんなぁ」 それでもやはり、葉山のことでなら、ギイは泣いたりするのだろうか。 というか、葉山のことくらいでしか、ギイは泣いたりしないのかもしれない。 「そういうわけだから、矢倉くん、おかしな噂は流さないでくれよ」 葉山が必死に念を押すが、こんな楽しいネタを放っておくなんてもったいない。 とりあえず「ギイの涙話」は昼食会の連中に提供することにした。 もちろん、多少の脚色をして。 |