例えばこんな時。 「託生」 声をかけられて振り向くと、そこにギイが立っていた。 ぼくは図書室の奥にある書庫整理に借り出され、放課後はせっせと本の整理をしていたのだ。 ギイは委員会じゃなかったのかな。 「これ、頼んでいいか?」 ギイが手にしていた分厚い本を差し出す。 「また持ち出し禁止の本を借りてたの?」 「無断じゃないぞ、ちゃんと女史に許可はもらった」 まったくもう、ギイにかかればこの世の中にダメなことなんてないんじゃないかと思えてしまう。 「貸して」 「はい、お手数おかけします」 おどけてギイがぺこりと頭を下げる。 分厚い本は英語で書かれたもので、ぼくにはいったい何の本なのかは分からない。 背表紙のシールと書棚と見比べて元の位置へと本を戻す。 「ギイ、委員会じゃなかったの?」 「終わった。迎えにきたんだよ」 「え。もうそんな時間?」 慌てて腕時計を見ると、もう食堂が開く時刻だ。夢中になっていたとはいえ、誰も時間になったことを教えてくれないなんてあんまりだ。 「飯食いに行こうぜ」 「うん」 ああ、あとちょっとで全部片付けられたのになぁ。しょうがない。 空腹のギイを待たせるなんて恐ろしいこと、ぼくにはとてもできない。 「託生、お迎えにきたご褒美は?」 「迎えにきたくらいでご褒美なんてないよ」 「じゃ奪うことにする」 言うなりギイはぼくの手を掴んだ。 「・・・・・あのさ、ギイ」 「うん?」 ぼくはちょっと爪先立ちになると、ギイの頬にキスをした。 「ありがとう。ギイ」 ご褒美なんだから奪うというのはおかしいだろうな、と思っての特別のキスだ。 「・・・だからってほっぺたにちゅーはないだろ」 嬉しそうに、だけどちょっと不満も滲ませた笑みを浮かべてギイが言う。 「迎えにきたくらいならこれで十分」 だろ?と笑うと、ギイは低く唸ってうなだれた。 図書室から廊下に出るまでのほんの短い距離を、手を繋いで歩いた。 「ギイ」 「うん?」 「・・何でもない」 「?」 何でもない日常が。 ギイとのやり取りが。 くすぐったいような手の温もりが。 例えばそんな時、ぼくは幸せだなって思うのだ。 |