きみを見ていた午後


休日、学食でランチを終えたあと305号室へ戻った。
午後は久しぶりに託生と二人、ゆっくりと過ごそうと思っていたのに、託生は先に宿題すませるよと言って机に向かい、オレはすっかり放ったらかしにされてしまった。
退屈だった。

「託生、あとどれくらい?」
「え?えーっと、英訳3ページかな」
「じゃ30分な」
「短いよっ!」
十分だろ。
オレはベッドに横になって、真剣な表情で課題に取り組む託生の横顔を眺めた。
苦手な英語や古典と戦うとき、託生はいっつも頬杖をついて少し眉を顰める。
1年の時、こっそりと盗み見していたときも、同じような表情をしていた。
授業中だけでなく、休み時間でさえも、いつもどこか物思いに耽っているような、何かを考えこんでいるような、そんな風に見えた。
オレの視線になんてまったく気づいてくれなくて、こっち向いてくれないかなぁなんて思っていた。
今だってそう思ってる。

(ほんのちょっとでもオレを見て、託生)

目一杯想いを込めて見つめていると、やがて託生が恐る恐るといった感じで振り返った。
お、パワー届いたかな、と思ったら、託生はうんざりしたようにため息をついた。
「あのさ、ギイ。あんまり見ないで欲しいんだけど」
「何で?」
「気が散るから」
「気が散るってな・・お前、恋人のオレに対してそれはないだろ」
「だって」
託生はくるくるとシャーペンを指で回しながら、困ったなぁという目でオレを見た。
勉強に集中させてくれよ、と言いたげな視線に、オレの方が折れることにした。
「分かったよ。じゃあ、託生が宿題終わるまで、大人しく本でも読んでる」
「ああ、うん。ありがと」
ほっとしたように託生が笑い、再びテキストへと向き直る。
しょうがない。真面目に勉強してるところを邪魔するのも可哀想だしな。
オレは手近にあった雑誌を手に取り、ページを開けた。

(そういや、一年の時にも同じようなことあったなぁ)

あれは確か図書室で古典の調べモノをする時間だった。
同じ班になって、向かい合わせの席に座った。託生のことが気になって仕方なかったオレはちらちらと託生を見ていたんだ。
そしたら、ふいに託生が顔を上げてオレを睨んで言った。
『何か用?』
『いや・・・』
『じゃあ、あんまり見ないでくれないかな、気が散るから』
いっそ潔いほど冷たく言い放った託生の言葉に、同じ班の連中が色めきたち、オレはそれを制するので精一杯だった。
あまりいい意味ではなく目立っていた託生は、それこそ見事なほどに他人からの視線なんて無視していた。見られることに慣れていたはずなのに、どうしてオレからの視線にはあんなに敏感に反応したんだろう。

(もしかして・・・)

オレが自分の都合のいい想像でぐるぐるしていると、
「はぁ、やっと終わった。お待たせ、ギイ」
託生がテキストを片付けて、オレの元へとやってきた。
ベッドに乗り上げて、ちょこんとオレの隣に座り、手元の雑誌を覗き込む。
「何読んでたの?」
「あー、託生が好きそうじゃない雑誌」
「政治とか経済とか、ちんぷんかんぷんなヤツ?」
「そういうこと」
オレは起き上がると壁際に背を預けた。こっちこいよと手を引こうとすると、託生がちょっと待ってと逆にベッドから降りた。
「ぼくも読みかけの本があるんだ。ついでだから読んじゃうよ」
「ついで、って何だ?」
意味不明な台詞に首を傾げつつも、託生が本を片手にオレの隣に戻ってくると、それだけで嬉しくて文句も言えなくなる。
肩が触れ合うほどの距離に座り、託生が本を開く。
ごくごく自然な仕草。
オレの隣に何のためらいもなく近づいてくれる。
当たり前のようにオレのそばにいる。

(なぁ、それがどんなに嬉しいことか、お前は分からないんだろうな)

我慢できなくて、少し俯き加減の託生の肩に腕を回して軽くキスをした。
託生はびっくりしたように目を丸くしてオレを凝視した。けれど文句は言わず、しょうがないなというように小さく笑った。なので、調子に乗って頬に口づける。
「なぁ託生」
「なに?」
「一年の頃さ、お前、オレのことどれくらい好きだった?」
「は?」
二年になってお前に告白したら、お前もずっと好きだったって言ってくれたよな。

でも、それってどれくらい?
今と同じくらい?それとももっと?

「ギイ、突然どうしたんだよ」
「教えろよ」
「どれくらいって・・・どういえばいいんだよ。量れるものじゃないし」
そりゃそうだな。じゃあ・・
「オレの視線に気づいてた?」
「・・・・うん」
「ほんとに?」
「気づいてたよ。どうしてぼくのこと見るんだろうって思ってた。嫌がらせとは思わなかったけど、見ないで欲しいなぁって思ってた」
「どうしてだよ」
オレに見るなとは聞き捨てならない。
「だって、下手に期待しちゃいそうで怖いだろ」
「・・・・」
「もしかしたらギイはぼくのこと理解してくれるのかもしれない、なんて下手な期待はしたくなかったんだよ。好きだったしさ。外されて傷つきたくなかった」
託生はそう言って、開けたページへと再び視線を落とした。
オレもそれに習って雑誌を見たが、内容なんてぜんぜん入ってこなかった。

(片思いだと思ってたけど、そうじゃなかったんだよな・・・)

託生に嫌われていると思っていた。
どうにもならない恋だと思っていた。
それなのに、今はこんなに近くにいて、オレのことを好きだと言ってくれる。

(未来のことなんて、本当に誰にも分からない・・・・)

諦めた方がいいかと思ったこともある。
でもやっぱり諦めきれなかった。

この先オレたちがどうなるかなんて分からないけれど、諦めないってことがどれくらい大切か、ということだけはわかっている。
この恋がそれを教えてくれた。

とん、とふいに肩にかかった重みに顔を上げると、託生がくったりとオレの肩にもたれかかって眠り込んでいた。
「何だよ、さっそく昼寝かよ・・・」
ご飯食べて、宿題して、そして昼寝。
小学生の子供みたいなヤツだなと呆れてしまう。
膝の上から滑り落ちそうになる本をそっと取り上げ、しおりを挟んだ。
静かな息遣いにわけもなく嬉しくなる。
託生がこんな風に安心しきって身を預けてくれる日がくるなんて、1年前では考えられなかった。
こんな風に一緒に時を過ごせるなんて。

(ああ、幸せだなぁ、オレ)

この時間が続くなら、他に何もいらないなぁ。
ああ、何て無欲なオレ。

そのまま託生を起こさないように、一緒にベッドに横になる。
その頬にそっとキスすると、託生は小さな子供ようにむずがった。
安らかな寝顔を見ていると、こっちまで眠たくなってくる。
読みかけの雑誌を横へ放り投げ、オレも目を閉じた。

(何もしないで恋人と昼寝だなんて、めちゃくちゃ贅沢だよな)

ゆっくりと眠りに引き込まれていくその間際、そっと託生に指を絡めた。
それだけでいい夢が見れるような気がした。

傍らの愛しい恋人の温もり。

穏やかな休日の昼下がり。






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あとがき

好きな人とのお昼寝サイコー。という話。