<カウントダウンスタート> 「ホワイトデーってアメリカにはないのにねぇ」 絵利子ちゃんがしみじみとつぶやく。 あと1週間ほどでホワイトデーである。 当然のごとく、ギイはしばらく前から毎日のように期待に満ちた表情をしてぼくを見ている。 何を言うわけでもないけれど、ギイが何を言いたいかくらい長いつきあいなのでぼくにも分かる。 何をあげればいいか悩んでいるぼくをみかねて、絵利子ちゃんが買い物に付き合うと言ってくれて、こうして休日を一緒に過ごしていた。 「ほんとギイっていい歳して子供みたいよねぇ」 これはどう?と絵利子ちゃんが綺麗な色のシャツを広げてみせる。 「ギイって、昔からイベント好きだから」 「託生さんも大変よねぇ、だってもう付き合って何年になる?それなのに、まだホワイトデーにこだわるなんて、我侭にもほどがあるわよ」 「うーん、でも何もしないと拗ねるしなぁ」 絵利子ちゃんがこれはどう?とネクタイを掲げる。 さすがギイの妹だけあって、絵利子ちゃんがセレクトしてくれるものは、どれも趣味がいい。 たぶんギイは何をあげても喜んでくれるんだろうけど・・・ 問題は鋭いギイは、それが絵利子ちゃんのアドバイスを受けたものだとすぐ分かることで・・・。 「ありがとう、絵利子ちゃん」 「うん?」 「プレゼント、もうちょっと何がいいか考えてみるよ。たまにはあっと驚くものをプレゼントしてみたいし」 「そう?」 にっこりと笑って絵利子ちゃんがするりとぼくの腕に手を回す。 「何のお役にも立てませんでしたけど、お礼にお茶をご馳走してくれる?」 「もちろん。ごめんね、せっかくのお休みの日だったのに」 「託生さんとデートした、ってあとでギイに自慢しちゃうんだー」 いや、それはやめておいた方がいいような気がする。 昔っから馬鹿みたいにヤキモチ焼きで、すっかり大人になった今でもそれは変わらない。 (ホワイトデーかぁ・・・アメリカに住んでるからそれはなし!てわけにはいかないんだろうなぁ) さて、ギイがあっと驚くプレゼントを、ぼくはこれから1週間の間に考えなくてはいけない。 毎年毎年、この時期はぼくにとって、なかなかに試練の時なのである。 <7日前> 「絵利子とデートしたって?」 帰ってくるなりギイが言った。 うわー。情報早いなー、っていうか、どうして知ってるんだろう? 先日、ホワイトデーのプレゼント選びに、絵利子ちゃんが付き合ってくれたのだ。 デートなんていいものじゃない。 それにしても、絵利子ちゃんには口止めしたのに、いったいどこからバレたんだろう、などと考えていると、ギイがぺちんとぼくの額を叩いた。 「痛いよ、ギイ」 「浮気するからだ」 「浮気だなんて大げさな。ギイの妹だろ?」 思わず吹き出すと、ギイははーっと大げさにため息をついた。 「絵利子だから、だろ。普通の女の子なら、託生は必要以上にくっついたりすることはないだろうけど、絵利子だと断れないだろうし、まったく無防備だからな。どうせ、腕組んだりしていちゃいちゃしてたんだろ」 「いちゃいちゃなんてしてないよ。普通にエスコートしただけだよ。絵利子ちゃんって本当に素敵な子だよね。一緒にいてすごく楽しい」 「・・・」 ギイは何とも複雑そうな顔をして、ぼくの身体に両腕を回して引き寄せた。 頬にキス、そのまま唇にも。 「何だよ、ギイ」 「んー。託生はオレのものだって確認」 「はいはい。ぼくはギイのものですよ。それ、たぶん1万回くらい言ってるよ?」 「いや、さすがに1万回は言ってない」 ようやく機嫌を直したらしいギイが笑ってぼくの肩を抱き寄せる。 「どうして急に絵利子とデートだったんだ?」 「それは内緒」 悪戯っぽく笑うと、ギイはちぇっと唇を尖らせる。 子供みたいなギイがやっぱり好きだなぁと、ぼくは今さらながらに思い知らされる。 さてホワイトデー。 この気持ちをどうやって伝えようか。 <6日前> 「ホワイトデー?」 それ何なの?というように目の前の女性が首を傾げる。 商談ついでのランチが終わり、少しばかり空いた時間はプライベートとして過ごすことになった。 一緒にいるのは昔からよく知っている相手だったから、オレも気負うことなく世間話に付き合うことができた。 「日本ではバレンタインは女性が男性に愛を贈って、ホワイトデーには男性が女性に愛を贈るんだよ。それが3月14日」 「へぇ。で、ギイは今そのプレゼント探しに忙しいってわけ?」 日本の風習からいくと、ギイはバレンタインには山ほど愛をもらったことだろう。 何しろ男女問わず、モテまくりのギイなのだから。 彼女の言葉に、オレは軽く肩をすくめた。 「いや、オレはプレゼントを首を長くして待ってるんだよ」 「あら、可愛いことを。貴方ってプレゼントを欲しがるような人だったかしら?」 「プレゼント云々よりも、オレのためにあいつがいろいろと考えてくれるっていうことが嬉しいんだよ。その時間はオレのことだけを考えてくれているってことだろう?そりゃ嬉しいさ」 「相変わらずねぇ、ねぇ、そろそろその最愛の人っていうのをお披露目してくれてもいいんじゃないの?いつまでも独り占めしてないで」 「オレは大切なものは仕舞っておきたいんだよ」 できれば誰の目にも触れないように。 大切に大切に箱の中に閉じ込めておきたいと、時々そんな馬鹿げたことを考えてしまう。 「あのギイがねぇ、そういうこと言うなんて」 「幻滅した?」 「いいえ、今の方がずっと素敵。やっぱり会ってみたいわねぇ、ギイをこんなに素敵にした人」 「そのうち機会があれば」 「心にもないことを」 呆れたように彼女が見開き、お互いに顔を見合わせて笑った。 さてホワイトデー。 託生はいったいどんなサプライズをくれるのだろうか。 <5日前> パタンとパソコンを閉じた章三くんの顔は何とも言えないものだった。 その表情を見て思わず笑ってしまった。 「何?」 「だって、章三くんって分かりやすいんだもん。メール、崎さんからでしょ?」 はいどうぞ、と淹れたばかりのお茶をテーブルに置く。 「たぶん、ホワイトデーのお返しを何にしたらいい?なんて相談がきてるんでしょ?で、章三くんは『そんなことを僕にわざわざメールしてくるな』って怒ってるの。違う?」 「残念でした、メールは葉山からだよ」 「葉山さん?」 「ギイがやけに期待した目をしてるから困ってるってさ。相変わらず何やってんだって感じだよな」 ということはバレンタインには崎さんが葉山さんにチョコをあげたということ? 「あいつら、バレンタインとホワイトデーを一年交代でプレゼントしあってるんだとさ」 「そうなの?ふふ、何だか可愛いわね」 「可愛い?」 またしても章三くんが渋い顔をして肩をすくめる。 「今年は葉山がバレンタインにチョコをもらったから、ホワイトデーにギイにお返しをする番らしい。プレゼントったって、ギイは何でも持ってるから、葉山も大変だよな」 「うーん、でも崎さんが欲しいのは物じゃないと思うけど」 言うと、章三くんはそうかもな、と笑った。 誰かにプレゼントをするというのは、その人のことを思って贈る気持ちの表れだから。 だから本当は物は何だっていいんだと思う。 「で、奈美は何か欲しいものあるのか?」 「私?そうねぇ・・・」 章三くんの隣に座って、その肩にもたれてみる。 「私も物じゃないもの強請ってみようかな」 「・・・いや、普通に物にしてくれた方がいい」 憮然とつぶやく章三くんもやっぱり可愛いと思ってしまう。 結局3人とも似たもの同士で、だけどたぶん、章三くんは気づいていない。 「なに笑ってんだよ、奈美」 「何でもありません」 さて、ホワイトデー。 章三くんは何をプレゼントしてくれるのかしら。 <4日前> ギイへのプレゼントをあれこれ考えていると、そういえば昔ミンティアを大量にあげたことあったなぁと思い出た。あれは2年最後の春休みで、ギイと一緒にNYへ旅行へ行く約束していた。 テスト前で、プレゼントを買いに行くような時間がなかった苦肉の策だったんだけど、ギイの反応は微妙だった。 一応その時のギイのブームだというものをあげたんだけど、ああいうその場しのぎじゃだめなんだよなぁ。 うーん、ホワイトデーもあと少し、どうしようかなぁ。 ぼくが腕を組んで思案していると、寝室から出てきたギイが、どさりとぼくの隣に座って言った。 「託生、オレ、明日から出張な」 「どこ行くの?」 「日本」 「えー、ずるいー、ぼくも行きたいなぁ」 「ずるいってな、お前。オレ別に遊びに行くんじゃないんだぞ?」 苦笑して、ギイがぼくの頬をむぎゅっと摘む。 「そうだけど・・・。いつ帰ってくるの?」 「んーと、14日かな」 「え、ホワイトデーの日?」 「そうだな、たぶん深夜になると思うけど」 「そっか」 「・・・・」 「・・・・」 「・・・・」 あらぬ方向を見ているギイに、ぼくは吹き出した。 「もうギイ、大丈夫だよ、ちゃんとプレゼント用意して待ってるから」 14日は過ぎちゃったからプレゼントはいいよね、なんて言うつもりはない。 だから無言のプレッシャーはやめてよね、と言うと、ギイは楽しそうに笑った。 <3日前> 久しぶりに日本に行くのだから、と章三に連絡をした。 夜遅くにはなるけれど、都合が合えば飯でも食わないかとメールすると、すぐに了解と返事が返って来た。 「葉山は元気にしてるのか?」 小さな個室は膝を交えて話ができる。 そして章三が選んだこのちょっと高級な居酒屋は、何を注文しても美味い。 「元気元気。最近演奏を頼まれることが多くなったから、あちこち出かけてるよ」 「あの葉山がねぇ、まさかNYで暮らすことになろうとは」 祠堂にいた時の葉山の英語の成績を思い出すとなぁ、と章三が笑う。 確かにあの頃は託生も海外で暮らすことになるなんて夢にも思わなかっただろう。 けれどオレは、そうなればいいなと勝手に思っていた。 住む場所なんてどこでもいい。日本でもNYでも、どんな場所であっても、託生と一緒に暮らしたいと、祠堂にいたあの頃から思っていた。 「そういや、この前の葉山のメールで、ギイがプレゼントを期待してるから、どうしたものかって言ってたぜ」 「へぇ」 「プレゼントなんていらないって言ってやれよ。どうせ、ギイが欲しいのは物じゃないんだろ?」 「さすが章三、よく分かってるなぁ」」 オレは辛口の日本酒を口にして、海の向こうにいる最愛の人を思い浮かべる。 「いいんだよ、何だって。別にプレゼントなんてなくたっていいんだ、本当は」 「だろうな」 「けど、毎日一緒にいると、だんだんそれが当たり前になって、うん、まぁそれはそれで幸せなことだけど、日々の生活に追われてると、相手を思う時間がなくなってくるだろ?いつもそこにいるんだから、って。だから、たまにこういうイベントがある時くらいは便乗して楽しんで、思う存分相手のこと考えたいだろ?刺激って案外大切なんだぜ、章三」 「刺激ねぇ」 「章三もちゃんと奈美子ちゃんに愛を伝えた方がいいぜ」 ぱちんとウィンクして言うと、章三が口にしていたものを吹き出した。 「・・・お前、そういう腐った台詞を平気な顔して口にするなっ」 「今さら何言ってんだ」 長い付き合いだろ、と章三のお猪口にも酒を注ぐ。 憮然としていた章三だが、頭の中で奈美子ちゃんへのプレゼントを考えていることは、長い付き合いなので手に取るように分かった。 <2日前> 大学時代の友達たちから久しぶりに集まるからと誘われて、カジュアルレストランで楽しい時間を過ごした。集まったのは10人ほどで、音楽の話はもちろん、最近流行のファッションや、映画の話題、スキャンダラスな噂話。ぼくはもっぱら聞く一方だけど、聞いているだけでも十分楽しめた。 一次会が終わった形になり、家へ帰る人もいたけれど、何となく浮かれた雰囲気をもうちょっと味わっていたくて、ぼくはカウンターで新しいビールを受け取った。 「今日は早く帰らなくていいのかい。託生」 振り向くと、同じバイオリン科だったロバートが立っていた。 「託生がこんな時間まで付き合うなんて、珍しい。ギイが心配してるんじゃないのかい?」 「ギイは今日本だよ」 ロバートはぼくとギイのことを知っている数少ない友人の一人だ。 別にギイのことを隠しているわけじゃないけれど、かと言って吹聴して回ることでもない。 ギイの立場を考えると、まぁ気をつけた方がいいのかなと思ったりはするんだけど。 「ギイのいない間に夜遊びなんて、知られたら怒られるぞ」 「うーん、そうかもね」 2人でカウンターのスツールに腰掛けて、グラスを合わせた。 「だけど、ペントハウスに一人でいるとやけに静かでさ、ギイがいないんだなーってすごく実感させられちゃうんだよ」 「何だそりゃ。惚気か?」 呆れたようなロバートの声色に、ぼくはそんなんじゃないよ、と笑う。 そして海の向こうにいるギイのことを思い浮かべた。 「一人でいると寂しいなぁって思っただけだよ。ギイがいるだけで、別にうるさく騒いでるわけでもないのに、すごく楽しく感じるんだ。そばにいるだけでドキドキして、もう何年も一緒にいるのに馬鹿だなぁって思うんだけどさ。皆と一緒にいる時の楽しい感じがギイと一緒にいる時の感じと似てるなぁって思って、何となくもうちょっとここにいたいなって思ったんだよ」 「やっぱり惚気じゃないか」 そうなのかな。 ギイが出張で留守にすることなんてしょっちゅうあるのに、こんな風に寂しく感じてしまうのはきっとホワイトデーのことがあって、ずっとギイのことを考えていたせいだ。 「まぁいつまでも仲がいいのはいいことだ」 「ありがとう」 「託生、半分嫌味だって気づいてるか?」 「そうなの?でも仲がいいのはいいことだよね?」 「・・・・はいはい、そうだな」 何故だかロバートがはーっとため息をついた。 ギイがいない夜なんて、もう何度も過ごしてきたというのに、何だかやけに会いたくて仕方なかった。 <前日> 『珍しいな、託生から電話してくるなんて』 「ちょっと声が聞きたくなったんだよ」 『どうした、何かあったか?』 「何もないよ。あ、ロバートたちと食事した。ギイに会いたいって言ってたよ」 『ふうん、ずいぶん会ってないもんな、また時間作るよ』 「仕事は順調?」 『ああ、予定通り終わりそうだよ』 「・・・ギイ」 『うん?』 「会いたいな」 『・・・お前なぁ、オレがすぐに会いに行けないって分かってて言ってるだろ?』 「はは、もうすぐ帰ってくるのにおかしなこと言っちゃったな、忘れていいよ」 『何だよ、急に寂しくなったのか?』 「寂しいよ。ギイがいないと寂しい」 『・・・・』 「いつもそれを知らないふりしてるだけだよ。ギイがそばにいないと寂しい」 『・・・お前、ほんとオレのことダメにする言葉を平気で言うんだよな』 「ダメって?」 『仕事放って帰っちまおうかなぁとか、このまま電話でやらしいことしたいなぁとか、 いろいろ』 「・・・・・」 『託生?』 「・・・やらしいこと、ってどういうこと?」 『・・・・』 「・・・・」 『・・・それ、誘ってるのか?託生』 「・・・そうだよ、って言ったらどうするの?ギイ・・」 遠く離れた場所にいる恋人に繋がるライン。 耳元で聞こえる甘い声に目を閉じて、彼の指の動きを思い出す。 <ホワイトデー当日> さて、とうとうやってきたホワイトデーである。 ギイは深夜にしか戻らないと言っていたので、ぼくはバイオリンの練習で一日の大半を過ごし、夜になると一人で夕食をすませて、ギイが帰ってくるのを待った。 そういえば日本にいる章三は奈美子ちゃんにどんなプレゼントをしたんだろう、とちょっと興味が湧いた。 電話してみようかなぁなんて思ったけれど、時差を計算すると電話するにはちょっと失礼な時間だなと思い直して、あとでメールでもしようと決めた。 ぼくは用意したプレゼントの包みに視線を向けた。 あれやこれやと悩みに悩みまくって、ようやく決めたギイへのプレゼント。 今のぼくができる精一杯のギイへの思いなんだけど、伝わるだろうか。 でも、このプレゼントを渡すにはちょっとばかり勇気が必要だなぁと思い、ぼくは冷蔵庫の中から冷えたワインを取ってきてグラスに注いだ。 少しくらいアルコールが入っていた方が度胸がつくかもしれない。 「ギイ、いったい何時に帰ってくるんだろう」 待ってる時間は長く感じる。 ぼくはちびちびとワインを舐めながら、新しく取り組む曲の譜面を眺めた。 どれくらいそうして譜読みをしていただろうか。 ふと気づくとそろそろ23時になろうかという時間になっていた。 「ほんとにホワイトデー終わっちゃうじゃないか」 プレゼント用意しておくなんて言ったけど、日付が変わる前に帰ってこないと2年先までお預けだぞ、と思い始めた頃、ようやくギイが帰ってきた。 「ただいま」 「おかえり、お疲れさま」 ギイはよろよろと芝居がかった足取りでソファまで辿りつくと、そのままどさりと倒れこんだ。 「疲れた・・・」 「大丈夫?よっぽどハードスケジュールだったんだね」 「その代わり、明日から二日は休みだ」 「そうなんだ。じゃあ、ゆっくりするといいよ」 ぼくがくしゃりとギイの髪を撫でると、ギイは身を捩ってぼくの手を取った。 「おかえりのキスして、託生」 「なに甘えてんだよっ、ほら、さっさとスーツ脱がないと皺になるぜ」 「まずはちゅー」 「・・・・」 何を甘えたこと言ってんだ、と思ったけれど、言い出したから聞かないということは、もう嫌というほど知っているので、ぼくは諦めてギイの唇にキスをした。 「おかえり、ギイ」 嬉しそうに目を細めて、ギイはもう一度ぼくにキスをした。そしてまるで充電ができたとばかりに身体を起こすと、テーブルの上に置いてあったプレゼントに目を輝かせた。 「まだ14日だよな」 「ぎりぎりセーフだね。あのさ、ギイ」 「うん?」 「プレゼントなんだけど、いろいろ考えすぎて、結局何がいいか分からなくなっちゃってさ」 「託生がくれるものなら何でも嬉しいけど?」 うん、まぁギイはいつもそう言ってくれるんだけど、今回はどうなんだろ。 ぼくはプレゼントを引き寄せると、ちょっと間を置いて、思い切って差し出した。 「たいしたものじゃないんだけど」 「開けていい?」 うん、とうなづくと、ギイはまるで子供がプレゼントを開ける時のような期待に満ちた目をして包みを解いた。中から取り出した一つ目のプレゼントにギイは微笑む。 「お、キャンディ?」 「ホワイトデーのお返しには意味があるっていうの聞いたから。えーっと、初心に戻って」 キャンディには「あなたのことが大好きです」という意味があるらしいから、まぁこれはとりあえず押さえておこうと思ったのだ。 「この店、大人気だよな」 キャンディの袋にプリントされた店名を見てギイが言う。 あ、やっぱりギイは知ってたんだ。 たかがキャンディとはあなどれないほどいいお値段のする店だったけれど、ギイが気に入ってくれたなら良かった。 「次は・・メッセージカード?」 包みの中から取り出した二つ目のプレゼントに、ギイが手をかける。 「ま、待って、ギイ」 「何だよ」 「あの、えっと・・・それ、メッセージカードっていうか・・その・・・」 「うん?」 ああ、今すぐこの場から逃げ出したい。 恥ずかしくて、ぼくはしどろもどろと言い募った。 「前にギイが言ってただろ、ぼくからラブレターもらったことないって。ぼくは、ギイから貰ったことあるけど、だから、ギイが欲しいって言ってたから・・・」 「ラブレター書いてくれたのか?」 「う・・ん・・ギイがくれたみたいな情熱的なヤツじゃないから、そんなに期待しないでよ?」 「すげぇ、読んでいい?」 「だめだめだめだめ!!それは一人きりの時に読んで、で、ぼくに読んだことは知られないようにしてくれよ!」 「何だ、そりゃ」 だって、それほど情熱的じゃないとは言うものの、ギイへの思いを書いてあるわけだから、目の前で読まれるのはあまりにもいたたまれない。罰ゲームじゃないんだからやめてほしい。 「じゃあ、あとでゆっくり読むことにする」 「うん、そうして」 ギイはちょっと不満そうだったけれど、それ以上は何も言わず、3つ目のプレゼントを取り出した。 「ん?これは?」 小さな封筒に入れたいくつものカード。 ギイは封筒からカードを取り出すと、一枚一枚めくっていった。 訝しげだった表情は、やがて柔らかくなり、そして満面の笑みへと変わっていく。 その様子を間近で見ていたぼくは、どうやらギイがそれを気に入ってくれたのだと知りほっとした。 「膝枕でお昼寝、ベッドでランチ、手を繋いで・・・」 「ちょっと、読み上げなくていいから!」 カードに書いたのは、ギイがやりたいと言ってぼくが嫌だと断った数々のこと。 嫌だって言ったのは、心底嫌だというよりは、恥ずかしかったり時間がなかったりが理由なんだけど。 「これ、全部プレゼントしてくれるんだ?」 「カードと引き換えにね」 「何だっけ、肩たたき券みたいなもんか?」 「肩たたき券!ギイっておかしなこと知ってるなぁ、でもまぁそんな感じ」 ギイに何をあげようかなぁってずっと考えてた。 ギイが欲しいと思っているものって何なんだろうって考えていたら、考えなくても毎日の日常の中で、ギイがぼくに求めていることなんてたくさんあることに気づいた。 それは本当にちょっとしたリクエストレベルだけれど、それでもギイがそうしたいと思っていることには違いない。 小さなことでも書き出したらけっこうあって、中には「これはちょっと」と思うこともあったけれど、ホワイトデーのお返しだから大盤振る舞い、ということで恥ずかしいことも書いてみた。 「あ、これはすごい。お風呂の中で・・・」 「だからっ!読まなくていいから!!」 ギイがにやにやとぼくを見る。そういう意地悪するならそのカードは返却してもらう、というと、ごめんごめんと笑った。 「ありがとう、託生」 「お金のかかってないプレゼントでごめんね。だけど、ぼくなりにいろいろ考えたんだ」 「うん、すっげ嬉しい。託生、オレがしたいって言ったこと、ちゃんと覚えてくれてるんだなぁって感動した」 ギイは手の中のカードに優しく微笑む。 子供みたいなプレゼントでも、ギイはちゃんとぼくの思いを受け取ってくれる。 そう思ったら、ぼくの方こそ気持ちが温かくなった。 「あれ、これ何も書かれてないぞ?」 ギイが白紙のカードに首を傾げる。 「あ、うん。それは、ギイがしたいこと書いていいカードだよ」 「オレがしたいこと?」 「一つくらいはギイが自分で好きなこと書きたいかなぁって思って」 ぼくの言葉に、ギイはニヤニヤと笑って、カードを目の前で振った。 「お前、自分で墓穴掘ってるって気づいてる?オレがすっごいこと書いたらどうするんだよ?」 「すっごいことって例えばなに?」 ぼくが聞き返すと、ギイはずいっとぼくの方へとにじり寄って、ぎゅっとぼくを抱き寄せた。 「すごいって言ったらすごいことだよ。あー、楽しみ。これで託生を好きにできる」 「あのね、いつだってギイはぼくを好きにしてるだろ!」 「そうでもないぞ。まだまだやりたいことあるんだけどな」 ギイはいったいぼくに何をさせたいのだろう? やっぱり白紙のカードなんて渡すべきじゃなかったのかな。 ギイの腕の中で、ぼくは自分が甘かったかもしれないと思い始めていた。 「じゃあ早速だけど、カード使おうかな」 ギイは手の中のカードを一枚引き抜くと、はいとぼくに渡した。 ぼくはそこに書かれたものを読んで、いいよと笑ってギイの手を取った。 大人になってからも、ぼくたちはこんな風にちょっとしたイベントを楽しむ。 たぶん相手がギイじゃなきゃできなかった。 ギイにかかれば何でも楽しいことに変わってしまうから、ぼくもついつい一緒になって楽しんでしまう。 ギイを好きになって良かった。 心からそう思えて、ぼくは嬉しくなる。 来年はぼくがバレンタインにギイにチョコを、ホワイトデーにはギイがお返しをしてくれる番だ。 さて、ギイが何をくれるのか、今から楽しみでワクワクする。 |