それに気づいたのはキッチンで朝食の準備をしている時だった。 うっかりスプーンを落としてしまい、拾おうと屈んだ時に目に入った。 「あれ?」 拾い上げたのは小さなボタンだ。 どこにでもある白くて丸くて小さなボタン。 どうしてこんなところにボタンが落ちてるんだろう?と託生は首を傾げた。 今自分が来ているのは普段着にしているトレーナーで、ボタンはついていない。 昨日は何着てたっけ?いつ落としたんだろう。ここにこのボタンがあるということはシャツのボタンが一つないということだ。 「うーん、ぜんぜん分からない」 だいたい、自分のシャツではなくギイのシャツかもしれない。 「でもギイのシャツについてるボタンぽくない」 低コストの服もお洒落に着こなすギイだが、時々驚くほど上等な服を身につけていることもある。ギイにしてみれば値段がどうということではなく、単に着ていて気持ちのいい服を選んでいるだけなのだろうけど。 「おはよう、託生」 ふぁあと大きな欠伸をしながら、ギイがやってきた。 まだパジャマ代わりのTシャツとハーフパンツという恰好だ。 「おはよう、ギイ。ねぇ、このボタンに見覚えある?」 「ボタン?」 ほら、と差し出すと、ギイは顔と近づけてまじまじとボタンを眺めた。 「この前託生が着てたレモン色のシャツのボタンじゃないかな」 「ええっ、何でそんなの分かるんだよ?」 特別変わったボタンでもない。もちろんレモン色でもない。 「それ、ここに落ちてたんだろ?」 「うん」 「ほら、あの時に落ちたんだよ」 ギイはボタンを丁寧にカウンターの上に置くと、コーヒーを入れるべくお湯を沸かし始める。 「あの時って?」 「二日くらい前?二人でけっこうな量のお酒飲んでさ、うっかりキッチンで・・・」 「わーわーわー」 思わず大きな声を出してその先を遮ると、ギイはびっくりしたように身を引いた。 「何だよ、突然大きな声出して」 「いや、わ、分かったから。もういいよ」 二人してすっかり酔っぱらって、何だかそんな雰囲気になってしまって、うっかりキッチンでいたしてしまった記憶が蘇ってきた。 そういえばあの時、ギイが言う通りレモン色のシャツを着ていた。 「恥ずかしい・・・」 何のボタンかは分かったけれど、いらない記憶まで蘇ってしまった。 ギイはぜんぜん気にした風でもなく、ぼくが作った朝食に目を輝かせている。 まぁ今さら恥ずかしがるようなことではない・・かもしれないけど、やっぱり恥かしいことには違いない。 |