格付けチェック



それはみんなで見ていたバラエティ番組がきっかけだった。
格付けチェック。
同じもの二つの内、どちらが高いものかを選ぶという単純明快なコンセプトだが、これがなかなか当たらなくて、見ていて楽しいのだ。
「音感チェックだってさ、葉山なら分かるんじゃないか?」
隣の章三がぼくの肘をつつく。
ストラディバリウスを含む総額30億円の楽器の演奏と、初心者向けの総額30万円の楽器の演奏。
「面白そうじゃん、やってみろよ、託生」
ギイもこういうのは嫌いじゃないらしく、身を乗り出す。
ぼくはやけに楽しそうな皆を見渡した。
まぁいいんだけどね、みんなで騒ぐのは楽しいから。
言われるがままに、ぼくはテレビから聞こえる音に耳をすませた。
両方の演奏を聞き比べ終えると、その場にいた矢倉も章三もうーんと首をひねった。
「分からん」
2人があまりにもあっさりと言うものだから笑ってしまった。
「託生は?分かった?」
「ああ、うん。Bだと思う」
「何で?」
「何でって言われても。えっと、音が違うから」
強いて言うなら高音の響きが違うというか。全体的にやっぱり違うんだよね。楽器ってある程度は値段と正比例するからなぁ。
なんて思っていると、正解はBという結果が発表された。
「すげぇな、葉山。お前、一流高校生だな」
「なぁこれ、僕たちでもやってみないか?」
「お、面白そうだな。何でやる?」
「飲み物とか。売店で売ってて、高いのと安いのを用意できそうなものなら何でも」
「よし、じゃ俺が集めてくるわ」
あれよあれよという間に矢倉と章三の間で話がまとまり、あとでゼロ番に行くからな、とギイに向かって言うとその場を去っていった。
「遊びとなると話が早いねぇ、あの2人」
「まったくだな。じゃ一足先に部屋に戻ってるとするか、どうせあいつらあれこれ持ってくるに違いないぞ」
ギイに促されてぼくたちは3階のゼロ番へと向かった。
しばらくすると、矢倉と章三がやってきた。
「じゃーん、やっぱりあれだな、五感を試すっていうのが一番いいと思うんだな」
ほら、と紙袋の中から出てきたのは飲み物やら食べ物やら、ノート???
「じゃまずこれからな」
ギイと章三とぼくは、矢倉に目隠しをされてしまった。
「最初のチェックは触感な。売店で売ってる1冊200円のノートと90円のノート。
紙質を触ってどっちがどっちか当ててみろよ」
「はぁ?そんなの分かるわけないだろ」
章三がブーイングを出す。
ぼくもそれは絶対に無理だろうと思った。矢倉から紙切れを渡されて、指先で手触りを確かめる。
うーん、これは・・・だめだ、さっぱり分からない。何が違うんだろう?つるつる度合い?
でも考えてみると値段の違いっていったい何なんだろうって思うよなぁ。
「・・・右が200円で、左が90円」
ギイがきっぱりと言う。え、そうかなぁ、そう言われればそんな気もするけど。
「じゃあ僕はその逆で。葉山は?」
「え。分からない・・けど、じゃあぼくも赤池くんと同じで」
目隠しを解いて結果を見ると、ギイが正解していた。右が200円のノート。
「ギイ、何で分かるんだよ」
「だから手触りだろ?」
「お前、何か怖いな」
じゃ次の問題な、と矢倉が再びぼくと章三の目隠しをする。
「ギイは?」
「いや、こいつには最後に一番難しい問題をさせるから。少しくらいの問題はすぐに分かってしまいそうで面白くない」
「何だよ、それ」
ギイはつまらなさそうにソファにもたれる。
次の問題はコーヒーだった。自動販売機の100円と80円のコーヒー。これは分かるだろうと思って口にしてみたが、案外とこれも難しい。
結局この問題は章三が正解して、ぼくはまた外れた。
「託生、違いが分からないなら、次から80円のコーヒーでいいんじゃないか?」
「うるさいなぁ、気分の問題なんだよ。高いコーヒーって」
ニヤニヤと笑うギイの足を軽く蹴飛ばす。
「そこ、こっそり痴話演喧嘩するんじゃない。そんじゃあ次はギイへの問題な」
矢倉はギイに目隠しすると、チョコレートの箱を取り出した。
「高級チョコレートと売店のチョコレートな」
「ギイならすぐに見抜きそうだけど」
ぼくが言うと、矢倉はそっとぼくと章三に箱の中身を見せてくれた。チョコレートは形は違うけれど、どちらも売店で売っているチョコで、つまりどちらも高級チョコではない。
ということは、矢倉はギイを最初から騙すつもりなのだ。
ひどいことするなぁ、と思ったものの、ギイが騙されるのもちょっと見てみたい。
ぼくと章三は顔を見合わせて小さく笑った。
「さ、ギイ、口開けろ」
「矢倉に食わせてもらうより、託生の方がいい」
「お前〜、すっかり友達設定忘れてるだろっ」
ギイのご指名だから、と言って、矢倉は呆れた顔をしてぼくにチョコの箱を渡した。
しょうがないので、ぼくはチョコを摘んで、ギイの口へと運んだ。
ぱくっと食べる瞬間、ギイはぼくの指まで食べた。
「ちょっとギイ!」
「あー美味い」
「お前ら、僕の前でいちゃつくな!」
章三の文句にも頓着せず、もぐもぐと咀嚼したギイが、うーんと考える素振りを見せる。
「はい、ギイ、もう一つ。口開けて」
「あーん」
「あーんとか言うな!馬鹿者」
章三が容赦なくギイの後頭部を叩く。
「いてっ、章三、お前な〜」
「いいからギイ、どうだ?違い分かるか?」
矢倉が楽しそうにギイの目隠しを解く。
ギイは二個目のチョコをもぐもぐと美味しそうに食べると、再びうーんと考えた。
「さ、どっちが高いチョコだ?」
「あー、これ、どっちも売店のチョコだろ?」
「えっ」
「けど、あえてどっちが高いかって言うなら、二個目の方が単価的にはちょっと高いヤツだな。オレこのチョコだとイチゴ味が好きなんだけどなぁ」
「誰がお前の好みを聞いてんだよっ。ていうか、何でそこまで分かるんだ、お前!」
矢倉が気持ち悪そうにギイを見る。
「一度食べた味って覚えてるからさ。オレ、売店のチョコ全部食べたし」
「え、けっこう種類あるのに?」
ぼくが言うと、ギイは食べたよとあっさりとうなづく。
「お前どれだけ食い意地張ってんだ、いや、それよりも、一度食ったもんの味を全部覚えてるっていうのも相当引くわ!」
矢倉の言い草にギイがむっと唇を尖らせる。
「別に意識してるわけじゃないぞ」
「あー、やっぱりギイ相手にこういう遊びは楽しくないんだよなー、可愛くない」
「何だよ、人のこと騙そうとしたくせに」
結局このゲームにより、ギイが一流高校生という結果にはなったものの、それは決してセレブだからという理由ではなく、単に「記憶力がいい」という理由だけだということが判明した。
「ぼくにしてみれば、それだけでもすごいなぁって思うんだけどな」
素直な感想を口にすると、矢倉と章三は何故か妙に生暖かい眼差しをぼくへと送り、ギイはやけに嬉しそうに笑った。


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あとがき

ギイはしばらく祠堂のGACKTと呼ばれるに違いない。