あなたを幸せにする言葉


祠堂の学食は昼になると、めちゃくちゃ混みあって大変である。
全校生徒が一時に集まるのだからそれも当然で、そういう混雑が嫌な生徒は、売店でお弁当やパンを買って教室で食べたり、天気がよければ中庭で食べることもある。
ぼくは基本的には学食で食べているのだけれど、二年になり、ギイと行動を共にするようになってからは、いろんなところで食べるようになった。
何しろギイは思いもしないようなところへぼくを誘うのだ。
初めの頃はこんなところで食べてていいのかなぁなんて不安になったりしたけど、まぁそれが穴場だったりして、今ではっこう楽しみにしていたりするのだから、慣れというのは怖いものだ。
その日、ギイは売店でお弁当を買うと、ぼくを誘って外へと出た。
「今日はどこ行くの?」
「いい天気だし、外で食べようぜ」
「いいけど」
ギイはどんどん校舎を離れ、林の方へ向かっていく。
「ギイ、まさか林の中でご飯食べるの?」
「当たり。いい場所があるんだ。託生も気に入ると思うぜ」
まさかそんなところへ行くなんて。昼休みの間に戻ってこれるのかなぁ。
心配するぼくを連れて、ギイは慣れた様子で雑木林の中へと入っていく。緑の中へと入ったとたん、まるで別世界へ来たかのような静けさが訪れた。
鬱蒼とした林の中、ぽっかりと空いた空間にギイが腰を下ろした。
ぼくはぐるりと辺りを見渡す。

(こんなところあったんだ)

ぜんぜん知らなかった。外から見てるだけじゃこんな空間があるなんて分からない。
中に入ってしまうと緑のカーテンのおかげで誰にも邪魔されずに2人きりになれる。
ギイってば、ほんと何でも知ってるんだなぁ、などとおかしな感心をしてしまう。
「ほら、託生、座れよ」
「うん」
腹減ったーとギイは早速手にしていたお弁当のフタを開けた。
ぼくもギイの隣に座って、お弁当のフタを開ける。
「こんないい場所があるなんて知らなかったよ」
「だろ?穴場なんだ。ここで昼寝するのがまたキモチいいんだよなぁ」
「また寝過ごしても知らないよ」
ぼくたちは他愛ない話をしながら、互いのおかずを交換しつつ、空腹を満たした。
ギイはお弁当の他にもパンを二つ買ってきていて、それも綺麗にたいらげた。
「ギイって、よく食べるよね。そのくせ太らないし」
「食べた分、ちゃんとカロリー消費してるんだよ」
「神出鬼没だもんね」
「託生はもうちょっと食った方がいいぞ。小食だよな、お前」
「ぼくは人並みだよ。ギイが普通じゃないんだ」
「悪かったな、普通じゃなくて」
ギイはぼくの手から缶コーヒーを取り上げると、ぐびぐびと飲んでしまう。
「ギイ!」
「ご馳走さん」
もう、油断もすきもあったもんじゃないよ。
ああ、だけど何て気持ちいいんだろう。
ギイの言葉じゃないけれど、ほんとにここで昼寝ができたら最高だろうなぁ。
ほんのりと暖かくて、お腹はいっぱいで、ギイが隣にいて。
だめだ、眠くなってくる。
「あー気持ちいいなぁ。天気もいいし、弁当は美味かったし、託生と二人きりだし」
ギイはうーんと大きく伸びをして、しみじみと言った。

「幸せだなぁ」

それがすごく実感のこもった一言だったので、ぼくはまじまじとギイを見てしまった。
だって、普段の生活の中で、「幸せ」だなんて言葉、そうそう使うことはない。
もちろんそう思うことはたくさんある。
今だって、こうしてギイと2人で一緒にいることはすごく楽しいし、幸せだなぁて感じるけれど、それを面と向かって口にするってことはあまりない。
ギイはいつでも自分の気持ちに正直で、ためらうことなくそれを言葉にできる人だ。
そういうところがすごくいいなぁって思うのだけれど・・・
「お手軽だね、ギイ」
ぼくはそれを素直に口にはできず、わざと呆れた口調で言ってしまう。
でもギイはそんなことを全然気にする風もなく、まるで全部わかっているとでも言いたげにぼくを見て、小さく笑った。
そして、ギイは長い足を伸ばすと、ぽんぽんと膝を叩いた。
「なに?」
「膝枕してやるよ」
「ええっ」
今までギイにねだられて何度か膝枕をしてあげたことはあっても、してもらったことなど一度もない。
というか、別にしてもらいたいと思ったこともないし!
今までの眠気が一気に吹き飛んでしまうギイの一言だったが、ギイはぼくが驚いたことに驚いたみたいだった。
「なにそんなに驚いてんだよ」
「だって・・・」
ギイに膝枕してもらうなんて、恐れ多いというか何というか。
「遠慮するなよ、オレと託生の仲で」
「い、いいよ」
「何で?」
「だって、恥ずかしいし」
「誰も見てないだろ?ここにいるの、オレとお前の二人だけなんだし」
それはそうだけど。でもギイに膝枕してもらうのはどう考えても恥ずかしい。それならぼくがしてあげる方がまだましだ。
「オレがしたいんだよ、ほら」
ギイは逃げ腰のぼくの腕を強引に引いた。
「うわっ・・・!」
バランスを崩してぼくはあっさりと横倒しにされた。
一瞬のうちに視界が回転して目の前にギイの顔。
「ギイっ!」
「はいはい、暴れるなよ」
起き上がろうとするぼくの肩を押さえ、ギイは楽しそうに笑う。
しばらく往生際悪く文句を言っていたけれど、どうしたってギイに勝てるはずはない。
ぼくは諦めて大人しく肩の力を抜いた。
地面に寝転がって、空を見上げるのって初めてだ。

(空が高いなぁ・・・)

ぼんやりとそんなことを考えていると、ふいにギイの指先がぼくの前髪に触れた。
視線を移すと、ぼくのことを見ているギイがいた。
下からギイのことを見上げるなんてことも初めてだ。
何だろ、すごく不思議な感じだ。
ぼくを見つめるギイの眼差しが優しすぎて、すごく・・・ドキドキする。
「なぁ託生」
「なに?」
「今、幸せ?」
「え?」
思わず瞬きしてしまったぼくに、ギイはくすりと笑う。
「オレといて幸せだなぁって思う時はさ、ちゃんと言葉にして言ってくれよな。そしたらオレも幸せになれるから。オレも託生といて幸せなときはちゃんとそう言う。それで託生が幸せだなぁって思ってくれたら、二人一緒に幸せになれるだろ?」
「ギイ・・・」
そんなこと考えたこともなかった。
自分が感じた幸せで、誰かをまた幸せにすることができるなんて。
でも、もし本当にそうならどんなに素敵なことだろう。
だからぼくはほんの少し勇気を出して言ってみる。

「幸せだよ、ギイ」

ねぇギイ、これで少しは幸せになれた?
ぼくの言葉に、ギイはこれ以上ないくらい綺麗に微笑んだ。
その微笑みに、またぼくも幸せになる。
そうか、幸せってこうやって増えていくんだ。
「託生、眠ってもいいぞ。起こしてやるから」
「・・・うん」
オヤスミ、とギイの唇が動いて、そのまま近づいてくる。
柔らかな口づけに目を閉じる。
初めての膝枕は、思っていたよりもずっと心地よいものだった。






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あとがき

膝枕ってするのとされるのどっちが恥ずかしいんだろう?