太公望


「この子、リンリンに似てるなぁ、ほらおいでおいで」
託生が手を差し伸べると、黒猫は警戒することなく近づいてきた。
「リンリンは懐いてくれなかったけど、この子は人懐こいなぁ」
「おい、託生」
「飼い猫かな、毛並みが綺麗だな」
「託生」
「あ、やっぱり首輪してる。名前何て言うのかな」
喉元をくすぐる託生の頭をぱかんと叩く。
「痛いよ、ギイ」
「お前、オレにばっか世話させるってどういうことだ?」
釣りがしてみたいっていうから連れて来てやったというのに、釣り竿の世話はオレに任せて、さっきから託生は猫と戯れてばかりだ。
「だってギイ、なかなか魚釣れないし、暇なんだよ」
「そりゃお前、釣り堀じゃないんだから、そんな入れ食い状態にはならないさ。じっと待つのが釣りの醍醐味だろうが」
「はは、そうだね。ごめんごめん」
託生はオレの隣に座ると、釣り竿を手に水面を眺めた。黒猫はしばらくオレたちを見ていたが、やがてふいっと姿を消した。
「ねぇギイ」
「うん?」
「あの猫、もしかしたらぼくたちが釣る魚目当てだったのかな」
「はは、かもな」
「だとしたら、釣れないかもね、猫行っちゃったし」
「・・・・いや、絶対に釣る」
猫の予言など信じてなるものか。
麗らかな初夏の午後。
波の音を聞きながら、オレたちはのんびりと釣り糸を垂らし続けた。
猫の予言が当たるかどうかは神のみぞ知る、である。



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あとがき

ギイにはカジキ釣りとかしてほしい。