ボタン鍋


「おお、すっげ、頑張るなぁ」
ただいま午前10時。普通なら授業真っ最中なところだが、生徒たちは授業そっちのけで校門へと続く庭に面した窓に鈴なり状態だった。
それを咎める先生もいない。
眼下で繰り広げられているのは、警察とイノシシの攻防である。
最近街ではイノシシが現れて大変、というニュースを何度か見たことはあるのだけれど、まさか祠堂にまでやってくるとは誰も想像していなかった。
しかし祠堂は山奥にぽつんと建っているので、野生の動物たちを見かけることはよくあるのだ。
もっとも鹿とかウサギとか、あまり害のないものばかりなので、ほのぼのとしていたのだが、今回はイノシシである。
さすがにイノシシは危険だということで、朝早くから警察が呼ばれたわけである。
生徒たちは校舎から出ることを禁止され、こうして窓から警察とイノシシの戦いをやんやの喝さいで眺めているのである。
「ねぇ赤池くん、あのイノシシ捕まえたらどうするの?」
「そりゃあボタン鍋だろ」
「えっ」
「オレ、ボタン鍋って食べたことないんだよなぁ」
ギイが隣でのほほんとうなづく。
「そんなの可哀想だよ」
あのイノシシだってきっと山には餌がなくて、生きるために山を下りるしかなかったと思うのだ。まぁ祠堂に来ちゃうあたり、ちょっと間抜けだなとは思うけど。
「優しいからなぁ、託生は」
ギイがぎゅーっとぼくの肩を抱く。
すぐさまそのギイの手を、章三がばちんと叩いた。
「いちゃつくな」
「妬くな妬くな」
イノシシのことなんてそっちのけで、ギイと章三がぼくを挟んでわーわーと言い争う。
祠堂って平和だよなぁと思いつつ、ぼくはイノシシ頑張れと密かにエールを送るのだった。



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あとがき

イノシシをさばく方法とかも知ってそうだな、ギイ。