「矢倉くんと何の内緒話だったの?」 最後に章三が帰って二人きりになると、そう言えばと思い出して託生が言った。 昨日から章三、矢倉、八津、と祠堂時代からずっと親しくしている仲間が泊まりにきていた。 久しぶりにみんなと過ごす時間は楽しすぎて、みんなが帰ってしまった家の中は何だかとても静かで寂しい感じがした。 いつも通り託生とあんこがいて、何も変わってないというのに、何だかがらんとしてしまったようにも思えて仕方がない。 「矢倉、八津と一緒に暮らすために頑張るってさ」 「ああ・・・そうなんだ・・・」 もうとっくの昔に一緒に住んでるような気になっていた、と託生がつぶやく。 「それは、八津くんも嬉しいだろうな」 「だが矢倉もここが正念場だよな」 「正念場か・・・」 矢倉と八津は一度別れたことがあって、だけどもう一度気持ちを通じあわせて、それからずっと離れずに一緒にいる。 だけどこれからも一緒にいるためには、矢倉は強い気持ちで臨まなければ駄目なはずだ。 「どうしてかな」 「うん?」 託生はキッチンのシンクの前で首を傾げる。 「ただ好きなだけなのに。世の恋人たちはみんな正念場なんて経験してるのかな」 まぁ普通はそんなに頻度高く正念場なんてやってこないだろう。たぶん。 「でもまぁ困難が多いほど恋愛は燃えるものだしな」 「え、そうかな。ぼくは普通でいいと思うけど」 「普通って?」 「えーっと、正念場がないような恋愛?」 「正念場ばかりの恋愛で申し訳ない」 言うと、託生は小さく笑った。 「そっか、ぼくたちにも正念場があったのか。でもだったら大丈夫かな。好きな人となら正念場も頑張れるから、矢倉くんも八津くんも、きっと乗り越えられるよ」 何でもないことのように、それなりに大変だった正念場をさらりと流す。 こういう託生の強さに今まで何度も助けられた。たぶん本人は気づいてないだろうけど。 「託生、ここ片づけたらあんこの散歩に行こうか」 「うん」 そしてまた正念場なんて無縁な日常に戻る。 |