友人の葉山尚人は相当面倒な男である。
そこらの女の子よりずっと綺麗な顔立ちをしていて、物腰も柔らかく、現役でT大に入学するくらいに頭もよく、心臓が弱いといいながらも、そこそこスポーツもこなし、ミスターT大にも選ばれたこともあるくらい完璧な男なのに、残念すぎる欠点があった。 それは重度のブラコンだということだ。 6つ下の弟の託生くんのことが可愛くて可愛くて仕方のない尚人は、遠く離れた全寮制の高校に通う弟に毎日の電話を欠かさない。 よくもまぁそんなに話すことがあるものだと感心したり呆れたり。 寮はスマホ禁止らしいので、時間制限のある公衆電話宛にかけているらしい。 俺からすれば、託生くんもよく文句も言わずに付き合っているものだと思う。 高校生なんて、それでなくても親兄弟からの干渉が一番鬱陶しい時期だろうに。 「託生は僕からの電話を鬱陶しいだなんて思わないんだよ」 当然だろうと尚人が胸を張って言い切る。 そうか?絶対違うだろ? あれこれ文句言うのが面倒なだけじゃないのか?と思ったが、とりあえず黙っておく。 尚人とは中学からの付き合いだ。 見た目の良さと巨大な猫かぶりのせいで周囲からの評判は上々の尚人が、実はかなり痛い男だとひょんなことから知り、それ以来興味を引かれて一緒にいる。 興味・・・というか、単に面白いというか、見ていて飽きないのだ。 一途といえば聞こえはいいが、実の弟をそこまで溺愛してるというのも普通じゃないし、他のことは驚くほどに常識的なくせに、託生くんのことになるととたんに変なヤツになるというのも興味深い。 いったいどういう精神構造をしているんだとついつい観察をしてしまうのだ。 尚人も上辺だけの友人は多いものの、堂々と弟への愛を隠すことなく口にできる相手は俺だけなので何となく一緒にいることが多い。 「託生くん、今日帰省するんだろ?」 「夏休みだからな。やっと戻ってくる。今日はさっさと帰るからな」 尚人が鼻息荒く断言する。 「別に引き止めやしないけどな」 「久しぶりだからなぁ、可愛くなってるだろうなぁ」 「・・・いや、ならないだろ」 託生くんとは一度会ったことがあるが、ごくごく普通の高校生だった。 背もそこそこあって、決して女顔だというわけではない。 ちょっとぽややんとした感じで、内気っぽい子だったと記憶している。 それでも兄の友人の俺にははにかんだ笑顔を見せてくれた。 確かにそういうところは可愛いと思うが、それは小さい子供に対して感じるような可愛さだ。 尚人の言う可愛さはちょっと違う種類なのだろう。 「僕の託生は可愛い。昔からぜんぜん変わらない。あー、託生の好きなケーキでも買って帰るかな」 うきうきとした尚人の様子はまるで遠距離恋愛中の恋人と会うかのようだ。 弟相手にここまでテンションを上げることができるというのも珍しい。 やっぱりこいつは面白い。 思わず笑うと、尚人が不審げに眉を顰めた。 「何だ?」 「いや別に。これから駅まで迎えにいくんだろ?」 「ああ」 「じゃあ俺も一緒に行くわ。どうせ帰り道だし」 「お前も可愛い託生が見たくなったか」 「いや、違うし」 可愛いかどうかは置いておいて、弟を目の前にして不審者かと思うほどに大喜びをする尚人を観察するのが楽しいのだ。 人間観察というのは本当に奥深い。 俺たちは託生くんと待ち合わせをしているという駅へと向かった。 実家は静岡なのでそこからまた移動だが、別に子供じゃあるまし、一人でちゃんと帰ってくると思うのに、尚人は迎えに行くといって譲らなかったらしい。 本当に何がどうなったらこんな重度のブラコンになるんだろうか。 不思議だ。謎だ。今度じっくりと聞いてみるか。 「なぁ、夏休みの間、託生くんってどうしてるんだ?」 「どうって、一緒に映画とか海とか行こうかって、そういう話はしてるけど?」 「いい年して兄貴と海ってないだろ。二人して可愛い女の子ナンパしに行くってなら別だけど」 言ったとたん、尚人にじろりと睨まれた。 「託生はナンパとかそういう俗っぽいことには興味ないから」 「年頃の男が興味ないなんてことあるわけないだろ」 「託生は違う」 「・・・・知らぬは兄貴ばかりなりってな」 小さくつぶやいて肩をすくめた。 何を言ったところで、尚人が聞く耳を持たないのは長い付き合いで分かっている。 しかしこの調子だと、もし託生くんに彼女ができたらえらいことになるんだろうなぁ。 結婚もままならないんじゃないか? だいたい託生くんはこの尚人の溺愛っぷりをどう思っているんだろうか。託生くんにも一度ちゃんと聞いてみたいところだ。 「お前、本当についてくるのか?」 尚人がちょっと迷惑そうに眉を顰める。 「いいだろ別に。どうせ同じ方向に帰るんだし」 「託生におかしなことするなよ」 「しねぇよ」 誰もかれもが託生くんを可愛いと思うと思っているあたり、やっぱりこいつはどうかしている。 待ち合わせ場所は駅構内のカフェ前だということで、けっこうな人混みの中、店へと向かった。 どうやら待ち合わせのメッカらしく、カフェ前は人で溢れていた。 託生くんの姿をいち早く見つけた尚人が声をかけようとしたとき、その隣に背の高い高校生がいることに気づき足を止めた。 尚人の視線の先の男はちょっと感動するくらいに整った顔立ちをしていて、周りの女の子たちがちらちらと見ては頬を赤くしている。 ハーフだろうか?髪の色も薄茶で肌も白い。 そして佇まいが日本人ぽくない。 彼は隣にいる託生くんの友達のようで、2人で何だかにこにこと話をしている。 その様子は見ていて微笑ましいくらいに仲のいいもので、特に背の高い彼の方が周囲に人がいることすら忘れているかのように、託生くんに夢中という感じがする。 あれ、ってそういうことなのか? 確か託生くんが通っている高校って男子校だったよなぁ。 ていうか、どう見てもあれはそうだろ。 ちょっと聡い人間なら、見れば分かるだろうな。どう見ても隠してる風にも見えないし。 ちらっと隣に立つ尚人を盗み見ると、尚人もどうやら2人が付き合っているのだと気づいたらしく顔が強張っている。 「尚人、いきなり殴るなよ」 「・・・僕は託生に手を上げたりはしない」 そうじゃなくて、隣にいる託生くんの彼氏になんだけどな。 いやいやそれにしても、まさか託生くんに男の恋人ができるだなんて驚いた。 それもあんなすごいイケメン。 やるなぁ、託生くん。 そんな度胸があるなんて、ちょっと見直したなぁ。 殺気を漲らせながらずんずんと託生くんたちへと歩いていく尚人の後ろをついていく。 まさかこんな人混みの中で修羅場にはならないだろうが、もしもの時に備えてどう対応するのが一番無駄がないかを頭の中でシミュレーションしておく。 託生くんが尚人に気づいてにっこりと笑って手を上げる。 「兄さん」 久しぶり、と嬉しそうな託生くんに対して、いつもならそれ以上に嬉しそうな表情をする尚人が、今回ばかりはにこりともしない。そりゃあ愛する弟に男の恋人ができたのだから、さすがに笑っていられないのだろう。 俺の存在にも気づいた託生くんが、ぱっと笑顔を見せた。 相変わらず気持ちいい笑顔を見せてくれるなぁ。 「こんにちわ。ご無沙汰してます」 「久しぶりだね」 「はい。いつも兄がお世話になってます」 礼儀正しくペコリと頭を下げた託生くんに、尚人がすかさず「世話になんてなってない」とつぶやく。 託生くんの彼氏が小さく笑って、尚人に軽く会釈した。 しかし尚人は完全無視の姿勢で、託生くんの足元に置いてあった鞄を手に取った。 「さ、行こうか託生。母さんも早く会いたいって言ってたし」 どうやら彼氏に挨拶をする気はまったくないらしい。 何て大人げのないことだ。 託生くんは慌てて尚人の腕を引いた。 「待って待って。兄さん、紹介するから」 「・・・」 仕方なく足を止めて、尚人が振りかえる。 託生くんは息を整えて、えーっとと少しばかり緊張した面持ちで尚人を見た。 「ギイだよ、崎義一くん。今寮の部屋が同じで、同じクラスで・・えっと、すごく仲良くしてるんだ。今日はギイも東京の実家に戻るから、一緒に祠堂を出たんだけど、ギイが兄さんに挨拶したいっていうから・・・」 「はじめまして崎義一です。いつも託生からお兄さんの話は聞いています」 紹介されたギイがにこやかに微笑んで尚人へと右手を差し出す。 もちろん尚人が握手なんてするはずもない。 しかしギイはそんなことは最初から分かっていたのかあっさりと手を引いた。 「きみにお兄さんと言われる謂れはないんだけどな」 「じゃあ尚人さんでいいですか?」 にっこりと笑うギイはどうやら尚人よりも上手な感じがして、これは面白くなってきたぞと思わず口元が緩む。 「僕もきみのことは託生から話を聞いてるよ。アメリカ出身なんだろ?せっかく長い夏休みだっていうのに 帰らなくていいのかい?」 「今年はこっちに残ることにしたんです。ゆっくりできるのも今年の夏が最後だし、それなら友達と日本での思い出作りをするのもいいなじゃないって」 「なるほど」 「なので、託生とも夏休み中に会う約束をしてます。いろいろ遊びに行きたいなと思って」 その一言に尚人が敏感に反応した。 「申し訳ないけれど、託生はこの夏は僕と約束しているから遠慮してもらいたいな」 「に、兄さん。別にずっとってわけじゃないんだし・・・」 「託生、夏の間もちゃんと勉強もしないといけないし、遊んでばかりじゃだめだろ」 「それはそうだけど・・・」 ぴしりと尚人に言われてうつむく託生くんが気の毒で、うっかり口が開いてしまった。 「別に受験生ってわけでもないんだし、友達と遊びに行って、高校時代の思い出を作るっていうのは大事なことだと思うけどなぁ。あとで後悔したって、この時間を取り戻すことはできないんだし」 なぁと同意を求めると、託生くんはほっとしたようにうんうんと大きくうなづき、尚人は余計なことを言うなとばかりに俺を睨む。 ギイはそんな2人を楽しそうに眺めていた。 「・・・とにかく、託生は勉強もしないといけないから、あまり誘わないでやってくれないかな」 「兄さんっ」 「さ、帰るぞ」 「尚人さん」 託生くんの手を引く尚人を、ギイが引き止めた。 「オレ、託生と付き合ってます」 いきなり特大のバクダンを落とされて、もちろん誰もがその場で固まった。 夏休みに突入し、託生くんがずっと家にいるのだから普通で考えれば毎日が薔薇色になっているであろう尚人だったが、崎義一のいきなりの交際宣言に、怒りが治まらないようで機嫌が悪いことこの上ない。 「あり得ない。僕の託生があんな男に誑かされるだなんて、悪夢だ」 「いやーでもなかなかいい男だったと思うけどな。クォーターだって?ちょっとびっくりするくらいのイケメンで、どこぞの御曹司なんだろ?玉の輿に乗るにはこれ以上の物件はないだろ」 「玉の輿?誰があいつとの付き合いを認めるって言った。反対に決まってるだろう」 「何で?」 「はぁ?当たり前だろう!あんな優男、遊び人に決まってる」 「今時遊び人って・・・」 だいたい高校生で遊び人ってことはないだろうに。 確かにモテそうだけど、どう見ても託生くんにぞっこんだったじゃないか。 「どうせ託生のことをもて遊んでるだけなんだ。あんなヤツに可愛い託生を渡してなるものか」 「けど、託生くんも彼のこと好きなんだろ。だから付き合ってるんだろ?じゃあお前が反対したってしょうがないだろ」 俺の意見はごくごくまっとうなものだと思う。誰が誰と付き合おうが、そんなものは当人同士の問題であって、他人が許すとか許さないとかの問題じゃないはずだ。 しかしそんな常識が尚人に通じるはずもない。 「託生は素直な子だからな、あいつが手練手管の限りを尽くして誑かしたに決まってる。あんな男に取られるくらいなら、さっさと・・・」 「さっさと?」 何だ? 尚人は何やらよからぬことに気づいたのか、うーんと考え込んだ。 「おい尚人、お前な、間違っても犯罪は犯すなよ」 「犯罪?ふん、あの男が先に犯罪を犯したんだろうが」 しれっと言う尚人に開いた口が塞がらない。 「こらこら、男の恋人を作るのは別に犯罪じゃないがな、弟に手を出したら犯罪だぞ」 なんて常識も、尚人にどこまで通じるのやら。 弟を溺愛するのはいいけれど、おかしなことになったら洒落にならない。ていうか、弟相手にそんな気になる方がどうかしてる。俺にも弟はいるが、天地がひっくり返っても、あいつに欲情したりはしないだろう。 託生くんも苦労するよなぁ。 相手が男でもさっさと恋人を作るというのは正解だよな。 できれば尚人を犯罪者にする前に、あの2人のことを認めてさせて、託生くんにも幸せになってもらえるといいのだが。 だいたいあの崎義一っていう男はなかなか肝が据わったヤツだと思うのだ。 男同士だっていうだけでも躊躇するところを、堂々と兄貴の前で交際宣言するなんて、真面目に託生くんと付き合ってるっていう証拠じゃないのか? 単なる遊び相手ならそんなことはしないだろう。 さて、どうしたものか。 尚人のことだから、そうそう簡単に2人の仲を許すとは思えないが、それでも歩み寄りっていうのは大事なはずだ。 あれ以来、ギイに失礼な態度を取ったということで、託生くんは少しばかり態度を硬化させているらしい。 それまで尚人に対して反抗なんてしなかっただけに、尚人もショックを受けているのだ。 「なぁ、託生くんたち誘って飯でも行こうぜ」 「行くなら託生と2人で行く」 「たまにはいいだろ。あれから託生くんとはぎくしゃくしてるんだろ?託生くんの好きなもの食べてさ。それに、崎くんとやりあうのなら、まずは敵のことを知る必要もあるだろう?」 「それは・・・確かにそうかもしれないが・・・」 尚人自身もギイがどんな人間なのかはよく知らないのだ。 何か弱点や欠点を見つけて、託生くんから引き離せるのなら、と考えるだろうことはお見通しである。 少し考えたあと、尚人は俺の提案にうなづいた。 俺としては、4人で食事でもして、ギイが誠実な人間で託生くんにふさわしいということを尚人が実感し、2人の仲を認めるようにと思ってのことである。 託生くんはいい子だし、早く尚人の呪縛から解放してやりたい。 「じゃあ店は探しておくから。また連絡するわ」 尚人は分かったとうなづいて帰っていった。 最近は家に帰れば託生くんがいるのだから、寄り道などする気はないらしい。 ぶれてないというか何というか。 さて、どうせなら個室がいいだろう。とは言うものの、託生くんたちは未成年だから酒はまずいのか。 しかし少しくらいアルコールが入った方が楽しそう・・・いや、本音が聞けていいのだが。 それならいっそ家飲みっていうのもありなのかな。 だがどっちがどっちの家に行くにしても、ホームとアウェイでは片方が不利になるような気もする。 「まぁ、とりあえずは顔合わせからだしな。どうせ一回で勝負はつかないだろうし」 まさか殴りあいにはならないだろうが、あの尚人は何をしでかすか分からないから俺はあまり飲まないようにしておこう。 基本的には中立の立場を保ちつつ、内心は託生くんの味方というのが俺のスタンスである。 とにかく尚人に犯罪を犯させないようにしなくては。 4人で飯でも食おうということになった翌週には、その場を設けた。 夏休みの間、託生くんはせっせとバイオリンの練習をしているらしい。彼氏とは毎日電話で話をしているようで、尚人はそれも気にいらないようである。 普段スマホを使わないので、固定電話でしか彼氏と話ができないというのは不憫だ。 きっと横で尚人が聞き耳を立てているに違いない。 フラストレーションも溜まっていることだろうし、何とかしてやりたいんだけどなぁ。 俺が予約した店は美味いと評判の居酒屋だ。未成年が2人いるが要は酒を飲まなければいいわけで、とりすましたイタリアンや和食の店よりはいいだろう。あまりに静かだと沈黙が怖いし。 「あれ、託生くんだけ?尚人は?」 予約した時間に店に入ると、個室にいたのは託生くんだけだった。例の彼氏もまだ来ていない。 「兄さんは出かけにちょっと用事ができちゃったみたいで。ぼくだけ先に来ました」 「そっか。崎くんは?」 「ギイはもうすぐ来ると思います」 「じゃもうちょっと待ってようか。託生くんたちは未成年だから、本当は飲めたとしてもお酒はだめだからね」 若干茶化して言うと、託生くんはくすくすと笑った。 「あの、今日は誘ってくれてありがとうございました。兄さん、ギイのこと頭から反対してて。本当は仲良くして欲しいなって思ってたから」 「仲良くねぇ。それはなかなか難しいかもなぁ」 「やっぱりそうでしょうか」 「尚人のやつ、託生くんのこと目に入れても痛くないくらいに可愛がってるしなぁ」 足を崩してポケットから煙草を取り出した。吸ってもいいかなと聞くと、託生くんはどうぞとうなづいた。 「兄さん、ぼくのことまだ小さな頃のままだと思っているんですよね。いろいろと心配してくれるのはありがたいんですけど、過保護すぎるところもあってどうしたらいいかなって」 「過保護というか何というか・・・ちょっと聞いておきたいんだけど、託生くんはまさか尚人のことを兄ということ以上に好きだってことはないよね」 俺の言葉の意味が分からなかったのか、託生くんはきょとんとした。 しばらく考えたあと、真っ赤になって否定した。 「えっ、まさかそんなこと。あの、確かにギイとは・・その、付き合ってます、けど・・・別にぼく自身は男の人が好きとかそういうことはなくて・・・ギイだったから好きになっただけで・・・。兄さんに対してそんなこと考えたこともないし・・・」 「だよね、よかった。もし報われない恋に絶望して崎くんを代わりにした、とかそんなドラマみたいな展開だったらどうしようかと思ってたんだよね」 「ないですから!!あのほんとに・・兄さんもそういうのでぼくに構ってるわけじゃなくて、単にぼくが頼りなくて心配してるだけだと思うんですよね。何しろ6つも年が離れているし、たぶん兄さんからすればいつまでたってもぼくは小さな子供にしか見えてないんだろうなって。そういうの、ぼくはいつものことだからそれほど気にしないんですけど、ギイとのことはどうしようかなって」 「ねぇ、崎くんとの馴れ初め、教えてよ」 男子校だからって誰もが同性相手に恋心を抱くわけじゃない。 そういうことに偏見はないのだけれど、どうしたら男が好きなわけじゃないという託生くんがギイと付き合うことになったのか興味がある。 「馴れ初め・・・って、何なんだろう・・・えっと・・1年の時から同じクラスだったんですけど、2年になってすぐにギイから告白されて・・・」 「えっ、そうなんだ」 てっきり託生くんが告白したのかと思っていた。 彼はあれだけの容姿だし、相当モテるだろうなと思ったのだ。だからてっきり託生くんから好きになったと思ったのに。そうかギイから告白したのか。そうかそうか。 「ぼくも今でもよく分からないんですよね。ギイはいったいぼくのどこが良かったんだろう・・・」 うーんと考え込む託生くんに笑ってしまう。 いや、そういうところが気に入ったんじゃないのか?託生くんは一緒にいると癒されるというか、ほっとさせてくれるから。 「あの・・・男同士だからって反対したりはしないんですか?」 託生くんが探るように聞いてくる。 ああ、やっぱりちょっと心配してるんだ。そりゃそうだよな。 近頃市民権を得てきたとはいえ、やっぱりいろいろ大変だろうし。 「反対はしないよ。好きになったらしょうがないし。でもまぁ続けていくには相当な覚悟がないと難しいんじゃないかとは思うけど」 「・・・」 「尚人の反対理由はちょっと微妙だけど、たぶん大抵の人は考え直すようにって言うと思うし。だからちゃんと考えればいいと思うよ。今はまだ一緒にいたいって気持ちだけかもしれないけど、それだけじゃ無理なことも出てくると思うから」 「一緒にいたいっていうだけじゃダメなんですか?」 「それだけじゃね、風当たりの強い世間とは戦えないってこと」 だけどたぶん、彼の方はちゃんと分かっている。 この先考えなくてはいけないことが何なのか。しなくてはいけないことが何なのか。 何を乗り越えて、何に立ち向かって、何を得なければならないのか。 尚人に向かって「付き合ってます」と言い切った目を見ていれば分かる。 託生くんは人を見る目があるんだなぁ。 「お連れ様いらっしゃいましたー」 店員に連れられて、尚人とギイがやってきた。 どうやら店の前で鉢合わせたらしい。 不機嫌な顔のまま、尚人は託生くんの隣に腰を下ろした。 ギイは俺の隣に。自然と尚人とギイが向かい合わせになり、何とも言えない空気が漂った。 「今日はお招きいただきありがとうございます」 にっこりと笑うギイだが、目は笑ってない。 「僕が呼んだわけじゃないけどな」 尚人もにっこりと笑いながらも目が怖い。 明らかに臨戦態勢だな、これは。ほんと懲りないやつだ。 すぐにドリンクが運ばれてきて、とりあえず乾杯となった。 俺と託生くんとで適当に料理を注文し、しばらくは何てことのない世間話を続けた。 続けたといっても、話しているのはもっぱら尚人以外の3人だ。 料理が運ばれてくると育ち盛りの高校生2人はもりもりと食べ続けた。 ギイはアメリカ育ちだと聞いたけれど、箸の使い方が上手だった。 食べ方も綺麗だし、やっぱりセレブっていうのはこういうところで分かるよなぁと、何気に盗み見をしてしまった。尚人も託生くんもちょっとおっとりしていて、育ちの良さは感じられる。 そう思うと、案外この3人は似ているところがあるような気もするのだが。 「崎くんはずっとアメリカだったのかぁ」 「祠堂に入るまではNYだったんです」 「NYにいたのにわざわざ日本の高校だなんて珍しいね」 「ええ、託生に会いにきたので」 「!」 それまで3人の話を黙って聞いていた尚人が顔を上げて不気味そうにギイを見る。 「オレ、託生に会うために祠堂に入学したんです」 「は?どういうことだ、以前から託生を狙っていたということか!」 「ずいぶん昔に会ったことがあるんです。で、もう一度会いたくて」 ギイは淡々と言ってはいるが、よくよく考えると怖い話だ。 一途といえば聞こえはいいが、一歩間違えればストーカーじゃないか? ギイが見目よく、まともに育っててよかったものだと他人事ながらに思ってしまう。 いやだが、好きな人に会うためにわざわざアメリカからやってくるなんて、情熱的というか何というか。 そりゃ託生くんも落ちるだろう。 「はるばるアメリカから来た甲斐あって、再会できただけじゃなくて同じクラスにもなれたし・・・」 「ふん、会っただけで満足しておけばいいものを」 「最初はそのつもりだったんですけど、会えたらやっぱりそれだけじゃ我慢できなくなって・・」 「我慢できなくなって何をしたっ!」 尚人が瞬時に気色ばむ。 そんな尚人にギイは軽く肩をすくめてみせた。 「告白したんです」 それ以外に何があるというのだと言わんばかりのいいように、尚人がぐっと言葉を飲み込む。 いくら我慢できなくなったといっても、いきなり襲ったりはしないだろう。 というか、この2人はそういうこともしてたりするのだろうか。 ちょっと想像してみて、やっぱりどうも上手く想像できなかった。 ギイはいいとして、託生くんがエロいことをするというのがどうも似合わなくて考えられなかったのだ。 とは言うものの、恋人同士ならそういうことだってしてるだろうし・・・って、当たり前のこととは言え尚人にしてみれば言語道断なことなのだろう。 「貴様、託生にそれ以上のことはしていないだろうな」 「それのこと以上って何でしょう?」 分かっているだろうに、ギイがしれっと聞き返す。 ああ、これはやってるに違いない。 偏見かもしれないが、外国人って手が早そうだしな。 何しろ高校生だし、そりゃ我慢できないだろう。 託生くんもこんなイケメンに迫られたら断れないだろうし。 それに恋人同士なら別におかしなことではないしな・・・なんて尚人が思うわけもなく。 「託生っ!」 「は、はいっ」 尚人が鬼の形相で託生くんへと身を乗り出す。 「お前、まさかこのどこの馬の骨とも分からない男と・・・」 「ギイは馬の骨じゃないよ。さっきも言っただろ、Fグループの長男で・・・」 「そんなことはどうでもいいっ。託生、お前まさか・・・」 「まさか?」 「まさか・・・こいつと・・・こいつに・・・無理やり・・・」 託生くんは尚人が何を言いたいのか分からないらしく、じーっと尚人の次の言葉を待っている。 ぱくぱくと何か言いたげにしながらも、さすがの尚人もトドメの一言を言うのは躊躇ってしまうらしい。 そりゃまぁ託生くんの口からギイといたしている仲ですと言われたら、もう立ち直ることもできないだろう。 今はまだ疑惑の段階だから何とか踏みとどまっているに違いない。 「尚人さん」 見かねたギイが厳かに口を挟んできた。 「オレたちはちゃんと付き合ってます。だから何をするにしても無理矢理だなんて、そんなこと絶対にしませんから。オレと託生の間でのことは全て合意の上ですからご心配なく」 得意気なギイの言い方に、思わず吹き出してしまった。 「ご、合意だと!!!」 気色ばむ尚人にさらに笑いが込み上げる。 すると尚人が鬼の形相で俺を睨んだ。 「おい、笑うなっ!!!」 「いや、だって・・・ははっ、合意なんだからいいじゃねぇか。託生くんが自分でいいと思ってすることに、尚人がいちいち口を出すなんておかしいだろ、なぁ託生くん」 「え、えーっと、そうです・・よね?」 たぶん尚人とギイが何について火花を散らしているのか、託生くんは分かっていないらしい。けれど険悪になっている空気だけは読めているようで、何とかこの場をおさめようと思っているらしい。 尚人はあああと頭を抱えた。 「あり得ない、合意???合意だと・・?僕の可愛い託生が、こんなヤツと合意だなんて」 「兄さん、大丈夫?」 その場にへたりこみそうになっている尚人を気遣って託生くんが顔を覗きこむ。 尚人は託生くんの肩っをがっつりと掴んだ。 「・・・託生、僕は反対だからな。こんな見た目だけの男、絶対に許さないからなっ。何がFグループの御曹司だ。どうせあちこちの女から色目を使われて、ほいほいと誘いに乗ってるに違いない。託生、目を覚ますんだ。男の恋人なんて作ったって明るい未来はないんだぞ。託生には僕がいるだろ。こんなヤツを選ばなくたって僕が託生を幸せにするから、こいつとは別れろ」 「・・・」 怒りも顕わに言い切った尚人のことを、託生くんはじっと見つめていたけれど、やがて手にしていた箸を置いた。そして一つ息を吐いてそれから尚人に向き合った。 「兄さん。兄さんがぼくのことを心配してくれてるのは分かるし、嬉しいとも思うけど、ギイのこと、そんな風に言って欲しくない。ギイは兄さんが思ってるような人じゃないよ。そりゃすごくモテるけど、だけどほいほいと誰かの誘いに乗ったりしない。寄せられる好意を軽く扱ったりもしない。ギイのこと何も知らないのに、そんな風に悪く言って欲しくない」 「託生・・・」 いつも穏やかな託生くんが怒りを滲ませて尚人にはっきりと言った。 「ぼくはギイが好きだよ。押し切られたわけでも何でもない。ギイのことが好きだから付き合ってる。ギイの言う通り全部合意だから。ぼくが嫌なことを、ギイは絶対しないから」 「・・・っ」 「兄さんが何て言おうと、ぼくはギイが好きだよ。だから別れたりしない」 「託生は・・・僕よりもそいつの方が好きだって言うのか・・・」 ぽつりとつぶやいた尚人の言葉に、慌ててそうじゃないよと託生くんが首を振る。 「兄さんとギイはぜんぜん別だよ。兄さんのことだって大好きだよ。だけど・・・」 「だけど、そいつを選ぶんだな」 ぎゅっと眉根を寄せて、尚人がうつむいた。 兄貴と恋人をどうやったら天秤にかけられるというのか。尚人だって分かっていて言っているに違いない。 そんなしおらしいことを言って泣き落とそうだなんて、意地悪してやるなよ、と苦笑してしまう。 尚人の演技なんてすべてお見通しだ。 たぶんギイも気づいているだろう。 ほだされそうになっているのは託生くんだけだ。 しかし、託生くんは尚人に泣き落とされることはなかった。 「兄さん、ぼく、今日はギイのところに泊まるから」 うっすらと頬を赤くして託生くんが言った。 「は?そんなことダメに決まってるだろう!何を言ってるんだっ」 「母さんにはちゃんと言ってきたから。それからギイたちと計画してるキャンプにも行くから。兄さんがダメって言っても行くから」 「キャンプだと?それもこいつと一緒に?ダメに決まってるだろうっ」 「でも行く。ぼくだってみんなと一緒にキャンプに行きたいよ。あれもダメこれもダメって、兄さんはぼくがしたいことなんて全然させてくれないじゃないか。ぼくはもう小さな子供じゃないんだよ。ぼくだっていろいろ考えてる。だからそんなに心配してくれなくていいから」 いや、心配っていうか尚人のはただの我がままだからな、と胸の中で託生くんに告げる。 行こうと言って託生くんがギイを促した。 ギイは立ち上がりかけて、そのまま尚人へ向かって居住まいを正した。 「尚人さん」 「・・・・」 「オレ、本気ですから」 あまりに簡単に言うものだから、まるで冗談か何かのようにも聞こえた。 だけど、人生を左右するほどの決意さえも、笑って告げることで思いの強さを知ることができ、そしてそんな風に言うことができるギイ自身の強さも感じることができた。 どうやったって尚人には勝てやしない。何しろお互いがかけがえのない存在になってしまったのだから、他人が何をしたって別れることなどない。 大事な弟を奪われてしまった気の毒だとは思うけれど、託生くんが幸せになれるだろうことは目に見えているので喜ばしいことじゃないかとも思う。 もっとも、尚人は絶対にそんなことは認めたりしないだろうけど。 託生くんとギイが先に店を出ていってしまうと、尚人はあーっと声をあげて床に突っ伏した。 「おいおい、みっともないから泣くなよ?」 「誰が泣くか。あああ、託生が・・・あんなことを言うなんて、素直でいい子だったのに!!反抗期がやってきたのか?いや、やっぱりあいつに毒されてるに違いない」 「あのなぁ・・・」 つくづく往生際の悪いやつだ。 俺は残り少なくなっていたグラスのビールを飲み干して、まだぶつぶつ言っている尚人に尋ねた。 「なぁ、どうしてそんなに託生くんがいいわけ?ごくごく普通の子にしか見えないけどな」 優しいし、一緒にいて癒される。きっと誰からも好かれるタイプだろうとは思う。だけど、仮にも弟である相手に対してそこまで・・・となるとなかなか理解に苦しむ。 「尚人ならすぐにでも彼女作れるだろ。実際しょっちゅう告白されてるし、けっこう可愛い子もいたと思うんだけどな」 尚人はそろりと顔を上げると、どこか投げやりな感じで飲みかけの梅酒を飲み干した。 「僕の何を見て好きだと言ってるのかよく分からない」 「はい?」 「だってそうだろ。話したこともない子からいきなりずっと好きでしたなんて言われても怖いだけだ。僕の外見や学歴やそういうのを好きになっただけだろ?本当の僕なんて誰も見てない」 「あー」 そうだろうか。外見や学歴だって自分の一部であって、そもそも本当の自分だなんて自分にだって分からないものだと俺は思うんだけどな。 「だけど託生は本当の僕を知ってる。本当の僕を知っても僕のことを好きだと言ってくれる。託生だけは何があっても僕から離れたりはしない」 うーん、それはどうだろう。 託生くんだって最後は好きな人を選ぶと思うけどな。兄と恋人なんて比べようもないじゃないか。 何があっても縁が切れるわけじゃないと分かっているからこそ、続けていくには努力がいる恋人を選ぶんじゃないか? ってなことを、尚人は分かっていない。 やっぱりこいつはどこか常識外れだよな。 いや、心のどこかじゃきっと分かってるんだろうけど、それを認めたくないだけか。 「あいつ、まさか託生をアメリカに連れていくつもりじゃないだろうな」 はっと気づいたように尚人が俺を睨む。 「そりゃまぁそういうこともあるような、ないような・・・」 たぶん、そうするだろう。とは今は言えない。 ギイにしてみればこんな危ない兄貴のもとに大切な恋人を置いておくのは心配に違いない。 卒業したらさっさと攫っていくんだろうなと思うのだが、そうなった時はまたひと悶着あるんだろうな。 「あああ、絶対に託生は連れて行かせないからな。何があっても阻止するぞ」 「諦めろって、あんまりやりすぎると託生くんに嫌われるぞ」 「託生は僕を嫌いになったりしない」 「さぁそれはどうかなぁ」 「どうかなぁってどういうことだ!」 手元にあったおしぼりを、尚人は俺に向かって投げつけた。寸でのところでそれをかわし、やれやれと肩をすくめる。 まるで駄々っ子だな。そして、たぶんこいつはこれから先もずっとこんななんだろうな。 そう思ったら思わず笑いが漏れた。 「何笑ってるんだ」 「いや・・・」 「笑ってるだろっ」 「不毛な弟への愛なんてさっさと捨てろって」 「何が不毛だ」 「そんで、俺にしとけば?」 「・・・・・は?」 尚人が意味が分からないというように固まったまま俺を見つめた。その呆けた様子がおかしくてまた笑えてきた。 「くだらない冗談を言うなっ」 我に返った尚人が真っ赤になって本気で怒りを顕わにする。 「そうか?俺ならお前の本性も知ってるし、だからって嫌いになったりもしないし」 「はぁ?お前が僕の何を知ってるっていうんだ」 「お前が俺に自分を隠してたことなんてあるのか?いつだって独り言よろしく自分の考えてることを口にしてるくせに。いつもでっかい猫を被ってるくせに俺の前でその猫を被ってたことがあるか?お前の考えてることなんて、俺は全部知ってるぞ」 「だからって・・・ありえない」 「何で?」 「何でって・・・」 「だいたいお前みたいな面倒臭い性格のやつと、怒りもせず、飽きもせず一緒にいられるなんて血の繋がった肉親以外で探すとなると難しいだろ。託生くんはもう崎くんのものなんだし、諦めて俺のもんになっとけって」 尚人は言葉もないようだったが、やがて馬鹿にしたように「絶対にない」と言い捨てた。 まぁ初めて出会った中学の頃から今まで、ひたすら託生くんにだけ愛を捧げ続ける尚人を見てきたのだからその無茶な愛情に簡単にケリをつけられるとは思わないが、別に託生くんを好きなら好きで全然構わない。 どれだけ託生くんへの不毛な恋に没頭したところで、崎くんに勝てるはずもないのだ。 そう遠くない将来、尚人だって不本意ながらそれに気づくだろう。 その時にそばにいるのが誰なのか、この先もずっとそばにいるのが誰なのか知ることになる。 「楽しみだなぁ」 気長に待つのは慣れている。 不毛な恋をしているのは案外俺の方なのかもしれないが、だいたい恋なんてそんなものだ。 どこまでも冗談だと思っている尚人のことはしばらくそのままにしておこう。 いつも託生くんのことばかり頭がいっぱいだろうが、これで少しは俺のことも考えるようになるだろう。 そうして少しづつ少しづつ、俺だけのことを考えるようになればいい。 |