「たーくーみー」
ゆさゆさと揺さぶられ、ぼくは小さく唸った。
「たーくーみー」
耳元で囁かれる心地よい声。
聞きなれた少し甘い低い声。奇跡のレインボーボイスって誰が言ったのかな。
ほんとそれってぴったりだ・・・。
まだ夢現のぼくの耳元で、何度も名前を呼ばれて、だんだんと眠りから呼び戻される。
「うん・・・ギイ?」
「そう、オレ」
夢かな?と思ってうっすらと目を開けると、本当に目の前にギイがいた。
整いすぎるくらいに整った綺麗な顔が触れそうなくらいに近くにあって、声が出ないくらいに驚いた。
「ギ、ギイっ???」
一気に目が覚めて思わず身を起こした。
ベッドの端に腰掛けたギイが、そんなぼくに小さく笑った。心臓がどきどきして大きく息を吐く。
ようやく息が整った頃、ぼくは掠れた声でギイを睨んだ。
「脅かすなよ・・・、一気に目が覚めちゃったよ」
「ごめんごめん」
今は土曜の深夜のはずだ。
ギイは金曜の授業が終わると、その足で学校をあとにした。
お父さんの仕事の関係とかで、外泊許可を取っていたのだ。
戻るのは日曜の夜だと聞いていた。
だから彼がここにいるはずがないのに。
日にち、間違えていたのかな?ぐるぐると考えているぼくの頬を、ギイの指先がそっと撫でた。
その感触に、ようやく意識がはっきりしてきて、目の前にいるギイが本物だと理解できてきた。
理解はできたけど、どうしてここにいるのか分からない。
「どうして?って顔してる」
「そりゃするよ・・。ギイ、いつ戻ったの?今日何日?」
「たった今戻った。今は土曜の深夜、ってもう日曜になったな。だから15日」
「・・・戻るの日曜の夜じゃなかった?」
「仕事、早く終わったからさ、急いで帰ってきた」
託生に会いたかったからさ。
ギイは頬にちゅっとキスすると、そのまま唇にも口付けようと迫ってくる。
ぼくはそんなギイの顔を片手で遮った。
「もう・・、また島岡さんに我侭言ったんだろ?」
「また、って何だよ。託生はオレが早く帰ってきたら迷惑なのか?」
「・・・うん」
「おいっ」
ぼくはやれやれとため息をつくと、ギイに背を向けてもう一度ベッドに横になった。
「おい、託生!迷惑ってどういうことだよ」
「気持ちよく寝てたところを起こされちゃ、誰だって迷惑だって思うよ」
「大好きな恋人が戻ってきたっていうのに!」
「うーん、そうだけど、ぼくには睡眠の方が今は大事・・・」
めちゃくちゃ眠い。
せっかく気持ちよく眠ってたのに、ギイの馬鹿。
ベッドサイドで、ギイが何やら文句を言っているような気もしたけれど、ぼくは無視してもう一度心地よい眠りに身を投じた。
翌朝、子供みたいに拗ねてしまったギイの機嫌を取るのは、そりゃもう大変だった。
葉山が正解、と赤池くんはあっさりと断言してくれたけれど、ギイのご機嫌を取り戻すために、ぼくはいろいろと恥ずかしいことを言わされた。
ギイには悪いけど、やっぱり夜中に帰ってくるのは迷惑だ。
なんて、口が裂けてもギイには言えないけれどね。