風邪の巧名




「馬鹿は風邪引かないはずなのにな」
おかしいな、とアラタさんが首を傾げる。それもけっこう真剣に。
そりゃまぁ世間一般ではそう言われてますけども、そんな真面目な顔で言われたら、それなりにへこむんですが。
「まぁこれだけ風邪が流行ってれば仕方ないか」
そう言って、アラタさんは軽く肩をすくめて椅子に座った。
今日は久々にデート・・・いやアラタさんに言わせればデートではなく、ただ単に夜の空き時間に会う・・・はずだったのに、不本意ながら風邪でダウンしてしまった。
2週間ぶりの逢瀬だったというのに!!!
いつもなら「じゃあ約束はキャンセルだな」と素っ気無いはずのアラタさんが、どういう心境の変化か、こうして部屋に会いにきてくれたのだ。
「・・・熱は?」
「あー、ちょっとだけ」
目を閉じてふーっと息を吐く。
情けないことに小さい頃から熱には弱くて、ほんのちょっとの熱でもふわふわと意識が飛んでしまうのだ。
だからこうしてアラタさんがいることさえ、もしかしたら夢なのかも、なんて思ってしまう。
ふいにひんやりとした手のひらが額に当てられ、俺はびっくりして目を開けた。
「水分とって、ぐっすり眠ればすぐ治る」
「はい」
「寝ろ、寝るまでいてやるから」
「はい・・・」
優しい声に目を閉じる。
こういうの何て言うんだっけ。怪我の功名?
アラタさん、病人には優しいんだなぁ。
何か、風邪引いて良かったかな・・なんて、だめだ、ろくなこと思いつかない。
「真行寺」
「・・・・」
「・・・ゆっくり休め」
離れていく手のひら。
永遠に離れていくわけでもないのに、すごく寂しく思えてしまって、思わず行かないでください、と夢の中で叫んでしまった。


「あれ?」
一時間ほど眠って目が覚めると、ベッド脇でアラタさんが椅子に座ったまま本を読んでいた。
「起きたか?」
「・・・夢?」
とっくの昔に帰ったと思ったのに、どうしているんだろう。
「寝ぼけてるのか?」
くすっと笑ってアラタさんが俺の顔を覗きこむ。
「もうそろそろ解放してもらおうか」
「へ?」
言われてアラタさんの視線の先を見ると、何といつの間にか俺はしっかりとアラタさんの上着の裾を握り締めていた。
「わわわ、すんませんっ・・・」
ぎゅっと握っていたので、皺になってしまった上着に思い切り慌てる。
「いいよ。行かないでくれ、って泣かれて見捨てられなかっただけだから」
「ええっ、な、泣いてなんか・・・」
だけど確かに気持ちの上では泣いてた、かもしれない。
アラタさんは泣いてる俺にはいつも優しい。
初めて会ったときもそうだった。
その優しさに俺はいつでも甘えてしまっている。
「いつまでも泣き虫だな、お前は」
そう言って笑うアラタさんに、またしばらくはからかわれるんだろうな。
今度こそ本当に部屋を出て行くアラタさんに「ありがとう」と声をかけるとアラタさんはほんの少し笑った。
滅多に見ることのない笑顔に、何だかまた熱が上がったような気がした。



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あとがき

すでにお母さん化してるよ。