夕食後、食堂を出ようとした時に、矢倉があとで部屋に来いよな、とぼくの肩を叩いた。
「赤池もな。あ、ギイにも声かけといてくれ」 「何だ?何か問題でも起こったのか?」 章三が訝しげに矢倉に尋ねる。 いつもおちゃらけモード全開の矢倉が、少しばかり声を潜めて言うものだから、何かまずいことでも起こったのかと思ったのだろう。 だけど、ぼくは「ぼくに声をかけるくらいだからそれはないだろうなぁ」なんて思ったのだ。 そしてその予想は大的中。 矢倉はちょいちょいとぼくと章三を手招きすると、さらに声を小さくして言った。 「実はさ、実家からさんくらんぼ送ってきたんだ。けっこう大量に。さっさと食べないとダメになるし、かといって1人で食うには量が多すぎる。なので、親しいヤツらにおすそ分け」 「なるほど。それは楽しみだ。じゃああとで邪魔するよ」 章三が納得顔でうなづく。 「ありがとう、矢倉くん」 ぼくが言うと、いいってことよ、と矢倉は手を振った。 三年になってから、いくらぼくとギイが「ただの友達」のふりをしても、親しい友人・・というか聡い友人たちを誤魔化せるわけもなく、みんなコトあるごとにぼくとギイを会わせるべく声をかけてくれる。 ありがたいと言えばありがたいんだけど、何だかちょっと複雑だ。 いったい何のためにギイと疎遠にしているんだか分からなくなる。まぁ、何のためかといえば、1年生のチェック組対策なんだけどさ。 「さくらんぼのお裾分けが半分、ギイを誘う口実が半分ってところかな」 章三がニヤニヤしながらぼくを見る。 ほらね。こうしていつも章三がからかってくる。 ぼくも最近じゃすっかり慣れたんだけど、これも何とも反応に困ってしまう。 「ほんとにさくらんぼが届いただけだと思うけど?」 一応、ぼくが言うと、 「ま、そういうことにしておく方がいいけどな」 と、章三はふふんと笑い、ギイを探してくると言ってぼくと別れた。 よく考えてみると、ギイと会うのは3日ぶりくらいだろうか。もちろん寮や学校ですれ違ったり、姿を見たりすることはあるけれど、ちゃんと言葉を交わすのは久しぶりだ。 矢倉はそれを知ってるからぼくに声をかけてくれたのかもしれない。 (あれ、だけど、八津くんには声をかけたのかな) ぼくはうーんとしばし考えた。 ぼくとギイが会えるように、こうして声をかけてくれた矢倉のために、もしかしてぼくは八津に声をかけないといけないのだろうか。 そんなこと、矢倉は一言も言わなかったけど、そういうことなのかな? ああ、こういう時にギイがいてくれたらなぁ。 言葉にはしない誰かの思惑を読み取るのは、いつまでたっても苦手だ。 「めちゃくちゃ余計なお世話かもしれないけど、一応、八津くんを探してみようかな」 ぼくはよし、と気合を入れた。 結局、寮内のどこを探しても八津の姿はなくて、ぼくはがっかりしながらも、約束通り矢倉の部屋を訪ねた。 ノックをしたあと扉を開けると、中にはすでに見慣れた顔ぶれが揃っていた。 「お、葉山こっちこっち」 矢倉が手招きする。 その隣に八津の姿。 良かった、ちゃんと誘ってたんだ。 2人の姿に、ほっとした。ぼくと目があった八津は少しはにかんだような笑みを見せた。 矢倉と八津はずっと両思いだったにも関わらず、互いにその気持ちを隠し続けていた。 最近、2人は自分の気持ちに正直になって、想いを確かめ合った。 つまり、ちゃんと恋人同士になれたということだ。 けれど、自分と一緒にいることで、八津が周囲の取り巻きたちにあれこれ言われるのは困ると矢倉が言い、あまり2人が一緒にいるところを見たことがない。 本当は一緒にいたいんだろうな、と思う。 だって、ぼくがそうだから。 だから八津の気持ちはすごくよく分かるので、こうして一緒にいるところを見ると、他人事ながらも、嬉しくなってしまうのだ。 では、ぼくもその幸せにあやかろうかなぁなんて部屋を見渡しても、肝心のギイの姿が見えない。 「ギイは?」 「野暮用。すぐ戻る。まぁ座れって」 矢倉が入ってすぐのところにあるソファを指差す。 そっか、ギイ、もう来てたんだ。 もうすぐ会えると思っただけで、ぼくの心臓は急にドキドキし始めるのだから、困ったものである。 たった3日会ってないだけだというのに。 ぼくは赤池くんの隣に腰を下ろして、目の前のテーブルの上に置かれたさくらんぼに思わず、すごいとつぶやいた。 そりゃもうびっくりするくらいのさくらんぼがそこにはあった。 確かにこれではお裾分けしないことには1人じゃどうしようもないね。 ぼくが来るまでの間に、みんなは美味しくいただいたようで、ゴミ箱代わりにしていたプラスチックのケースの中にはさくらんぼの種と茎が山のように入っていた。 「これ、葉山の分な」 「ありがとう」 矢倉が差し出してくれた紙皿には、これまた山ほどのさくらんぼ。 こんなにたくさん食べられるだろうか、とちょっと怯むくらいの量である。 「すごい量だね」 「だろ?どこかから貰ったらしいんだけどな、ナマモノを寮にいる子供に大量に送りつけるなんて、何を考えてるんだろうね、うちの親は」 矢倉が苦笑混じりにぼやく。 「矢倉くん、さくらんぼ好きなんだろ?」 「まぁ嫌いじゃないけど」 「矢倉くんが好きだから、きっと大量に送ってくれたんだよ」 ぼくが言うと、矢倉はちょっと照れくさそうに笑った。 矢倉が喜ぶと思って、お母さんは大量に送ってきたんだろう。 そういうのって、ちょっといいなぁと思うのだ。 「なぁ、葉山はどうだろうな?」 向かい側の椅子に座った矢倉が周りのみんなに聞く。 八津はうーんと首をかしげ、章三は無理だというように首を振り、政貴は曖昧に微笑んだ。 (何なんだ?) 「葉山、これこれ。やってみろよ」 矢倉がほら、と摘み上げたさくらんぼの茎は、くるりと綺麗に結ばれている。 「はは、懐かしいな。さくらんぼ食べると絶対誰かがやるよね」 「それはいいから、葉山はさくらんぼの茎、舌で結べるのか?」 「え?」 「まぁみんなできるっちゃあできるんだけどさ。葉山は無理っぽいだろうなって話」 「失礼だな。ぼくだってできるよ」 何でぼくには無理だなんて決め付けるんだ?ほんとにみんなぼくのことを何だと思ってるんだろう。 「え、葉山できるのか?」 章三までもがびっくりしたようにぼくを見る。 八津も政貴も、言葉にはしないけれど同じような表情でぼくを見ている。 誰も、ぼくができるとは信じていないようなので、ぼくはさくらんぼの実を美味しくいただいたあと、茎を口の中に入れた。みんながじーっと注目するからどうにもやりにくい、けど、こんなの簡単だ。 「できたよ」 ほら、と舌の上に乗せた茎をみんなに見せると、みんながえーっと叫んだ。 「早すぎる!!!何なんだ、それ」 「嘘だろ。葉山、お前、あっという間だな」 皆、口々にあり得ないなどと失礼極まりない台詞を吐きまくり、そしてそのあと黙り込んだ。 そして、 「ギイか」 「ギイだね」 「やっぱりギイか」 などと、うんうんとうなづき合う。 「何だよ、ギイがどうしたんだよ?」 「いやー、さくらんぼの茎を舌で結べるとキスが上手いっていうだろ?葉山がそこまで早いってことはだな、やっぱりギイの功績が大きいのかなってさ」 「はぁ?????」 ぼくは一瞬何を言われているのかまったく分からず、まぬけた声を上げてしまった。 ギイの功績?? って、それって、それって、つまり、ギイのおかげでぼくがキスが上手くなったってこと?? キスが上手になったから、さくらんぼの茎も結べるようになったって??? 「ギイは関係ないよっ!昔っから得意なんだってば」 慌てて言ったぼくの台詞に、さらににみんなが色めき立つ。 「葉山っ!お前そんな台詞、絶対にギイの前で言うなよ。あいつ怒り狂うぞ」 「命知らずだなぁ、葉山くん」 だから!!!何でさくらんぼの茎を舌で結べるくらいでこんなに大騒ぎされなきゃならないんだよ! ぼくがさらに文句を言おうと口を開いた時、がちゃりを音を立ててゼロ番の扉が開いた。 **** ほんと葉山は天然だよなぁ、よくこれであのギイと対等にやっていけるよなぁ、などと感心していた時、野暮用を済ませたギイが戻ってきた。 さぁ、これからさくらんぼを食べるぞ!という時に呼び出されたので、文句たらたらだったギイだが、ゼロ番に葉山がいると分かると、とたんに表情が柔らかくなるんだから、 (これでよく、ただの友達だなんて馬鹿げたことを口にするもんだ) と、アホらしくなってくる。 「矢倉、オレのさくらんぼは〜?」 ご機嫌な様子で俺に催促をしたギイが、ちゃっかりと葉山の隣に座る。 すでに赤池と葉山が座っていて余裕のないソファだというのに、わざわざ葉山の隣に座るあたり、ほんと、こいつは我慢のきかないヤツだなとある意味感心してしまう。 「託生は?もう食べた?」 うきうきとギイがテーブルの上のさくらんぼに手を伸ばそうとしたとき、件のさくらんぼの茎に気づいたようで首を傾げた。 「何だ、これ?」 どれも見事にくるりと結ばれたさくらんぼの茎。 俺は慌てて腰を浮かした。 「何でもない。気にするな、ギイ、それよりさっさとさくらんぼを食え」 みんなもうんうんと首を振る。 先ほどの葉山の爆弾発言をギイが知ったら、どんなことになるか怖くて想像したくない。 その場にいた全員がそう思っていたはずなのに、あろうことか当の本人である葉山がその暗黙の了解をぶち破った。 「ギイ、みんなひどいんだよ。はなっからぼくができないと思ってるんだ」 「何を?」 (葉山ーーーーー!!!!) きっとみんな心の中で叫んでいたに違いない。 お前、自分で自分の首を絞めていることが何故分からない?? 天然も度が過ぎるとただの馬鹿だぞ!! 「だからこれだよ」 俺たちのハラハラした気持ちなどまったく気づいてない葉山が、机の上の茎を指差す。 「みんな、ぼくには舌で茎は結べないだろうって最初っから決め付けてるんだ。ひどいだろ?」 「できるのか、託生?」 ギイが楽しそうに笑う。子供みたいに文句を言う葉山が愛おしくて堪らないという目をしている。 (頼む、葉山。それ以上何も言うな) みんな顔を引きつらせながら成り行きを見守る。 「だから、できるってば。そしたら、みんながギイのおかげだろうって・・・」 「そうそう!!葉山はちゃんとできたよなー。俺たちが悪かったよ。疑って、な?」 「うんうん」 思わず話を遮ろうとしたが、一瞬遅く、地獄耳のギイは葉山の台詞を聞き逃さなかった。 「何でオレのおかげなんだ?」 俺はがっくりと椅子の背にもたれかかった。隣の八津も困ったように俺を見る。 赤池は知らぬふりをし、政貴はどこか面白そうに2人を見ている。 「あれ、ギイ、知らないの?」 「うん?」 何と! どうやらギイは「さくらんぼの茎を舌で結べるとキスが上手」という巷の噂を知らなかったらしい。 アメリカじゃそんなこと言わないのか? 「だからね、さくらんぼの茎を舌で結べると、キスが上手だって・・」 少し頬を赤らめながら言った葉山の言葉に、ギイがへぇとうなづき、そして何かを考えるように視線を上向けた。 「つまり、あれか?託生がそれをできるのは、オレのおかげだろうってみんなにからかわれたんだ?」 聡いギイはどういう意味がか分かったようで、まんざらでもないように葉山に尋ねる。 このままであれば、ギイも幸せなままでいられたのだろうが、 「そうだけど、でも別にギイのおかげでも何でもなくて、ぼくは昔っから上手なんだよ」 と、天然葉山がとうとう最後の爆弾を落としてしまった。 万事休す。 その瞬間、ギイの笑顔が固まった。 「どうしよう?」 八津が俺のシャツの裾を引っ張るが、どうもこうも、誰が嫉妬に狂ったギイを止められるっていうんだ。 ほんと、ギイは葉山のことに関してだけは心が狭いっていうか、理性がきかないっていうか。 今だって、葉山の爆弾発言にぐるぐるとよからぬことを考えているに違いない。 優秀な頭脳をつまんないことに使うなって言うんだ。 「へぇ、昔っから上手かったんだ?」 ギイはにこやかに笑いながら葉山に聞くが、その目は笑ってない。 普通なら、ここでまずいと思うんだろうが、葉山はまったく気づいてない。 「うん、小学生のときに練習したんだ」 「へぇ、練習ねぇ」 「あれってちょっとしたコツがあるんだよ。それさえ分かればそれほど難しいわけじゃなくて・・」 などと得々と説明する葉山だが、ギイは絶対にさくらんぼの茎の結び方として聞いちゃいないだろう。一通り訴えて気がすんだのか、葉山が思いついたようにギイを見る。 「そういえば、ギイはできるの?」 ギイはうーんと考えたあと、葉山の肩に腕を回して言った。 「いや、オレはできない」 (嘘つけ!!) 葉山の隣に座る赤池も呆れた視線を投げかけるが、ギイはまったく気にしていない。 だいたい葉山にできることが、ギイにできないはずがない。 しかし、葉山は 「そうなんだ。ギイでもできないことってあるんだね」 と少し嬉しそうに笑ってみせた。 こういう葉山を見ると、どうしてこいつはここまでギイの言うことを100%信じることができるんだろうな、と不思議に思う。 葉山はギイの言うことなら、太陽が西から昇るといっても、笑って「そうなんだ」と言いそうな気がしてならない。 絶対的信頼っていうものをその身に受けるギイとしては、どうなんだろうな。 嬉しいのか、それともたまには重くなったりもするのだろうか? いや、ギイの場合、その重さでさえ嬉しくてたまらないんだろうな。 ギイは葉山に顔を寄せて、あくまで優しく言い募る。 「託生、オレにもそのコツってのを教えてくれよ」 「え、いいけど・・・」 よし、じゃそういうことで、とギイは葉山の腕を取ってすくっと立ち上がった。 「矢倉、オレと託生の分のさくらんぼ、貰ってくな。オレのゼロ番で、託生にじっくりとそのコツとやらを教えてもらうことにするわ。ご馳走さん」 「え、ええっ??」 ぐいぐいと葉山を引っ張って部屋を出て行くギイと、何が何だか分からずにおろおろと俺たちを見る葉山。 (まぁ自業自得だと思って諦めろ) 俺も八津も赤池も政貴も、ひらひらと手を振って2人を見送った。 **** 片手に託生。 片手にさくらんぼ山盛りの紙皿。 どうにも目立つシチュエーションだという自覚はあったので、大急ぎで自室へと戻る。 「ちょっと、ギイ。何だよ、せっかくみんなで・・・」 「いいからちょっと来い」 「もう、何なんだよ・・」 足早に歩くオレに、託生は引きずられるようにしてついてくる。 きっと何が何だかさっぱり分かっていないに違いない。 3階のゼロ番に戻ると、しっかり「外出中」のふだを出して、鍵をかけた。 「ギイってば、どうしたんだよ」 託生ははぁはぁと息を切らして恨めしそうにオレを見上げ、疲れた〜と言ってソファに座った。 「託生、さくらんぼ食べるか?」 「食べるよ。だって、まだ一つしか食べてなかったんだよ」 オレは託生の隣に座ると、つやつやと赤く光るさくらんぼを一つ摘み上げ、託生の口元へと運んだ。 「ほら」 「・・・あのさ、自分で食べれるよ」 「まぁまぁ」 何がまぁまぁなんだよ、とぶつぶつ言いながらも、託生は口を開けてさくらんぼを頬張った。 それにしても、託生がさくらんぼの茎を結べるなんて思わなかった。 そういうの苦手そうだと思っていたのに、まさかなぁ。 ていうか、さっきの爆弾発言の意味を、こいつは絶対にわかってない。 昔から上手だと? 別にイコールキスが上手だなんて信じているわけじゃないけど、オレの知らないところで、何やってんだ託生、という理不尽な怒りさえ湧いてくる。 おまけに練習しただと? いや、もちろんそれはさくらんぼの話であって、キスの話ではないが、それでもどうにも気持ちがざわめいて仕方がない。 「ギイ?食べないの?」 無言でいたオレに、託生が小首を傾げる。 「んー、それよりも気になってることがあってさ」 「なに?」 「昔っから上手だって言っただろ?」 「うん」 「キスが?」 「へ?」 きょとんとオレを見る託生の頬が見る見る赤く染まっていく。 「な、何言ってんだよっ!ギイのばか」 「何でだよ。だって、そういうことだろ?」 「違うに決まってるだろ。もう、何でそんなことになるんだよ」 どん、とオレの肩を拳でたたき、託生はじりじりと迫るオレから逃れようと無駄な抵抗を始める。 「教えてくれるんだろ?託生」 「何を?」 「上手なキスのコツってやつ」 オレの言葉に、託生は首筋までもが真っ赤になった。 「お、教えるのはさくらんぼの茎の結び方で・・・あっ!!ギイもしかして」 ようやく気づいたのか託生の表情が変わる。 「もしかしてギイ、ほんとはできるんだろ?」 「何が?」 「さくらんぼ!!」 「どうかなぁ、最近やったことないからなぁ」 「もうっ!嘘ついたんだね!ひどいよっ!」 ソファの端まで逃げた託生が、背中にあったクッションでオレの頭を叩く。 「だって、託生が、昔から上手かったとか言うからさ」 「はぁ?」 「あらぬ想像してしまうだろ、そりゃ」 オレが早口で言うと、託生はあっけに取られたようにオレを凝視して、そしてぷっと吹き出した。 「もう、ギイってば」 くすくすと笑う託生は、さっきまでの怒りなど忘れてしまったようで、オレが笑うなと言っても笑いが止まらないようだった。 ひとしきり笑ったあと、託生は憮然としたオレの顔を覗き込んで、まるで子供に言うような口調で言った。 「しょうがないなぁ、ギイは」 「・・・・」 「何だってそんなおかしなヤキモチ焼くんだろ?さくらんぼの茎を結べるくらいで、ヤキモチ焼かれたらたまんないよ」 「悪かったな」 「それにね、ギイ」 託生がいたずらっぽい瞳でオレを見る。 「それって、自分で自分にヤキモチ焼くことになると思うんだけど?」 「え?」 「だって、もし本当にぼくがキスが上手になったんだとしたら、それは間違いなくギイのおかげだろ?」 でも、さくらんぼは違うからね、と託生が笑いながら念を押す。 託生の言葉に、オレは何とも言えない幸福感に襲われて、思わず笑みが零れた。 これ以上オレを虜にさせて、どうしたいんだろうな、こいつは。 「託生・・いったいいつの間にそんなに誘い上手になったんだ?」 「誘ってなんか・・・」 言いかけた唇をキスで塞ぐ。 舌先の甘さに身体の芯が熱くなるような気がした。 「ん・・・」 託生がぎゅっとオレのシャツの胸元を掴んだ。 それが合図。 とても我慢なんてできなかった。 **** 「で、葉山とギイは、どっちの方が上手かったんだ?」 翌日、ギイと2人してさっさと部屋を出ていったことのお詫びと、さくらんぼのお礼を矢倉に言いに行くと、いきなりそう聞かれた。 「ああ、さくらんぼ?もちろん、ぼくの方が上手かったよ」 そうなのだ。 あのあと、久方ぶりにギイと一夜を共にしたわけだけど、ぼくだって気になっていたのだ。 本当にギイはさくらんぼの茎を舌で結べるのかどうか。 疲れたから寝る、と言うギイを無理やりたたき起こして、ぼくはさくらんぼを突き出した。 ギイはやれやれというように茎を口に含むと、しばらくしてから綺麗に結べた茎を吐き出した。 なかなかの速さだった。 となると、あとはどちらが早くできるかが気になってしまい、ぼくは面倒臭がるギイに勝負を申し込み、そして見事に勝ったのだ。 ギイはどうでもいいと言いながらも、ちょっと悔しそうで、そのあと何度か練習したあともう一度勝負したけれど、やっぱりぼくの方が早かったのだ。 珍しくギイに勝てたので、ぼくはその夜はとても幸せな気分で休むことができた。 「葉山ぁ、お前見かけによらずテクニシャンなのな」 矢倉が感心したように二度三度とうなづく。あのギイより上手いとはたいしたものだ、と言われ、ぼくは少しばかり眉をひそめる。 「・・・あのね、さくらんぼの話だからね」 「もちろんだ」 ニヤニヤと笑う矢倉を軽く睨んだ。 それからしばらくして、ぼくがめちゃくちゃキスが上手いらしい、なんてあり得ないような噂が祠堂を駆け巡り、その収拾に苦労することになった。 犯人はもちろん矢倉である。 「俺は、葉山はさくらんぼの茎を舌で結ぶのが上手いって言っただけだぜ?あのギイよりも上手いってな」 アメリカではどうか知らないけれど、日本じゃそれはキスが上手いと言ってるようなものだ。 抗議したものの、矢倉は反省なんてしてくれなかった。 ギイに助けてもらおうにも、 「ま、別に嘘じゃないしな」 何度やってもぼくに勝てなかったギイはすっかり拗ねてしまったようで、相手にしてくれない。 (忘れてた、あの2人って似てるんだった) お祭り好きで、冗談好き。 罪のない悪巧みなら喜んでやるタイプだ。 それにしても、たかがさくらんぼくらいで、まさかここまで大騒ぎになろうとは。 だいたいああいうのって子供の遊びじゃないか。 ぼくがそう言うと、ギイはまだどこか納得してないような複雑な表情でぼくを見て、ため息をつくのだった。 |
託生くんの意外な得意技(笑)ギイよりも上手っていうのがツボ。